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苺とブドウ  作者: 黒雪
31/31

能天気な王様と高飛車な王妃様の物語

後日談です。




※再会と求愛と蜜月※




空間を引き裂く衝撃で、また空間が捻じ切れ。


大きな山に一度ぶつかり勢いを失ってしまったからと、二度三度大きく加速をつける度に、異空と混じる空間には目もくれず。


「もーっっっ!どいつもこいつも!!むしゃくしゃしますわーっっっ!!!」


金切り声もろとも、瞬間的にこじ開けた空間の裂け目に呑み込まれ。

小高い丘の上、一瞬大きく口を開けた漆黒の闇は、真っ青な何かを吸い込んだ瞬間にはもう、跡形も無く消え去っていた。




「あらやだ。今度はまた、随分と理力の薄い所に来てしまいましたのね、あのクソトカゲ……ほんとにもう、すっとこどっこいなんだからっ」


漆黒の闇から瞬時に抜け出し、開口一番、悪口から始まった。

水の大妖、シェイシェリエの独り言である。


「あらやだ、ここは何処かしら!?犬小屋かしら!」


はっとして、キョロキョロと周囲に視線を走らせる。

やたら天井が低く、狭く、ごちゃごちゃと物が置いてある。


「それとも、物置なのかしら!嫌ですわ、汚らしいですわ!」


やたら小さなベッドらしきものであったり、やたら平べったく大きく低すぎる椅子のようなものであったり。

シェイシェリエは、取り敢えずその、やたら平べったく大きく低すぎる椅子のようなものに腰を下ろし、何かしら、何なのかしら、と周囲を観察し始めた。


ベッドらしきものは、多分ベッドで合っているのだろう。

目の前の引き出しがついている箱に気付き、開けてみた。


「あら、これ、下着かしら?あらやだ、もしかしてこの形は、胸につけるものなのかしら!?画期的ですわね!でも何故このような物で隠す必要が?」


ブラジャー片手に暫し悩み、やけに小さい……と首を捻り。

ま、どうでもいいですわ、と意外にも丁寧に畳んで元に戻し。

そうしてあちこち引き出しを開けまくって満足すると、次はその上の四角い薄っぺらな箱のような物に興味が湧いた。

ボタンがついているので、吸い寄せられるようにそれを押し。


『……では次のニュースです。南半球での異常気象が続いていますが……』


それまで暗かった箱がいきなりパッと明るくなり、中で小さな人間が何かベラベラ喋っていた。


「んまー!?何かしら、何なのかしら!?全然生き物の気配がしませんのに!中に人間がいますわ!どうなってますのっ!?」


暫しそうして食い入るようにそれを見ていたが、言葉は解らないし、やはり生き物の気配をまるで感じ取れない。

理力の薄い世界で、こんな幻影を生み出す魔法など使えそうもないのだけれど。

そう思いつつも、もう一度ボタンを押すと、ぱっと何もかもが消えて、また真っ暗に戻ってしまった。


「どうなってるのか気になりますけど、……これも気になりますわ」


言いながら手に取った物は、細長い瓜のような形をしていて、ぐりぐりとねじれた紐で小さな箱のような物と繋がっていた。

何かしら?とあっちこっちみていると、ポツポツと沢山穴の開いている所から『ぷ────っ』とおかしな音が聞こえてきて、ちょびっと驚いたシェイシェリエは聞かなかった事にして、それを元の場所に戻した。


「何かしら、物置にしては、ちょっと変わってますのね」


言いながら立ち上がり、大きな布の垂れ下がる場所が気になり、意を決して近寄ると布をそっと捲ってみた。

透明な板で遮られた向こうには、恐ろしく大きな箱がズラズラ立ち並び、眼下を覗けばこれまた小さな箱がぎゅんぎゅん地上を動き回っている。

人間がちらほらと、広い道のような所をわざわざ端っこを選ぶようにして歩く姿も見える。


「理力が薄い割りに、何だか凄い世界ですのね……」


眉間に皺を寄せながら、シェイシェリエは呟いていた。




満足するまで観察したので、急速にどうでも良くなり始めたシェイシェリエが出口を探してうろうろする。

物置と思い込んだ部屋から見えた、ちっこい人々の服装を参考に自分の外見を造り替え、『いざクソトカゲ探しに出発よ!』と思ったが、何処が何やら。

ものすんごく小さな部屋に繋がるドアばかりで、訳が解らない。

もう一つドアを見つけたが開かないので、ぶち壊そうかと思い、それはちょっとはしたないかしら?と思い止まり。


「理力が薄くて、何だか息切れしてしまいますわね。早くこんな世界から移動しなくては、ですわ」


ぶつぶつ言いつつ、ドアらしきものをすり抜けた。

振り返ると、『3−8 篠崎美香』と、ドア横に何か文字らしき物の書いてある板が貼り付けてあったが、当然読めるわけが無い。

ま、これもどうでもいいですわ、と周囲を見回し。


「あらやだ、やっぱり犬小屋!?」


ずらっと並ぶドアらしきものを見て、シェイシェリエは呆然とするのだった。






『あー、腹減ったなぁ……シェリエは何処かなぁ……また会いたいなぁ……。この前のはちょっと、失敗だったなぁ……』


とぼとぼと、河川敷をあてもなく歩く。

水妖というだけで、水辺に行けば会えるのでは?という短絡的な思考の元、ヴァハはひたすら歩き続けた。

シェイシェリエのように器用に異空を移動できるわけでも、微細な魔力の動きを追える訳でも無いヴァハが彼女を探し出すには、それこそ無限にある異空を一つ一つ渡り歩くしか無い。


この世界に飛び込んだ際、そのあまりの理力の薄さに驚愕した事を覚えている。

長い時間この世界に留まれば、自分自身の魔力を消費し続け、補給は望めず、いずれ魔力が枯渇してしまうだろう。

そうなっては、もう自分は違う世界へは行けないし、ゆっくりとこの世界で消滅して行く事になる。


シェイシェリエは自分とは比べ物にならないほどの魔力を持っているから、こんな世界でも平然としていられるのだろうが……


『急いで見て回って、違う世界へ飛ばなければ……』


そんな事を思いつつ歩くヴァハは今、豆柴に身をやつしていた。

出来る限り消費魔力を抑えつつ、移動はそこそこ速めな生き物を、河川敷で観察してトレースしたら、こんな姿になっていた。


なんだか良く解らないが、道行く人々に大人気で、若いお姉ちゃんが群れを成してナデナデしてくれるものだから、ちょっぴりウハウハなのだった。

『カワイイ〜』というのが、ちょっとばかり腑に落ちないが、まあ褒められているのであれば悪い気はしない。

老人が、なにやら不思議な円柱形の銀の入れ物に入った、大層良い匂いのする物をくれた事もある。

とにかくそれが何だか解らないものの、やたら旨かったので、密かにまたあの老人に会えたらいいな、と期待しつつの河川敷散策である。

とっと別の場所へ移動しろ、と、もしこの場にヨルムがいたら怒り散らす事間違いなしだろう。




そうして途方に暮れつつ歩き続け、もう他の世界へ行こうかと思った時だった。

ふとヴァハの、犬を遥かに超越した嗅覚が、馴染み深い匂いをキャッチした。


つい最近嗅いだばかりの、愛おしい華やかな香り。

この間はつい嬉しくて、けれどもあんまりにも久しぶり過ぎて自分がどうにかなってしまいそうで怖くなった。


見た目は、髪は黒く、短く、ふわふわになっていて、瞳だって茶色で、爪はピンク色だったし、なんか見た事も無いようなきっちりした服に身を包んでいたが、あれは間違いなくシェリエだった。

どんな姿になっていたって、シェリエは美しいし可愛いし素晴らしい。

どれだけ姿を変えても、シェリエの香りは俺の正気を奪い去ってしまう。


シェイシェリエが探しに来てくれたのだと悟ってテンションがぶっ壊れたヴァハだったが、あまりの嬉しさと気恥ずかしさについ気付かないフリをしてしまった。

でも気付かず素通りも出来ず。


『君、食べちゃいたいくらい、すんごく可愛い。名前教えて?』


初めて『神の懐』でシェイシェリエと出会った時に、夢中で彼女にかけた言葉を、再び夢中になって言っていた。


覚えているかな、気付いてくれるかな。

物凄くどきどきして、わくわくして、心臓がありえない状態になっていたのだが。


「クソトカゲに名乗る名などありませんわーっっっ!!!」


突如、猛烈な回し蹴りが襲い掛かり、金切り声の絶叫を聞きながら、ヴァハはいくつもの異空をぶち抜くように吹っ飛ばされていた。


あー…………やっぱ覚えて無かったねー……そうだよねー……


悲しみの涙を撒き散らしながら、吹っ飛ばされてつい本体に戻ったせいで、ぶち抜いた異空全てに竜の涙を落としてきてしまった。

一粒で寿命が千年延びると言われている珍味。

大丈夫だろうか、と心配になったが、すぐに、どうでもいいや、と興味を失い。


その後、シェイシェリエの気配も匂いも見失って、途方に暮れながら、気付けばこの世界へやって来ていた。


何もかもが薄い世界でそろそろ限界近いかもしれない、と思いつつ、今度シェイシェリエが探しに来たら、もう形振り構わず捕まえてしまおう、そう心に決めて。

捕まえたら、もう一度、求婚しよう、そうしよう。

もう一度結婚して貰おう。

そんな風に考えていた。


そうして悶々と考えていた所へ、彼女の香り。

一瞬、幻聴や幻覚は聞いた事があるが、幻嗅というのは聞かないな。

と、素で悩み。

けれども、これまた抜群の視力でもって捉えたものがヴァハの思考を掻き乱した。

見た目は、シェイシェリエでは無かった。

けれども、彼女の香りを身に纏っているのだから、間違いは無いのだと確信し。


ものすんごい髪がふわふわカールで、睫が増えてて、唇がありえないぐらいツヤッツヤ、服はやたらヒラヒラ、スカートの短さはけしからん程シェイシェリエの脚線美を誇張して、とにかく表現し難い美しさ(ヴァハ的に)。


色合いの中に、おおよそ『青』という色が存在していないのに、ヴァハの目には『水の大妖、シェイシェイリエ』としか映らなかった。

可憐に駆け寄って来る姿が、即死級(ヴァハ的に)の愛らしさだ。



ああ、シェリ……シェリ!!

君はどんな姿だろうと素敵だ!!!



天にも昇る心地でもって見蕩れるヴァハのすぐ近くまで来た彼女は、一瞬手前でガッと踏み込むように足を地面にしっかり食い込ませた。

美麗な弧を描いてくるりと回り。


『シェリエ!!愛しいシェー!?』

「よりによって何で犬なんかの真似をしくさってますのーっっっ!!??」


またしても猛烈な回し蹴りが豆芝を、対岸を越す勢いで吹っ飛ばした。


キャイーン………


虚しいヴァハの叫びが遠ざかる。

物凄い形相で暫しそれを眺め。


「犬がわたくしの夫だなんて、ありえませんわ!」


でも、物凄く嬉しそうに、名前を呼んでくれた。

実は、胸がドキドキいっている。

心が、ほわんとして、きゅんとした。


「やだわ、わたくしったら。つい照れてしまいましたわ」


頬を染め、『きゃ♪』と喜び。


「さ、回収しなければなりませんわね」


あらやだ、今度は何処まで飛ばしてしまったのかしら、わたくしったら。

そんな事を呟きながら、いそいそと異空を移動し始めた。

今度は、空間を無理矢理ぶち抜いて行くような真似はせず、慎重に潜り抜ける様に、空間に傷一つ残さなかった。




それから間も無くシェイシェリエはヴァハを探し出し、寝ても覚めても歯の浮くような強烈な求愛の言葉を延々三日近くも囁かれるに至り、30年近くに及んだ夫婦喧嘩に終止符を打つ事を決めたのだった。

ヴァハは念願の『二人きりの結婚』を遂に果たし、今すぐ死んでも悔いは無いと言う程の惚けっぷりで、若干シェイシェリエの不興を買ってしまった。

けれども、苦節数百年、漸く本当の意味で結ばれた二人の絆は、案外強固なものだったりもする。

彼等が異空を彷徨いつつも付かず離れず、軽くひとっ飛びで移動できる距離を常に保ち続けていたと言う事は、彼等ですら知らない真実である。


彼等の世界で待つ友人達に、『ハネムーンしてきたよ♪』と報告して思いっきり不興を買ってしまうのは、これよりまた、少し後の事。











時に、その頃『3−8 篠崎 美香』邸では。


「は〜っ、たっだいま〜。つっかれたあ~。……あー、残業したのに、いつもより帰ってくる時間が早いってどうなの。どんだけ居酒屋にいるのって話よね。いっそ居酒屋で暮らしたいわ……」


狭い玄関で、独り言を言いつつパンプスを脱ぎちらかし、ふと顔を上げると、朝は閉めたままだった筈のカーテンが開いていてギョッとする。


「やだ、何で……、あれ?」


そして、ローテーブルのちょうど真上辺り、まるで湯気が凝縮したようにやけにぼんやり霞んでいるように見えて、目を擦る。


「何?まさか幽霊とか!」


やだ、ちょっと初体験♪

と、少し近寄った途端、その霞んだものが墨を混ぜたように漆黒の渦へと変わり。

うわわっ!?と思う間も無く、平衡感覚を失った体が渦の方へと吸い寄せられるようにフラリとよろめき……


「ひゃあああ」


上げかけた悲鳴も、それまでそこに居た筈の『居酒屋で暮らすのが夢』のOLの姿も、そして、ローテーブルの上の真っ暗な闇の渦すらもが一瞬で掻き消えた。

その場に残されたものは、コンビニのレジ袋とその中から転がり出た缶チューハイが数本、ただそれのみ。


まさか、このような所で思いも寄らぬ形で巻添えを食った犠牲者が居ようとは、ハネムーン真っ最中のお騒がせ迷惑夫婦が知る由も無い事であった。




※おしまい※





以上で『苺とブドウ』完結です。お付き合い頂き有難う御座いました。


後日談は迷惑夫婦のお話。

特別出演『混濁の空』より美香さん。迷惑夫婦の嫁の方が原因で被害に遭った人。彼女の受難(?)の始まりは実はここからだった。旦那の方が原因の被害者が『砦の長と犬になった人のお話』にも一人登場。この夫婦が異世界に与えた影響は結構大きい。


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