取引と要求
凄絶なまでの笑みを浮かべる娘は、誰よりも鮮烈な印象を刻んだ。
「——なら、取引をしようか、長生きしているだけの蜥蜴共」
蜥蜴はどこだ、と、ヴォルケは反射的に思った。
今現在この部屋にいるのは、不審者含む三人の人間と、謎なイキモノ三匹である。
しいて言うなら、蜥蜴成分は、ハムスターもどきが身に着けている、竜の着ぐるみぐらいだ。
「俺は若いぞっ!」
「うるさい」
びしっと片手を上げた不審者の帽子を、娘が蹴り飛ばす。
「うおっ?!」
大袈裟に仰け反った不審者の素顔を見て、ヴォルケは目を見開いた。
まず印象に残るのは、硬質な輝きを放つ瞳だろう。
一目見て、人族のものではないと分かる瞳は、緑と黒の金銀妖眼であった。
艶のある黒髪なので、右目の緑がよく映える。
だが、ヴォルケを驚かせたのは、そこではない。
似ていたのだ。
確かに、男女の差はあるし、顔を構成する部品も差異はある。
けれど、血縁関係があると言っても可笑しくない程、目の前の青年と、ヴォルケと行動を共にしてきた娘の第一印象は、似通っていた。
「ぼうりょくはんたーい」
外見だけなら、二十代半ばであろう青年は、唇をとがらせるなど行動が子供っぽい。
青年より若い娘の方が、余程精神的に成熟している。
と言うか、青年を鼻で笑った娘の眼差しは、異様な程に老成したものだった。
「手段を選んで目的を遂げることが出来るなら、お前達はとうの昔に卵を見つけられただろうが」
——まるで、奈落の底に千年でも落とされたままであったような。
ヴォルケにしては、妙に詩的な表現が浮かぶ。
ヴォルケは娘をよく知らない。
だからだろうか?
近くにいても、時折、ヴォルケは娘との間に天と地ほどの距離を感じるのだ。
「王鞘ちゃんは、わたし達にどうしてほしいのですか?」
こてん、と、首を傾げて、白い幼女が娘に問いかける。
無邪気な質問に見せかけて、だが、幼女の瞳からは何も読み取ることが出来ない。
……人外ならば、仕方のないことだけど。
如何に理解したつもりでも、理解しようとしたとしても、彼方と此方の間には、底の見えない深淵が横たわっている。
彼等と自分達が知覚する世界が、異なる故の断絶。
ローディオの人間が人外を恐れるのは、その理解しきれなさもあるのだろう。
「何もするな」
何処か面倒臭げに告げられた娘の言葉に、白い幼女達はぽかんと口を開けた。
「……え? 何もするなって、卵を探すのも駄目ってことなのか?」
「阿呆。 騒ぎを起こすなと言っているんだ」
慌てる青年に、娘はうんざりしたように言う。
「いややな~。 ウチら、潜入中やのに、騒ぎなんて起こすわけないねん」
「莫迦みたいに目立っていたくせに、寝言をぬかすな」
娘は、ハムスターもどきに吹雪よりも冷たい目を向けた。
「私はな、戦争を起さない為にここにいるんだ」
溜息交じりに、娘は言葉を紡ぐ。
黒猫が、パタリと尾で床を叩いた。
「アレクサンドリアにしては、消極的だな」
黒猫の感想に、娘は忌々し気に顔を歪めた。
確かに、今までの彼の国の傾向は、話し合いが駄目なら叩き潰すである。
「……五十年」
娘の黒瞳が、火焔を孕んで虚空を睨む。
「今戦争が起こったとして、五十年なら、負けずにいられる。 ——だが、戦争を終わらせる算段が、どうしてもつかない」
五十年。
それを、長いととるか、短いととるか。
いずれにせよ、世代が入れ替わるには十分な長さだ。
「私は、終わらない戦争なんて下らないものを、私の子供に与える気はない」
きっぱりと言い切った娘の横顔は、思わず魅入ってしまうものだった。
「――例えば、王都で竜が暴れ回ったとしよう」
なぜに竜?
娘の唐突な話題の転換に、ヴォルケは首を捻った。
「今この状況でそんな事が起こったら、全部アレクサンドリアに濡れ衣が被せられて、即戦争が起こるんだよ」
「——うわっ、何だその無理ゲーっ?!」
青年が叫んだ、むりげー、の意味はよく分からなかったが。
自分達が立つ場所が薄氷の上であったことを突き付けられ、ヴォルケは少々現実逃避仕掛けた。




