信念
「どうしてそんなに拘るんだい」
こちらの方を見て金子先生が問いかける。
「映画をちゃんと経験にしたいんです。」
巧は、しっかり彼女の目を見返して言った。
「それで、いい小説を書けるようになりたい」
「そうか」
金子先生が腕を組む。
大人の迫力を感じて巧は少し怖気ついた。
でもそれは隣にいる猫実さんを思い出して振り払う。
もう一歩、持ちこたえる。
「浅野の言うことはよくわかる。
本当に難しい問題だねえ」
他の先生もこのやりとりを聞いているようだった。辺りに金子先生の声だけが響く。
「わたしには正直わからないよ」
はっきりと彼女は言った。
「そうですね」と猫実さんも消えそうな声で相づちを打ったような気がした。
「僕だってよくわかりません。
むしろ、考えれば考えるほど、わからなくなってきます」
巧がそう言うと、へへっと金子先生は笑った。巧もちょっと笑った。
すると、金子先生は少し考えて、提案した。
「わたしには部費を増やしたりできる権限はない。
ならいっそのこと校長先生に頼んでみれば?」
「ええっ?」
あまりにも軽く言い出された大胆な作戦に、猫さんと2人揃って驚く。
「難聴とかの問題なら誰だって同じ土俵だ。
大人も子供もない。人間の問題だからだ。」
金子先生は授業の時のように、生徒にものを教える目になっていた。
「きっと、熱意が本物なら、校長先生だってわかってくれる。
ただ、金をせびってるわけじゃないんだろう?」
金子先生が問いかける。
巧の目的は耳が悪い自分を正当に扱ってもらうことだ。
ただ、部費を使うとなると当然、責任が生まれる。
そして、その決意はできている。
「はい」
強く頷いた。
「じゃあ、校長室いくか」
金子先生が席を立った。
校長室に向かう廊下を、金子先生は迷いなく進んでいく。
巧は猫実さんと並んで、先生についていく。
「あの」沈黙を破るように、猫実さんに声をかけた。
「校長先生の声が聞こえなかったりしたら、フォローしてくれませんか?」
猫実さんはスタスタ歩きながら、
「いいですよ」と言って笑った。
「なんか、そういう頼みごとをされるのって初めてです。」
そこが面白かったのかと、巧も微笑む。
「耳のことについては、僕が話しますから。」
そういうと、猫実さんは力強く頷いた。
会話は前を歩く金子先生にも聞こえてるはずだが、先生は何も言わない。
ただ、白衣をゆったりと揺らして薄暗い廊下を淡々と歩いている。
まだ、巧が入ったことのない廊下を金子先生に導かれて歩く。廊下が薄暗いことが、それと相まって、心を沸き立たせる。
「着いたよ」
確かに校長室と、書かれたドアの前で金子先生が振り返る。
少し落ち着くために深呼吸をした。
「準備はいい?」
先生の問いかけの答えはもう決まっている。
猫実さんの方を見ると、彼女もこちらを見ていた。
「いい?」「大丈夫」
言葉にならない意思を交わした。
「行きましょう」
そう金子先生に言った。
勝負はこれからだ。かつてないほどの緊張感が、襲いかかってくる。
しかし、不思議と自信があった。
障害を乗り越えるために助けを求めるのは、間違ってない。
謙虚で、傲慢な信念だ。
その思いにすがりながら、校長室に入った。
長くなってしまったので、ここで区切ります。
お手数をお掛けしてすみません。
その二に続きます。




