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第四章 戦争編 ⑫

一週間ほど前に活動報告でも触れさせて頂きましたが、8月上旬に熱中症にかかってしまい、その後もずっとひどい偏頭痛やめまいに悩まされ、未だに体調が元に戻りきっていない状態です。

ここまで後を引くとは……正直、熱中症なめてました。


本当であればもっと早くに更新する予定でしたが、体調がすぐれないせいで執筆作業が進まず、予定よりも遅くなってしまい、しかも今回分の更新では予定していた内容まで書ききれませんでした。

一刻も早くということで、とりあえず現在書きあがっている分できりのいいところまでを更新します。書いたきりまだ内容を見返していないとりあえず版です。後日修正が入ると思ってください。

またこの続きもなるべく早く更新出来たらと考えております。


読者様にはご迷惑をおかけし大変もうしわけありませんでした。


あと、皆様もくれぐれも熱中症にはお気を付け下さいませ。

◆◆◆



 同刻 トンガール陣営


 アンリエスト軍から川を挟んで500メートルほど引いた場所にある見晴らしの良い平地。そこにトンガール軍は野営の陣を構えた。

 その本陣の中央に位置する一際大きい天幕、その中に今幹部たちが集まっている。

 しかし、アルマーク自身を含め、ここに集まった皆の発する雰囲気は一様に葬式に出席したかのように重苦しいものであった。


 無理もない。


 今日一日だけでこちらは虎の子たるワイバーン部隊を失い、魔法部隊がほぼ壊滅し、敵の数倍たる大軍で勢いよく突撃するも敵方の巧妙な策の前に味方に膨大な被害を出した割に得た戦果は事実上のゼロという惨憺たる結果。


 しかもそこにはナトーヤ教の切り札たる使徒が複数投入されていたのにも関わらず……である。


 予想以上……いや、自分たちはこの戦で負けることなど欠片ほども考えていなかったのだから、これは予想外の大敗北だったと言い直すべきか。

 全軍のおよそ3分の1という甚大な犠牲を払いながら、しかも未だ勝利への道筋さえ見つけられていない。


 「我ながらなんと無能な指揮官であることか……」


 元より他将と比して有能だと自己評価は下してはいなかったが、自分の力がここまで通用しないとは思ってもいなかったというのが正直なところだ。

 というのも、アルマークの用兵術は基本に忠実。慎重で堅実な運用を旨としている。


 兵たちの命のかかった場所で決して博打は打たない。

 ゆえにアルマークが率いる戦場での大勝ちはない。

 その代わりといっては何だが、大負けもしない。

 

 ――――その筈であったのだが……現実を振り返れば今のこの体たらくである。


 堅実でありすぎるがゆえに、逆に敵にとっては読みやすかったということだろうか?

 気づいてみれば、全てがアンリエストの指揮官の掌の上であった。


 重苦しい雰囲気というものは伝播する。


 最早目も当てられないくらいに絶望的な大敗北――。


 この圧倒的現実を前に、指揮官たちですらこうもお通夜状態であるのだから、無駄に消耗させられるだけであった前線の兵たちは今頃さぞかし暗く沈んでいるだろうか――?

 そう不安に思う。


 だが、意外や意外、トンガール陣営のあちらこちらから楽しそうに騒ぐ声や陽気な歌声などが上がっている。

 もちろん個々の心の内には不満や不安もあるだろうが、幸いなことにそれを表にだして騒いでいる者はほとんどいない。


 もちろん彼らは本日の戦果に満足している訳ではない。かといって、明日の戦いに何がしかの希望を見出した訳でもない。


 一般兵たちがあれほどまでに盛り上がっている理由、それは単純。

 アルマークの指示によって晩の食事のメニューがいつもに比べて豪華になり、加えて量の大小こそあれ前線の一兵卒に至るまで兵士たち全員に気前よく酒が振る舞われたからである。


 とはいえ、いつもよりも豪華と言ってもせいぜいがスープの具がいつもよりちょっと豪勢になって、干し肉とパンの数が一つ二つ増えた程度のものである。

 しかし、この戦争に従軍したトンガール兵の大多数にとって、そのレベルの食事ですら今や年に一度味わえるかどうかという贅沢な物であった。


 元々トンガールの地は農業に向かない痩せた土地柄である。

 それに加え、本来農家に回せばよい人員を国力に比して過剰な規模の軍の維持にあてている。そのためトンガール王国では著しく食料自給率が低く、慢性的な食料不足を常に抱え込んでいる状態だ。

 そこに国内からの亜人奴隷の大量流出による労働力不足の問題が加わって更に農業人口は減ってしまった。


 おまけに長年に渡るトンガール金貨の金含有率の不正が明らかになったことで他の国々から課せられた制裁の効果もあって、現在トンガール金貨はその価値が大きく暴落してしまっている。

 

 つまり外国から食料を輸入することさえも今まで通りとはいかないのだ。


 その上、そのような逼迫した状態にありながら王や上級貴族たちは「そんなの関係ねぇ」とばかりに当然のように例年通りの税を要求していて、更に軍はこの戦争のために糧食を民から奪うようにしてかき集めた。

 結果、今や限界以上に搾取され尽くした農家や市民の元にはほとんど食料もそれを購入するための金も残っていない状態である。


 そのため、現在トンガール王国内では食料品が信じられないくらいに高騰している。

 もちろん食料不足とは言ってもあるところにはある。

 ただ、ニンジン一つパン一切れが庶民には到底手の出ない金額で取引されているというだけだ。


 このようにトンガール王国では未曽有の食料不足な状態にあるが、それはあくまでも農業自給率が低いために起こっているものであって、別に例年に比べて特に凶作とかそういう自然由来の災害によるものではない。

 それは他の国々にも言えることで、トンガールを除く西方諸国は例年に比べ特に豊作というほどではないが、ほぼ例年と同等以上と言っていい食料生産高を叩きだしている。


 つまりこれは、普通に考えれば、余剰分の食料を食料の値段が高騰しているトンガール王国で売り払えば大儲けできるということだ。


 普通ならここに他国の商人たちがこぞってやって来るところなのだが、これは今のところ二つの理由によって阻まれてしまっている。


 その一つがアンリエストによるトンガール、ヘムガール方面への関税の大幅な引き上げである。

 当たり前の話だが、アンリエストの立場からすれば自分のところに攻めてくると分かっているトンガール王国へ今まで通り親切に食料を流してやる理由がない。

 トンガール王国としてはそれに対して文句を言ったらしいのだが、トンガール王国自身が戦争準備のために鉄の輸出を抑え、外に出す分には高い関税をかけているではないかと逆に指摘されてしまうと、図星をつかれただけに外交部としても黙ってすごすご退散するしかなかったのだという。


 そしてもう一つの理由は、今までさんざんトンガール商人たちが商売のルールを無視してあこぎなことを繰り替えしてきたことや、治安の乱れから国内には野盗があたりまえのように跋扈し、それどころか許可を得て正規に営む宿屋ですら従業員ぐるみで旅人や商人の寝込みを襲って荷や身柄を奪う事件が頻発したことなど、トンガール人たちの今までの悪行が祟ってしまい、かつてないほどのその商機に後押しされてさえトンガールまで足を運んで来るものはほとんどいなかったという完全に自業自得のものであった。


 そのような状態の中、トンガール王国の一般階級の食糧事情たるや悲惨なもので、ほとんど具の入っていない薄い塩水みたいなスープでも食べられるだけまだましな方で、酷い者だとその辺に生えている雑草を食べて何とか飢えを凌いでいるような状態である。


 そんな彼らたちからすれば、貴族たちなら絶対に口にしないようなちょっと具の多いだけの粗末なスープでさえ我を忘れてむしゃぶりつきたくなるようなご馳走なのだ。

 

 現在トンガール兵たちの発している明るく陽気な雰囲気、それは言ってしまえば豪華な夕飯とアルコール、この二つによるドーピングのようなものだ。

 しかし、逆に言えばこのような手段を以てでもしないと士気の落ちた兵たちが次々と逃亡しかねない危機的な状態でもあるということでもあった。


 いくらかなり前から計画されていた大規模な軍事行動だからといえど用意された糧食は本当にギリギリ。本来であれば兵たちにここまでの食事を出すことは不可能なはずだった。

 しかし皮肉というべきか不幸中の幸いと言うべきか、今晩の食事を豪勢に出来たのは、日中の戦闘で命を散らしていった大量の同胞たちのために用意されていた分を生き残った者たちに回した結果だった。

 

 とはいえ、いくら余剰在庫が発生したからと言って、トンガール王国において貴重な酒や食料をこのような形で一気に放出することなど普通であればとても考えられない。

 アルマークとしてもこのような兵に贅沢をさせる形での食料の放出には、いくら兵たちの士気を維持するために必要な経費とは分かっていても忸怩たる思いがある。

 しかし、この一戦には国家の存亡がかかっていると言っても過言ではない。

 つまりもはやなりふり構っていられる状況ではないということなのだ。


 酒を振る舞ったことに関しては逆にアルコールが入ることで内部に溜まっていた上層部への不満を表出させることにもなりかねないためアルマーク自身行うか否かで正直かなり悩んだのだが、提供する酒の量を悪酔いしない程度に抑えて支給することで兵たちへの適度な毒抜きとさせることにした。


 同時に、兵たちに酒を飲ませることによって敵軍からの夜襲があった場合の味方の対応の遅れなどが懸念されるが、そこは戦闘に不具合が出ないくらいには酒量を制限しているし、万が一に備え見張りたちにも油断することがないよう厳に指示を出してある。


 そして何より、日中あれだけ自分たちが渡りあぐねたあの川をそう易々と敵が渡って来れる筈がない。


 『というか、むしろあれを渡れる手段があるのならば、我らに教えてほしい』


 多少楽観的ではあるが、アルマークを始め、トンガール軍幹部誰もがそう考えていた。

 

 …………そう考えた時点で敵の術中に嵌っていたということだろうか。


 「てっ、敵だ! 敵襲だーっ!」


 「敵が攻めて来たぞーっ!」


 「出合え! 出合え!」


 そう叫ぶ見張りの声を耳にした瞬間、アルマークの頭の中には「どうして?」ということよりもむしろ「どうやって?」という疑念の方が強く渦巻いていた。


 しかし、襲撃してきた敵の報告を聞くなりその疑念はすぐに解ける。

 その襲撃者の姿そのものが問いの解答であったからだ。


 報告に上がってきた敵の数は僅かに10騎。

 しかも彼らは姿を隠すこともせずに堂々と正面から殴りこんできた。


 上半身は絶世の美女の姿を取りながらも、その下半身は見るも恐ろしい巨大な蜘蛛。


 その姿はヒトの似姿でありながらヒトでなく、蟲でありながら蟲ではない。

 正に異形とでも呼ぶべき者たち。


 ――蟲人族。


 「そしてその中でも最も恐ろしいとされる蜘蛛人(アラクネ)族か……」


 嘆息しながらも思わず一つ身震いしてしまう。

 

 確か蜘蛛には他種族を捕獲しつつも自分だけが渡れる糸があると聞いたことがある。

 そして小さい蜘蛛でさえあれだけ大きな巣を張るのであるから、サイズの大きい蜘蛛人アラクネ族であればあの幅の広い川をも渡す仮初の橋を架けることも不可能ではあるまい。

 そう考えると、蜘蛛人アラクネ族だけの少数で攻め入ってきたことにも納得がいく。


 そして、少数であることも個々の戦闘力がヒト種とは桁違いである彼女たちにとっては決してマイナスにはならない。


 事実として、迎撃に出たトンガール兵たちの攻撃は彼女たちの人間離れした俊敏さと文字通り蜘蛛を思わせる立体的な機動とに翻弄されてかすることさえも出来ていない。

 一方で攻めに回れば強力な蜘蛛の脚の一撃でヒト種の体など簡単になぎ飛ばされてしまうし、美女の姿を取った上半身からはその膂力を生かした恐ろしい速さの槍の一撃が襲い掛かってくる。


 しかも――。


 「くっ、力だけじゃなく槍技も一流かっ! それに奴らのもつあの槍、いずれも相当な業物!」


 彼女たちの手にするその槍がまた恐るべき切れ味を誇っており、身に着けている鎧などまるで存在しないかのようにあっさりとそれごと薄皮を裂くが如く切り捨てられていく。


 「くそっ、話にならん! これはもはや個人の持つ技量どうこうではなく種の持つ戦闘性能そのものが違い過ぎる!」


 言わずもがなである。


 相手はただでさえヒト種とは隔絶した超絶能力を持つと言われる蟲人族。そして蜘蛛人族はそんな蟲人族の中でも神人の一柱である闇を司る『蜘蛛人女王(アラクネクイーン)』をも排出している最強種なのだ。

 ヒト種との間に横たわる大きな壁は改めて見上げるまでもなく歴然としていた。


 そして何より絶望的なのが、彼女たちが未だその種族最大の特徴である魔糸操作と、最も得意とする闇の精霊魔法を使っていないという現実。

 それは即ちトンガール軍にとって悪夢のような現状でさえ、蜘蛛人族(彼女たち)にとってはまだ小手調べに過ぎないということだ。


 数ある人型種族の中でも最強種とも呼ばれる蟲人族。

 しかし、亜人蔑視の強いナトーヤ教が牛耳るこの世界において、あまりにもヒトから遠くかけ離れたその容姿から彼らは特に酷い迫害を受け、その多くはいずこかへ身を隠してしまいかのアンリエスト王 ミナト・ヨツナシに率いられて姿を現すまで数百年にも渡りほとんど人の世に出てくることはなかった。


 実際将軍職にあり多くの部下を抱えるアルマークでさえ彼らの姿を目にするのは初めてであった。


 「強い強いと聞いてはいたが、しかしこれは想像以上だ……」


 正直なところ、伝え聞く蟲人族の強さがまさかここまでのものだとは思ってもいなかった。


 「こんな出鱈目な相手、ヒト種でまもとに相手になるとしたらそれこそ祝福者(ギフトホルダー)かナトーヤの使徒くらいしか……」


 そこまで言ったところで、アルマークは続きの言葉を発するのを止め、驚愕に目を大きく見開かせた。


 「…………お主がこの軍の総大将か?」


 よりにもよってこの戦場で最も出会ってはならない『闇の女王』が突如として宙から舞うように目の前に降ってきたからだ。








前書きでも触れましたが、正直体調次第とはなるのですが、出来るだけ早く次話を更新したいと考えております。

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