表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒き魂を持つ者たち  作者: ルーラー
序章 少年はまだユメの中
6/32

第五話 和樹たちの集う場所

 昼休みになり、僕は弁当と竹刀を持って教室を出た。

 向かう先はもちろん、中等部の校舎にあるパソコン研究部の部室だ。


「本当、問題解決の糸口くらいはつかめるといいんだけどなあ……」


 わらにもすがる思いとはこのことか。

 不安を押し殺すなんて到底できず、自然と独り言ばかりが増えていく。


 ――集団の中にいれば、あの『死神』も簡単には襲ってこれないはず。

 そう判断して、午前中は教室から出ないで過ごしていたのだけど、それでもやっぱり神経はすり減るわけで。

 そんなふうに、ため息をつきながらも歩くこと数分。

 ようやく部室の前まで辿りつく。


「入るぞ~」


 中から言葉が返ってくるのも待たずに、扉を横にガラガラと開く。

 そうしてまず目に入ってきたものは、縦に置かれている長方形の白机と、そこに乗っているティーポット。

 他にも、長机の一番奥にはノートパソコンも乗っかっている。

 そして、長机の両サイドには優菜と光一が弁当を広げて陣取っていた。


「早かったね、兄さん」


 まず顔を向けてきたのは優菜のほう。

 ……よかった。登校時にあったピリピリとした雰囲気は感じられない。

 時間が経って少しは落ちついたのか、学園という人目のある場所にいるからなのか、それとも友人がすぐ近くにいるという安心感からなのか。

 理由がどれであろうと、表面上は普段の彼女に戻ってくれたようで、本当によかった。

 そう僕が安堵していると、続いて我が弟分も声をかけてきた。


「来たか、和樹。俺と優菜は今日、先に食わせてもらってるぞ。悪いな」


「私は、止めたんだけどね……」


 今日の弁当は自分が作ったものだからなんだろうけど、それにしたって、なんて怖いもの知らずなんだ、光一。

 まあ、死神に立ち向かっていった昨日の優菜ほどではないにせよ。


「別に、先に食べててくれてもかまわないって……」


 言いながら室内に足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉める。

 それから、右手を軽く上げて、


「よっ、司。久しぶり」


 この部室は自分の城、と常日頃から公言してやまない小柄な少年、鳴時なるとき司に声をかけた。


「…………」


 けれど、返ってきたのは覇気はきのない視線だけ。

 パソコンのモニターから顔を上げて、眠たげながらも僕を見てはいるから、別に無反応というわけじゃあない。

 でも、もうちょっと愛想よくしてもバチは当たらないと思う。


「…………」


 あ、視線戻した。

 ノートパソコン越しに辛うじて見えていた司の顔が、完全に視界から消える。

 仮にも先輩である僕に、その態度はどうだろう。


 僕は光一の隣――入り口から手前側の場所に弁当を置き、背後の壁に竹刀袋を立てかける。

 しかし、椅子を引いて座ることはせずに光一の後ろを通り過ぎ、司の傍らへと歩いていった。


 けれど、ううむ……。

 こいつは本当に思考が読みづらい。

 なにを考えているのかが、その瞳や表情から推し量れない。

 とにかく無表情かつ無口で、心の動きというものが感じられないのだ。


 まあ、厳密には無口とも違うのだけど。

 本人が必要と判断した場合は冗談めいたことも言ってくるし、あと、恐ろしいほどのマシンガントークを繰り出してくることもあるし。


 でも司がそうなるのは、光一いわく『親しい人間』限定らしいから、僕や優菜、光一のように同じ時間をそこそこ長く共有してないと、彼がなにを考えているのかなんて、やっぱり微塵みじんもわからないと思う。


 で、そんな難儀なんぎな後輩は、長机の下で折りたたみ式の携帯電話を開いて、なぜかメールを打っていた。

 件名は、『来た』。本文は……まだなにも書かれていない。

 ああ、これから打つところなのか。じゃあ、これ以上は覗き見るのも悪いかな。


 そう思って身を引こうとしたところで、司は手早く電話帳を開き、『ま』の行から『美園秋葉みそのあきはさん』を選択。

 そして――そのまま送信した。


「……これでよし」


「え!? 本文は!?」


 俗にいうからメールだとわかってはいたものの、つい反射的に突っ込んでしまう。

 だって、いま司がメールを送った『美園秋葉』って、優菜、光一、司のクラスメイトにして優菜の親友だぞ?

 もっというなら、優菜と光一、そして司、秋葉で構成されている『仲良し四人組』のうちのひとりだぞ?

 そんな相手に空メールって、お前……。


「……そう頼まれてるから。あと、もう来ると思う」


「頼まれて……? いや、それにしたって、さすがにもうちょっと時間かかるだろ。確かに秋葉は陸上部だけあって足速いけど、まだお前がメール送ってから十秒と経ってな――」


「ありがとう! 鳴時くんっ!!」


「うわ、来たっ!?」


 息こそ少し荒くなっているものの、長い黒髪の女子――美園秋葉がものの数秒で本当にやって来た!

 うそお!? なんで来れるの!? ねえ、なんでこんな短時間でやって来れるの!?

 待ちかまえてでもいないと、十秒以内は絶対に無理だろ!


「ふう、ふう……。せ、瀬川せんぱぁい、『うわ、来たっ!?』はひどいですよお……」


「あ、ああ、悪い。来られて迷惑だって意味じゃなくて、その、なんていうか……」


 納得いかない、というか……。

 いや、時間とか空間とか、色々と超越しないと出せないだろ、このタイムは。

 さすが秋葉、まだ中三なのに早くも来年のインターハイでの活躍を期待されてるだけのことはある、なんて言葉で片づけられるレベルを軽く超えてるぞ、これ。

 インターハイ出場は来年の話だっていうのに、鬼も『気が早い』と笑えなくて、さぞかし困っているに違いない。


 と、そんなくだらないような、そうでもないようなことを考えていると、優菜のしみじみとつぶやくような声が聞こえてきた。


「愛の力って、すごいよね……」


 いや、すごいのは秋葉の脚力とかだろ。

 あるいは、人間離れしたなにか。

 ともあれ、いつまでも驚いてばかりもいられない。

 いま目にしたことを少しばかり頭の中から削除しつつ、僕は光一の隣の席につく。


 一方、秋葉は優菜の隣に着席した。

 自然、走ってきたせいで頬が上気している後輩と、向かい合わせで「いただきます」と弁当をつつく形になる。

 しっかし、なんでわざわざ走ってくるかなあ。昼休みはまだまだあるっていうのに。


 いやまあ、彼女に懐かれてる自覚自体は、僕にだってあるけどさ。

 一説によれば、友人の兄とか弟って、クラスで普通に接している異性よりも近しい存在に感じるらしいし。

 でもって僕も、割と頻繁に瀬川家に遊びに来る秋葉には、他の異性に比べて話しやすい印象を持ってるから。


 でも、だからって全速力で走ってくる必要は――待て、全速力だよな? いまのは、全速力だよな? そうだよな!?

 ……い、いや、深く考えるのはやめよう。人間離れしたタイムを軽く叩き出しておいて、それが全力じゃないとかいわれようものなら、恐怖の対象にすらなりかねないし。


「けどさ、秋葉。真面目な話、別に走ってこなくてもいいんじゃないか? 昼休みは長いんだし、廊下は走るなっていう定番の注意だってあるん――」


「鳴時くんのところに瀬川先輩が来てると知ったら、走らないなんてできません! それこそ、この足はなんのためにあるのかって話ですよ!!」


「そ、そう……」


 弁当箱を開きながら力強く返され、僕は箸を口に加えながら押し黙る。

 元気でけっこうなことではあるけれど、ちょっと怖い……。

 あと、足は僕とは関係ないところでも必要だろ。なかったら日常生活で困りまくるだろ。


「ところで瀬川和樹さん、今日は一体なんの用?」


 お、おお。

 まさか司に話を切り出されるとは思わなかった。

 ちなみにこいつ、人のことを呼ぶときは例外なくフルネームに『さん』づけだったりする。まあ、どうでもいいことっていえばそうなんだけど。

 ……ん? ちょっと待った。


「なんの用って、優菜か光一から聞いてないのか?」


「なにも。桜井光一さんからは、ただ『昼に三人でメシ食いに行くから』とだけ」


「おうい、光一……」


「んあ? 別にいいじゃねえか。大体、俺たちのほうで勝手に話進めてたら、二度三度と同じこと説明しなくちゃならなくなる場面が、絶対に出てくるだろ?」


 弁当箱から顔を上げてそう返してきた光一に、僕は「確かに、一理ある……」とうなずいて。


「う~んと、じゃあ、司。単刀直入に訊くけど、『死神』とか『黒き魂』って聞いて、なにかピンとくるものってあるか?」


 司は少しだけ興味深げな表情かおになり、僕のほうへと顔を向けてきた。

 こういう表情の変化、こいつと初対面の奴は全然読みとれないんだろうなあ……。


「……マンガか、小説?」

 

「まあ、普通はそういうリアクションになるよなあ……」


 思わず頭を抱えてしまう。

 やっぱり、まずは昨日の出来事を話して――


「冗談だから。……ちょっと長くなるけど、いい?」


 それにいち早く反応したのは優菜だった。


「え? ピンとくるものがあるの?」


「一応は。まず『死神』というのは、最下級の『神霊しんれい』のこと。

 中級とか高位の神霊や、創造主に最初から『神』として創られた存在ものに比べると劣るけど、それでも人間より高位の存在であることには変わりない。

 主な仕事は、『問題のある魂』をあの世に運んで、次の転生てんせいが行われるまでフォローすること。

 あ、『問題のある魂』って言ったけど、この『問題』は、生まれつき抱えているものであろうと、後天的に抱えることになったものであろうと、すべて同等に扱われる」


 あ、司のマシンガントークが始まった。

 でもまあ、まだ理解できる範囲内だから、しゃべるに任せるとしよう。


「あ、神霊というのは、心の清い人間とかが死後にるもので――」


「ちょい待ち」


 黙って聞いてようと思った途端に話が横道に逸れそうになったので、僕は短く制止する。


「それは横に置いておくとしよう。それより『黒き魂』のほうを頼めるか?」


「……わかった。でも『黒き魂』に限っては、あまり正確な情報がない。半信半疑に過ぎるものばかり」


「それでもいいからさ。大体、僕には死神のことだって、充分、半信半疑に過ぎるんだから」


「そう? 死神に関しての情報はかなり正確なのに。もちろん情報元の多くは不明だけど、細部が違うだけで、全体像はどの情報もほぼ同じだから」


「いや、でもやっぱり非現実的なことに変わりはないからさ……」


「確かに、それはそうかも。……で、『黒き魂』のことだけど」


「うん」


 僕のうなずきに、司はどこからかカロリーメイトを取り出し、それを口に運びながら、


「さっきも言ったとおり、ネットの裏サイトでそれっぽい話があった、程度の情報でしかないけど、そういったものを総合すると『ごくまれに、人間が生まれつき持ってしまう呪い』とか『破壊衝動の塊』ってことになる」


 そういえば、あの死神もそんなこと言ってたな。

 他に、人類すべての『悪性の具現』なんてのもあったし。

 と、そこで司が「……あ」と、『重要なことを言い忘れてた』みたいな表情になった……気がした。


「どうした?」


 思わず緊張に身を硬くする僕。


「どうでもいいことだけど、『魂』と『塊』って似てるよね?」


「心の底からどうでもいいよ! 大体、そんな無表情に『よね?』って首傾げられても反応に困るわ!」


 ああもう、身構えて損した!


「だから『どうでもいいことだけど』って前置きさせてもらったんだけど」


「前置きすれば、なにもかも許されると思ったら大間違いだ!」


 僕がだいぶ苛立ってきてるのを察したのだろう。

 司は「……そう」とつぶやき、


「じゃあ、本題に戻って。……『黒き魂』は、字面じづらからしていかにも『悪』って感じだけど、実際にはそうじゃない」


 それに優菜が怪訝けげんそうな表情を浮かべた。


「『破壊衝動の塊』なのに?」


「破壊は悪意によってのみ行われるものじゃないから。……そう、これは言うなれば『無色の力』。善行ぜんこうにも悪行あくぎょうにも用いることができる力」


 そう説明した司に、弁当箱を空にした光一が納得したような声を出す。


「つまり、使う奴次第ってことか。包丁と同じだな。料理を作ることもできれば、人に傷を負わせることもできる」


 しかし、それに司は首を横に振る。

 間違いなくうなずくと思ってたから、正直、意外だった。


「それが、一概いちがいにそうとも言えない。『黒き魂』には人格みたいなものがあるらしくて、保有者の人格がそれに『呑まれ』て、殺人や破壊行為に及んでしまう場合もあるらしい」


「そ、そうなの……?」


 とてもじゃないけど信じられないって声。

 まだ弁当箱の中身が半分以上も残ってる、秋葉が発したものだった。


 必要と感じたこと以外は口にしない司が、無意味な作り話をここまで饒舌じょうぜつに話して聞かせるわけがない。

 そうとわかってはいても、やっぱり疑わしくは感じられてしまうようだ。

 だからというわけじゃないけど、僕は横から口を挟ませてもらうことにする。


「昨日会った死神もそんなこと言ってたな。それに、『力があること自体が問題』みたいなことも。……腹立たしい話だ」


 それに司が返してきたのは、肯定のうなずき。

 けれどそれは、『腹立たしい』に対するものではなく――


「瀬川和樹さんがそう感じるのは無理ないと思う。でも、死神の言葉自体は決して間違ってない。むしろ正しい。世界の均衡きんこうを崩すほどの『力』は、存在しないに越したことないから。

 だから『黒き魂』を持つ人間を殺そうというのなら、それは賞賛しょうさんされこそすれ、非難されることではない。……一般論では、だけど」


 そこまで口にしてしゃべり疲れたのか、司は一度大きく息を吐いた。


「喉、渇いたね」


「そりゃ、話しながらカロリーメイト食べてればな……」


 そんな僕の返しに、司は最後の一欠片を口の中に放り込み、


「うん。カロリーメイトは口の中の水分をほとんど持ってっちゃうのが玉にきず。……美味しいけど」


「それにしたって、話しながら食べるようなものじゃないだろ……」


「キーボード叩きながらでも手軽に食べられるから。それに、玉にひとつくらい瑕があってもいいと思う」


 なら、なんで批判的なことを言ったんだ……。

 と、そこで司はおもむろに立ち上がり、背後にある棚へと向いた。

 そこには、伏せた状態で置かれているティーカップが八つほど。

 それらを長机の上に五つ並べ、司は光一にいで食事を終えていた優菜に、振り向くことなく話しかけた。


「……瀬川優菜さん、頼める?」


「うん、もちろんいいけど……」


 『いいのかな?』ってふうに優菜は苦笑する。

 けれど司は、意に介することなく棚の引き出しを開け、


「じゃあ、はい。これ、ティーバッグとスティックシュガー。あ、ミルクもいる?」


 などと優菜に次々手渡していく。

 それに光一が呆れたような声をあげた。


「いまさらだけどよ、いいのか? 勝手にそんなもん持ち込んで……」


 司は再びパソコンの前に腰を下ろしながら、こともなげに答える。


「問題ない。ここは、ぼくの城だから」


 うん、まあ、こういう奴なんだよな。司は……。

 そう思い、僕はつい苦笑を漏らしてしまうのだった。

第五話――連載第六回目にして、ようやく序章のメインヒロインを登場させることができました。

もうひとりの新キャラは、前回のラストで名前だけ出ていた司。

第五話、第六話と動きのない会話のみの回が続きますが、楽しんでいただければ幸いです。

それでは、また次回。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ