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第一章 囚われの王女と隻眼の青年⑦

 ラムセルを問い詰めるその口調こそいつものカタリナ姫らしく穏やかで慎ましやかなものだったが、ラムセルを見つめるその瞳は冷ややかなもので、彼の主張している境遇への同情の色は一切見られない。


 「はっ、はい! その通りでございます!」


 「ならばその命令とやらを詳しく説明しなさい」


 「ははーっ!」と完全に平伏したのち、おとなしくお縄についたラムセルは事の発端をつらつらと説明しだす。


 命の危機に立たされている焦りのためからか、話が行ったり来たりしてなかなか要領が得なかった。


 だが、何度も根気良く説明と質問を繰り返した結果、今回の騒動の大筋はこのような流れだったと判明する。

 

 ①他国の高位貴族に対する自らのセクハラ行為によってアンリエストに飛ばされたラムセルは、いつやって来るとも知れない黄金竜の恐怖に毎日気が気ではなかった。また、公爵家の嫡男である自分に対してそのような処分を課したクレッサール王に常日頃から恨みを抱いていた。


 ②そのような境遇で燻っていたところ、とあるクレッサール王族の使いという者が尋ねてきて、第四王女をトンガール王国に売り渡す計画があることを知らされ、自分もその計画に参加することを要求された。


 ③その計画での自分の役割は、交易都市アンリエストを視察にやってくる王女の身柄確保とトンガール王国への引渡しである。姫の身柄は、アンリエストに視察にやってきた彼女を歓迎するための晩餐会の食事に睡眠薬を密かに盛ることで押さえた。


 ④この計画に加担した以上自分はクレッサール王国に居場所はなくなってしまうが、今以上の地位と待遇をトンガール王が保証してくれることになっていた。


 ⑤また、この計画にはトンガールだけでなくヘムガール帝国皇帝も一枚噛んでいて、クレッサールとの国境に大軍を集めることでクレッサール正規軍の大半をその地に足止めし、正規軍を王女奪還に動かせないようにした。

 

 ⑥誘拐した王女をトンガール王国へ護送する役割はトンガール正規軍が担い、その指揮はラムセルがとることになっていた。また、トンガール正規軍がアンリエスト地方に進出している情報が中央に届くことがないよう情報を遮断した。


 ⑦トンガール王とヘムガール王はクレッサール王家に古人種の血を引く王女がいることを忌まわしく感じていた。それは彼らの国で広く信仰されているナトーヤ教の教えによるものである。ナトーヤ教は純粋なヒト種以外は認めていないので、仮にそれがヒトの上位種たる古人種であっても例外ではない。


 ⑧カタリナ姫の身柄はトンガールに移送されたあと、宗教裁判にかけられ、王の手により凌辱された後公開処刑されることになっていた。


 ちなみにナトーヤ教というのはナトーヤ神を絶対唯一の神としてあがめる大陸で最も信仰されている宗教のことである。

 中でもヘムガールはかつてナトーヤ神が降臨したとされる聖地があることからナトーヤ教総本山が置かれており、特にその宗教色が強い国家であるといえる。

 そしてその隣国であるトンガール王国もまた、その宗教的影響を色濃く受けている。


 このナトーヤ教の教義では唯一神ナトーヤ以外を認めず、ナトーヤ神が自分の写し身として創ったヒト種こそが至高の存在であると説き、それ以外の亜人たちは、ゴブリンやオークなどの妖魔族、トロルやサイクロプスなどの巨人族、エルフやドワーフなどの妖精族に至るまで、その全てがヒト種の支配下に置かれるべき存在であるとされている。

 そのため、このナトーヤ教の勢力が強いヘムガールやトンガールでは亜人たちは全て奴隷などの被支配者階級であり、完全に人間扱いされていない。


 ここで不思議なのが、本来ならばヒト種の上位存在であるはずの古人種も、なぜかその亜人たちの中に含められてしまっていることである。


 これにはセリネたち一般人だけでなく多くの宗教学者たちも首を捻っているのだが、降臨したナトーヤ神自身がそう決めたことだとされているので、誰もそこに異論を挟むことはできなかった。


 クレッサール王国もトンガール王国と同じようにヘムガールの隣国であるので、このナトーヤ教の影響を完全に拭うことは出来てはいないのだが、それでも先に述べた強硬な二国、そしてその他の国々と比べても亜人たちに対する態度は随分と大らかだ。

 王族であるカタリナ姫自身が古人種の血を引いていることでもそれが分かる。


 これにはもちろんそうなるだけのきちんとした理由がある。


 クレッサール王国の問題児、いや、ここは問題領というべきだろうか、とにかく歴代の王が決まって頭を抱えるのが黄金竜が出没する魔の森を抱えるアンリエスト地方の処遇である。


 国から国への中継点として数日から一月程度立ち寄っては去っていく商人たちや旅人などのかりそめの住人と違って、定住している者はいつ襲ってくるか分からない竜の脅威に常に晒されている。

 当然ながらこのような場所に好んで移り住みたいと思う者はそうそういない。


 しかし、アンリエストの都市をある程度の規模で維持しないことには別の都市が竜に襲われることになってしまう。


 そのジレンマを抱えた何代も前のクレッサール王は悩みに悩んだ末、ついに一つの解決策を思いつき、そしてそれをすぐさま実行に移した。


 「アンリエストの地であれば亜人にも市民権を与える」と世界中に向けて高らかに宣言したのだ。


 もっとも、市民権と言えども、それはヒト種の持つそれと完全に同等なものではなく、住む地域が限定されたり立ち入れない場所があったり、つけない職業があったりと、ヒト種に比べればずいぶんと冷遇されている二等市民権と呼ばれるものだ。


 しかし、それでも他の場所に住んでいれば問答無用で人扱いされないのだから、そこは亜人たちからしてみれば天国のような場所である。


 むろんそこには定期的に襲ってくる竜の脅威という大きな欠点がある。


 だが、他の地域ではヒトという支配種によってまるでモノのように扱われ、彼らのもたらす悪意によって自分たちの命が理不尽に失われるようなことなど日常的な出来事である亜人たちにとって、それはさほど問題になることではなかった。


 それに、亜人に市民権が与えられた「アンリエスト地方」とは、なにも都市としてのアンリエストのみを指すものではない。


 亜人たちの中にはヒト種からの迫害を避けるため、都市で生活を送ることをあえて選ばず、自ら積極的に山中や森の奥深くに隠れ里を構えることを選択してきたものたちも多い。


 亜人たちの中でも特に強く迫害されている妖魔族や蟲人族、そして容姿の美しさゆえに性奴隷目的で誘拐されることが多いエルフ族はじめ多くの妖精族などはその傾向が特に強く、街中で見かけることの方がむしろ稀なほどである。


 しかし、こうして僻地に隠れ住むことを選んだ亜人たちの集落も、決して安住の地という訳ではない。


 彼らが逃れ住むような場所には危険極まりない大型魔獣がうようよ生息していて常に死の危険と隣り合わせな上、ひとたび里がヒト種に発見されてしまえばたちまち討伐の対象となってしまうのだ。


 だが、幸いにしてアンリエストにはそんな彼らを受け入れる広さを持った、ヒト種の手の届かない魔境がたった一つだけ存在している。



 ヒト種の天敵にして絶対的な暴力の王者、『黄金竜』の住まう魔の森である。



 そしてこの黄金竜。不思議なことに亜人たちのことを捕食対象として襲いはするものの、ヒト種に対するような憎悪を直接ぶつけてくるようなことはないため、空腹時の彼にさえ出会わなければ意外と安全と言ってもいい存在なのである。


 つまり、彼らにとって魔の森とは、自分たちの命を脅かす最も圧倒的かつ絶望的な存在である黄金竜の足元である一方、最も陰険で凶悪な悪意をぶつけてくるヒト種からは最も遠い場所でもあったのである。


 それに加え、クレッサール王からアンリエストに住まう亜人たちに市民権が与えるという御触れが出された。


 この御触れの効力を持つ範囲が魔の森をも含むアンリエスト地域全体だったこともあって、世界中の各地から亜人たちがますます魔の森へと流れ込んでくることになる。


 以上の理由からアンリエスト地方は世界でも稀に見る亜人の多い地域となり、その影響を大きく受けたクレッサール王国そのものの宗教観も他国と比べてやや緩いものとなっている。


 もちろんこれは他国からの強い反発も生んだ。


 特に強硬な宗教観を持つヘムガールとトンガールの二国などはその最たるものだ。


 しかし、竜の住まう場所であるアンリエストは、領土的にはクレッサール王国に属するとはいえ、位置的には周辺五国から伸びる街道が繋がる場所にある。


 ついでに言うのなら、都市に襲いかかってくる黄金竜にとってはヒトが勝手に決めた国境線など全く意味を成さない。


 つまり、アンリエストという竜避けの都市がないと、目標を失った黄金竜がいつ自分の国の都市へと標的を変更して襲撃してくるか分かったものではないのである。


 また、アンリエストがないと国家間の交易にも重大な支障が生じてしまう。


 何らかの方法で都市は維持せねばならず、かといってクレッサール王が表明した方法以上に合理的な手段も思いつかない。


 だからこそ、クレッサールの周辺国は、亜人たちが市民として住まうアンリエストを疎ましく思いながらも、しぶしぶその存在を容認せざるを得なかったのだ。


 「それで……」


 なかなか要領を得ないラムセルの説明を辛抱強く聞いていたカタリナ姫がそこでようやく口を開いた。


 「私をトンガールに売ることをあなたに命じた王族とはいったい誰なのですか?」


 そう問いかけた瞬間、カタリナ姫の瞳が僅かに憂いを帯びた。


 無理もない。


 現在クレッサールで王族と呼ばれるべき存在は彼女とその父母、そして兄弟意外に存在しない。


 つまり、カタリナ姫をトンガールに売り渡そうとした主犯は、彼女にごく近い身内に存在することになるのである。


 「それが……」


 問い詰められて、ラムセルが言いづらそうな表情で口ごもる。


 「私の元にやってきた男は『とあるクレッサール王族の使いである』と言っただけで、具体的にそれが誰であるかまでは……」


 「この期に及んでまだその者をかばいだてするのですか?」


 「とんでもない!」


 王女の詰問にラムセルは悲鳴のような声を上げた。


 「では、あなたは相手が王家の使いと主張しただけで無条件でその言葉を信じるような愚か者だとでもいうのですか?」


 「いっ、いえ、決して……そのようなことは……」


 その後の彼の必死の弁明によると、どうやらその使いの者がどの王族の手の者かは本当に知らないようで、それではなぜ本物の王族からの使いだと分かったかというと、使いの者が持ってきた密書に王族にしか使うことが許されていない特殊な印が使われていたかららしい。


 その密書を今もまだ持っているとのことなのでカタリナが直にその目で確認したが、確かにラムセルの言う通りであった。


 王族――すなわち彼女の家族の中にカタリナ姫を害そうとしている者が存在していることは間違いない。だが、それが誰かと名指しする証拠はどこにもないということだ。


 もっとも、これは怪しいという者なら三人ほど存在する。


 第一王子アレックスと第三王子のフェリペ、そして彼らの母である正妃マリアンナである。


 カタリナ姫と第二王子ガレスの仲が良好なのは有名な話だし、第一王女から第三王女は特に友好的な関係でもないが、それほど険悪というわけでもない。


 しかしこの第一王子と第三王子に関しては、正妻の息子ということで他の兄弟に対して居丈高であり、かつ熱心なナトーヤ教の信者でもあることからカタリナに対しては特に冷酷に当たってくる。それに加えその母親である正妃マリアンナは、王宮でカタリナの母をいびり倒したいじめの黒幕とされている人物だ。


 なによりこの正妃マリアンナは元々この事件の当事者であるトンガール王家から降嫁してきた姫なのである。


 限りなく黒には近いが、ぎりぎりグレーというところだろうか。


 おそらくセリネと同じ結論に至ったのだろう。


 「『これは疑わしい』と思う人たちに心当たりはあります……が、決定的な証拠がないのではやむをえないです。ラムセルの処遇も含めてひとまずこの問題は父に預けるとしましょう」


 残念そうな表情一つ見せず、淡々とカタリナ王女はそう言った。


 「それよりも……」


 縛られて地面に転がっているラムセルの存在などもはや頭の中から完全に消し去ってしまったという様子でカタリナ姫はこちらを振り返ると、セリネの傍までトトトと歩み寄ってきて両手を取るとそのまま深々と頭を下げた。


 「セリネお従姉さま。こんな私のために大軍相手にたったあれだけの人数で挑ませるような無茶をさせてしまい、誠に申し訳ありません。おかげで無事開放されることが出来ました。本当にありがとうございます。そして……」


 更に後ろにいた黒髪黒瞳の隻眼の青年とその傍に控えているメイドに視線を向けると、彼女は再び頭を下げる。


 「そちらの方々にも深い感謝を。名乗り遅れましたがわたくしクレッサール王国第四王女カタリナ・デュ・クレッサールと申します。なにぶん着の身着のままの姿で攫われた身。心苦しくもこの場では感謝の言葉以外に十分なお礼を差し上げること叶いません。ですが、クレッサール王宮に戻りましたなら必ずや今回のこの働きに見合う謝礼をお支払いさせていただく旨この場にてお約束させていただきます。ですので、どうかこの場での欠礼につきましてはお許しくださいませ」


 「いえいえ、こちらにもこちらの目的があって手をお貸しした次第ですので、どうかお気になさらず」


 青年は澄ました顔でそれに応じた。


 「目的……ですか? 失礼ですが、あなた様方は? そのお召し物やあなた様方の髪と瞳の色。この周辺の国々ではあまりお見かけしないものとお見受け致しますが……」


 どこか含みのある青年の言葉に警戒しつつカタリナ姫が尋ねると、「ああ、失礼しました」と爽やかに微笑みながら青年は優雅な仕草で一礼する。


 そして、ここに至ってようやく彼は自分の名前と所属を名乗った。


 「私は魔法帝国神無まほうていこくかむな渋谷公爵、肆十無湊よつなしみなと。こことは異なる世界に存在する地球という惑星、その地に存在する神無という国家において六大公爵の一翼を担わせていただいている者です。どうかお見知りおきを」


 これは、この大地にヒトの営みがある限り決して消えることなく、褪せることなく、ある者には恐怖と絶望を、そしてまたある者にはそれを塗りつぶさんばかりの感謝と尊敬の念を得、以降亜人たちの間で神話として永遠に語り継がれていくことになる青年とその配下たちが、初めてこの世界の紡ぐ歴史に登場したその瞬間でもあった。

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