仲直り
「もう遅いから帰りましょう」
しばらくして猫実さんがこっちを向いて持ちかけてきた。
「よし」そう言って巧がベンチから立ち上がると猫実さんも後に続く。
多く話したけど、今から学校に戻って部活、(と言っても依頼人を待つだけだが)をする時間はあるはずだ。部長の様子を見る。
すると「はい」と言って眩しいぐらいの笑顔で手を差し伸べてきた。
「ん、なんだこれ」
「仲直りの握手です。」
「えっ、、、ええっ!?」とんでもなく子供じみた単語が聞こえたけど聞き間違いかなあ。
「だーかーらー、仲直りの握手です。こうして形に見える方がお互いわかりやすくていいでしょう?」
どうやら今回は聞き間違いでないらしい。突然、女子からボディタッチ(手もボディっていうのか?)を求められてもじもじしてしまう。
「ん、どうしました?」猫実さんはまた不思議そうに聞いてくる。絶対、巧の100分の1も恥ずかしく思ってない。
「あ、いや、じゃあ」やっと決断して恐る恐る手を握る。思ったとおりというか柔らかくてあったかかった。
「はい、仲直り。」猫実さんが握手した手を上に振って謎の掛け声を言った。なんか楽しそうだ。こっちは二重三重に恥ずかしいが。そして手が解かれる。突然にこうやって恥じらっているのもまた楽しかったのだと気付かされた。
「これからもよろしくお願いします」自然に口をついて出た言葉だ。まさか本当に仲直りの握手は効果あるのか。日本にいながらカルチャーショックを受ける。いや、こんなカルチャーを持ってるのは幼稚園児と猫実さんだけだよな。うん、、、。
「はい、こちらこそ」彼女はそんな巧の思考はつゆ知らずぺこりとお辞儀をする。まあ仲直りできたからいいか。
「じゃあ、帰りましょう。あれ、巧さんバッグは、、、?」
そう言って青ざめる。猫実さんは体じゅうのポケットに手を当てて感触を確かめてる。
「ああああ」悲鳴とともにスカートのポケットから『お助け部』と書いてある小さい鍵を取り出す。
猫実さんは部室の鍵を持ったまま飛び出したから、このまま真っ直ぐ帰ることはできない。
「しまったあああああ」
「まあまあ、じゃあ僕が鍵をかけてくるから、先に帰ってください。勉強とかもあるでしょうから。」そう言ってがっくりうなだれる彼女に声をかける。
「いや、わたしも行きます。」
「猫実さんならそう言うと思いました。」
「部長として当然です。では急いで戻りましょう」
すたすたと猫実さんは学校の方に戻り出す。
先を行く猫実さんが何か言っている。ちょっと離れると聞きづらくなる。たぶん早く来いと言っているんだろう。
「今行きます!」そう言って後を追う。
また走ってる。でもさっきよりかは全然、楽で、心も晴れている。昨日の自分よりも一歩踏み出せたんという達成感で晴れやかなんだろう。ありがちな表現だけど、小さくても自分にとっては大きな一歩だ。きっと大切なのはこの歩みを止めないことだ。
猫実さんのポニーテールが元気に揺れる。苦手なことでも諦めないということを教えてくれた大切な人だ。
これからもお互いに大事な友達でいられますように。不意に、なぜか祈っていた。それがちょっとおかしくて笑みが浮かんだ。
走って彼女に追いつく。
「どうしました?」
「なんでもないです。」
「ちょっと笑ってませんか?」
ぐっ鋭いぞ。猫実さん。
「いやあ、空が綺麗だなあ〜って」
「変なごまかし方しないでください。」
猫実さんがぷくーっと膨れる。その怒り方も猫実さんらしくてもっと笑ってしまった。こんなに友達と笑ったのはいつ以来だろう。太陽に心がぽかぽかと照らされているように暖かかった。
「ただいまあ」と言って猫実さんが勢いよく、鍵がされてないお助け部のドアを開ける。
巧もつい「ただいまあ」と猫実さんにつられて言ってしまった。
すると意外にも人影が中にいた。
髪を肩のところで切りそろえた真面目そうな女子生徒だ。部室の机に座っている。
「お、お帰りなさい」ああ、二人の変な入り方で困惑しちゃってるよ。
「すいません、ただいま席を外してしまっていて。待ちましたか?」
猫実さんがあせあせとその子の前の席に着く。巧も急いで猫実さんの隣に座る。突然に仕事をする時の空気に知り変わった。
「いや、そんなに待ってないですよ。」
か細い声だ。何か思い悩んでいるように聞こえる。
「えっと、何かお手伝いですか?」猫実さんがテキパキと話を進める。
「あの、、、相談できました。」
「はい、何の相談でしょう」
ぐったりとうつむいて依頼人の彼女は今にも泣き出しそうだ。この時間まで何をしていたんだろう。悩んでいたとしたら、かなり思いつめているんじゃないか。巧は心配になってきた。
「実は彼氏と喧嘩してしまって、、、私がついヒドイことを言って、逃げられてしまったんです。」
あれ、このシチュエーションは、、、。
「むむっ?」猫実さんが真面目な顔で、うなる。彼女も気づいたようだ。非常にわかりやすい。
「それは、今すぐ謝った方がいい。」勝手に体が動いていた。
「きっと彼氏さんの方も仲直りしたがってるから。あなたが悪いと思ってるなら絶対今すぐです。」じっと目を見つめて言う。
「そうですね。携帯持ってますか。」猫実さんもアシストしてくれる。
「は、はい」
依頼人の彼女は急いで彼氏に電話をかけようと鞄を探る。
「私たちは席を外しますので」
猫実さんが立ち上がる。巧も彼女の礼儀ある態度に感心しながらも後に続く。
お助け部の部室の外で電話が終わるのを待つ。猫実さんがぎゅっと手を組んで祈りながら中の様子をうかがっている。巧も仲直りできるように祈る。
ぼそりと猫実さんが何かを言った。
聞こえなかったけど「うん」と答えた。
しばらくしてドアが開かれた。そこに立っていた少女の顔は晴れやかだった。目に浮かぶ涙が、晴れた日に降る雨のように美しく輝いていた。
「ありがとうございます。おかげさまで無事仲直りできました。アドバイスありがとうございました」と勢いよく頭が下げられた。
「いえいえ、どうってことないです。人を助けるためのお助け部、ですから。」
謙遜する猫実さんも嬉しそうだ。
「本当にどうお礼をしたらいいか、、、。凄いですね。こんなことも対応してくれるなんて、さすがお助け部です。」依頼人の彼女は思いっきり褒めてくる。
「実はですね、、、」巧は猫実さんの方を見る。するとニコリと笑いながら頷いてきた。
「我々もついさっきまで喧嘩してたんですよ」
「ええっ?!」
「僕がこっちの部長にヒドイことを言ってしまって、逃げられて。謝るために追いかけてたんです。」
「そ、それは、、、」
「はい、さっきのアドバイスは本人が実証済みなんで、信頼度抜群っていうことです。」
そう言うと、依頼人の子も含めてみんな笑った。放課後のプレハブの通路に楽しげな笑い声が響いた。
「今日は本当にありがとうございました。」依頼人の名前は、山形さんというらしい。
「どういたしまして、またいつでも来てください。」聞いてて心地よいぐらいの滑らかさで猫実さんがいう。
「ではまた」巧も挨拶をして山形さんを見送った。ぺこりと礼をして立ち去っていく。
「良かったですね。」感慨深げに猫実さんが言った。
「うん、本当に良かった。」巧も人の役に立てたのが嬉しくて自然と微笑みが漏れる。
人より耳が悪いことがコンプレックスだった。そんな自分でも誰かを助けることができる。自分が必要とされていると実感できる。そして、誰かを幸せにすることができる。それが何よりも嬉しかった。
「まさかこんな偶然があるとはねえ」
「あっ待って!」帰ったはずの山形さんが突然にこっちに戻ってきた。
「二人とも、まさか彼氏と彼女っていうところまで同じってわけじゃないよね?だとしたらいいカップルですね!」




