『槍の王様と腹ペコ悪魔』
むかしむかし、大きな森がある国に、槍で戦うのが上手な王様がおりました。
王様が槍を使えば、誰も王様に勝てません。
強い聖騎士も、恐ろしい竜も、王様はやっつけてしまいました。
王様は誰にも負けなかったので、自分が一番凄いと勘違いしてしまいました。
ある時、王様が自分は神様よりも偉いと言ったのを、天に御座す神様がお聞きになりました。
神様は怒って、王様に天罰を下すことにしました。
天罰として王様のところへ遣わされたのは、食いしん坊の悪魔です。
食いしん坊の悪魔は、いつも腹ペコでした。
そして、腹ペコな悪魔は何でも食べました。
お城中の食べ物も、大事にしていた宝物も、魔物をやっつける為の武器も、全部悪魔は食べてしまいました。
悪魔に食べられ、何にもなくなってしまい、王様は困ってしまいました。
ちゃん、ちゃん♪
~童話『槍の王様と腹ペコ悪魔』より~
「——あの人のことが、童話になったのは予想外でした……」
「……作り話の方がマイルドって、なんやねん……」
膝を抱えて遠い目をしている、白い幼女とハムスターもどきの横で、娘は淡々と言葉を紡ぐ。
「事実は小説よりも奇なりの典型例だな」
「……お前の先祖って……」
正直、ヴォルケはドン引きした。
『槍の王様と腹ペコ悪魔』と言うのは、田舎者のヴォルケでも知っている寓話である。
その内容は、思い上がると罰が当たるという、ありふれたものだ。
悪い子にしていると、腹ペコ悪魔に全部食べられるよ、という言葉は、ヴォルケの故郷でも通じる叱り文句である。
そんな童話に元ネタが存在して、その元ネタの子孫と被害者が目の前に存在している事実に、ヴォルケはどこに突っ込めばいいのか分からない。
——童話の描写が軽いものだと言うのなら、一体、元ネタはどんだけだったのか。
呆れ顔のヴォルケを見て、娘は鼻を鳴らした。
「——真竜を見て、食欲が優先される辺りで察しろ」
世界最強種を食料扱いとは、悪魔扱いされた腹ペコ具合が、何となく伝わってくる気がする。
「……そういや、『暴食鬼』って、悪食過ぎて、悪魔憑きだ~って、真理の大審判に突き出されたんだっけ……?」
顔を引き攣らせていた青年が、思い出したように呟く。
真理の大審判は、『教会』の頂点に座す教皇の名において行われる審判の事だ。
『教会』の秘術により、一切合切の偽りが認められないため、その判定は全き真実として扱われる。
「地神は異界の存在と相性が悪いから、地神の眷属に近いウェインに悪魔憑きは現れようが無い。だから別に、悪魔憑きとして真理の大審判に掛けられようが、痛くも無いわ。 馬鹿馬鹿しい。 ——せめて異端諮問にすれば、突き出した奴らも、望む結果が得られたのにな」
——素の状態で悪魔憑き扱いされるのは、どうなのだろうか。
先程から、娘の先祖のとんでも情報が垂れ流しになっているので、ヴォルケも驚くのが疲れてくる。
黒猫が苛立たし気に、床を尾で叩いた。
「もういない痴れ者の話は、別にいいだろう。 大事なのは、これからの話だ」
「何だ、私を利用する覚悟が出来たのか?」
挑発ともとれる娘の言葉に、けれど、黒猫が怒った様子はない。
「仕方がない。 儂等だけでは、秘密裏に卵を探すのは無理だった」
……確かに、街中で目立ちまくっては、秘密裏に動くなど、夢のまた夢だろう。
「——なら、取引成立だな」
「卵を、頼んだ」
娘に、黒猫が頭を下げた。
娘とヘンな生き物改め真竜(?!)との、取引の現場に居合わせることとなったヴォルケだが、正直、現実を受け入れきれなかったりしている。
……真竜が、残念生物だなんて、聞いてない。
嫁に夢は持っていなかったヴォルケだが、真竜には夢が詰まっていたのだ。
一瞬、娘の策略と言う可能性も頭に過ったが、寧ろ、残念生物を真竜と偽ることの意味が分からない。
それに、ヴォルケの勘は、娘が嘘を吐いていないと告げていた。
自分の勘に何度も助けられていたから、ヴォルケは、信じられるものを信じることにしたのであった。
「あ、そう言えば、王鞘ちゃん達のお名前を聞いていませんでした」
上手く気持ちを切り替えたのか、白い幼女がピッと手を上げ、ヴォルケ達に名前を尋ねてきた。
「そこの男は、ローディオのヴォルケ・レーゲン将軍だ。 私の名は、分かるだろう?」
「アレグザンドラは分かりますけど、それって王鞘の証としての名前で、あなたの名前じゃないですよ。 わたしが知りたいのは、あなたの名前なのです」
白い幼女は、真顔で言い切った。
娘は、溜息を一つ、吐く。
「リア」
「良い名前ですね。 御伽噺の最果ての妖精さんと、同じ名前なのです」
そう言って、白い幼女は笑顔になった。
「そうか? 最果ての妖精は、身包み剥がされて最後はのたれ死んだだろうが」
「——そんな話じゃありませんっ!!!」
一欠片の夢も無い、娘の御伽噺の解釈に、白い幼女は悲鳴を上げた。
心優しい最果ての妖精は、困っている人たちの為に、自分の持っていた宝物をどんどん分け与えました。
食べ物が無い人には、瞬く間に作物が実る、魔法の種を。
病気の人には、どんな病気も直す、魔法の薬を。
そして、妖精が分け与える宝物が無くなった時、人々は水不足にあえいでいました。
妖精は、自分の存在と引き換えに雨を降らせ、そのまま消えてしまったとさ。




