第5章 運命のカフェ(後編)
偶然の再会から、物語は少しずつ新しい光を帯びていきます。
傷ついた過去を抱えながらも、
人の温もりに触れることで変わっていく環の心。
そして、彼女を包み込むように寄り添う凪と柊。
小さな一言や微笑みが、
誰かの世界を少し明るくすることがあります。
そんな“つながる瞬間”を感じながら、お読みください。
店員が新しいコーヒーを運んできて、
3人のテーブルの上から香ばしい香りがふわりと漂った。
凪がストローを指でくるくる回しながら、環に尋ねた。
「環さん、今はどうしてるんですか? お仕事とか。」
「えっと……派遣社員で、事務の仕事をしてます。
短期契約の……3ヶ月ごとに職場が変わるんですけど。」
「へぇ、派遣なんだ。」
凪が頷きながら、隣の柊を見る。
「ねぇ柊先輩、書類整理とか、細かいことやってくれる人ほしくないですか?」
柊は一瞬、考えるように視線を落とし、それから微笑んだ。
「……そうだな。」
そして、環の方へ向き直る。
「環、俺たちの会社に来ないか?」
環は一瞬、息をのんだ。
その声が、まっすぐ胸に響いてくる。
「えっ……わたし……?」
「うん。アークシステムズに。」
環は両手でカップを包みながら、少し俯いた。
「でも、私は……情報漏洩をした“犯罪者”です。
ご迷惑をおかけしてしまうので……。」
その言葉に、凪の表情が少しだけ変わった。
優しい声で、けれど真剣に。
「環さん……あの後、僕、調べたんです。
あの誤送信、環さんじゃなかった犯人。
見つけた時にはもう遅くて……環さん、謹慎中に退職
してしまってた。」
環の目がわずかに揺れる。
柊も静かに頷いた。
「俺たちもクロノスのやり方に疑問を持ってた。
環が辞めた後、叔父の柊真さんが責任を取って辞職して、
そのタイミングで俺と凪も退職して……アークを起業したんだ。」
「……そうだったんですね。」
環は小さく息をついた。
しばらく沈黙が流れ、カップの中で泡が静かに消えていく。
「わたし……」
ゆっくり言葉を探すように、環は口を開いた。
「“システム上では、あなたの端末から送信されたこと
になっている。”
って言われたことが、ずっと頭から離れなくて。
いくら“やってません”って言っても、
証拠があるって言われたら、それが正解になってし
まう。
だからこれ以上言ってもムダかなって。
……その前の会社でも、似たようなことがあって。
どこへ行っても同じことが繰り返されて、
謹慎中には反省文も書かされて……やってないのに、
何を書けばいいのかわからなくて。
悲しいのか、悔しいのかもわからなくなって。
だから、もう“いつでも終われる働き方”の方がいいか
なって思って、
派遣社員になりました。」
凪がストローを止めたまま、黙って聞いていた。
柊も何も言わず、ただ静かに頷いていた。
やがて、柊が口を開く。
「そうか……話してくれて、ありがとう。」
その声は、あたたかく包み込むようだった。
「俺は、環がそんなことをするとは思っていない。
冷静で、仕事は丁寧だし、いつも誰かを助けてた。
……だから、一緒にやらないか。俺たちと。」
環は驚いて顔を上げた。
柊のまっすぐな瞳と視線がぶつかる。
「……いいんですか? 私なんかで。」
「環がいいんだ。」
一拍の沈黙。
その一言が、静かな店内に温かく溶けていった。
凪がすかさず茶化す。
「柊先輩、告白しちゃってますよ~!」
「何言ってんだよ、凪。先輩をからかうなよ。」
「えー、だって今の完全に“好きです”って言ってましたよ!」
「言ってない。」
「言ってましたー!」
ふたりのじゃれ合いに、
環は思わず吹き出してしまった。
「……ふふっ。お2人、仲いいですね。」
「でしょ?」と凪が笑う。
「環さん、一緒にやろうよ。僕たちと!」
柊も頷く。
「環、無理はしなくていい。でも、俺たちは本気で誘ってる。」
環はカップを置き、小さく笑った。
「……お2人がよろしければ、お願いします。
でも、今の派遣先が来月末までなので、それまで待っていただけますか?」
「うん、それでいいよ。」
柊の声は穏やかで、どこか誇らしげだった。
「じゃ、決定だね!」
凪が明るく言い、カップを掲げた。
環は微笑みながら、その音に合わせてカップを軽く触れさせた。
――新しい弧が、ゆっくりと光り始める。
ご読了ありがとうございました。
柊の一言が、環の心の中に新しい“光”を灯しました。
信じてもらえること、名前を呼ばれること、
それは彼女にとって何よりの“救い”だったのかもしれません。
そして凪の明るさが、静かな時間の中にやさしい風を運んでいます。
次章では、アークシステムズでの新しい日々が始まります。
ゆっくりと進む“進化(EVOLVE)”の物語を、どうぞ見守ってください。




