57.犯人の正体
「アルバイトの張り紙を探し歩き、疲れたらここに来たり、公園でボーっとしたり。そんなことを続けていた。コンビニのバイトの面接をしたこともあったけど、人前に出ると言葉が出なくなり、不採用だった。不甲斐ない自分にますます嫌気が差し、さっさと自分の人生に幕を引きたいと願う毎日だったなぁ」
流暢に喋るマスターを見ていると、そんな時代があったなんて信じられない。
おそらく元々は気さくでよく喋る人だったのだろう。
俺は頷いて話の先を促した。
「そんなとき、ある噂を聞きつけた。『七つの試練』というものをクリアすれば、何か一つだけ願いが叶うという伝説でね」
「ええっ!? それって……」
「知ってるかい?」
「石を岩の上に三回連続で乗せたり、スマートボールしたりするやつですか?」
「そう、それだ。意気消沈として公園のベンチで腰掛けているとき、子どもたちが話しているのが耳に入ってね」
まさか俺の流した噂がそんな大人にまで届いていたとは驚きだ。
「まさか挑戦したんですか?」
「ああ。とにかく時間だけはあったし。小学生から詳細を聞き、どんな試練があるのかをメモしてね。もちろん別に信じたわけじゃない。ただ何かをしていたかった。大人になってからの雲梯とかキツかったけど、なんとかクリアしてね」
「なんかすいません」
思わず謝ってしまうと、マスターは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「なんとか『七つの試練』を達成し、約束の地で願いをかけたんだ」
「なんて願ったんですか?」
「ずっと『消えてなくなりたい』と願うつもりだったけど、フードコートに行って気が変わってね。大好きなカレーを食べて喜ぶ子どもや、注意しながらも楽しそうな母親などを見て、自分が子どもだった頃を思い出したんだ。本当に幸せで、悩みなんて何もなかった幸せな時代を」
フードコートは子どもたちの夢の地だ。
それは今も昔も変わらない。
「そこで私はもう少し明るくて前向きな願いに変えることにしたんだ。『人生をやり直したい』ってね」
「夢は、叶ったんですか?」
そう訊ねるとマスターは「ああ」と頷く。
「私としては時が巻き戻って人生をやり直すことを期待していたんだけど、さすがにそれは無理だった。けど別の方法で『人生のやり直し』を与えてくれたんだよ」
「別の方法……?」
「約束の地に行って願い事をした後、ショッピングモールの一階で何となく宝くじを一枚だけ買ったんだ」
あのショッピングモールにある宝くじ売り場はよく当たると評判だったことを思い出す。
確か雪緒にもその話をしたはずだ。
「まさか当たったんですか!?」
「そのまさかだよ。といっても一等の何億円もする当たりじゃない。でも当時の私にしたら人生をやり直せる金額だった」
そんな都合のいい偶然あるのだろうか。
「あっ!?」
突如雪緒の言葉がフラッシュバックして声を上げた。
『七つの試練でお金持ちになる夢を叶えた人もいるって噂です』
そうだ。
雪緒は確かにそう言っていた。
あのお金持ちになったというのはこのマスターのことに違いない。
あのときは作り話だと勝手に決めつけ気にも留めていなかったが、あれは事実だったのだ。
「どうしたんだい?」
突然大きな声を出して驚いた俺を見てマスターが訊ねてくる。
「ちなみに宝くじが当たったことは誰かに言ったんですか?」
「言ったよ。『七つの試練』を教えてくれた小学生と公園で再会したからお礼を兼ねて教えてね。そのあとアイスをご馳走した」
人生をやり直せるお金を得てアイスというのはショボい気もするが、あまりに高いものを上げても不審者扱いされかねない。
アイスくらいがちょうどいいところなのだろう。
「そのお金でこの喫茶店を買い取ったんですか?」
「そう。前のオーナーがもう店を閉めようとしていると知り、迷わずに跡を継がせてくださいとお願いしたよ。とはいえ飲食の経験なんてないから、まずはアルバイトから。その後正式に私がオーナーとなり、内装もやり直して今のかたちになったんだ」
「そうだったんですか……」
この店がいま繁盛しているのはマスターの努力の賜物以外のなにものでもない。
とはいえまさか自分の作り出したデマが他人の人生を変えるきっかけになっていたとは、夢にも思わなかった。
雪緒が言っていたように、本当に伝説は言霊となって力を持ち始めたのかもしれない。
「マスター、俺も『七つの試練』に挑戦します。どうしても叶えたい願いがあるんです」
「おぉ、いいんじゃない。頑張って」
マスターは柔和な笑みを浮かべて頷く。
俺は居ても立っても居られなく、一気にホットケーキを食べてお会計を済ませる。
「あ、そうだ。『七つの試練』をするなら一つ気をつけて」
マスターは思い出したように俺に忠告をする。
「なんでしょうか?」
「妙泉神社の試練は一日三投まで。つまり一回きりだ。一日に何回もやるのは反則なんだ」
「あ、いや、それはあとから出来たルールですよね?」
そう指摘するとマスターはにやりと笑う。
「そう。私が付け加えたんだ。だって何回もやったらそのうち成功するだろ? 緊張感を持って一日一回限り。私が己に課したルールだよ。でもそれで願いがかなったんだから、正しいやり方だと思うよ」
「えー、あれの犯人、マスターだったんですか」
「犯人?」
「いえ、こちらの話です」
笑いながら俺は店を出て、急ぎ足で駅へと向かった。
そんなことで雪緒が目を覚ますのかは分からない。
でも試してみたかった。
雪緒は目覚めなかったとしても、一緒に過ごした日々の記憶は蘇る。
それだけでも十分価値はある。
さて、一日一回限りなら、まずはやはり妙泉神社の試練から始めるべきだろう。
まだ冷たさが残る春の空の下、俺は太陽を見上げて大きく息を吸った。




