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第四章 戦争編 ⑯ 講和会議


 ◆◆◆


 《アンリエスト軍本陣 セリネ・アル・ウルカ》


 

 トンガール軍総司令官アルマーク将軍から遣わされてきた降伏の使者を受けて、カタリナは速やかに敵軍残党の武装解除を進めていった。


 戦争開始前には10万を数えたトンガール軍も、大敗北によって失われたおびただしい命と、それを遥かに上回る兵たちの脱走により今や僅か2万いるかいないかというところまで兵力が落ち込んでしまっている。


 未だ自分たちの敗北が受け入れられていないのか、少数ではあるが散発的な抵抗を見せた者も中には存在してはいたが、大多数のトンガール兵は激しい空腹と度重なる睡眠不足によってもはやそのような抵抗をするだけの気力すらも残されていなかったようで、精も魂も尽き果てた彼らはまるで抜け殻のようになり無抵抗のまま次々とアンリエスト兵によってその身を拘束されていった。


 さすがに都市としてのアンリエストには捕虜となったトンガール兵全てを一度に収容できる施設はないし、また拘束されているとはいえ敵兵をわざわざ都市の中に引き込んでやる必要も感じられなかったので、彼らは逃走できないよう左右の足をそれぞれ別の捕虜に連結された数珠繋ぎのまま、十分な見張りと監視の元で河原に一塊になって野ざらしの状態で待機してもらうことになった。


 一応餓死しない程度の最低限の水と食事は与えたが、あまり元気になられても困るので本当に必要最低限の量だったことに加え、秋も深まってきて朝晩はめっきり肌寒くなってきたこの気候の中で風を遮る天幕も布団もなく暖を取る焚火すらないという厳しい状況。

 その上多人数が数珠繋ぎになっていることから排泄の自由すらないというなかなか過酷な状態での完全放置。 


 ちょっと可哀想な気がしなくもないが、そもそも相手の捕虜収容施設のキャパシティーを大きく越えるような大軍勢で攻め込んでおいて無様に負けて降伏する方が悪いのだ。


 もちろん捕虜たちからは自分たちの扱いの悪さに対する文句の言葉が出て来たが、セリネたちからすればトンガール兵は自分たちの富を奪うためにやってきたちょっと規模が巨大なだけなただの盗賊の群である。


 どこの国であれ、通常であれば捕らえられた盗賊の処遇はその場で切り捨てられるか詰所での審議の後に処刑もしくは奴隷落ちであるのだから、捕縛された後の扱いに文句を言う権利など元より彼らにはある筈もない。


 中には今更ながらに泣いて許しを請う者もいたが、そんな白々しい泣き落としなどセリネたちには通じない。


 彼らがいままで亜人に対してどれだけの非道を行ってきたというのか。


 そしてもし今この戦争の勝敗が逆であったなら、アンリストの民に対して彼らはどのような態度で接しどのような行いをしていたであろうか?


 都市を破壊していないのか? 

 アンリエストの民が苦労して築いた富を奪っていないのか? 

 男たちを殺していないのか? 

 嫌がる人々を奴隷として売り払っていないのか? 

 嫌がる女たちを無理矢理犯したりしていないのか?


 そんなことなどあるはずがない。 


 彼らは嬉々としてアンリエストの人々を殺し、略奪し、その自由を奪ったであろう。

 ナトーヤ教徒にとって亜人とはどれほどの非道を行っても決して心を痛める必要のない存在なのだから。


 今はただ立場が逆転しただけだ。

 ならば彼らの現状は自業自得。


 殺す気で、奪う気で、売り払う気で攻めてきた彼らが、ボロボロに敗北し虜囚となった今。殺されても、奪われても、その身の自由を物のように売り払われたとしても文句を言える筋合いなどどこにもありはしないではないか。


 負けた後の扱いに文句があるのなら、最初から他国になど攻め込まなければよいのだ。


 そもそもの話、自分たちは相手の全てを奪う気満々で攻めてきた以上、負けたら逆に全てを失う位の覚悟はあってしかるべきではないのだろうか?


 少なくともセリネたちアンリエスト陣営は、この戦いに国家の命運のみならずこの先永劫に渡る亜人種の未来そのものを賭けていた。

 戦闘に参加した者全てが己が国家の、己が種族の、己が家族の未来のために、例え自分の命を犠牲にしてでも絶対に勝つのだという強い覚悟を持っていた。


 一方で、互いの戦力差が数倍あるという圧倒的アドバンテージにあぐらをかいて、努力するのも苦労するのも嫌だから相手が苦労して築き上げた財産を楽して奪えばいいとばかりに、まるでピクニック気分のような気軽さで乗り込んできたトンガール兵たち。


 そんな中途半端な覚悟だからちょっと戦況が悪くなれば簡単に浮足立つし、すぐに脱走する。

 互いに兵力のほぼ全てを投入した総力戦であった以上、この戦争に負けたら後がないことについては実はアンリエストもトンガールも一緒の条件だった。

 なのに、それでも彼らは形勢が不利になると平気で脱走する。


 思うに、戦争へ向けての資金工作であるとか、個々人の実力差であるとか、練り上げた作戦であるとか、両国の間に横たわる歴然たる差はいろいろとあったが、それ以前として戦いに対する気構えの段階でもう彼らは既に敗北者であったのだ。


 戦争に勝利した後の甘い汁にばかり目を取られて、負けた時に飲まされる苦渋のことを微塵たりとも考えていない。

 完全なる想像力の欠如である。


 短絡的なトンガール人らしい考え方……と言ってしまえばそれまでではある。

 しかし、こうして結果が出た今、負けを負けとしてきちんと受け入れられるならばともかく、この期に及んで見苦しく待遇に文句を言ってくるのはいかがなものであろうか?


 そしてそれは、セリネたちがカタリナを始めとするアンリエスト軍首脳部の目の前に引き立ててきた()()()にも言えることである。


 「亜人の分際でふざけよって! 貴様らの正当な主たる我が命じる! とっととこの枷から開放せよっ! 貴様ら生まれながらの奴隷種の分際で我に対してこのようなあつかいをするなど、そのようなこと決して神が許さぬぞ!」  


 ……などと、両手両足を鎖に繋がれ、おまけに首には奴隷用の首輪まではめられ、無駄筋肉の塊のような巨漢を無造作に床に転がされている状態にありながらもう既に二時間近くこの剣幕で怒鳴り続けているこの筋肉ゴキブr……いや、無駄に凝った装飾が施された金ぴかの服に身を包んだセンスの欠片もないいかつい中年男こそが、何を隠そう噂の隣国の王、ヴィルムヘルム・リー・トンガールなのである。


 耳を覆いたくなるような大声――しかも不思議と聞いているだけで心の底から嫌悪感が湧いてくるようなダミ声でけたたましくがなり続けているこの男。


 敵国に捕らえられている絶体絶命のこの状況でよくもまあこんな態度を取り続けられるものだとあきれてしまう以前に、このように二時間あまりも全力で叫び声を上げておきながらどうしてか一向に声が嗄れる気配どころか叫び疲れる気配すらもないことに心底うんざりさせられてしまう。


 しかも彼のその主張は支離滅裂だ。

 己が悪いことを認めない。相手の言い分には耳を貸さない。悪事を暴かれても悪びれない。


 これを見ていると、カタリナの父親であるアレスを始めとした歴代のクレッサール王や他の隣国の王たちが、今まで国際社会の中でトンガール王国の主張し押し通す明らかに度を越えた我儘をあえて放置してきた理由が何となくだが分かる気がする。


 ここは此度の戦における戦後賠償の話し合いをする場であるはずなのだが、ヴィルヘルム王は身勝手な主張ばかりを繰り返しているだけでまるで一人夢の中に住んでいるかのようだ。王として他人に命令することに慣れきってしまっているせいか、とにかく言葉の流れが一方的で他人の話を聞こうとしない。


 逃げられないよう四肢を鎖で拘束されて自由に動くのが口だけという状況も手伝ってはいるのだろう。

 だが、なんというか、本当に面倒くさくて関わりたくない。


 その証拠に、ヴィルヘルムの背後の影から音もなく現れたロジエが、顔に怒りマークを張り付けながらすらりと抜き放った親父さん謹製の魔剣を手にしてセリネへ向けて「もうこのまま私に始末させてくれ」と何度も視線で了解を求めてきている。


 さすがにそういうわけにもいかないので極小さく首を振って「駄目だ」とサインを送るのだが、あまりにうんざりしすぎて思わずGOサインを出してしまいたい欲求にかられてしまう。


 戦争をしかけた敵国の王妃の前に跪かされているというこの絶体絶命の今の状況に於いてすらこれなのだから、トンガール王城からここまでこの男をひっ捕らえて連行してきたセリネたちが道中受けた心労たるや想像を絶するレベルであったと理解してもらえるだろうか。


 やれ王として相応しい扱いを要求するだの、やれ食事をもっと豪勢にしろだの、しまいには寝所に美女をつけろとまで言い出す始末。

 もちろんその訴えは速やかに却下されたが、あの男はそんな図々しい要求が本当に通ると思っているのだろうか?


 いつぞや捕らえた息子のエドワルドも相当なアレであったが、やはりその父親ともなると神経の図太さも頭のネジの外れ具合もレベルが違った。おそるべしはトンガール王家の遺伝子である。


 とにかく、戦争に勝利した後、セリネたちはカタリナの命でこのヴィルヘルム王を捕らえるため王都へと向かうこととなった。

 戦争で2万近い捕虜が生まれてしまったので、反乱防止の意味もあり見張りにかなりの数を割かねばならずなかったため、トンガール王都への進軍はセリネを筆頭としてエルフの魔法部隊を中心とした精鋭1000名と別に組織された補給部隊とで行うことになった。


 王都攻略を命じられたセリネは、途中の都市には目もくれずまっすぐ一直線に王都へと向かう決定を下した。

 物資に関しては完全に補給部隊頼りで、近くに町があっても絶対に立ち寄らずその場で野営をする徹底ぶりである。


 その理由としては――


 〇補給線を完全に確保出来ているのでわざわざ街で物資を手に入れる必要がないこと。

 〇それ以前にトンガール王国内の物資が王家の度重なる徴収によって既に枯渇していること。

 〇仮に物資があったとしても取引をするトンガール商人の気質を考えると質にも量にも信用がおけないこと。

 〇王都への道すがらにある村や町などにいちいち立ち寄って占領していくにはセリネ達の部隊の人数が足りていないこと。

 〇そもそも此度の戦争にトンガール王国は持てる戦力の大半を投入していたこともあり都市にほとんど兵力が残されていないことから、後背を衝かれる危険性も少なく、仮に軍の残党からの組織だった襲撃があったとしても今の疲弊しまくったトンガール軍の生き残りなど軽く蹴散らすことが出来るであろうことから、この際無視しまっても構わないだろうと判断したこと。


 ……などが挙げられる。


 そしてこれにはもう一つ、トンガール国内のほとんどの都市が糞尿まみれで著しく衛生環境が悪いことも関係している。

 せっかく連れてきた部下たちが不衛生なトンガールの食糧や水などを摂取することで体調を壊すようなことがあっては堪らない。

 そもそもサービスも最悪な上ぼったくりや夜盗による襲撃当たり前のトンガール国内の宿に泊まるくらいならまだ野営の方がましだったし、なにより不当に見下されている亜人である自分たちをまともに泊めてくれる宿などあるはずもない。


 そんなこともあってか、部下たちからも道中の野営に対する不満の声は一切出てこなかった。


 結果、セリネたちは途中にある街や集落には一度も入らないまま王都へと入ることになった。

 

 そして、ここまでは事実上のトンガール王国内素通り状態であったが、さすがに王城まで無防備ということはなかった。


 城の守りを固めていたのは、トンガール軍の有数のエリート部隊である近衛大隊。

  

 全身を貴重なミスリル製フルプレートの鎧と大盾で身を固めた極めて高い守備力を誇る部隊である。

 そんな彼らの一番の特徴……それは、そのミスリル防具に刻まれた耐魔法の刻印。


 ただでさえ精鋭の腕利き揃いである上に魔法が通用しないとなると、魔法主体で戦うエルフを筆頭とした妖精族とは特に相性が悪い相手であるといえる。


 事実、かつて行われたヒト種と亜人種との決戦では、主力の一翼として期待されていた妖精族の魔法部隊は、この抗魔力の刻印が刻まれた重装部隊に圧倒されて期待された働きをこなすことが出来なかった。


 近衛隊唯一の欠点は重装備ゆえの機動性の低さであるのだが、それとて騎馬に乗ることで補うことは十分に可能であるし、そもそも今回のような籠城をしつつ守りを固める拠点防衛戦ではどっしりと腰を据えて重要拠点を押さえれば良いわけであるから、機動力の低さなどは何の問題にもならない。 

 王を守護する近衛ゆえに先の戦争には参加しなかったようだが、もし彼らが出ていたならば状況によっては大苦戦していたかもしれない……。

 それほどの部隊である。


 ――もちろん、そんな状況にはセリネたちが易々と持ってはいかせない。

 もっと言うなら、これはアンリエスト軍としてその対策はすでに完了している案件である。


 王城を耐魔法装備で固めた近衛大隊が護っていることを承知の上で、セリネはあえてエルフを中心とした部隊によりこれを攻略せんとした。

 それは、自分たちの王である四十無湊が亜人たちを真の意味で開放するためにこの戦争に込めた意思、そして願いを汲み取ったからだ。


 かつて自分たち亜人はそのその長所を潰され、欠点を重点的に衝かれることでヒト種に敗北した。


 この事実の意味する敗北とは単に一つの戦いに負けたということを大きく超え、亜人と呼ばれる自分たちがヒト種に大きく劣り、決して勝利することが出来ないのだと心の底から刷り込まれてしまうという明確な序列分けであった。


 そしてその痛い記憶は世代を超え、戦争の記憶がない新しい世代にまで蔓延している。


 これはもう一種の洗脳のようなものだ。


 長い間、自分たち亜人はヒト種に支配され、自由どころか生殺与奪の権利まで握られてきた。

 生まれながらにそれが当たり前なのだと、そう心に深く刷り込まれていた。


 もちろんセリネたち古人種やエルフなどの妖精族、ウルミラたち蟲人族など長命種の中にはかつて行われた決戦以前の記憶を持つものも未だ存在してはいるが、それとてヒト種の支配に甘んじてきた長い年月によって少しずつ削り取られ、最近では自由であった当時のことなど思い出すことすらなくなっていたのが現状だ。


 そのような呪いにも似た洗脳を解くためにはどうしたら良いのだろうか?


 ――その答えは、戦争の前に皆の前で湊が言った演説の中にある。


 かつてヒト種との決戦において敗北したことで失われた亜人たちの自由、亜人たちの誇りを取り戻すためには、それが他人の手によって行われ他人の手によって与えられたものでは駄目なのだ。

 他ならぬ自分たち自身の手でそれを取り戻すことにより亜人種は初めて己の誇りを取り戻しヒト種と対等な立場に立つことが出来るようになる。


 この戦場でも同じだ。


 かつて耐魔法装備で固めたヒト種の部隊に敗北した妖精族の魔法部隊がその誇りを取り戻すには、かつて手痛い敗北を喫した天敵を自らの手によって打破して初めて自分たちを鎖のように縛る呪いのような呪縛から真の意味で解放されるのである。


 事実、城に攻め入ってきたのがエルフの魔法部隊中心であることを見た近衛兵たちは、まるで勝利を確信したかのような表情で力でねじ伏せるべく意気揚々とやってきた。

 だが、そんな彼らが為すすべもなく全滅するまでにものの一時間もかからなかった。


 当たり前の結果だ。

 セリネは勝利を確信していたからこそ近衛部隊の相手に魔法部隊を選択したのであって、決してピーマン嫌いの子供に無理矢理それを食べさせるようとするかのように、誇りのためにと無理矢理天敵とされる部隊と戦わせたわけではない。


 むしろセリネからすれば、アンリエスト側が護りを固めるのが耐魔法部隊だと知っていてなお、それを苦手とする妖精族中心の魔法部隊で攻め入ってきたことに対してどうして敵の指揮官が不審に思わなかったのかが不思議でならない。


 自分たちの優位を過信したあまり完全に気が緩んでいたのだろうとしか思えないが、少なくとも彼らにとってそれが取り返しのつかないレベルでの高い授業料を払うハメになったことは間違いない。


 それにしても、かつては大苦戦した耐魔法部隊にどうしてこうも簡単に勝利を収めることが出来たのか? 

 それには2つの理由がある。


 1つは、彼らがガチガチに固めた耐魔法装備でさえ古人種であるセリネの操る古代語魔法を防ぐことが出来なかったこと。  


 そしてもう1つは、彼らの装備する耐魔法装備は直接的な魔法を防ぐことは出来ても、残念ながら魔法が発動した後に残った副次効果までは打ち消すことはできない代物であった……ということである。


 耐魔法装備を重ねに重ねることで人語魔法の上位にあたる精霊語魔法にも耐える効果を発揮させたという点に関しては考案した者を絶賛せざるを得ない発明である。


 この仕組みを考えた者は間違いなく天才の類である。


 しかし残念ながら、その発明があまりに画期的であったがゆえにヒト種はその優位性を過信しすぎてしまった。


 既に種が割れている手品など幼子ですら驚いてくれない。

 あまりにも過去の成功体験が強烈であったがゆえにヒト種はそんな当たり前なことすら忘れ去ってしまっていた。


 近衛兵の装備についても同じことが言える。

 湊王とドワーフ族の研究によって、その耐魔法効果が発揮されるのは直接的な魔法のみに限られており、いくら魔法由来のものであろうが間接的に効果を発揮するような攻撃には全く効果がないということが既に判明している。


 要するに、魔法を受ける対象が耐魔法装備を着ている本人でなければよいのだ。

 いくら耐魔法装備を着ていようが地面を凍らせれば滑るし、魔法由来の毒でなければ服毒死もする。


 となれば話は簡単。

 

 土魔法で敵近衛部隊の足元に大きな落とし穴を掘って、そこへ水魔法による水流操作で城の堀の水を大量に流し込んでしまえばいい。


 ――ただそれだけのことだ。

 

 一から水を生成せず堀の水を操作するに留めたのは、元からある水を利用する後者の方が必要な作業に比する魔力効率という点に関しては遥かに効果が高かったからである。


 深さ3メートルほどの落とし穴に落とされた近衛兵たちだったが、まだその時点では元気満々な様子でこちらに罵声を飛ばしていた。

 しかし、彼らの顔色がすぐに変わる。


 自分たちのはまった大穴に大量の水が流れ込んでくるのをその目にしたからだ。


 落とし穴に落ちたくらいではよほど運が悪くない限りはそうそう死ぬようなことはない。だがそこへ大量の水を流し込まれるとなると話は変わってくる。


 いくら耐魔法装備であろうが魔法攻撃ではない水には効果がない。


 そしてなにより、彼らの着こんでいるご自慢の耐魔法装備は金属鎧としては比較的軽量だが決して水に浮くことのない金属(ミスリル)製。


 自分たちのハマっている状況がかなり危険なものだと悟った彼らは急いで鎧を脱ぎ去ろうとするが、そもそも総金属製の鎧は構造上簡単に脱げるものではなかった。

 それに、この時点で落とし穴に水を流し込んだエルフたちの攻撃いやがらせの方もまだネタが尽きてはいなかった。


 エルフたちはダメ押しとばかりに水の中で流し込んだ水を更に操作して、強力な渦を作り出す。

 当然、近衛兵に直接攻撃している訳ではないから、その操作が耐魔法装備で無効化されるようなことはない。


 結果、鎧を脱ぎ去ろうにも激しくうねる渦に動きを取られて思うような動きが取れず、近衛兵たちは渦に飲まれて次々と水中に沈み溺死していった。


 何とか鎧を脱ぐのが間に合った者もごく少数存在していたにはいたが、唯一の取柄である耐魔法鎧がなくなってしまえば所詮は少し腕の立つだけの兵隊。

 おまけに鎧を脱ぐために虎の子の武器さえも捨てている。


 更に言うなら彼らは単に溺れ死ななかったというだけで、今も水に浮んだまままだ地上にも上がれていない完全に無防備な状態。

 

 一方でこちらはというと、地の利を奪った上で武器の扱いも魔法の扱いも一流の精鋭ばかり。


 溺死の危機から九死に一生を得たのもつかの間、それまで自分たち耐魔法部隊のカモでありさんざん見下し続けてきたはずのエルフたちの魔法に薙ぎ払われてあっと言う間に全滅。

 もはや勝負にもならなかった。


 こうしてあっさりとセリネたちはトンガール王国の王城を占拠することに成功する。


 アンリエスト軍の突入を許すその瞬間まで自分たちの軍が戦場で快進撃を続けていると思い込み、呑気にも豪勢なダンスパーティーにいそしんでいたヴィルヘルム王を含む全てのトンガール王族および大多数の上級貴族たちは結果的に一網打尽となり、為すすべなくあっさりと捕縛されてしまった。


 表情を見る限りでは、捕まったその瞬間までなぜアンリエスト軍がトンガール王城に侵入してきているのか全く理解できていない様子だった。

 仮にも隣国との戦争中であるというのに何とも緊迫感に欠ける話である。


 此度の王城攻略にあたりセリネ達が最も警戒していたのはナトーヤ使徒による妨害であった。

 先の戦いでもそうであったが、単体で強力な戦力を持つ使徒がどれだけ投入されるかで戦いの難易度は大きく変わる。

 結果から考えれば、あの悪辣極まりない悪魔苔の罠を越えてアンリエスト陣側に渡り、本陣や要所へ直接攻撃を加えてくることが出来たのはあの使徒三人だけだった。


 幸い神人ルシル・テンペストの隔絶した戦力のおかげもあってほぼ被害なく勝利することが出来たが、一人で敵使徒を抑え込んだ『影使い』ロジエはともかく、祝福者ギフトホルダーになったばかりで力をまだ使いこなせていないセリネたちは一人の使徒を三人がかりで相手するのが精一杯で、この上でもう一人使徒を引き受けろと言われたら正直かなり厳しい状況だった。


 これは自分のみならず同時期に祝福ギフトを手に入れたノワールとカタリナ王妃にも言えることだが、アンリエスト王国がヒト種と亜人を対等に扱うと宣言した国家である以上、教義として亜人排斥を訴えているナトーヤ教とは立場上絶対に相いれることはない。


 である以上は、今後も使徒との戦いは避けることは出来ない。

 これは確定的事実だ。

 なればこそセリネたちは一刻も早くこの新たな力に慣れなくてはならないのだ。

 

 今回のトンガール王城攻略戦においても、ナトーヤ教会の使徒介入の可能性を考慮してアンリエスト陣営から祝福者ギフトホルダーであるセリネ、ノワールとロジエ、そして神人である蜘蛛の女王ウルミラを投入し、一方で残されたアンリエスト本軍への襲撃に備えてカタリナとアンリエスト側最強の駒である神人ルシル・テンペストが残ってその警戒にあたったのだが、意外なことにそのどちらにもついに使徒が現れることはなかった。

 

 ナトーヤ教にとって最重要な国の一つであるトンガール王国を事実上見捨てたに等しいその教会の判断にセリネとしても首を捻らざるを得ない部分はあるが、こちらからすれば余計な障害はないに越したことはない。


 ナトーヤ教会側の動きに若干不気味な感じはあるが、被害なく楽して目的を達することが出来たのだから結果的には良いことではあったのだろう。


 その大勝利の戦果――とでもいうべきモノが目の前の小うるさい男な訳だが、この壊れてポッポポッポ鳴りっぱなしになった鳩時計のようにやかましいこのトンガール王()の扱いを果たしてどうしたらよいものであるか……。


 悩んでいたセリネを見かねたのか、カタリナ鋭い口調で彼に斬り込んだ。

 

 「身勝手な理由で他国を侵略しておいて、無様に敗北した挙句身柄を拘束され、なのにそんな現実には目を向けず自分勝手な主張ばかり。いい年した立場のある大人がみっともないとは思いませんか? 今のままどれほど騒ごうがこちらがあなたたちの待遇を改善することはありませんし、これ以上無駄に騒いで話し合いの妨害を行おうというのならばいくら国王であっても用なしとみなして処分します。そろそろ現実の自分の立場を受け入れては貰えませんか?」


 その言葉に、ヴィルヘルム王がギョロリと血走った目を剥く。


 「な、なんだとっ! 私をしょっ、処分……するだとっ……。お前たち亜人風情がヒト種の王の一人である我にそんなことをする権利があるとでも思っているの……『ええ、思っていますよ』……そう、思っていr……い、いやっ、なんだと?」


 「今のあなたは我が国に身柄を拘束され、生殺与奪の全てをこちらに握られている立場です。形式上は王ではあってもあなたが王として持っていた権威も力もそして財産も最早儚く散った形ばかりのもの。そんなあなたを未だに王たらんとさせているもの、それは国の代表としてその身を以て此度の戦争に関する責任を果たす、ただそれだけのためです」


 「責任? そんなの我の知ったことか。そんなものは10万の兵を用意してやったのに無様に負けおったアルマーク将軍にでも取らせればよいのだ。早く我を開放せよ。貴様ら、これが他国の王に対して行ってよい待遇だと思っているのか?」


 「もちろん他の国の王に対してはこのような待遇は致しません。しかしこと貴国、ことあなたに関してはこの程度扱いでも十分だと思っています」


 「なっ、なんだとっ! ふ、ふざけるな!」


 きっぱりとカタリナに切り捨てられ、ヴィルヘルムは怒声を上げる


 「あら? どうしてそんなに怒る必要があるんですか? 隣国から王族を強引に攫ってきて、枷をはめ、一方的に処刑する。私はあなたの国からこれに類する待遇を受けましたが、これがトンガール王国の正式な他国の王族へのもてなし方だったのではないのですか? お望み通りの最上級の待遇ですが何がご不満でもありますか?」


 明晰な頭脳を持ち己を律することに長けている彼女は普段あまり強い感情を表に出すようなことはない。しかし騙し討ちのような形での拉致監禁に加え危うく処刑までされそうになったのだ。それを指示した黒幕である目の前の男にはよほど腹に据えかねるものがあったのだろう。強い皮肉の言葉を飛ばしたカタリナの笑顔は、その柔らかな口調とは裏腹に傍から見ているだけでもゾクリとするほど冷え冷えとした空気を纏っていた。


 「………………」


 さすがのヴィルヘルム王も自らの行いを引き合いに出されると、反論の言葉を失ってしまう。


 「さて、間もなくこの部屋にへムガール帝国側全権委任者ドワイド・カーラー外交官もやってまいります。あとおまけ……といってはなんですが、かねてより身柄を()()()()させていただいているあなたの出来の悪いご子息も一緒に連れて参ります。もっともこちらについては現在犯した罪に対する罰の執行により最低限生かされているだけのほぼ骨と皮だけの存在ですから下手に抱き着きでもしようものなら簡単に死んでしまいます。感動の再会はほどほどになさった方がよろしいかと思いますよ」


 「最も、四肢を拘束されている今のお前ではそれすらもままならない訳だからそれもいらぬ心配だけどにゃ。『パパンが、パパンがきっと自分を助けてくれる!』と僅かな希望にすがっていた可愛い息子の弱り切った心臓が、最後の頼りの綱である父親もまた自分と同じように敵国に囚われの身であると知った時のショックで止まらないといいけどにゃあ」


 嘲るようにノワールが追い打ちをかける。


 「ぐぬぬ……おのれぇ……おのれぇ……」


 今まで自分が蔑んできた亜人、それも最も不吉とされる黒髪の猫族にまで嘲笑されたことで最早怒りの臨界点を迎えたのか、熟れた果実のように顔を真っ赤にしながら口元でごにょごにょ呟くだけでほぼ唯一の取柄と言ってもいい罵詈雑言すら口走ることが出来ないようだった。


実際の講和は次回になります。

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