狩猟(裏)
今回ブラッドくんの視点です。
あと、文字のサイズなどいじってみたのですがどうでしょう?読みやすくなっていれば幸いです。
―――嗚呼。矢張り、走るのは良い。
ニンゲンの姿がさっぱりと消え失せて、クサレが闊歩する灰色の街を抜け、ブラッドはトオルと共に山間を駆け抜けていた。
しかし、矢張りトオルは速いな。彼が全速力で走ろうとも、それにピタリと付いてこれるヒトなど広い世界――人の認識するそれよりも狭いが――を探したところで、この隣人しか居ないのだろう。
故に思うのだ。
―――ヒトよりも寧ろ、トオルは己れらに近い生き物ではないのか。
ひた走ることすでに一時間。ヒトよりも遥かに優れた持久力を誇るブラッドの走りにトオルは疲れる様子もなく追従しているという異常性。
コレにはさしもの彼でも若干の驚きを隠すことができなかった。
しかしそれでいて嬉しさの方が勝り、内心仔犬の様にはしゃいでいる己がいることも又事実。
―――エミとも良く走ったものだ。
無論。トオルと違いあの少女にここまでのスタミナなど無かったが。
―――サチは……無理だな。
ふと思い浮かんだトオルの番も又。トオルと同じように走れるかと考えたのだが、その考えを一笑の下に捨てる。
あれは、良くも悪くも普通の女であろう。女同士で発情し合うのが果たして普通かは彼にとっても甚だ疑問ではあるが……。
―――それでも、二人が笑い合うのならば、それは良い事だろうて。
ブラッドが人であれば、恐らく苦笑をその顔に浮かべていたであろう心持ちで、そう考える。
所詮己は犬で彼女らはヒトなのだ。その考えの有り様には違いがあって然るべき。そう彼は納得することとした。
ふと、彼のヒトよりも優れた鼻が、クサレが現れてからこの方。嗅ぎ慣れた肉の臭いを捉えた。
それを伝えるべく足を止めて、その場に伏せれば追走していたトオルも又足を止める。
「見つけたの?」
ブラッドの耳へと顔を寄せた彼女が極々小さな声で問い掛けてくる。彼も又、肯定を示すように小さく小さく吠える。
彼自身はトオルと行動を共にするまでは、腹が空けば度々山へと入り肉を得ていたのだが、どうやらニンゲン達はそうそうと肉を得ることが出来ないのが今の世らしい。
これは彼も預り知らぬ事だが、人間達に住みかを追われ、人の手がなかなか入らない山奥へと住みかを移した野生動物というのは人の気配にひどく敏感になる。
いくらゾンビが現れ、人間が街から姿を消してから、我が物顔で元人里へと下りてくるようになった彼らとてその気配を感じればすぐさま山の中へと逃げ帰るのだ。
それゆえ、運良く仕掛けた罠に掛かる以外では滅多に手に入れられない。狩猟するにも熟練のハンターなどそうそうおらず、行うこともままならない。
家畜というかつて人が気軽に食べられた生き物も世話人の死や、人への警戒心を無くす程長く続いた共生関係が災いして次々に生存者の腹に収まったなどの事情を経て、今現在は細々と畜産を続けるコミュニティ以外ではすっかりその姿を消してしまっている。
食肉はこの世界において滅多な事では口にすることができない代物なのだ。
故に透は自身と幸の食卓を彩るべく。そして、ドッグフードという手軽に得られるモノの無くなったブラッドの食事情を重く見て肉の確保――すなわち、狩猟のため彼を連れて山を駆けているわけだ。
ブラッドは最初こそ、食い物を多く抱えた巣を得たのだから態々肉を狩る必要もなかろうと考えていたのだが、トオルとサチの二人が狩猟の必要性について話し合うのを聞いて考えを改めた。
―――ニンゲンの世は、真に奇怪よな。
隣人らが言うに、今の世では食料とは立派な金だと言う。確かに、過日に於いてもニンゲンらは常日頃から金を用いて何らかの交渉事をしていたのを覚えている。
自らもサイジョウの群れに迎え入れられる際、それを用いて引き取られた事も。
そして食料=金という図式が成り立つ以上。それを狙う輩も又現れるという事も。
過日に一度、ゴウトウなるモノを撃退した経験があるためブラッドはその事も知っていた。
ゆえに無くて困ることがあっても、有りすぎて困ることが無いのが食料なのだろう。
二人の話に耳をそばだてながら彼はそう納得する事にしたのだ。
ならば、それに手を貸す事も彼にとってイヤは無いことだし。実は楽しみにしている事もある。
よって、狩り場としていた山へと彼女を案内すべく共に走ってきた次第である。
尚。犬の食事量を見誤った透が、予想以上のペースで冷凍されていた肉を消費していたという事実については、ブラッドは全く知るよしもない事だが追記しておこう。
ともあれ、本日初めてとなる肉を見つけたわけだ。
「じゃあ、昨日言った通りに頼むね」
―――心得た。
短く小さく吠えて、ブラッドは姿勢を低くしたままトオルの下を離れて徐々に風上へとその体を移動させる。
すると、発見した肉――鹿の群れは風上から漂う狩猟者の臭いを感じ取り、下生えを食んでいた顔を起こして辺りを警戒するように耳を忙しなく動かし始める。
しばらく、その様子をブラッドは自らの姿を見せること無く観察していたのだが、頃合いを見計らって『ワン!』と鋭く吠えながら鹿の前に姿を現した。
一瞬で踵を返し、鹿は逃亡を図ろうとしたのだが、その横合いから"ひょう"と音を立てて飛来した矢が、大物数匹の脳天を撃ち抜いた。
音もなく木に上ったであろうトオルの仕業である。
ちなみに、通常猟犬を連れて狩りをする時は、狙うのは心臓であって決して頭ではない。
出血を促す意味も含めて、心臓に矢を射かけ、猟犬に追いたてさせるのだ。
ブラッドも気付いていないが、だいぶ常識はずれの狩り方である。
そんな事を露知らぬブラッドは、相変わらず呆れた身体能力嘆息するも、そのこを頼もしく思うばかり。
彼とて、初めは狩りなどしたことが無く失敗を多く重ねてきたが故に、頭を一撃で潰す事の難しさについてはよくよく理解していたからである。
ひらりと木から降り立ったトオルの下へと尻尾を振りながら近寄ると、彼女は彼に向けてグッと親指を立てた。
「いい連携だよブラッド。さっさと解体しちゃおうか」
そして、この解体の時こそが彼がこの狩猟に着いてきた最大の醍醐味である。
―――久しぶりに肝にありつける。
そう。彼の楽しみは内臓である。
内臓というのは、存外扱いが難しい。端的に言えば腐りやすいのだ。
かつての社会では"ホルモン"と呼ばれて、焼き肉に行けば気軽に口にすることが出来るのだが、今の世ではそれこそ口にすることなど出来はしないだろう。
罠に掛かったモノのそれは、ひどくうっ血しているか。または、暴れた為に破れた毛細血管から流れた血によって汚れていてとてもではないが食べられる代物ではない。
また、運良く狩猟に成功したとしても、解体の知識と腕が無ければ台無しにしがちである。
故に今の世では、腕の立つハンターしか食べることの出来ないごちそうとも。または、幻の食材とも化しているのが内臓だったりする。
仕留めた鹿の血抜きを終えると、トオルの鮮やかな手付きの下、鹿は食肉へと姿を変えていく。
そして、トオルの手にした小豆色の肉塊を見た瞬間。ブラッドの口内には涎が溢れ返った。
―――実に美味そうな肝だ。
しかし、それをくれと催促はしない。待っていれば、それが彼女の手によって腹だけでなく心を満たすモノに姿を変えることを知っているからである。
トオルは胸の孔からフライパンや携帯コンロを取り出すと、鹿の皮と肉の間にこびりついていた脂を使ってそれを焼いていく。
彼女と出会うまでは生肉を食していたブラッドだが、今では生肉など口にしたいとは思わない。
―――ヒトの手によって焼かれた肉というのは、どうしてこうも心を満たすのか。
かつて乾くような飢えを癒すことの無かった生の肉。彼は、二度とそれを口にしたくはない。
「ほーい。ブラッド、熱いからもうちっと待っててね~」
じゅうじゅうと音を立てて焼かれている肝を見て思うのだ。
―――ずいぶんと、己れは丸くなった。
体格の話ではなく。飢えによって研ぎ澄まされていた精神を失ったからこそ、そう感じる。
―――だが、これでいいのだろう。
かつて失った寄る辺をこうやって再び得ることができたのだから。
失っていた温かさに、今包まれているのだから。
焼かれた肝が冷めるのを待つ間。ブラッドの尾は終始楽しげに振られていた。
10/25(金)投稿。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
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※現実では、野性動物の狩猟には免許が必要です。決して真似しないでくださいね!




