ドレイク男爵令嬢③
ラスティ視点です。
9月になり、今日は王妃様の誕生祭だ。
結局、兄上の帰国は間に合わず。
っていうか、最近、兄上が国にゆっくり滞在した記憶が無い。
帰っても次の日にはいないとか、帰らずに別の国に行くとかが多い気がする。
まるで何かから逃げているような……。
結婚話でも出ているのかな?
兄上は独身主義というわけではないけれど度々あがる結婚話に耳を傾けることは無かった。
結婚はしたい人ができたらすると言っていたから、まだ現れないのだろう。
王族なのに、それを良しとするのは後継に困っていないからだ。
王太子様にはルーク王子がいるし、ルーク王子には3人の王子がいて、その3人にも1人ずつ王子がいる。
よっぼどのことが無い限り兄上が王位を継ぐなんてことは無い。
うちは男児が生まれやすい家系なんだ。
だから、後継ぎの欲しい国や貴族から是非婿にという話もある。
でも、兄上は適齢期を随分すぎているからそういう話は無いんだけど……。
誰かに見初められてしまったのかも?
王妃様の誕生祭は学園に通う貴族の令嬢令息は基本的には全員参加になる。
家の事情で礼服の用意できない者達は事前に申し出れば無料で貸出できるシステムをアリシアの発案で始めた。
盗難や破損、紛失することもある装飾品はそこまで高くない物だとか。
まあ、礼服もそこそこ良いものを揃えているんだけどね。
修復できないほど汚したり破いたり壊したりした場合はある程度弁償をしてもらうことがあるそうだけど。
僕はエレノアをエスコートして会場入りした。
送ったドレスがよく似合っている。
パーティーは久しぶりだ。
色々忙しいというのもあるけど、エレノアにあまり負担はかけたくないので1人で大丈夫なものに時々参加するぐらいだ。
王妃様は招待客から御祝いの挨拶を受けたあと、王様と中央に進み出て1曲目のダンスを始めた。
王様は64歳、王妃様は60歳だけど若々しい。
夫婦仲も良くて羨ましい。
僕もあんな風にエレノアと仲良く歳を重ねたいな。
2曲目は王太子様夫妻が踊り始め、他の王族が加わっていく。
僕はエレノアを促しダンスの輪に加わった。
王族のあとは貴族達が輪に入っていく。
3曲踊り、エレノアと飲み物を飲んで一息ついているところに甲高い声。
「まあ、ラス様! お会いできて嬉しいですわ」
学園の外、それも公の場だというのに相変わらず自分から声をかけるマリア。
日々何を学んでいるんだか。
深紅の派手なドレスに男爵家にしては華美すぎる首飾りをしている。
化粧も濃い。
「僕は嬉しくないよ」
不機嫌を隠すことなく思いっ切り顔を顰める。
「まあ、照れていらっしゃるのね」
マリアが脳内で都合よく変換して頬を染める。
「所で今夜はウィル様は参加なさっていないのですか?」
マリアは会場をキョロキョロ見回す。
気安く呼ぶな!
僕の機嫌は更に悪くなる。
「お会い出来るのを楽しみに来ましたのに」
会えるわけ無いだろうが!
「北の塔に行けばお会い出来るかしら?」
軽々しいその口にますます苛立つ。
「いい加減にしないか、マリア。失礼だろう!」
そこに割って入ってきたのはドレイク男爵令息。
確かフィリップだったな。
かなり声を抑えているがこちらもかなりご立腹の様子だ。
「大人しくするようにとあれほど言い聞かせたのに問題を起こすんじゃない!」
「まあ、お兄様。私、ラス様とのお話を楽しんでいただけですわ」
僕は全く楽しくないが……。
「そう思っているのはお前だけだ! お爺様が呼んでいる。さっさと行け!」
「もう、お兄様ったら無粋なんですから」
マリアが拗ねたように口をとがらせる。
僕が耐えていられる内に、さっさと目の前から消えてくれ!
「早く行かないか!」
フィリップの語気が強くなる。
「はぁい。分かりました。行けばいいのでしょう。……ラス様、次は2人きりで」
マリアは顔を赤らめて、もじもじして誤解をうむような台詞を何も考えずに口にする。
顔を顰めたフィリップに更に急かされ、マリアは頬をふくらませその場を離れていく。
その後ろを複数の男性が着いて行く。
どこが良くて群がってるんだか。
僕は冷ややかに見送った。
フィリップは礼をとり、謝罪のために頭を下げた。
僕は僅かに頷いて応えた。
同じ兄弟で何でこんなに違うんだろう?
父親の差か?
「あの、フィリップ様。その、彼女は大丈夫なんですの? 色々と…………」
うん、僕もそう思う。
「……大丈夫ではないですね」
フィリップは丁寧な言葉で答える。
元は兄弟でも今はエレノアの方が地位が上だから仕方が無いし、妹の方も本来はそうあるべきなのだが……。
「お爺様もお祖母様も手を焼いております。その内、母と男爵家を出されるかもしれません」
「私、接点が無かったのでよく分からないのですが、彼女は昔からああでしたの? それともあのことがあって、心を病まれてしまわれたのですか?」
公爵令嬢で無いと分かったショックで気が触れたという可能性は無くはないが、あれは元々の気質だろう。
「妹は昔からあのような感じでした。物心着いた頃から王太子妃になるとかヒロインだから誰からも愛されるとか。黒髪で金目の最強の魔術師に愛されるとか。子供のうちは微笑ましいですんだのですが……」
黒髪金目の魔術師ね。
「私が言うのは何ですが、幼い頃からわがまま放題で公爵につけていただいた家庭教師の淑女教育も勉強もサッパリ身につかず。母がお金を握らせて公爵にバレないように黙らせていたんです。何度か私も妹に注意したのですがヒロインだから必要無いと。ヒロインはちょっとドジで物慣れない天真爛漫な存在でなければならないのよと言い出す始末で……」
フィリップは嘆息した。
物慣れないのと無礼で無知は違うと思うんだが……。
「改めて母と妹のことをお詫びします」
フィリップはエレノアに過去の事を謝罪する。
「フィリップ様が謝罪することではございませんわ。……あの、フィリップ様はあのことをいつからご存知でしたの?」
「…………7歳の時に侍従と街へ行った時に僕にそっくりな人を見たのです」
ああ、そう言えば、フィリップは親子鑑定の前から公爵の子供じゃないことに気付いているようだったってエレノアが言ってたな。
「私はまだ子供で戻ってからエルタード公爵にその話をしました。公爵は黙って聞いているだけでしたが、ずっと気になっていました。その時、自分が公爵にも母にも似ていないことに気がついたので……。10歳の時に家に商人が来て母は自分の部屋に招き入れました。部屋にはしばらく近づくなと言われましたが何だか違和感があって部屋の前に行って…………」
「……そのあとは言わなくていいです」
エレノアは慌てて言葉を遮った。
たぶん、フィリップは母親の不貞の声を聞いてしまったのだろう。
貴族の性教育は10歳前後だから何をしているのか理解したのだろう。
自分が両親に似ていない理由も察して親子鑑定の日、やはりと納得したということか。
「お話中失礼します。フィリップ様、旦那様が屋敷に戻られるとのことですが……」
侍従がおずおずと声をかけてきた。
早い帰宅だけど、マリアのあの状態は男爵家の恥になるからな。
「分かった」
「まて、フィリップ」
エルタード公爵が彼を呼び止めた。
エルタード公爵、案外近くにいたんだな。
今の話も聞いていたのかな?
「これをドレイク男爵に渡してくれ」
エルタード公爵は手紙を渡した。
「これは?」
「あの女とマリアが我が家から勝手に持って出た装飾品のリストだ。衣服以外は持ち出すなと言っておいたはずなのにな。他はともかくマリアが今日身につけていた首飾りだけは必ず返却してもらいたいと伝えてくれ。あれは姉が王太子妃殿下とご学友の頃に揃いで買ったと喜んでいた思い出の品だ」
エルタード公爵は当時を思い出してか僅かに笑みを浮かべた。
エレノア意外でもこういう顔をするんだな。
家庭を顧みないという噂のあったエルタード公爵だが、愛情に不器用な性格なだけでエレノアことはちゃんと愛していたようだ。
元後妻とのことも、どうすればいいか分からなかったらしい。
エレノアにしてみれば酷い話だが、父親の愛情を理解したエレノアは素直に許した。
今は不器用ながらも愛情表現を見せてくれると嬉しそうに話してくれたことがある。
「そのように大事なものを持ち出していたのですね。必ず祖父に伝えます」
「フィリップ」
「は、はい」
「男爵家に行ってからも頑張っていると聞いている。困ったことがあれば言いなさい。内容に問題無ければ力添えする」
フィリップの目が驚きに見開かれる。
そんなこと言って貰えるとは思いもしなかったのだろう。
「……はい、ありがとうございます」
エルタード公爵は微笑んでフィリップの頭を撫でた。
フィリップは嬉しそうに目を細めた。
血の繋がりが無くても彼とはちゃんと家族だったんだな。
僕とも上手くやって家族になってくれると良いけど。
まだ僕にもエレノアにも遠慮してる感じなんだよね。
「失礼します」
フィリップは感極まった顔で僕達に礼をとり退出した。
「あの、お父様。そのうち伯母様がどのような方かお聞きしたいですわ」
「そうだな、今度ゆっくり話そう。だが、私は5歳以来会っていないのでな。王太子妃殿下に聞いてみるといい。姉とは親友だったと聞いているし、時々逢いに言っていると伺ったことがある」
「はい、そう致します」
エレノアはエルタード公爵と普通に話をするだけでも嬉しそうな顔をする。
この笑顔の為にも良好な義親子関係を築けるように頑張らないとね。




