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海の国の英雄  作者: 蔭西三郎
33/33

第33話・旅立ち。


 十兵衛に自分の出生の事を聞いてから、タケイルは沈む夕日を良く眺めるようになった。今までもそうだったが、その時から眺める意味が少し違っていた。

(あの夕日が沈む方向に、父母が居た天の国がある)

 まだ見ぬ遙か遠くの土地の事を、思い浮かべているのだった。


 春になり今年も武術大会が始まったが、タケイルはもう出場しなかった。


シュラは出場して激戦のザルタ予選を一位で本大会に進み、本大会でも他の剣士を圧倒して何と決勝戦まで進んだ。


決勝戦の相手はゼンキだ。


ゼンキとシュラは歴史に残るほど白熱した試合を繰り広げて、残念ながらシュラは惜敗した。

 だが、シュラは準優勝という名誉の結果だ。会場の誰もが優勝したゼンキとは僅かな差しかない事を知っていて、シュラを英雄と同じ扱いをした。


武術大会が終わり、アクロス・イシコロゲらの仲間と共に凱旋するシュラに同行してデルリ村に初めて訪れた者達がいた。

 それはなんと、優勝者のゼンキとバンブ村で会った旅籠の女主人ユキだった。


「タケイルどのが出場していないお陰で、また優勝する事が出来たわ。一段と腕を上げたシュラどのとは、危うい試合であったがな。たぶん来年には敵わぬであろう」

 と、来るそうそうタケイルに嬉しそうな声で言うゼンキだった。


彼の明るい大らかな性格は、デルリ村の仲間達とすぐに打ち解け仲良くなった。デルリ村の人々は思わぬ客人を迎えて湧き上がった。


海の国随一不世出の英雄となっていたタケイルの評判は、数度の優勝者ゼンキが尋ねてきて教えを請うた、と言う噂が伝わって更に上がった。


その噂を出した者は、他ならぬゼンキ本人であったのだから、間違いの無い噂だった。


「十兵衛どのこそ真の達人。もっと早くにお会いしたかった」

ゼンキは十兵衛に会って感激して師事した。

その後デルリ村に滞在して、少し体を持ち直した十兵衛に槍・手槍・体術などを教わっていた。


「いや、アランゲハどのらに頼まれた事を見にバンブ村に行ってみたらな、ユキさんにひと目惚れてしまって。それから何回となく出かけて口説いたのじゃよ」

 今二人は夫婦となって、ユキはカブールに住んでいるとの事だ。


「こんなに幸せで良いのかと思います。やっぱり、皆さんはユキの福の神でした」

 と言って、ユキは手を合わせた。


(鬼となり、何人もの生き肝を喰らったシュキが、ユキにとっては福の神で、俺たちやゼンキ殿を引き合わせたのだ・・)

 タケイルは不思議な気分になった。


「大会にタケイルどのが出場されていないので、後でこちらを尋ねるつもりだと言うたら、ユキが私も行ってお礼を言いたいというのでな。連れてきた」

 と照れた顔で言うゼンキは、稽古に通ってくる紗那王丸の飾らない謙虚な人柄に、いたく心を惹かれた様子だった。


「禅如様とはえらく違うわい」

 と呟くゼンキの声を皆が聞いていた。


 後々の事だが、ここで十兵衛や紗那王丸に出合った事で、ゼンキの運命は大きく変わることになる。



 ここ一年ずっと体調の思わしくなかった十兵衛が死んだ。


 デルリ村に、今年初めての初雪と言うには、余りに儚い淡いものが落ちてきた朝であった。


 突然の事ではあったが、十兵衛は自分でそれを予測していて、数日前に知り合いを呼んで別れを済ましていた。


イシコロゲやアランゲハらの仲間がテキパキと動き、連絡を受けた村人や門人が献身的に働いてくれた。


 十兵衛の弔いには、タケイルは何もする事が無かった。横たわった十兵衛の傍にじっと座ったまま、在りし日の事を回想していた。


 まだ小さい頃の父の大きな背中。

暖かいゴツゴツとした手。

満面の笑顔。

稽古の時の厳しい顔。

貧乏で少ししかない飯をお粥にして二人で啜るように食った事。

手を引かれて歩いた海岸線。

初めて見た逆風の剣。


 とりとめも無く思い出に浸っていたタケイルの頭に声が響いた。


「タケイル、定めなのだ。人はいつか死ぬ。今を精一杯生きるのだ」

 それは紛れもない十兵衛の声だった。


 目を見開いて、横たわる十兵衛の顔を見た。

「はい、父上」

 タケイルは庭に降りて、静かに剣を振った。

まだ見ぬ彼の地を思い浮かべながら。


              海の国の英雄・終わり




(続編「海の国から来た男」にストーリーが繋がります)


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