Interlude 竹馬の友
かつて、僕には親友がいた。
自分の半身のようにすら思っていた存在。
物心がついたときからずっと一緒にいた、永遠にとはいわなくても、硝箱学園に通っている間は離れることなんてないだろうと当たり前のように信じていた、そんな男友達が。
御剣飛馬。
それが、そいつの名前だった。
御剣の本家――『剣の一族』の長男として生を受けた少年。
僕たちは、暇さえあれば二人で空き地に行って竹刀を振るっていた。
やがてそれは草試合へと発展し、負けてばかりではあったけど、諦めることなく次こそはと対策を練り、それを繰り返すうちに、少しずつだけど僕は強くなっていった。
そして飛馬は、僕が強くなるその度に、『御剣流剣術』という未知の剣術を教えてくれたりもした。
いつだったか、あいつは言っていた。
ボクは、『剣の一族』の探し求めている『答え』を見つけなくちゃいけないんだ、と。
大きくなったら、遥かな高みに至るための『道』を見つけなくちゃいけないんだ、と。
子供のものとは思えないくらい、とても寂しそうな笑顔を浮かべながら。
当時は気づけなかった。
あいつがそれを強制されていたんだと、気づけなかった。
だから、訊いてしまった。
幼さゆえの浅はかさで、尋ねてしまっていた。
――なんで、飛馬じゃなきゃいけないのさ。
なんで、そんなもの見つけなきゃいけないのさ。
大体、『道』ってなにさ。『答え』ってなんなのさ――。
それに飛馬は、いつも曖昧に笑うだけだった。
ただただ困ったように、笑うだけだった。
でも当時の僕は、わからなかったから。
悲しげな色を宿していたその瞳に、その意味に、気づけなかったから。
だから、僕は決めつけるようにして、こう思った。
――ああ、なんだ。結局わかってないんだ、飛馬も。学校に行くのと同じこと。ただ親に『やれ』と言われ続けてきたからやろうとしているだけなんだ。
でも、本当にそうだったんだろうか。
飛馬は、説明してもどうせわかってもらえないと諦めていたから、僕になにも言わなかったんじゃないだろうか。
説明したとしても、僕がわかろうとしなかっただろうから。
『それは違う』という言葉を用意して待ちかまえていたから。
だから、あいつはなにも言わなかったんじゃないだろうか。
言えなかったんじゃないだろうか。
だって、もし飛馬がそんな生まれついての『特別な存在』だったとして。
そんなあいつが、家に期待されているとおり、遥かな高みに行こうというのなら。
『凡人』である僕は置いていかれるしかない。独りになるしかない。
そんな現実を僕に突きつけたくなかったから、そんな未来はまだまだ先のことだと思っていたかったから、飛馬はいつも曖昧に笑って濁していたんじゃないだろうか。
いま振り返って考えてみれば、そう思うこともできた。
そして、こうも思う。
僕と飛馬、『凡人』なのは果たしてどっちだったんだろうか、と。
ただ単に『剣の一族』とやらの長男として生を受けただけの飛馬と、生まれつき『黒き魂』をその身に宿して生まれてきたという僕。
果たして、そのどちらが『特別な存在』といえるんだろう、と。
でも、そう思えるのはいまだからこそだ。
当時の僕は、『黒き魂』のことはもちろん、『出会いのあとには、必ず別れがやってくる』という当たり前のことさえも知らなかった。理解できてなかった。
いや、きっと、理解しようともしてなかった――。
◆ ◆ ◆
――それは一九九七年の夏休みのこと。
その日に一体なにがあったのか、詳しくは知らない。
飛馬が父親から何事かを厳しく咎められていたことしか、記憶にはない。
そう、僕からしてみれば、ただそれだけの、『子供が親に怒られている』というだけの光景でしかなかった。
そのはず、だったのに……。
その翌日から、飛馬の姿を街中で見かけなくなった。
家に行って彼の親に居場所を訊いても、『あの子はもうここにはいない』と冷たく返されるだけ。
なぜ飛馬がいなくなったのかは、現在に至ってもわからないままだ。
――自分の半身のような存在だった。
それを失えば、僕は当然欠けてしまう。
心にぽっかりと穴が空いてしまう。
きっと、飛馬もそうなっただろう。
そうなったに違いない。
振り返ってみれば、我ながら最低な思考だとは思うけれど、それでも、あいつも僕と同じようになっていてほしいと、同じように感じていてほしいと、当時の僕は我知らず願っていた。
そうして、一日、二日、一週間、一ヶ月と時間は過ぎ。
ようやく茫然自失の状態から少しだけ立ち直れてきた、夏休みもそろそろ終わろうという、ある日。
僕は、『彼女』と出会った。
河野瞳という年上の少女と、運命の出会いとも呼べるものを果たした。
それからは、まったく手つかずだった宿題を、彼女に教えてもらいながら片づけた。
瀬川の家に招き、母が弾くために買ったのだというピアノを見せ、その弾き方を教えてもらった。
本を読み聞かせてもらったり、彼女からおすすめの本を紹介してもらったりもした。
これからは両親が家を留守にしがちになるだろうからと、料理を教えてもらうこともあった。
そして、ひーねぇの前で少しでも格好をつけたくて、竹刀を振ってみせたりもした。
初めて僕のそれを目にした彼女の驚きの表情を、僕は絶対に忘れないだろう。
『――御剣流剣術……。一子相伝の、御剣家の中でも限られた人間のみが受け継ぐという、門外不出の秘剣……。
……そっか。それが、あなたとその友達との『絆』なのね。それを和樹に託すことを、その子は選んだのね……』
彼女の漏らしたそのつぶやきを、僕は一生忘れないだろう。
だってそれは、ひーねぇの言葉だからという以上に。
飛馬が僕を置いていなくなってしまった理由に、繋がっていると思ったから。
――幸福な日々は、振り返れば三年にも満たなかった。
でも、そんな毎日を僕たちは、姉弟のように仲良く過ごした。
僕たちの人生が二つに分かれる、そのときまで――。
今回はものすごく短かったですが、いかがでしたでしょうか?
内容のほうは、和樹とその親友の過去話。
前回と真逆で、セリフがゼロに近い構成となりました。
それでも楽しんでいただけたのなら、なによりです。
では、また次回。