第十八話 和樹の『記録』
「状況を分析した限り、瀬川和樹さんが生き残るためにクリアしなければならない条件は、全部で二つ」
『手を引く』という発言は、聞き間違いかなにかだったんじゃないだろうか。
そう思ってしまうくらい、司はいつもと変わることなく淡々と言葉を紡ぎ始めた。
「ひとつ目は、神原まどかさんに、瀬川和樹さんを『殺すべきではない』と認識させ続けること。戦っても必ず負ける相手なら、味方にするくらいしか手がないから。
二つ目は、神原まどかさんに灼騎士を退けてもらうこと。どれだけ敵わなくても、彼を味方にするのは絶対に不可能だから」
「絶対に、か……」
光一とまどかの戦いを視界に収めながら、思わずつぶやく僕。
それに司のうなずく気配があった。
「そう、絶対に。――灼騎士からは、初めて会ったときに『殺してしまっても別にいい』という印象を受けた。そうである以上、彼に瀬川和樹さんを『殺すべきではない』と思わせるのは難しい。だから、灼騎士を味方にするのは絶対に不可能。
……二つ目の条件は、正直、賭けだと思う。神原まどかさんの実力が灼騎士に劣っていたら、その時点でアウトだから。そうでないことを祈るくらいしか、ぼくたち……いや、瀬川和樹さんにはできない。
そして身体能力が誰よりも劣るぼくは、二つ目の条件をクリアするにあたって、間違いなく足手まといになる。だから、ぼくはここで降りることにする」
「鳴時くん、足手まといだなんて、そんなことな――」
「そう言う美園秋葉さんも、今回はもう降りるべき。命あっての物種だから。――実際僕も、本音を言えば、ただ命が惜しいだけだし」
その言葉に、言葉の選び方に、僕は司の不器用な優しさを知った。
だってこいつは、自分が降りるときには、一度も『命が惜しい』なんて言わなかった。
そして、同じことを勧めながらも、司は秋葉に『足手まとい』という言葉を使わなかった。
秋葉を傷つけないために。
この件から手を引いても、それに罪悪感を覚えてしまわずに済むように。
本当に不器用で、優しくて……そして、強い奴だ。
ともすれば薄情な奴だと軽蔑されかねないのに、それでもこいつは臆病者を演じて、秋葉に『事態の深刻さ』を偽ることなく伝えたのだから。
そして、それが秋葉にとっては『最良』だと、僕も思う。
灼騎士には、僕たち四人だけで挑むべきだ。
唯一ともいえる攻撃役は、まどか。
僕たちは、彼女に望みを託して小賢しく動き回るしかない。
そんな危険な戦いに、司や秋葉を巻き込みたいなんて思えるわけ、ないんだから……。
「――瀬川先輩。本当に、足手まといなんですか? 私たちは……いえ、私は、足手まとい……なんですか?」
ああ、それなのに。
秋葉もまた、おそらくは司の優しさを見抜いた上で、問うてきた。
僕にとって、自分は不要な存在なのか、と。
――僕は、自分を不器用な人間だと思う。
それなりに優しい人間だとも……実は、ちょっとだけ思ってる。
けれど、どう逆立ちしても、強い人間では……なかった。
「……いや、足手まといなんかじゃ……絶対、ないさ」
だから……絞りだすように、そう答えた。
『足手まといだ』と言って、傷つけるのが怖くて。
不要だと断じて、嫌われるのが怖くて。
僕の返答に、秋葉が安堵の息をつく。
彼女のほうを見ることはできないから確信は持てないけど、でもきっと、喜びの表情を浮かべてもいるのだろう。
突き放したほうが、秋葉のためにはよかった。
そう、わかってはいるのに、なんで僕は、こうなんだろう。
どうして、嫌われることも覚悟の上で、『足手まといだ』って言えないんだろう……。
「――でもさ、秋葉。怖くは、ないのか……?」
怖い。
降りたい。
そんな言葉を期待して、僕は問いかけた。
でも、返ってきた声は、むしろ弾んですらいて。
「もちろん、怖いは怖いですよ。でも、優菜もまどかさんも戦うんです。危険の度合いは同じじゃないですか。
なのに、私ひとりだけ安全なところに逃げて、事件が無事に解決したらまた仲良く過ごしましょうだなんて、そんな都合のいいことはしたくありませんから」
その言葉に、ああ、秋葉も秋葉で強いなあ、なんてことを思う。
その強さにちょっとだけ困りもするけど、それでも、弱い僕からすれば、それはやっぱり羨ましい強さだった。
「……美園秋葉さんがそれでいいのなら、ぼくから言うことはなにもない。人間の幸福は、主観によってのみ決まるものだから。
もちろん、だからといって、ならぼくも一緒に戦う、とはやっぱり言えないわけだけど。足手まといになるのは火を見るよりも明らかだし、万が一、ぼくが大怪我をしたら、瀬川和樹さんは罪悪感に押し潰されもしてしまうだろうから」
それが、司の本音。
結局、こいつも自分の命よりも僕のことを優先してくれていた。
ただ、秋葉とは心配してくれているものが違うだけだ。
秋葉がしてくれているのは、僕の『命』の心配。
司がしてくれているのは、僕の『精神』の心配。
それに気づいて、僕は思った。
昨日も思ったことだけど、それでもやっぱり、また思ってしまった。
僕は本当に、先輩思いのいい後輩たちを持ったものだなあ、と――。
◆ ◆ ◆
「降りるって、手を引くって、なんだよそりゃ……!」
庭での草試合を終え、司と秋葉が帰ってからすぐのこと。
司が『降りた』のを知って、光一はリビングのソファに腰かけながら憤慨していた。
誤解のないよう言っておくけど、僕と優菜はもちろん、司の本心についてもちゃんと説明している。
けれど、それでも光一は納得いかないようで。
「司の言い分が正しいのは認めるさ! あいつが一番『戦えない』のだって、頭ではちゃんとわかってる! でも、だからって……!」
「まあ、お前は司から直接聞いたわけじゃないから、僕たちと違って簡単には割り切れないのかもしれないけどさ。でも、だからってそこまで怒るほどのことでもないだろう?」
「そりゃそうかもしれないけど……! それでも、イラつくものはイラつくんだよ……! あの灼騎士ってのも、全然やってこないし!」
ああ、なるほど。
光一はイラついてるっていうより、単純に焦れてるのか。
不安がビクビクよりもイライラに繋がるあたりは……こいつらしいというか、なんというか。
と、そこでまどかが口を挟んできた。
「まあまあ、光一さん。落ちつきましょう。――きっと、様子をうかがっているんですよ、灼騎士は。私と同じように」
「私と同じように、か。……引っかかる物言いだな、おい」
「他意はありませんよ?」
「……そうかよ。でも本当、いつまでこうしてりゃいいんだ……」
「とりあえずは、灼騎士が現れるまで、でしょうねえ」
「そして灼騎士を倒したら、今度はお前が敵になるってか?」
「今日はいやに絡んできますね、光一さん。私と戦って一回も勝てなかったのが、そんなに悔しかったんですか?」
「…………」
黙りこむ光一。
え!? 図星!? 本当にそれが原因なの!?
……あー、なら、とりあえずは放置でいいか。少しすれば頭も冷えるだろうし。
そんなわけで、
「僕、ちょっと自分の部屋に行ってるな?」
そう三人に声をかけ、僕はリビングを出ることにした。
そして階段を上り、二階にある自室の扉を開けて。
「――さて、と」
扉を閉め、茶色いカーペットを敷いてある床にあぐらをかいた。
そして目を瞑り、草試合の内容を最初から順に思い出していく。
最初は光一対まどか、二戦目は優菜対まどか、そしてそのあとは十一回連続で最後まで光一対まどかだ。
全部で十三回行われた『対まどか戦』を脳内で詳細に再生し終えてから、僕は一度目を開けてつぶやく。
「十三回もやったのに、まどかが苦戦しているように見えなくもない戦いは、優菜との一戦だけ、か。十二回も戦ってるのに、光一は軽くあしらわれてばかりいるなあ……」
それからもう一度目を閉じ、何度も何度も脳内再生を繰り返す。
もちろん、十三回分の戦闘データの中から、まどかの癖を探るためだ。
いやまあ、癖がどれだけ見つかっても、僕たちの反応速度がどうしようもないほどに遅ければ、癖を見つけることに意味なんてないわけなんだけど。
それにしても、この『自分の目で見たことは、いつでも好きなときに細部に至るまで詳細に思い出せる』という僕の特技がここまで役に立ったのは、もしかしたら生まれて初めてのことなんじゃないだろうか。
もちろん学校のテスト――暗記とかの分野で役立てることはあったけど、そもそもテストには命なんてかかってないし、なにより、下手に満点を取らないようにわざと手を抜いたりとかもしてるもんだから……。
ああ、そういえばこの特技、子供の頃は『誰にでもできること』だと思ってたんだよなあ。
それで飛馬やひーねぇに驚かれたり、優菜や光一に軽く引かれたりしたんだっけ。
特に、ひーねぇの言った『和樹のそれは、きっと『記憶してる』んじゃなくて『記録してる』のよ』は、やたらと印象に残ってもいたり。
だって、本当に『記憶してる』んじゃなくて『記録してる』って感覚なものだから。
目を通して脳に録画したものなら、いつでも何度でも再生できる。そんな感じ。
や、司のマシンガントークとか、割と例外もあるんだけどさ。
しかし、どうして他の人は同じように『記録』できないんだろう。
これは本当に謎だ。一応、十五年以上生きてきているというのに、未だに謎だ。
もちろん、優菜や光一たちに言わせれば、どうして『記録』なんてできるんだ、ということになるわけだけど。
それはさておき。
脳内再生を終了させて、僕は思う。
いや、思うだけじゃなく、口にも出してしまう。
「――参った……」
別に、癖が見つからなかったわけじゃあない。
まどかの得物はあんな大鎌だから、『起こり』はかなりわかりやすいのだ。
けど、あの死神はそのマイナスを速度で補っている。
「これだと、僕や光一じゃ、竹刀を当てることすらできないぞ……」
そもそも、優菜ですら当てることができなかったわけで。
「『起こり』を見極めて防御、そして反撃……も、通用しないよなあ、たぶん……」
よくて防御される、悪くすれば、かわされてこっちの体勢を崩され、そこに追撃を食らうんじゃなかろうか。
となると、カウンターで攻撃を当てられそうなのは優菜だけ、となるわけだけど……ああ、でもあいつは先手必勝っていうか、防御の重要性を理解してないっぽいところがあるんだよなあ。攻撃は最大の防御なり、をやりすぎなくらい実践しちゃってるっていうか。
「悪いのは、いままで優菜がそれで勝ててきちゃったってことだな。もっと言えば、優菜が防御する必要がないくらい、僕と光一が弱かったことだな……」
あ、なんかちょっとヘコんできた……。
い、いやいや、気落ちしてる場合じゃないぞ、僕。
……でもなあ、あと考察できることなんて、もう司の言ってたことの範囲を出そうにないんだよなあ。
「……ん。やっぱり、まどかを倒そうっていう発想には無理があるな。あいつに味方でい続けてもらう以外、僕に生き残れる道はない、か」
そうつぶやき、僕は部屋の端にあるベッドへと移動する。
そしてゴロリと仰向けに寝転がり、天井を仰いだ。
「司の言ってたとおり、あとは賭けだ。まどかが灼騎士よりも強いことを祈るしかない」
もちろん、僕や優菜、光一も小賢しく動き回れれば、とは思うけどさ。
「なんにせよ、場合によっては灼騎士に加勢するという初期の案は、完全に却下だな」
そんな『場合』なんて、絶対に訪れないだろうから。
さてさて、下手な考え休むに似たり、とはよくいったもので。
あとはもう、晩ご飯の時間になるまで、僕はベッドの上でゴロゴロと過ごすことにした。
見ようによっては、暇を持て余してるようにも映るんだろうな、これ……。
いかがでしたでしょうか?
今回は司による『和樹が生き残るための道筋』の提案の回。
それと同時に、和樹のちょっとばかりチート気味な特技の説明回にもなりました。
しかし、勉強などにおいてなら超役立つであろう能力が、戦闘においても同じように役立つのかといえば、もちろん、そんなことはないわけで。
なんというか、和樹はいくつか便利な特技を持っているのですが、それらがことごとく戦闘向きではないのですよね(苦笑)。
まあ、それをどう活かしていくのかを考えるのが、また楽しいわけなのですが。
では、また次回。




