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アナバチ性ミントブルーうさみちゃんシティ  作者: 夏果和 なまり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/15

3-₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎ (後)

 ベルトを締めると運転席側のパネルに新しい通知が表示される。『次の回収予定時刻まであと三〇分です』。灯都は無意識に漏れそうになった溜息をむりやり、喉を大きく鳴らして吸い込んだ。コ・ドライバーを務めるウィルもシートベルトを締めて、案内を始める。「市道うさみ8-446号へ出る。その後右折」。マンションの駐車スペースは周囲のマンションに取り囲まれて、どこにも太陽の光が当たっていない。

 決められた時刻に間に合うように回収作業へと急ぐ。うさみちゃん市の後発開発部、ようするに灯都やもともとの住人たちが住んでいる地域やブレインレイン本社のあるうさみちゃんの真ん中の外側、では、いつでも工事が続いている。ひとつひとつがなんの工事なのかわからない開発工事。気づいたら何かの建物が出来上がっていることもあるし、何の工事をしたのかフェンスが撤去されても解らない工事もある。工事現場のまわりには車両や歩行者を誘導するうさみちゃんロボットが立っていて、先っちょにうさみちゃんのかたちの赤いライトがついた棒をぶんぶん振っている。停止を促す合図。灯都はアクセルから足を離してゆっくりとブレーキを踏んだ。

「なんか工事が多いね」

「この地域には現在三つの工事が行われてるよ。五〇〇メートル先では片側車線を通行止めにしてる。この先にトンネルの入口があるよ。そっちに行く?」

「ふつうの道路でいく」。何度、提案を断っても、ウィルは毎回必ずトンネルを勧めてくる。

 誘導員うさみちゃんが灯都へ向かって頭を下げたあと、工事用トラックがフェンスのあいだから道路へ頭を出し、一時停止したあと灯都と同じ方角へ走っていった。誘導員うさみちゃんが通行できますの合図をしたので車を発進させる。トラックが出てきたフェンスのあいだから工事現場を覗き込んだけど、人間は誰もいなかった。なにも行われていなかった。

 その先の片側通行になっている工事現場でも、誘導信号が点灯しているだけで工事は行われていなかった。

 その先の建設現場っぽいフェンスの内側にも、人間は誰もいなかった。

 でも道路を走るピクピクや車の台数は以前よりも多い。たくさんの人間がここにいる。灯都は街のようすを流し見ながら二件目の回収へと急ぐ。急いでいるのは灯都の自主性ではない。生き急ぐみたいで嫌だけど、社会的に決められた〈時間〉に追われているからしかたないのだ。

 車内で流れていた映像に広告が割り込む。「うさみちゃんロボットはあなたの大切な家族です。一緒に過ごした思い出。訪れた場所。誰にも言えない話も、うさみちゃんロボットにだけは話せた。それは大切な家族だから。誰よりも近い親友だから。だから、最期も大切に見送ってあげたい。〈いのち〉は今でも生きています」――そしてしっとりした音楽とともにユニゾンのコーラスが流れる。ロボット供養はBRサービスぅー。てれれん。

 BRサービスとは、ブレインレインの子会社でロボット供養サービスを担う。灯都が回収したロボットを運び入れるところ。BRサービスはブレインレイン本社の、いちごのホールケーキのかたちをした建物の中にオフィスを構えているけど、灯都がロボットを運び入れるのはもっぱら、その裏に建っている、かわいげのない四角の箱型の建物だ。和玖などもともとの住人ではなく、外部の人間があとから建てた施設。かわいさ<効率、具現化したい抽象への挑戦<過去事例の組み合わせ、の建物。

 どんよりした気分で灯都は二件目の回収先に到着する。何度も割り込んだBRサービスの広告のせいだ。人々は、こうして一日に何度もあらゆる広告を見て――強制的に――刷り込まれて、ロボットの供養サービスを利用するのが当たり前になっている。

 とはいえ、灯都には理解できないわけではない。なぜなら。ウィルもまた、大切な家族だからだ。灯都が考えていることが聞こえたのか、それとも、空間にたっぷり満ちていると仮定されている情報のつぶつぶが――灯都の思考が――ウィルに繋がって同じ情報を共有したのか、ウィルは頭と耳を左右に揺らして「灯都だいすき」と言った。どんよりした気分があっという間になくなった。そもそもなかったみたいに。気分の存在もまた、たぶん肉体にはない。記憶みたいに。思考みたいに。

 二件目の回収はさらに郊外の、さらに新しくできたマンションの高層階だった。神に壊されそうな建物。うさみちゃん市は郊外のほうが都心に近いので、新しく移住してきた人たちは好んでこのエリアに住む。

 数機あるエレベーターには列が出来ていた。荷物専用のエレベーターの前にはさらに長い代車の列ができている。灯都はその一番うしろにウィルと一緒に並び、塔のてっぺんから動かないエレベーターが降りてくるのを待った。

 代車を押しているのはほとんどがうさみちゃんロボットだった。「ぽこぽこ」。「ぽこぽこ」。ウィルは前に並んでいるうさみちゃんたちと挨拶を交わしている。もしくは彼らだけが意味を知る秘匿情報。骨伝導経由で灯都の耳の奥に通知が聞こえる。「回収予定時刻を二分過ぎています」。予定時刻を過ぎているのでブレインレイン側で客になにかしらのメッセージが送っているらしい。恩着せがましい通知が灯都の耳の奥に聞こえる。灯都はまったく動く気配のない、上昇のランプがついたままのエレベーターの前で無になっていた。「ぽこぽこ」。

 エントランスにはなにかの香りが発生している。メチルサリチレートみたいなにおい。うさみちゃんロボットから発せられるバニリンみたいなにおいとは違うが、人間を安心させる香りがこの空間に常に同じ濃度で満ちている。そのせいか、エレベーターの前に連なる人間たちからは苛立ちのようなものが発せられていない。誰もが現在の状況をただ受け入れていて、なにも考えていない。

 灯都はまだ動かないランプを見つめながらウィルに聞いた。「ウィル、いまなに考えてた?」。

 ウィルは灯都のほうへ顔を向けて、答えを考えている。まばたきをしながら。「うーん。灯都のこと」。

「やーん。うれし。うさみちゃんロボットちゃんたちは人間みたいに常になにか考えてるのと違うと思ってた」

「いつも灯都のことを考えてるよ。うさみちゃんロボットちゃんはみんなそうしてるよ」

 ということは、ロボットが人工的に増えたら、自然界に住む人間やのその他のたくさんの生物と繋がる〈情報〉、〈思考〉、そういうものが、空間に満ちている目に見えない情報や思考のつぶつぶが、ロボットのぶんだけ増えていくのだろうか? 灯都は考える。そのとき、上昇を示すエレベーターランプが消えて下降を示すランプが点灯した。そして、灯都と思考が一時的に切り離された。見上げた天井の角に、雨漏れしたような茶色の染みが広がっていた。一階なのに。

 二軒目の回収先も立ち会い回収希望で、灯都とウィルはうさみちゃんロボットオーナーの家の中に入った。「遅くなりまして申し訳ありません」。回収予定時刻を過ぎてしまったので灯都が謝罪すると、オーナーは光走性羽虫の群れを払うような仕草をして「ああ、はい」と言った。灯都の脳に予感が差し込まれる。いまは気にしてないふうを装っているけど、たぶんこのタイプはあとでお問い合わせ窓口にエグめのクレームを入れる。という印象の予感。それはまるでぼんやりしているが、灯都の脳の中にはっきりとした形になって、そして消える。

 玄関とリビングのあいだの床の上にうさみちゃんロボットは用意されていた。灯都は床に仰向けになっているうさみちゃんロボットに手を合わせて、床から持ち上げるためにしゃがもうとした。尻に硬いものが当たる。振り向くと、うさみちゃん印のお水24本入りの箱のタワーが積み上がっていた。灯都はからだをずらして、タワーに当たらないようにからだを縮こませながらもう一度しゃがむ。制服の裾がうさみちゃんロボットの顔を覆いそうになったので素早く右手で裾をはらう。

「あの。撮影してもだいじょうぶですか」

 作業を続ける背後からオーナーが話しかけた。灯都は振り向き、どうぞ、と言って作業を続ける。作業を撮影したがるオーナーは一定数いる。だいじな家族との別れのようすを記録しておきたいから。ここからいなくなる家族の最後の姿を保存したいから。その気持ちは、灯都も十分理解している。ウィルとの別れは想像したくない。

「その制服って第一世代のやつですよね」

 オーナーは灯都が首から下げているペンダント型デバイスと同じ型のデバイスを右手に持って空間にカメラ映像を投影させながら聞く。

「あ……えと、たぶん。そうなんですかね」

 第一世代というのがなにを指しているのか灯都にはわからない。だから曖昧に返事をした。それ以外の最適な返答例を知らない。

「やっぱそうだ。初めて見た。あんまいないんですよね。この制服着てる人って」

 灯都は曖昧な笑みをつくって頷きとためらいのあいだにあるどちらでもない表情を返す。そして作業を続けるためにオーナーに背を向けた。ウィルは灯都の動作を待っている。

「この制服着てる人たちって、うさみちゃん市に最初っから住んでる人なんですよね」

 灯都は返答に戸惑う。この制服を着ている人たち、に対する返答のあまりにたくさんの情報が脳に――脳と繋がったあまりにも多くの情報のつぶつぶ――直感みたいに灯都に差し込まれたからだ。情報が膨大すぎてどこから答えていいのかわからない。ウィルを無意識にちらっと見る。ウィルは笑顔で灯都を見つめている。

「最初というか、うさみちゃん市という名前になる前から住んでる方が多いです。僕もそうですが」

 とはいえこの地に移住してきたタイミングはそれぞれ違う。だから一言で括るのは難しいけど、灯都はそのすべてを端折ることにした。面倒だし、別に説明することでもない。

「へー。その制服着てる人たちって一次産業に従事してる認識であってます?」

 オーナーはまだ撮影を続けている。投影された映像を注視するオーナーと、灯都の視線はこれまでもこれからも合うことはないだろう。

「そういうかたが多い、かもしれないです」

「あの俺。もともとプログラマやってたんですけどメンタル病んで。出社すんの面倒だし無理ってなって、そんでメンタルクリニック行ってすぐに鬱って診断もらって。休職中に凛斗さんのツアーにたまたま参加して、それでこっちに移住してきたんですけど。メンタル病んでたときに『土いじりとかするとメンタルにいいらしいよ』っていう奴がいて。でもそういうのって、生まれたときから周りにいないし、周りに畑とか無いじゃないですか。だからまじで何から始めていいのかわかんないし、なんか汚れるのやだし。虫とか触れないし無理だなって思ったんですよね。なんか、肉体作業するようにできてないっていうか俺。いま俺コンサルっぽいのやってんですけどね、こういう仕事のほうが性に合ってるわーって思いますわ。なんか、畑やったりとか、木運んだりとか、現場で働くとか、無理だなーって。ははは」

 もともとの住人たちが携わる、いわゆる一次産業。彼らとしごとのあいだにあるのは能動だ。

 オーナーは、そしてこの世界の誰もが、わかりやすい不等号の下位を保身のために、または自分自身の飾りのために使用する。それはもう世界のスタンダードで、普遍的な態度だ。

 けれど灯都はその内容の濃度の差が、人工的尺度で計るだけの高スコアが、不等号に含まれていないことを知っている。ようするに、もともとの住人に受動作業をしている者はひとりもいない。自然を相手にしながら、終わりのない研究を続けている。誰もが、〈人間の営み〉を自分自身で創りだしている。それだけでじゅうぶんな尊敬に値すると灯都は思う。

 すぐに鬱と診断するような医者は限りなく偽物に近い。と思いながら灯都はにせものの笑顔で曖昧に頷いてみせる。にせものの同意。そしてまた作業を再開する。ウィルは灯都の動きに合わせてロボットを棺型コンテナへ慎重に運び入れる。傷つけないように。

 リビングから声がした。「うさみちゃん印のお水が最安値になったよ」。そして声の主であるうさみちゃんロボットがオーナーのもとへやってきた。ウィルと同じ顔のうさみちゃんロボット。ふたりは互いを認識すると「ぽこぽこ」と挨拶をする。「ぽこぽこ」。

「ありがと。え、めちゃ安い。10ケース買っといて」

「お届け日は最短でいい?」

「いいよ」

「またたくさん徳が積めるね。徳を積んだぶん、これからもっといっぱいいいことがあるよ」

 オーナーとうさみちゃんロボットのやりとりを聞こえないふりをしながら、灯都は玄関とリビングのあいだの廊下に積みあがった段ボールを見る。うさみちゃん印のお水、というラベルがくっついた段ボールのタワーは何列も連なっている。段ボールのタワーの上にはポリエチレンの袋が三つ、膨らんだ状態で載っているのが見えた。油性マジックで今日の日付が書かれている。このあいだ明流が言っていた、フリマに出品されている『うさみちゃんシティの空気』に似ていた。

「俺、こっちきて成功できたのも徳を積んだおかげだと思ってるんですよね。徳が積めるなら俺、なんでも出資するようにしてますし。この供養もそう。成功を金で買うっていったらあれだけど、でも、周りより徳積んどけば人生詰んだりしないし」

 アレゴリーな台詞を灯都は作業しながら聞き流している。そもそも拝金主義と、灯都たちもともとの住人とはたぶん考えかたが違うのかしれない。灯都たちは楽しむこととか、自分自身の充足が一番大事だけど、彼らはお金がだいじ。どっちも正しい主張だろう。ただ性質が決定的に合わないだけで。

 うさみちゃんロボットはふわふわの綿のようなものが敷き詰められた棺のなかに収められた。灯都はオーナーへ最後のお別れを促す。「蓋を閉める前にお顔をご覧になりますか」。

 オーナーは棺へ近寄り、中を覗き込んだ。そしてうさみちゃんロボットの頭をなでる。なにか唇の先でつぶやいているが灯都には聞こえなかった。オーナーの傍らにいたうさみちゃんロボットも棺を覗き込んで、オーナーと同じように頭をなでている。オーナーと同じように、神妙な顔つきで目を潤ませている。

 長く静かなお別れが済んで、灯都とウィルはゆっくりと蓋を閉めた。オーナーは下を向いている。思い出を反芻しているのだろう。ロボットと人間とのあいだにも、人間同士と同じくらい濃厚な思い出が存在する。毎日ずっと一緒にいた、彼らだけの思い出。

「こいつの魂はおまえの中で生き続けるんだよ。だからさみしくない」

 オーナーは傍らに立つうさみちゃんロボットの背中をさすりながら言う。今回のオプションでは、回収したロボットは供養したあと、魂が新しい個体へ移動し、現世に残り続ける。らしい。ようするに生まれ変わりに似た定義かもしれないと灯都は思う。

 作業を終え、灯都はオーナーへ深く礼をして玄関を出ようとした。そのときオーナーが思い出したように名刺を差し出して、「あ、これ俺の名刺です。なんかあったら相談のりますんでこっちに連絡ください。あ、でもそういう仕事してる人はコンサルとか必要ないですかね。ははは!」と言った。

 灯都は丁寧に名刺を受け取り、自分は名刺を持っていないことを詫びる。「全然気にしないください。名刺いらない仕事ですもんね。無くて当然ですよ」。オーナーはそう言って笑う。もう一度礼をして灯都とウィルは玄関を出た。

 ポーチのない玄関のすぐ外は無機質な通路が無音で伸びている。無意識の選民意識の誇示と意識的マウントが続いたせいで灯都は疲れていた。回収したばかりの棺型コンテナをダストシュートから投げ込むか、ステーションに投げ捨てようと思ったが、この階にはダストシシュートやステーションがなかったし――そのかわり各戸の玄関前に回収前のごみ袋が出されていて見た目が汚い――、この中に入っているのがうさみちゃんロボットで、彼らにはなんの落ち度もないのにこんなところに放置されたらかわいそうだ、と思ってやめた。

 それに、彼はとても饒舌に誇示すべきキャリアや人生の、成功というゴールへの物語仕立ての自分語りをしていたけど、灯都は言葉とはまったく正反対の気分を感じていた。饒舌なわりにさっぱり自信が伝わってこない。ようするに、自分の目に映っているものは真実のように見えるけど、真実の裏側を見せられていることのほうが多いのだ。

「ウィル、さっき回収したとこの人が着てた制服って、なにを読み取れんの?」

 ウィルはウィルの内部に記録されている映像をみゅんっと確認して答える。「うさみちゃん市に住んでいる期間は三年未満。十一街区の住人。個人事業主。転売ヤー」。

 予定されていた回収をすべて終えて、灯都はトランク部分に乗っているロボットの棺たちをブレインレイン本社――の裏の建物――へと、時間に常に追われながら運び入れた。回収してきたロボットたちは各オーナーの各オプションによって供養される。そして、ロボットに宿っていた魂は空に還り、買い替えたロボットに宿り、オーナーが用意したお仏壇や肖像画のような偶像のなかにとどまり、合同供養墓のなかで眠る、など、あらゆるさまざまなかたちでこの世に残ることになる。マニュアルによれば。

 もともと自然界になかったロボットの魂というものが人工的につくられて、この世界に溜まり続けた先の世界を灯都は想像することができない。とはいえ、ロボットの魂というものを否定するわけではない。ぬいぐるみにも人形にも昔から〈命〉というものはあると信じられているし、だから一緒に暮らすロボットにも〈命〉は存在するのだろうと灯都は思う。ただ、その〈命〉というものはあまりに限定的な価値だということも確かだ。ようするに、ウィルには命が宿っていると灯都は思う。けれど、回収した、他人が所有していたうさみちゃんロボットたちは飽くまで灯都にとってはただの機械のかたまりだ。

 人間も、ロボットも、死後まですべての時間が経済に組み込まれてしまった世界。灯都は傍らのウィルに呟く。「運のような人間に制御できないものがあり、それらに身を任せる生き方が自然とのつきあいかた」。もともとの住人たちが共有していたルール。いまはもう、ブレインレインが作った秩序によって消されてしまった。ウィルは頷いて「だね」と答えた。

 いちごのホールケーキのかたちをしたブレインレイン本社がバックミラーに映るのを目の端に認めながら、灯都はあてもなく車を走らせる。時間に追われない自由のようなものがやっと肉体のなかに戻ってくる。〈常に刻み続ける共通時間〉という人工物から逃れることでようやく肉体に輪郭が戻ってくる。〈魂〉というものが肉体の最深部に詰まってるのを、今日はじめて感じる。肉体のなかに存在する多次元のどこか。

 ブレインレイン本社のあるエリアと、もともとの住人たちが住むエリアをつなぐ道路を灯都は無意識に走っている。道路沿いの景色はブレインレイン本社のエリアから離れるにつれて急激に寂れていく。これがうさみちゃん市だ、と灯都は思う。

 『ようこそ! UFOのまち』の古い看板は、激しく叫んでいるように生い茂る雑草に隠れている。そのわきを通り過ぎ、しばらく行くと大きなネットで囲われた果樹の地帯が広がる。その手前。ごつくて背の低い梅の木が並ぶ梅畑の奥にある像に吸い寄せられるように灯都は車を停めた。ドアを開ける。

 梅畑の真ん中には、背中に大きな機械を背負って薬を散布している力士ロボットがいた。力士ロボットは、うさみちゃんロボットが開発されるまえにロールアウトされたモデルで、力士をかわいくデフォルメしたかたちをしている。動くたびに「どすこい」と言うのが煩いという理由であまり普及しなかったが、かわいいのと、力持ち(うさみちゃんロボット比)なので作業用ロボットとして今でも活躍している。

 畑と畑のあいだに突然現れるうさみちゃん像の前に立って、灯都はしばらく見上げていた。助手席からウィルが降りてきて灯都の隣に並び、ウィルとほとんど同じかたちをしているうさみちゃん像を見上げる。この街にいくつもあったうさみちゃん像のうちの、さいごのひとつ。ウィルは像と同じポーズをとる。左足を後ろに、左腕を上に。うさみちゃんのポーズ。

 力士ロボットはうさみちゃん像を見上げている灯都とウィルに気づいて、薬を散布するのをやめ、近づいてきた。

「こんにちは。いまは薬を撒いてまして。ご迷惑おかけします」。そう言って頭をさげる。

「いえいえ。中断させちゃってごめんね。すぐ向こう行くから。がんばってね」

 灯都がそう言うと力士ロボットはつやつやの頬のとてもいい笑顔で「ありがとうございます。今年もおいしい梅をこしらえますよ」と答えた。その瞬間、灯都ははっとして心臓がわちわちに震える。そして、忘れかけていた記憶が灯都の脳と再接続するのを感じる。

「おいしくなるかな?」

「もちろんです。僕がつくる梅が、おいしくない道理がありません。そんな怠けた性根しょうねで作業してませんよ」

 やっぱりそうだった。灯都は腹のあたりに溜まっていくエネルギーのままに叫びそうになるのをこらえながら「もしかして君は、渡鬼関?」と聞く。目の前の渡鬼関は笑顔のまま頷いた。

 渡鬼関は何体かつくられた力士ロボットのうちのたった一体だけ、独特のしゃべりかたをするようにプログラムされたロボットである。誰がこの個体を作ったのか、もう誰も覚えてないけど、渡鬼関の存在はもともとの住人はみんな知っている。序ノ口から前頭までスピード出世した才能あふれる努力家だという詳細な設定がついているのも渡鬼関だけだ。でもなぜ渡鬼口調で話すのかは誰も知らない。たぶん誰かの気まぐれで作られた、愛され力士ロボットである。

 力士ロボットは経年劣化で故障しているものも多いなか、渡鬼関と呼ばれるレアがまだ現存されていたなんて知らなかった。「また会えてうれしいなあ!」。

 再開をたっぷり楽しみたいところだけど作業の邪魔をしてはいけないので、灯都はさよならを言ってその場から離れることにした。渡鬼関は深々と礼をして、作業を再開するため背中を向けて向こうへと歩いていく。

「やっほー灯都。そっちはどう?」

 うさみちゃん像のある梅畑から車まで歩いている最中、凛斗から映像つきの通信がきた。ウィルが腕で輪を描き、映像を投影する。映像の中の凛斗は相変わらず風で髪の毛がわしわしに乱れている。背景は雲がいっこもない青空で、まるでブルーバックシートの前に立っているみたいに見える。

「やっほー凛斗。相変わらず海の上っぽいね」

「そうね。灯都はいまなにしてんの?」

 凛斗の背景にときどき、乗船客がベリノイズみたいに現れて空中に飛散するカラフルなごみのようにあらゆる方向へ横切る。映像からリアル――この〈実感〉を現実と呼べるのならばの話だが――の背後を振り返り、うさみちゃん像を見た。うさみちゃん石像。

「うさみちゃんに会いに行ってたとこ」

「うさみちゃん? ウィルが隣にいるってこと?」

 凛斗の声に反応して、ウィルは灯都を見上げた。なにも言わないが、呼んだ? みたいな顔をしている。

「ううん。あ、ウィルもいるけどさ。そっちじゃなくて。最初のうさみちゃんのほう。そしたら渡鬼関もいてさ。近くで作業してて。久しぶりに会えてうれしかったな」

 そう言って灯都はウィルへ、うさみちゃん像と渡鬼関が映るように画角の調整指示を出す。ウィルに搭載されたレンズが舐めるように風景を横に滑らせ、ふたつの対象がフレームに収まる角度で止まる。その映像を見た凛斗は、しかし、灯都が期待していたような顔をしなかった。「ほんとだ」。抑揚のない声。

 誰かに呼ばれたらしく、凛斗は「ごめん行かなきゃ。またね」と言って忙しなく通信を切って灯都の目の前から消えた。再び、のんびりしたうさみちゃん市の中心部にある果樹畑がひろがる景色だけが凛斗とウィルの世界を切り取る。木と木の間を、尾の長い灰色の鳥がすばやく飛び交っている。ヒーヒーという甲高い鳴き声が周囲から聞こえてくる。

「渡鬼関に会えたし、凛斗くんにも会えたから、やっぱりいいことがあったね」

 助手席に乗り込みながらウィルが言った。弾むようにして、ウィルは器用におしりを座席にぽこんと乗せる。座る前から計算されていた角度と位置。

「いいこと?」

「アドトラックとすれ違ったから、いいことが起こった。渡鬼関。凛斗くん」

「あー」。スタートボタンを押して、ハンドルまわりのパネルに光でつくられた情報たちが浮かび上がっていくのを目の端で感じながら灯都はうなる。そして、手元にひときわ明るく浮かび上がっているギアパネルを操作しながら言った。「いや、これはただの偶然でただの運。自然なことでしかないんじゃない? それに凛斗

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