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第1話

 いつもの時間、先頭に立つ僕はドアが開くと同時に電車に乗り込む。


 そして、僕は定位置であるドアの横の席に座る。


 それは、一年前から変わらないルーティンだった。


 片側には絶対に誰も座らない。安心できた。


 ふと思う。この三年間、僕は何をしてきたのだろう。


 もう二年間の引きこもり生活に戻ってはだめだ。


 周回遅れの僕は、それでも前に進まなければならない。


 


 始発の下り電車は、ガラガラだ。


 反対ホームの上り電車は、発車までまだ時間があるのにすし詰め状態だ。


 両腕を突き立てて、男子学生が女子生徒を守っている。


 彼女かな。いいなぁ。頑張れ。


 この落差に、優越感やら、申し訳ないやらと複雑な感情が混ざる。


 


 僕に高校生活は無い。


 保健室で何日か過ごした。それだけだ。教室には受験日に入ったのが最初で最後だ。


 中学も途中までしか通わなかった。


 


 今はフリースクールに通ってる。


 高校四年生と同等の扱いになってる。


 僕も満員の通学電車に乗りたかったな。


 青春、したかった。


 どうして、こうなってしまったのだろう。


 いつから間違えていたのか。


 でも、過ぎたことだ。


 周りの見学を止めて、スマホでニュースの情報収集をする。


 話題のニュースを知らないと、フリースクールで会話につまるからな。


 ぎこちなく進む会話を、僕が止めちゃいけない。



 ふわっとシャンプーの香りがした。


 無言で女子高生が隣に座る。


 気が付くと次の駅に停車していた。


 下り電車に乗る高校生は珍しいな。


 みんな都心の高校へ通うからね。


 下りで行ける高校は一つだけ。


 私立の少し偏差値の低い高校だ。


 心臓が高鳴った。


 偏差値が低い? 今、僕はバカにしたのか?


 いや、違う。


 僕はバカになんかしていない。


 そう思われたとしたら、またみんなからはじかれてしまう。


 僕はあの頃の、臆病者のままだ。



 嫌でも強烈に思い出してしまう。


 あの日のことを。



 小学校の教室。


 先生が問題を出す。


 誰も手を挙げない。


 僕は、周りを見回す。


 今、問題を言ったよね。どうしてうつむいてるの。


 問題を聞いたなら、答えも分かるでしょ。


 もしかして、僕に黙ってみんなは答えを言う前に数字を数えてるのかな。


 先生が答えを言って、次の問題をまた出す。


 『いち、に、さん、し、ご』数え終わったよ。なのに、誰も手を挙げない。


 みんな、何してるんだ。


 僕は少し、イライラした。


 そんな態度が、いけなかったのかもしれない。


 


 小学校の休み時間。


 僕は楽しく友達とお喋りしている。


 突然「何訳の分からないこと言ってるの? バカじゃないの」と言われた。


 今の話、どこが変なの? まだ、話の途中だったよね。


 どうして、バカにするの。


 他の友達も一緒になって僕をバカにはじめた。


 みんな、酷いよ。



 あの時、どうすればよかった。


 小学生の僕に何ができた。その相手も小学生だった。


 僕は両手を握り締める。


 強くならなくちゃ。


 『生きづらさ』。嫌な言葉だな。


 誰も悪くない。 


 あの頃は、お互いに未熟だった。ただ、それだけだ。



 深呼吸をする。少し落ち着いてきた。


 そういえば最近、その高校の近くに城北タウンという総合施設ができたな。


 一度だけ、フリースクールの仲間と買い物に行った。


 あの女子高生と同じ制服を着た子たちで賑わっていた。


 でも、総合施設に欲しいものは無かった。



 女子高生がチラチラとこちらを見てくる。


 臭かったかな。朝、シャワーを浴びたんだけど。


 また、見てる。


 見つめ合うことなんかできないから、視線を少し下ろす。


 横から見えるあごのラインが綺麗だった。


 この子、可愛いな。


 偏差値教育ならぬ、今度は顔面偏差値教育か。僕も毒されてしまっている。


 もう、そういうの、やめたと思ってたのに。



 女子高生とは広辞苑一冊分の隙間がある。


 広辞苑は中学合格の記念に買ってもらった。


 スマホがあるから、紙の辞書など必要ないのに両親が買ってくれた。


 そういった特別扱いに、あの頃はまだ気づかなかった。



 僕は肘を下げることが出来ない。


 女子高生の脇腹に当たってしまうからだ。


 女子高生が降りるまでの十数分、僕は読んでいないスマホのニュースを検索し続けた。



 女子高生と出会った翌日、金曜日。


 今週のフリースクールは今日までだ。


 一週間乗り切ったぞ。本当は当たり前の事なのに。


 電車が停車する。


 女子高生がまた隣に座ってきた。


 席は空いているのに。


 また、隣だ。


 女子高生から見たら、こんな社会からはみ出した奴、嫌じゃないのかな。 


 僕は気づかないふりをした。それが礼儀。人に嫌われない礼儀だ。


 「おはようございます」


 その女子高生が、小さな声で挨拶してきた。


 髪が少し揺れ、シャンプーの香りが目の前を横切る。


 彼女の声は、心地よいリズムだった。


 僕は思わず女子高生の顔を注視してしまった。


 女子高生は、驚いた顔をしたが、目は逸らさなかった。


 初めて、目が合った。


「‥‥‥おはよう」


 笑顔を作ることは出来なかった。


 僕の方が緊張しているみたいだ。


 制服の女子高生と会話したのは、実に三年ぶりだった。



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