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閑話 第一の使徒

更新が遅れて申し訳ありません。

今話は主人公一切出てきません。(名前だけなら出ます)

そういう意味ではつまらないかもしれませんが、この先の話の展開上どうしても必要な話なのでどうかご勘弁ください。

◆◆◆




 閑話 皆本敏也





 「ここは……一体どこなんだ?」



 それが最初に口から突いて出た言葉だった。

 気が付いたら見知らぬ建物の中にぽつんと一人で立っていた。


 あまりに現実離れした出来事に、皆本敏也は思わず周囲を二度見三度見してしまう。

 しかし、どれだけ目を凝らして見直しても、眼前に映し出された風景は変わらなかった。


 つい先ほどまでいたはずの、いつも通っている横浜魔術士官学園の施設とは明らかに異なる建物。


 床も壁も総てが大理石製。

 ステンドグラスがはめ込まれた窓から七色の太陽光が降り注いでいて、室内の調度品も素人目に明らかな高級品。

 どこか西洋の国の宮殿か大聖堂だろうか……。

 荘厳という表現がこれほどにしっくりとくる建物はそうないであろう。

 

 広い礼拝堂みたいな空間にぽつんと一人。


 人の気配はないため、とりあえず直近の身の危険はなさそうではあるが、ここがどこの国のどんな場所なのかも分からない以上油断することはできない。


 「そうだ。刀はっ?」


 はっとして、反射的に腰元に手をやる。


 「……あってくれたか」


 いつもそこにある愛刀の重みを感じて、思わす敏也は安堵のため息をついた。


 「刀身も……問題ないようだな」


 念のために刀を抜いて確かめてみるが、特に異常は見られなかった。


 今の自分を取り巻く状況が一体どういうものなのかさっぱりと理解できなかったが、どうやら武器なしという最悪な状況だけは免れることができたようだった。


 「しかしこれは、一体どういう状況なんだ?」


 学園で授業を受けていたはずの自分一人だけが一瞬で違う場所に移動している。

 疑うまでもない。これは明らかに何らかの要因による瞬間移動現象に起因するものだ。

 となると、考えられるとしたら本当にレアなケースではあるが、自然に発生した空間裂にうっかりはまり込んでしまったか、もしくは何者かの転移的な能力によって強制的に飛ばされたかのいずれかである。


 前者については、大華国による大規模儀式の失敗以降、地球を取り巻く時空がやや不安定になっているとは聞いている。実際に他の世界から魔獣が紛れ込んできたという例も確認されているらしいのだが、それでも宝くじを引き当てるような確率だ。


 後者については、自然的な転移でないとなると、何者かの能力による人為的なものと考えられるが、そもそも転移能力は現在一例しか確認されていない極めて希少な能力だ。


 状況からみて今のこの状況が人為的に起こされたものだということならば、その者が犯人である確率は非常に高い。

 しかし、敏也には一つだけ引っかかっている点がある。


 見も知らぬこの場所へ転移させられる直前、耳元で 『見つけた』 という男の声を聞いた気がするのだ。

 いや、今冷静に思い返してみても、間違いなくそう聞いたはずだ。


 その声は間違いなく男のものだった。ハスキーな女性の声とかそういうものでは断じてない。


 となると、その転移能力者が犯人だと断ずることは極めて難しくなってくる。


 なぜならば、世界で唯一確認されている転移能力の所持者は女性であるからだ。


 考えられるのは現在確認されていない隠れた転移能力者の仕業という可能性だが、その場合、どうして自分が標的にされたのか? という疑問にぶち当たる。


 他人から恨みを買うような心当たりは……。


 「……正直、ありすぎてどの恨みによるものなのかさっぱり分からねぇんだよなぁ」


 思わず嘆息してしまう。


 かつて帝国を震撼させた円卓第5位の皆本清十郎が企てた軍事クーデター。


 そのクーデターの首謀者である皆本清十郎は敏也の実の祖父である。

 そして、敏也自身も己の意思で国家への反逆に身を投じたばかりか、円卓第3位・椎名麻耶の親友である真田志保子の家族を人質に取ることで志保子に麻耶を背後から襲わせ、結果として彼女に重傷を負わせることになった罪人である。

 

 戦闘で正々堂々と負傷させたならばともかく、人質を取って背後から騙し討ちさせるという卑劣な手を使ったのも良くなかった。

 しかもテレビの生放送で全国に放映されている真っ只中でだ。

 これはもうカメラの向こうの視聴者が全て目撃者になったようなものだ。


 クーデターが成功していればそれでも良かっただろうが、生憎とクーデターは失敗して祖父の清十郎は皇帝御影数馬(みかげかずま)の手直々に火刑に処されてしまった。

 

 結果として敏也に残ったのは裏切者と卑怯者という消えない汚名だけだった。


 そして、それを抜きに考えたとしても、自分で言うのもなんだが、学園生活や私生活で祖父の威光を借りた横暴をあちこちで繰り返していた。

 気に入らないからという理由だけで何人の人間を破滅に追いやったかすら覚えていないくらいだ。

 人間が自分の人生でこれまでに何匹の蟻を踏み潰したのかをいちいち覚えているか? 覚えているわけないだろう。極端な話、それと同じである。

 不謹慎な例えかもしれないが、敏也の人生において所詮他者の身の不幸などそれくらいの価値しかなかった。


 である以上、今となってはもはやどこの誰から恨みを買っているのかすら定かではない。


 幸いにして敏也と天野史織の二人はガッツリとクーデターに加担したにもかかわらず、魔術士官学校に通う未成年という理由で保護観察処分ではあるものの死刑を免れることができた。

 しかし、果たしてそれを幸いと言ってしまっても良いものだったのか。


 反逆の主犯格の生き残りということで、それまで擦り寄ってきていた取り巻きたちは皆自分たちから距離を取るようになり、敏也は校内で完全に孤立してしまった。


 生徒どころか生徒に公平であるべき教師たちすら自分たちからは距離を置いていた。

 常日頃あれほど皆本家からのおこぼれにあずかろうとヘコヘコ頭を下げていたにも関わらずである。


 それまで散々取り立ててやったにもかかわらずその恩を忘れた恥をわきまえない掌返しではあるが、それもまた愚民どもの性と言うべきものであろう。

 業腹ではあるが、所詮は敗者の身。現実をありのままに受け入れるしかない。


 意外なことに、重傷を負った被害者である椎名麻耶はじめその友人たちだけは自分たちに対して特に態度を変えることはなかった。

 そのため、史織は積極的に声をかけてもらうことで学園での孤立はまぬがれているようだったが、敏也はその恩恵には預かることはなかった。


 敏也の方から拒絶したのだ。

 勝者の恩情にすがるなど、敏也のプライドが許さなかったからだ。


 つまらぬ意地だと思う者は多いだろう。

 だが自分は14円卓の一角を輩出し、一時は国の半分を支配したとまで言われた皆本家の一族なのだ。


 当主である清十郎をはじめ、主だった家臣はほとんど討ち死にか国家反逆罪で処刑の憂き目に遭っている上に、領地と家財の大半を没収されてしまった。

 落ち目と言いたければ言えばいい。

 没落したのは事実であるので反論する気もない。


 しかし、だからと言って敏也の、そして皆本家の牙が折られたのかというと、そうではない。

 違う。断じて違う。


 祖父清十郎を一対一で打倒した四十無湊、そして実際に処刑した皇帝御影数馬(みかげかずま)

 この二人を敏也は決して許すことはないだろう。


 逆恨みであることは重々承知している。

 本来であれば国家反逆罪で処刑されるはずだったこの命を救ってくれたことにも感謝している。

 

 だが、一族の受けたこの屈辱は絶対に晴れることはない。

 全てを奪われた恨みを忘れることは絶対にありえない。


 そもそもクーデターを起こした方が悪い? クーデターに参加する方が悪い? 全部自業自得だろう?

 

 そんなことは分かっている。逆恨みと言われようがそんなことは知ったことではない。



 『どんなに笑われようが蔑まれようが、生き残っていつか必ずあの二人の心臓に刃を突き立ててやる』



 その思いだけが今の敏也を支えている。

 

 まだ死ぬわけにはいかない。

 ここがどこなのかも分からないし、どんな絶望的な状況に置かれているのかも分からない。だが、仮に泥水を啜るようなはめになってでも絶対に生き残ってやる。

 

 そう改めて心に決意を固めたその瞬間、敏也は緊張に身を固めた。

 何者かが建物の中に入ってきたからだ。


 「…………っ!」


 反射的に刀に手をかけはしたものの、完全に抜き放つのまではためらってしまう。

 やむを得ない事情があるとはいえ、この場に敏也が不法侵入しているのは紛れもない事実。


 やってくる相手が必ずしも自分をここへ転移させた人間とも限らない。

 今自分がどこにいるのかその人物から情報を得るためにも、武器を構えて考えなしに敵対意思を見せるのは得策ではなかった。

 

 とはいえ、いつ襲い掛かられても対応できるよう警戒自体は怠らない。


 しかして…………コツコツと小気味良い靴の音を鳴らせながら入口から入ってきた人物は、上下とも白地に豪華な金の刺繍が施された、まるで聖職者の着る祭服のようなものを身に着けている男性だった。


 ピシっとした服装に似つかわしくない無精ひげを顎に生やしているその男は、見たところ3~40代くらいの渋い白人のイケオジであった。

 お堅そうな服装の割には飄々とした風貌であるが、腰に差してある剣とその隙のない身のこなしから見るにかなりの使い手であることが分かる。

 敏也の警戒ランクが一つ上がった。


 男はどういうわけか入ってきた建物の中に見も知らぬ異物(にんげん)がいるにもかかわらず平然とした表情で敏也の元へ歩み寄って来た。

 ……と、警戒を崩さない敏也の目の前で彼はおもむろに片膝をついて頭を垂れた。


 「ナトーヤ神に選ばれしお方、貴方様をお迎えに参りました。私はナトーヤ神第二の使徒を拝命させていただいておりますアレイン・ナーツ・トラストンと申します。以後お見知りお気をお願いいたします」


 「は?」


 呆気に取られている敏也をよそに、アレインは敏也の置かれている今の状況を説明し始めた。


 要約すると、ここは敏也が住んでいた地球ではない別の異世界で、敏也はこの世界の神であるナトーヤ神によってこの世界に転移させられたこと。選ばれし転移者である敏也にはナトーヤ神から特別な力が与えられていること。

 その力の一部のおかげで言語の異なる異世界でも言葉が通じ、意思疎通が滞りなくはかれていること。などである。


 「そうか、その特別な力を得た俺はさしずめ勇者といったところか」


 神から与えられる特別な力となると、さぞかし強力なものなのだろう。

 思わずにやけてしまう敏也であったが、アレインの反応は予想とは違うものだった。


 「ユウシャ? なんですかそれは?」


 「え?」


 「貴方様が仰っているユウシャというものがどんな役職なのか私には分かりかねますが、我がナトーヤ教から貴方様に差しだせるものは潤沢な資金と何不自由ない衣食住、女、そして称号……まあ、この際役職と言ってしまっても良いのかもしれませんが……」


 「称号?」


 「はい。大司祭や教皇すらも凌ぐナトーヤ教の最高権力機関である13使徒、それも筆頭である第一使徒。それが我々が貴方様にご用意させていただいた役職でございます」


 「第一使徒、俺が?」


 「はい。左様でございます。ナトーヤ教におきましては絶対神であるナトーヤ神を除いた最高位権力者となります」


 「最高位? どうして門外漢の俺にそこまでの地位を与えるんだ?」


 「貴方様に限らず同じ使徒たる私もナトーヤ神から力を分け与えられておりますが、この場合どうしても力を与える者と受け取る側との間に相性というものがございまして、第二使徒たる私もナトーヤ神との相性はかなり良い方ではあると自負してはおるのですが、残念ながらナトーヤ神直々に第一使徒に指名された貴方様のそれに比べれば遠く及びません」


 「つまり、俺はそのナトーヤ神との相性が抜群に良いという解釈でいいのか?」


 「はい。仰る通りです。ナトーヤ神がこの世界のみならず、同じ時空で繋がることがある別の世界をも懸命に捜索してようやく見つけたのが貴方様でございます。ナトーヤ神の器としての最高の相性を誇る貴方様でしたら文字通り神に等しい力の行使が可能でしょう。ナトーヤ神が使徒の制度を作られて以来、ずっと空位のままだった神の代理人たる第一の使徒の座、貴方様を除いてそれにふさわしい方は他におられません」


 「ほう……」


 悪くない、と敏也は思った。


 最初は『こちらが望んでもいないのに何勝手に呼びつけてんだよ。長い説明はいいから早く元の世界へ帰せよ!』などと思っていたのだが、アレインの説明を受けて改めて思い返してみると、自身の魔力量が明らかに増えていることに気付いた。

 この魔力量は、もしかしたらかつて帝国の14円卓の一人として東海を支配した祖父皆本清十郎のそれすら遥かに上回っているのではないだろうか。


 今の自分なら祖父を倒したあの四十無湊や御影数馬すらまとめて殺すことが出来るかもしれない。

 全く以て素晴らしい力だ。


 その上で、聞く限り彼らの宗教の神に次ぐ事実上の最上位の地位までくれるという。

 本当に、悪くない。


 ただ一つ気になるのは……。


 「それで、違う世界まで懸命に捜索してまでして、そのナトーヤ神とやらはここでこの俺に一体何をさせたいんだ?」


 何も問題ないのならば、ナトーヤ神は自分と相性の良い相手が生まれるのをこの世界で千年でも一万年でものんびり待っていればいいはずだ。

 しかし、わざわざこの世界とは異なる地球を捜索までして敏也を呼び出したということは、何かそうせねばならない重要な理由があるからに違いないのだ。


 きちんとそれを確認するまでは、どれほどの好条件を突き付けられたところで安請け合いするわけにはいかなかった。

 敏也の予想通りだったのか、『実は……』とアレインの補足説明が始まる。


 「近年我が国の南方にナトーヤ教の教義で悪魔とされる亜人どもを保護する政策を打ち出す強力な力を持った魔王の国が誕生いたしまして、我々にはない優れた技術力、そしてそれに裏付けられた軍事力と経済力を以て急速に勢力を伸ばしつつあります。そこで、神の子である貴方様のお力でかの魔王ミナト・ヨツナシに対抗、打倒して頂きたいというわけでございます」


 「ミナト・ヨツナシだとっ?」


 その名を聞くなり敏也はカッと目を見開いた。


 「かの魔王のことをご存じなのですか?」


 「ご存じもなにも、やつは俺の祖父の仇! 俺の不俱戴天の敵だ!」


 「それはそれは……。まずは祖父君のご無念におきまして、心よりお悔み申し上げます。しかし、我らの怨敵が使徒様の宿敵でもあるとは、何と奇なる縁であることでしょうか。まさにこの出会いは神の導きによるものでしょう」

 

 「神の導きか……」


 運命論的なものには異を唱えたい衝動に駆られるが、ふと思いとどまる。


 「……とはいえ、大華国が作り出した巨大空間裂を閉じるために異世界へ渡っていったとは聞いていたが、まさかこの世界でその名を聞くはめになるとは思ってはいなかった。そう考えると、神の導きというのもあながち的外れという訳でもないのかもしれないな……」


 嘆息しつつも、思わず口元がにやけてしまうのを止めることができない。

 まさかあの男と同じ世界に来ていたとは夢にも思わなかった。


 ぐっと固く拳を握り込み、そこに魔力を集中させてみる。

 本気で収束させたわけでもないのに、ただそれだけのことで軽く空気が震えた。

 凄い力だった。


 「溢れんばかりのこの力、円卓であったお祖父様と同等。いや、間違いなくそれ以上だ!」


 この神の如き力さえあれば、あの祖父を倒した四十無湊とて敵ではないだろう。


 心に復讐の炎を絶やしたことはなかった。それは間違いない。

 しかし、今までは遥か遠く離れた互いの実力差に、口では勇ましいことを言いつつも心の奥底ではどこかで無理だと諦めてしまっている自分がいた。


 しかし、ナトーヤ神からもらったこの力があれば話は別だった。

 漲るという表現が正にぴったりくるほどとめどなく溢れてくる自身の魔力に、この力を使いこなせればあの男にも間違いなく勝てると敏也は確信する。


 絵空事に過ぎなかった復讐がにわかに現実味を帯び始めてきたのだ。


 「どうか我々にお力をお貸し願えないでしょうか? その代わり、権力も金も女もお望みであれば幾らでもご用意いたします」


 恭しく頭を下げてくるアレインに対する返事は、もう決まっていた。


 祖父の命も、権力も財産も、そしてひそかに心を寄せていたルシル・テンペストの心も、あの四十無湊という男は自分から全てを奪っていった。

 今度は自分が奴から全てを奪い尽くす番だ。



 「いいぜ、その話乗ってやる」



 こうして、遠く異界の地で皆本敏也の復讐は始まった。





 ◆◆◆





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