ドレイク男爵令嬢②
ラスティ視点です。
夏休みが終わって新学期が始まった。
ディレイトは無事に進級して僕のクラスに編入してきた。
アリシアもエレノアと同じクラスに編入できたようだ。
夏休みの残り数日で僕は王宮に戻って両親に相談したことがある。
来年の夏休み後半にある聖騎士団への入団テストを受けること。
卒業すれば結婚してエルタード公爵家に入るから時間のまだ取れるうちに受けたかった。
受かれば半年間の訓練に行かなくてはいけないので学校に行けなくなる。
そこで半年早く卒業試験を受けて、あとは卒業式とパーティに参加する形を取りたいと申し出た。
僕の入団試験は王族であるから形だけなんて思ってる奴らに、ぐうの音も出ないほど力を示さなければ、あとあと舐められるので勉強の他に訓練もしたいから週末の公爵家での勉強も休みにしてもらう予定だ。
結婚してすぐにあとを継ぐわけではないのでエルタード公爵にも相談して了承を得ている。
時間が惜しいと思っているのに新学期そうそう学園で不愉快な噂が広がっている。
件のマリアが苛めを受けているという噂だ。
それも僕の可愛い可愛い婚約者が犯人とされている。
心優しい彼女がそんな事をする必要が無い 。
僕がマリアを溺愛していて嫉妬に駆られたと、何とも陳腐な理由だ。
僕がエレノアを溺愛してるのは周知の事実のはずなのに!
それにマリアはディレイトにもちょっかいを出しているらしい。
ディレイトの婚約者にも苛められているとの噂も飛び交っている。
ただ、まだ入学していないディレイトの婚約者がどうやってマリアを苛めることができるのか。
ただ、僕は煩わしいとは思っていても、そこまで深刻には受け取っていなかった。
この噂を信じているのは男子生徒のみだということ。それも彼女に群がる男子限定。
恋は盲目とはよくいったものだ。
マリアは相変わらず自分は全ての男に愛されて当然だと公言している。
本当に訳の分からない思考だ。
一夫一婦制の我が国では王族は別として基本、伴侶は1人。
先王はかなりの側室がいたが、今現在の王族は伴侶は1人しかいない。
現王様だって伴侶は王妃様1人。
だからこそ彼女の言動と行動は理解出来ない。
結婚もせずに思わせぶりな態度のまま侍らせるつもりなのか、全員と淫らな関係を結ぶつもりなのか。
誰かと結婚しても他の男の愛を受け入れるつもりなのか。
何にしても僕には理解できない。
それに相手側の心理も分からない。
全ての男に愛されて当然と公言している女性の心が自分だけに向けられると信じているのだろうか?
それとも複数人と関係を持ち続けても愛し続けるだけの自信があるのだろうか?
僕はエレノア1人を愛したいし、エレノアには僕だけを愛して欲しい。
取り巻きの男子生徒の婚約者達は破棄をすべく証拠を揃えて自分の親にも相手の親にも送り付ける準備をしているらしい。
学校側も困っているようではあるが注意喚起するに留まっている。
授業の後、庭に設置されているカフェスペースでエレノアとお茶を楽しんでいた。
「ドレスは気に入ってくれた?」
僕は王妃様の誕生日パーティー用に水色のドレスと僕の瞳と同じ碧の首飾りとイヤリングをエレノアに送っていた。
デザインはエレノア好みのシンプルで清楚を心がけた。
「はい。とても素敵です。言い方が悪いかもしれませんが、あれを着てラスティ様の隣に立つのが今から楽しみです」
エレノアの言葉に笑みが零れる。
「エレノアが可愛すぎる」
僕は隣りに座るエレノアをそっと抱きしめ、体を離す直前にチュッと軽く口にキスした。
途端にエレノアの顔が赤く染まる。
エレノアは本当に初心で可愛い。
「ラルセル様はいつお戻りですか?」
エレノアは真っ赤になりながら取り繕うように聞いた。
今、兄上は仕事の関係でレシュレル国に行っている。
「王妃様の誕生日までに戻れたらいいなって言っていたけど、もう少しかかるかも」
「そうですのね。誕生日のプレゼントは直接渡せそうもないので王宮の方にお送りして」
「ラス様、こんにちは」
エレノアとの穏やかな一時に水を差すマリアの声。
それもエレノアの言葉に被せて話しかけるとは!
「……」
返事もしたくない。
子供じみているが、本当に喋りたくないほどに煩わしい。
たぶん、あの噂の出処は彼女だし。
エレノアを貶める人間とは話したくない。
「ウィル様にはどこでお会い出来るのかしら?」
マリアが気にした風もなく話しかけてくる。
「君が知ってどうするつもりだ!」
僕が、冷ややかな目を向けているのにマリアは赤くなる。
「ウィル様にお会いしたくて!ウィル様と私は相思相愛なのです」
瞳をキラキラさせて言う様は一途な乙女のようであるが一方通行のそれもこの間一度会っただけなのだから陳腐以外の何ものでもない。
「彼は君に会ったことも名前を告げたことも無いと言っていたがどこで会ったんだ?」
「ゲームの中でですわ。ウィル様は私に愛を囁いてくれましたわ。あの方は王家の隠されし子で強大な魔力と忌み嫌われる黒髪のせいで北の塔に長らく幽閉されていたのですが、魔力を持つものは必ず学園に通わなければならないという決まりがあって、王家の方は渋々学園への入学を許可するのです。そこで私と出会い、孤独で凍てついたウィル様の心を私が溶かすことで相思相愛になるのですわ」
マリアが興奮して早口で捲し立てるが意味がわからない。
後ろの男子生徒諸君も困惑している。
エレノアはギョッとして目を丸くしている。
隠されし王家の子供の部分は当たらずも遠からずだ。
強大な魔力を持つというのもまあいい。
だが、この国で黒髪が忌み嫌われるものではない。
現に学園にも少ないながらも黒髪の生徒が何人かいる。
魔力を持つ者が必ず学園に入学しなくてはならないという決まりは無いし、100歩譲ってあったとしても王立の学園なのだし、隠している人間を態々入学させるような愚行を犯すとは思えない。
それから、ウィルは感情の起伏はあまりないが心が孤独で凍てついてなどいない。
何より学園に入学する予定は無いからマリアに出会うこともない。
そもそも彼女は卒業出来るのか?
彼女は普通科で一般教養を主に学ぶ学科で、その7割ほどは平民の子女で3割はあまり裕福では無く教育費をあまり割けなかった貴族の令嬢や後継では無い令息だ。
確か今年も1年生だったはずで、夏休み前の試験の順位は2回も学んでいる内容にもかかわらず一番下と聞いている。
来年も進級が難しいだろう。
それともウィルが入学するまで進級しないつもりなのか。
それにウィルが学園に入学して相思相愛になるのだとしたら今現在は相思相愛では無いということになるが。
矛盾だらけだ。
マリアはうっとりと自分の世界に浸った顔をこちらに向け、
「ラス様はいつ私に愛を囁いてくださるのですか?」
と言い始めた。
今さっき別の人間への愛を語った口でそれを聞いていた人間に自分に愛を囁けなどと正常ではない。
「僕が愛しているのはエレノアただ一人だ」
エレノアが少し照れている。
この状況下ではオアシスのような笑みだ。
「まあ、照れていらっしゃるのね」
マリアはいつもの陳腐な台詞を投げつけて何故だか頬を染めて立ち去って行った。
「マリア嬢が夢から覚める日は来るんだろうか」
夢見がちなのは良いとして僕に関わって欲しくない。
さっさと卒業したい……。
「男爵家でも手を焼いてるようですので……」
エレノアは言葉を濁した。
「あの先程彼女の言っていたウィル様というのはどのような方なのですか?」
うーん。エレノアは名前を知らないながらもウィルのことは知っている。
でも、ウィルのことを正直に話す訳にはいかないしな。
「端的に言うなら僕の親友で剣術や魔法の師匠かな」
「まあ、とても大切な方なのですね」
「ああ、君と同じくらい大切なんだ」
彼女の手を取り、その指先にキスをする。
『あわわ』と聞こえそうな程狼狽える彼女を眺めていると穏やかな気分になるが、遺跡での出来事を思い出すと気分が重くなる。
「遺跡調査の時に特別に王家の魔術師として参加していたんだけど、その時にマリア嬢が現れて……。数分勝手に話してただけなんだけど、さっきみたいに訳の分からないこと言っていた」
「なんか、すいません」
エレノアは少ししょんぼりして言うとそっと僕の手を握った。
「エレノアが悪いわけじゃないよ」
僕は安心させるように笑った。
「……あんまりウィルを煩わせて嫌な記憶を残してほしくないんだ。僕が結婚したら、もうこの国には戻ってこないから、僕との思い出は楽しいまま残っててほしいんだ」
「ラスティ様……」
エレノアは僕の手を引き寄せ自分の頬にあてた。
柔らかい頬だな。
少し擽ったい気持ちになる。
「結婚したら君の愛で慰めてくれるだろう?」
僕が懇願するような顔をしてみせると何度も頷いてくれた。
「特に夜にね」
エレノアは口の端にだけ笑みを浮かべた僕を見て「意地悪」と呟き赤くなって俯く。
やっぱり、僕の婚約者は可愛いな。




