第六話 スペリオル聖教会
全員が昼食を食べ終えた、パソコン研究部の部室で。
「本当、この部屋にないものなんて、なにもないんじゃないのか?」
ずず、とミルクティーを飲みながら、僕はそんなことを口にした。
この部屋の主は「そんなことない」と肩をすくめる。
「たとえば、護身用の武器。いまは竹刀とスタンガンくらいしか、この部屋にはない」
「それ以上のものがあったら怖いって! というか、スタンガンはあるのか!?」
「もちろん。でも、拳銃がない。これは致命的」
「いや、あるほうが致命的だからさ。大体、パソ研の活動には必要ないだろ? 武器なんて」
まあ、それを言ったらティーポットやカップだって必要ないわけなんだけど。
お腹がいっぱいになったせいか、少しだけぼんやりとしてきた頭でそんなことを考えていたら、司に力強く頭を振られた。
「そんなことない。武器は必要。裏の情報を集めてるときにヘマすると、刺客を放たれて消されることがあるらしいから。もちろん、ぼくはそんな下手を打ったことなんてないけど」
「し、刺客……?」
「そう、『エインへリアル』とか『皇帝騎士団』とか、そういうの。あ、死神も『スペリオル聖教会』からの刺客といえる」
「そっか。刺客、ね……」
そういえば、あの死神少女も『自分以外の刺客もたくさんやってくるようになる』とか言っていた。
ぶっちゃけ、僕はあれを脅し文句かなにかだと思って本気にしてなかったんだけど、こう具体的な組織名を出されてしまうと……。
と、そこで、思わず黙り込んでしまった僕に代わって話を進めようというのか、光一が口を挟んできた。
「なあ、前々から疑問だったんだが、部員はお前しかいない上に怪しげな活動しかしてないこの部活動に、なにがどう間違ったら部費が下りるんだ? 真面目な話、廃部にされても文句言えない状況にあるじゃねえか、パソ研って」
……全然違った。
光一は自分の訊いてみたかったことを口にしただけだった。
ああ、話がどんどん本筋から脱線していく……。
それでも司は、律儀にというか、とにかく淡々と答える。
「そのことなら大丈夫。学園のお偉いさんの弱みを握って、脅してるから」
衝撃の事実に、僕たち四人は「ぶっ!?」と紅茶を吹き出しそうになった。
それから、僕が代表して口を開く。
「いや、全然大丈夫じゃないだろ!?」
「え? あ、そうかも。脅してる人の名前、どうでもよすぎてフルネームで憶えてないから。……西園寺なんとかって名前だったとは思うけど」
「いや、大丈夫じゃないのはそこではなく!」
「言っておくけど、いくら瀬川和樹さんの頼みでも、内容は教えられない」
「教えてほしくもないから! 知りたくないから!!」
「……まあ、そうだよね。外聞のよくない趣味ってだけで、特別、面白いことじゃないから」
「面白くなさそうだから知りたくないんじゃなくて!」
「えっと……他に理由、あるの?」
「いま、ただでさえ命狙われてるんだよ、僕は! こんな状態で、他人から恨み買うような情報なんてほしくないわ!」
「こんな状態じゃなければいいの?」
「いやいやいやいや!」
右手を縦にし、ぶんぶんと振る僕。
司はそれをどう取ったのか、
「まあ、とにかく。そんなわけだから、ぼくの城がなくなるなんてことはありえない。それに、なにを持ち込んでもいいし、どんな情報を集めていても黙認してもらえる。……もちろん、手が後ろに回る事態にならなければ、だけど」
それを聞き、秋葉がいくらか安堵したような表情を浮かべた。
「よかった……。悪いことはしてないんだね」
いや、それは違うと思うぞ、秋葉。
こいつはアンダーグラウンドな情報にやたらと詳しいんだ。
絶対に非合法なこともやっている。
「……とりあえず、誰かに迷惑かけたことはないと思う。それに、無実と無罪は別物だから」
ほら、やっぱり。
「え? ええっと……?」
首を傾げる秋葉に、しかし、僕も司もこれ以上の言葉は重ねなかった。
ちなみに、無実は『罪が無い』こと。無罪は『やったかもしれないけど、罪には問われていない』ことだ。
要するに、非合法なことをやっても、訴えられても、罪が確定しない限りは『無罪』ってこと。
逮捕されていないことと罪を犯していないことは、決してイコールでは結ばれない。
秋葉はなおも首を傾げ続けていたが、司が「それで、死神の話に戻るけど」と軌道修正をかけてくれたところで、唐突に手を上げた。
「あ、あの! 瀬川先輩! すごくいまさらになっちゃうんですけど、すみません!」
「へ? な、なに?」
「えっと、ですね? 実は私、あんまり話についていけてなかったり……。……いえ! もちろん、瀬川先輩が死神に命を狙われてるってことは把握できてるんですけど、それ以外のことが、どうにも……」
僕としては、そこだけ押さえててくれれば充分なのだけど。
でもまあ、確かに全体像が見えないというのは気持ち悪いものがあるか。
そんなわけで、僕と優菜、光一の三人で、昨日起こったことを二人に話して聞かせることにした。
それを聞き終えた秋葉の一言目は、
「まるで、ホラー映画かなにかみたいですね……」
まあ、そういう感想になるよな。
『死神の鎌』なんて単語が出てきたら……。
「それに優菜、勇気ありすぎだよ……。うう、やっぱり私じゃ敵わないのかなあ……」
「違うから。私のはそういうのとは違うから。愛の力だったら、絶対に秋葉のほうが上だから」
「そうかなあ……。私だったら、絶対に怖くて動けなくなっちゃうと思う……」
うん、それが普通だ。
こう言っちゃなんだけど、僕も優菜にはそういう普通の女の子でいてほしかった。
いやまあ、もし優菜が普通の女の子だったら、僕の人生はそこで終わっていたわけで、それはそれでとても困るわけなんだけど。
「瀬川和樹さん」
司に呼ばれ、「なに?」と顔を向ける。
すると彼は両手を合わせて、僕を拝むようにしてきた。
「ご愁傷さま」
「え!? 詳しく話を聞いた途端にそれ!? 見捨てる気満々!?」
いやまあ、僕と司の仲じゃ、それも仕方ないことなのかもしれないけどさあ。
しかし、司は僕の叫びに首を横に振る。
「そういうわけじゃない。ただ、大変なことになったねって思ったから、態度で示してみただけ」
「あ、そう……」
紛らわしいことをする奴だった。
「それで、どれだけ役に立つかはわからないけど、とりあえずスペリオル聖教会のことは知っておいたほうがいいと思う。……訊く?」
「そうだな。手に入る情報は多いに越したことないし」
僕は、草試合のような『実際に身体を動かす類のこと』ですら、九割方は『事前情報』を頼りにやってるところがあるから、なおさらだった。
文字通り、『情報は武器』なのだ。僕にとっては。
「まず、スペリオル聖教会というのは、世界に点在している宗教のほとんどひとつに束ね、一大宗教となった宗教団体」
「いや、待て。それってキリスト教とかも束ねたってことか? 無理だろ。
大体、聖教会の支部があちこちにあるのは僕だって一応は知ってるけどさ、他の宗教団体だって現在進行形でちゃんと存在してるじゃん」
「確かに存在してはいる。でも、それは表向きの話。実態は、どの宗教もスペリオル聖教会の監視下のもと、下部組織として動いている」
「……本当に?」
「ぼくは意味のない嘘なんて言わない」
それはつまり、意味があれば嘘をつく、ともとれるんだけど、まあ、この感じだと嘘は言ってないっぽいな。
僕の顔に浮かんだ納得の色を見て取ったか、司はひとつうなずいて続ける。
「聖教会が信仰している神は、『創造主スペリオル』。教祖はアルバート・マクレイアー。
でも実はこれも表向きの話でしかなくて、聖教会内には実質的なトップに立っている人間がいるらしい。ネット上では『目覚めたるもの』って呼ばれてる」
と、そこで光一が感嘆と呆れが混じったような声をあげた。
「お前、そういう裏っぽい情報に本当に詳しいよなぁ」
「ネットにどっぷり浸かってれば、これくらいの情報はすぐ手に入る。
で、ここからはいくつかの裏サイトにあった情報を総合した結果わかったことなんだけど、聖教会のトップの名前はサラ・クリスタンヴァル。性別は女性。あなんでも『魔術』とは違った特殊な術を使えるらしい」
「はあ? 魔術だあ?」
そんな胡散臭いものが現実にあるわけないだろ、とでも言いたげな口調。
でも思い返してみろ、光一。
僕の命を狙ってるのは『死神』なんだぞ?
その胡散臭さたるや、『魔術』と十二分に渡りあえるものじゃないか。
そんな話を真面目に聞いてくれているってだけでも、司には本当に感謝だな。
と、そんな悠長にかまえていられたのは、そこまでだった。
司の口から放たれる『言葉の弾丸』。
それが僕たち四人に向かって放たれる。
「他にも、聖教会には『十二使徒』という部隊が存在するとか、『目覚めたるもの』はサラ・クリスタンヴァルを含めて全部で十人いるとか、そのうちのひとりが『魔道学会』の実質的なトップだとか、あとは『退魔士協会』とか『魔狩人』とか『剣帝』とか『殺人鬼』とか『剣鬼』とか『情報屋』とか『異世界オシリス』のこととか」
――し、死ぬ。
死んでしまう……。
直接的な殺傷能力は皆無なのに、これ、めちゃくちゃ精神的なダメージが……!
「他にも、陰謀論を語る上では外せない『シュテルン』とか『戦乙女』とか『ワールドブレイカー』とか『人造人間』とか『幻想殺し』とか『七大神器』とか『魔王の欠片』とか、面白い情報はまだまだあるんだけど、やっぱりぼくの一番のお勧めは『真理体得者』――」
「もういいもういい! つか、どんだけ裏の情報掴んでんだよ、お前は!」
……よ、よくぞ止めてくれた、光一。
本当、死ぬかと思ったよ……。
情報の洪水っていうの? それに呑み込まれて、あやうく溺死するところだったっていうかさ……。
あと、いま司は『面白い情報』とか言ってなかったか?
僕が知りたいのは『役に立ちそうな情報』だっていうのに……。
「そ、そもそも。『魔術』とか『異世界』とか、あと『情報屋』っていうのはなんなんだよ……」
ぐったりと長机に突っ伏しながらそうつぶやいたところで、光一の「あっ、バカ!」という制止が入った。
けど、ごめん。たぶん手遅れ……。
「『魔術』は『魔術』。魔法とも呼ばれている。ゲームやマンガに出てくるようなものとほぼ同じ。
『異世界オシリス』は、こことは異なる世界のこと。『熾天の門』というもので行き来が可能になるらしい。
『情報屋』というのは、情報収集のスペシャリスト。表とか裏とか関係なく、この界隈ではかなり有名。
ネットと自分の足を併用していて、情報収集のスピードと正確性はぼくよりもずっと上。ぼくとそれほど歳は変わらないらしくて、正直、ちょっぴり悔しくもある。あ、そうそう――」
……え? え!?
なに!? まだ続くの!?
これ、オーバーキルなんて生易しいものじゃないよ!?
司! ちょっと女性陣に目を向けてみろって!
気絶しかかってるじゃん!
情報の洪水に呑み込まれて、溺死する一歩手前までいってるじゃん!
ああ、どうして僕は安易に下手なことをつぶやいてしまったんだろう。
ことわざにも沈黙は金っていうのがあるくらいなんだから、大人しく口を閉じていればよかったのに……。
もう僕の脳内はパンク寸前。これ以上は冗談抜きで命に関わる。
そんなわけで、僕は自分の浅はかさを呪いながら、司のマシンガントークを右の耳から左の耳へと聞き流そうと努力することにした。
それ以外に、生き残る術が見当たらなかった。
ああ、今日のパソ研訪問で得た情報は、果たして問題の解決に繋がるんだろうか……。
いかがでしたでしょうか?
今回は、前半が雑談、後半が世界観説明回となりました。
それと、サブタイトルは前回にもまして苦し紛れ……。
なんというか、ちょっとしたネタ切れ感があるのですよ。
僕、サブタイトルつけるセンスないほうですし。
ともあれ、それではまた次回。




