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2-2「海辺の狐火」


 病院と怪談って、切っても切り離せないわよね…。

 真夜中の暗い廊下……だぁれもいない深夜のトイレ……霊安室から聞こえてくる謎の音……。

 あぁ、考えただけでもたまらないわねェ……。


 ……まあでも、今日のお話は厳密には病院の怪談では無いのよね。

 海にまつわるお話です。




 これは、私の友達から聞いた話なんだけどね……?

 その友達、名前を仮にBさんってするんだけど、彼女が高校3年生の頃に体験した話なの……。


 Bさん、その年の夏に交通事故に遭っちゃってね……。

 命に別状はなかったのだけれど、1週間ほど病院で過ごすことになったの……。


 Bさんが入院する事になったのは、海辺の近くに建てられた病院だったわ……。

 建物のすぐ裏手が砂浜で、どの病室の窓からもそれが見えるらしいの。




 ざざーん……ざざーん……。



 そんな波音が窓の外から聞こえて来るから、なんだか癒されるって、Bさん言ってたわ。

 それに、Bさんが入る事になった病室は4人部屋だったんだけど、Bさん以外には高齢のお婆さんが一人いるだけだったそうよ。

 そのお婆さん……才川さんっていうそうだけど、海の方をじーっと見てるばかりで、Bさんに一切反応を示したりしなかったんだって……。


 そんなBさんの入院生活だけど、しばらくしてから奇妙な事が起き始めたわァ……。

 それは入院してから3日目の夜、Bさんのケガも落ち着いてゆっくり出来るようになったころだったそうよ。

 Bさんが夜寝ていると、




 ぴちょん……ぴちょん……。




 窓の外から聞こえてくるかすかな波音に交じって、何か水音のようなものが、寝ているBさんの耳元に聞こえて来たらしいわ。

 それで目を覚ましたBさんは、枕元のスマホに手を伸ばして時間を確認したけれど、画面には午前二時と表示。

 起床時間にはまだまだ早かったわ。


「何なのよまったく……」


 そう言いながら目を閉じて再び寝ようとするBさんだったんだけど、何故か窓の外が無性に気になったそうなの。

 仕方なく彼女は、体を起こすと窓のカーテンを開けて外の様子を見てみることにしたわ。


 窓の外は昼間の美しい海辺の風景とは一変して、一面の漆黒が広がっていたらしいわ。

 辺りには外灯も無く、月や星も出ていなかったから、窓の外はまるで黒い絵の具で塗りつぶしたかのようだったそうよ……。


 そのただただ真っ黒いだけの風景の中を、何やら青白く光っているものが動いているのに、Bさんは気付いたわ……。


 それが海の上にいるのか、それとも砂浜の上にいるのかBさんには分からなかったけど、とにかくその真っ黒い闇の中を、ぽつぽつと小さな光の群れが列になって、彼女から見て右から左へとゆっくり……ゆっくりと、まるで何かの行列のように進んでいったの。


 Bさんは、それが何なのかさっぱり分からなかったけれど、なんだかその光が幻想的で綺麗で、そしてどこかもの悲しいものにも見えたんだってェ……。


 そしてBさんはそれから目を離すことがなぜか出来なくなってしまって、しばらくの間じーっと見ていたんだけれど、体感10分ほどでその光の列の行進はフッと消えてしまい、後にはまた真っ黒い闇が窓いっぱいに広がっていたらしいわ……。


 翌日、目を覚ましたBさんはすぐ横の窓の外の様子を確かめたけど、そこには朝日で照らされる白い砂浜と綺麗な海が広がっているばかり。

 昨日の痕跡らしいものは何一つ見て取らなかったわ……。

 そんな風にBさんがじっと窓の外を見ていると、


「狐火だぁよ」


 突然、いつの間にか起き上がっていた向かいのベッドのお婆さんが、Bさんの顔を見ながらぽつりと呟いたの。

 話しかけられたのなんて初めてだったから、Bさんは困惑しながら挨拶をしたわ。


「あっ……えっと、おはようございます……?」

「あれは狐火っていうんだぁよ」

「き、狐火……?」


 もしかして昨日見た、青白い光の群れの事を言っているんだろうか。

 Bさんが不思議そうな顔をしていると、お婆さんはけっひゃっひゃと猛禽類のように甲高い声で笑いだしたわ。

 それを見てさらに困惑していると、


「はーい、おはようございます。Bちゃん調子はどう?」


 と言って、病室の入り口からふくよかな中年の女性が入って来たわ。

 彼女は服部さんといって、Bさんの担当の看護師さんだったのね。


 服部さんはお婆さんの奇妙な様子を見ると、ため息をついてからBさんに「あまり気にしなくていいからね」と言ったわ。


「どうせ狐火がどうとか、変な事言ってたんでしょう?」

「え、はい……」

「……ねえBちゃん、昨日の夜、窓の外で何か光るものでも見たでしょう?」


 Bさんはドキリとしたわ。

 どうして自分の昨日の行動が分かるのだろうって。


「才川さんはね、アレを狐火だ狐火だって嬉しそうに言うけど、そういうんじゃないのよ」

「そうなんですか……?」

「ただのウミホタルなのよ、アレ」


 服部さんが言うには、今の季節になると夜の海岸にウミホタルが発生して、淡い光を発する事があるそうなの。


「だからね、あの人が変な事言っても気にしなくていいからね」

「は、はあ……」

「でも夜寝る時は、ちゃんと窓のカーテンを閉めて、外なんかあまりジロジロ見ちゃあダメよ?」


 そう言うと、服部さんは手に持ったバインダーに何やら記入をしてから部屋を出て行ったの。

 向かいのお婆さんは相変わらずニヤニヤしながらBさんを見つめていたわ……。


 その後Bさんは朝食を済ませると、昨日の不思議な出来事なんか気にしないように、ベッドの上で受験勉強に励んだわ。

 窓の外から聞こえる波の音が自分の不安感を洗い流してくれているようにBさんは感じたけど、それでもさっきお婆さんが言っていた「狐火」っていう言葉が、まるで喉に引っかかった魚の骨のように、頭から離れずにいたのね。


 それで、Bさんは勉強の合間にスマホでその言葉を調べてみたの。今の時代、なんでもネットですぐ調べられるのは便利よね……。

 さて……それで、Bさんが調べたところによると、このような説明が出て来たわ。




 ……「狐火」とは、火の気のないような、夜の野原や山中に急に現れる青白い火で、これが列を成したりして目撃されることが昔からあった。人々はこれらを狐が人を騙すために出していると思い恐れていたが、近年では自然に起こる発火現象が正体ではないかと見られている……。




 確かにBさんが見たのは、列を成して移動する青白い光の群れであったし、夜の海辺には火の気はない。

 なるほど、狐火と呼ぶ条件を満たしていたわけね。

 そして、その正体がウミホタルというのも、Bさん的にはなんだか洒落ているように感じたそうよ。


 そうして時間はあっという間に過ぎていき、消灯時間もとっくに過ぎて入院患者たちがみんな寝静まった真夜中になったわ。

 勉強とリハビリの疲れでBさんがぐっすり眠っていると、




 ぴちょん……ぴちょん……。




 ……って水音がまた聞こえてきて、彼女はまた真夜中だというのに目を覚ましてしまったの。


 もしかして……と思って、妙な胸騒ぎを覚えながら窓のカーテンを開けて窓の外を見てみると、まっ暗い闇の中を、昨日も見た青白い光の群れが列を作って、ゆっくりと、ゆっくりと右から左へと進んでいくのが見えたの……。


 その光の列は昨晩と同じように、綺麗で、でもどこか寂し気で……。

 Bさんはまたしても目が離せなくなってしまったの。

 その正体がウミホタルと分かっていても、その感じ方は変わらなかったらしいわ……。


 それからというものの、Bさんは真夜中に目を覚ましては夜の窓の外の狐火を眺める生活がしばらく続いたわ。

 そのせいで、若干寝不足気味になったけれど、それが誰かにバレることは無かったそうよ。


 そうして、ついにBさんが退院する前日になったの。


 その日は昼間にBさんのお母さんが様子を見に来てくれて、退院に向けての準備なんかも一緒にしてくれたんだけれど、その時Bさんは何気なく真夜中に見るウミホタルについての話をしたんだって。

 でも、Bさんのお母さんはその話を聞いて首を傾げたわ……。


「変ねえ……。ここら辺って、ウミホタルなんて出たかしら?」


 実はBさんのお母さんの実家がこの辺りにあって、ここら辺の事もよく知っていたの。

 だから、この海辺でウミホタルが出たなんて初めて聞いたらしいわ……。


「何かの見間違えじゃないかしら? そんな事より、あまり夜更かししちゃだダメよ?」


 そう言ってお母さんは帰っていったのだけれど、そんな事聞かされたBさんの心に、急に不安感が押し寄せて来たわ。

 そこで、改めてスマホでウミホタルの画像を調べてみたの。

 それまで、ウミホタルという単語は知っていたけど、そういえばBさん自身はそれをちゃんと見た事が無かったわけね。


 検索して出てきたそれは、Bさんが毎晩見ている物とは全く別物だったわ……。


(それじゃあ今まで見ていたものは一体……?)


 さらなる不安に襲われたBさんが、ふいに顔を窓の外に向けると、この入院していた1週間の間ずっと変わらずにあった、白い砂浜が目にはいってきたわ。

 でもBさんは、そこで別の疑問が浮かんだの。

 その砂浜は夏だというのに、この入院している期間ずっと、人の姿を見る事が無かったそうなの。

 それに気づいた瞬間、Bさんにうっすらとした恐怖心が降ってわいたんだって……。


 そして、その日の夜。


 消灯時間がとっくに過ぎたのに、Bさんはなかなか寝付けずにいたわ……。

 今まで夜見ていた光がウミホタルでは無かったのなら、一体なんだったのか。

 まさか本当にお婆さんの言う通り、正体不明の狐火だとでもいうのだろうか。


 そんな事が頭の中をぐるぐる駆け巡ってしまって、目も頭も冴えてしまって、眠れずに夜の時間はどんどんと過ぎて行ったの。

 そうしていると、Bさんの耳にあの、毎晩狐火を見る前に聞こえて来た水音がしてきたわ。




 ぴちゃん……ぴちゃん……。




 普段は眠っているBさんの耳に聞こえてきたものだから、何かの水音としか分からなかったけれど、起きている今それを聞いて、Bさんはハッとしたの。


(これは……濡れた地面の上を、誰かが裸足で歩いている音だ……)


 水音は窓の外、つまり海辺の方からしてくるようだったわ。


 水音なんか気にせずこのまま寝てしまうのが一番いい。

 そんな事は分かりきっていたことだけれど、確かめないでいるのもなんだか怖くって、結局Bさんは外の様子を確かめることにしたの……。


 Bさんが恐る恐る窓のカーテンを開けて外を見てみると、それまでと同じように、真っ暗い闇の中を青白い光の列が、彼女から見て右から左へと、ゆらゆらとゆっくり進んでいたわ……。

 今までは幻想的なウミホタルの光と思って見ていたBさんだったけれど、そうでないとわかった今彼女の目には、その青白い光の群れは不気味で恐ろしいものにしか見えなかったの……。


 それにしても、あの光は一体何なのか……。

 恐怖を感じつつも、Bさんはそれらの正体への好奇心を抱いてしまったわ。


 とはいえ、今から外に出て直接確かめに行く気にはなれない、どうしようかと考えているBさんの頭に、とある閃きが浮かんだの。

 それは、スマホのカメラの望遠機能を使って確かめる、というものだったわ。

 Bさんは枕元に置いてあったスマホを手に取ってカメラアプリを起動させると、レンズの付いてる面を光の群れに向けたの。


 スマホの画面にはBさんが自分の目で見たのと変わらない、真っ暗な闇の中を光の列が進んでいる光景が映し出されていたわ。

 それに向けて、カメラのレンズをどんどん近づけていくと……。


「ぎゃああっ!」


 画面に映し出されたものを見てしまったBさんは、思わずスマホを床に落として悲鳴を上げてしまったの。

 そこに映し出されたものは……。




 手、だったそうよ。




 提灯、燭台、ランタン、懐中電灯……。

 いろんな明かりを持った手だけの群れが、海辺の上を列を成してゆらゆらと歩いていたの……。

 そのあまりに異様な光景を目にしてしまったBさんは、カーテンを閉める事すら忘れて、すぐさま毛布を頭からかぶって、がたがたと震えたわ。


 これは夢だ、きっと夢だ、でなければあんな異様なもの、実在することになってしまう。

 だから寝なきゃ、寝て朝になれば、全部夢だったって事にしなきゃ。

 そんな風に、Bさんは必至で眠ろうとしたのだけれど、気持ちが焦るばかりで、一向に眠る事は出来なかったの……。

 そうしていると、Bさんの耳元にまた、




 ぴちょん……ぴちょん……。




 水の上を誰かが歩く音が聞こえて来たそうよ。




 ぴちょん……ぴちょん……。




 そして、その音はだんだんと大きくなっていくようにBさんは感じたわ。

 まるで、誰かがこちらに歩いて来るかのような……。




 ぴちょん、ぴちょん。




 どこか行って!

 こっちに来ないで!

 Bさんは毛布の中で必死に祈っていたのだけれど……。


 突然、毛布の下からでもわかるくらい、誰かが自分に向かって光を照らしたかのような眩しさがBさんを襲ったわ。

 そして彼女はつい、その光が何なのか確かめるために、毛布から顔を出してしまった。

 Bさんが見たもの、それは。




「すいません、ここら辺で見かけませんでしたか?」




 先ほどまで真っ黒いだけだった窓に、様々な明かりを持った手が、まるで夏の夜の虫のように、びっしりと張り付いていたわ。

 そして、その手たちは代わる代わる、Bさんに向かってなにかを話しかけてきたの。


「たぶん、ここら辺で落ちたと思うんですけれど」

「派手な色だから目立つと思うんですが」

「まだこんなに小さくって」


 そのあまりにも恐ろしく異常な光景に、Bさんが恐怖で固まっていると……。




「狐火だぁ! 狐火だぁ!」




 いつの間にか、向かいのベッドのお婆さんが起き上がっていて、Bさんに向かって、狐火狐火と言いながら猛禽類のような甲高い笑い声を上げ始めたの。

 窓の外には手の群れが、向かいにはげらげらと笑う老婆、そんな常軌を逸した空間の中で、Bさんはついに限界を迎えて大きな悲鳴を上げそうになったわ。


 ……その時。誰かが突然部屋に入って来て、Bさんの傍の窓のカーテンをシャッと閉じてくれたの。

 それは、看護師の服部さんだったわ。


「ダメじゃないBちゃん。夜はカーテンを開けちゃいけないって、ちゃんと言ってたでしょう?」


 服部さんは怒るでもなく、いつもと変わらない様子だったわ。

 でもそれがBさんは、逆になんだか怖く感じたそうよ。


「才川さんも! ……あまり若い子を怖がらせちゃあ、ダメよ?」


 服部さんに軽く叱られたお婆さんは、すぐにしゅんとしてベッドに潜り込んだわ。


「はっ、服部さん……あの、これ……これって……」


 Bさんはカーテンの閉められた窓を指さして、服部さんにこれが何なのか尋ねようとしたわ。


「大丈夫、特に何かするわけでも無いから」

「え……あのでも……」

「ただ朝方くらいまでは消えないだろうけど、あまり気にしないでね?」


 そう言うと服部さんは手に持ったバインダーに何かを書き込むと、そのまま部屋を出て行ってしまったわ。

 ただその直前、服部さんが窓の方をチラッと見て、


「はぁ……探したってもう見つからないでしょうに」


 ……ってため息交じりにポツリと呟いたのが、Bさんにはすごく印象に残ったそうよ。

 その後、窓の外のそれは、Bさんに話しかけてくる事こそ無かったものの、朝方近くまで消えずに窓に張り付いていたそうよ……。


 そして翌日、Bさんは昨晩の出来事なんて無かったかのように、淡々と退院手続きを済ませられて、服部さんを含む看護師の皆さんに見送られながら病院を後にする事になったの。


 この1週間、病院で体験した出来事は一体なんだったのか……。

 釈然としない気持ちでいっぱいになったBさんは、家に帰る車の中で少しでも答えになるようなものが見つかればって、あの海岸についてスマホで調べてみたそうよ。


 結果、あの砂浜には昔から、付近で起きた海難事故で死んだ人の死体がよく流れ着くらしいという事が分かったらしいわ。


 それがあの夜見た手だけの何かとどう繋がるのかはBさんには分からなかったけれど……。

 それでも、昨晩見たあの手たちを思い浮かべると、恐怖だけではなく何かもの悲しさを感じて、ひどく切ないような気持にさせられた……。


 Bさんは最後にそう言っていたわァ……。

 

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