初めての仕事
生徒会室は、部室棟とはまた別の本校舎の二階にある。先を歩くねこざねさんについていく。これからどんなことがあるんだろう。巧は好奇心でいっぱいになった。初めはみんなこんなもんである。
階段を上ると重厚な造りの木造の扉があった。天井ほどの高さで、なかなか迫力がある。
ねこざねさんはノックしてから開ける。
重そうだが開けられないことはなさそうだ。
まず見えたのが部屋の奥の大きいデスクに座る人だ。その前には縦に二列に学校机が並んでる。多分でかい方に座っている男子が会長だろう。学校机に座っている生徒は全部で4人。会長も、彼らも何やら作業をしている。
お助け部はこの作業を手伝うようだ。
ねこざねさんが奥の会長の机に向かって歩き出したので巧も急いでついて行く。そうすると必然的に他の四人にもジロジロ見られるわけで少しむずむずした。
「山崎会長、ただいま参上しました。」ねこざねさんが敬礼をする。
「おお、頼もしいね、猫実さん。」以外とフレンドリーにその山崎会長とやらが答える。
「そこの君は新入りかい、名前はなんていうの」
人に名前を聞くときはまず自分から名乗り出て欲しいが、無駄に話を引き延ばしたくないので巧は素直に答えることにする。
「高1Bの浅野巧です。今日からお助け部に入りました。よろしくお願いします。」と頭を下げる。
「なるほど、僕は生徒会長の山崎謙信だよ。よろしく」と言って握手を求めてきたので、ねこざねさんの前に出て握手をする。しっかりした手だった。
手を解くとねこざねさんが肩を叩いてきた。
何事かと振り返ると耳元で何かをささやいてくる。しかしなんて言っているかわからない。いくら耳元でもささやき声では聞こえないのである。そこそこ不便だ。
「はい?」
「ーーーーーですか」
「いや聞こえません。」
「耳のことはいいんですか。」
ああ、なるほど。仕事する上では会長に難聴のことは知ってもらった方がいい。巧は会長の方に向き直ると
「僕は耳が悪いんです。なのでできれば指示は大きい声でお願いします。」と事情を説明する。軽い難聴はこうさらっと言ってしまえば楽なのである。
「オーケー」山崎会長はわかってくれたようだ。
「じゃあ君たちにしてもらいたいことを説明するよ」はっきりと巧にも聞こえる声で会長がいった。
「はい」と巧は小さく答える。ねこざねさんも隣で返事をする。
すると会長がデスクの上の紙を巧たちに見せてきた。【文化祭テーマアンケート用紙】とある。
「このアンケート用紙に生徒会公認の証の判子を押して欲しいんだ。全校生徒700枚分を今手分けして5人でやっている。この四角い判子を右下の枠に押してくれ。」
聞いているとそこまで難しそうな仕事ではないみたいだ。
「了解です。」ねこざねさんが自信満々に答える。いやあ本当に頼もしい。
会長から手渡された紙の束と判子を持って二人は生徒会の四人に向かい合った座る。ぜんいん男子だ。ということでねこざねさんは紅一点であり目立つ。その隣に座る巧にも注目が集まってくる。何やら四人が雑談をしているようだが気にせず巧は目の前の作業に集中することにした。
判子の向きを確認して、朱肉に押し付けてから紙に、そしてまた次の紙へと判子を押す。
単調な作業だが慣れてくると楽しい。だんだんリズミカルになってきた。こう集中すると周りの音は気にならなくなる。雑音が聞こえない分、巧の集中力はなかなかのものだ。こういう事務的な仕事は大の得意だ。
ふと判子を押しながら巧は夜桜先輩の言葉を思い出していた。
「難聴がプラスに働くこともある」もしかしたらこういうことを言いたかったのではないか。
そう思うと自分はなんて恵まれているのだろう。全く聞こえない人もいるのに。少しでも聞こえるだけましではないか。騒音で困る人もいるぐらいなのだし。なんだか申しわけなさと、ありがたさが同居して不思議な気持ちになる。
「このアンケート面白いですねえ」ねこざねさんが話しかけてくる。
「校内装飾のテーマで海か山かSFかあ、わたしはやっぱり海かな、巧さんは?」
「おれはSFかな」
「ははあ、書いてきた小説もSFまでしたもんね。」
と言いながらもねこざねさんはポンポンとハンコを押していく。やっぱりかなりできる人である。少し彼女と話して気分を変えたあと、また目の前の仕事に集中し直す。
とにかく目の前のことをやるしかない。
巧はまた集中の世界に入っていった。




