09
一人にしてもらっても……。
30分おきにサリが様子伺いに来て、飲み物とお菓子を取り替えてくれる。
「お嬢様、お昼のお召し物はいかがなさいますか?」
「今のままではダメですか?」
「診察時に着ていたものですので、お召替えも出来ないほど気分がすぐれないのかと旦那様が心配なさるかと」
「あっ、それはそれで面倒ですね」
「お昼のドレスコードってどんな感じかしら、ボリューム控えめでサリに選んで欲しいのだけど」
「お嬢様にはパステルグリーンのリボンテープが肩から流れるように飾られたワンピースがよろしいかと」
「えっ、可愛すぎでは……でも15歳かぁ」
前の15歳の時は、通院と通学だけだった。
「サリにお任せします。でも控えめにしてください」
「かしこまりました」
15歳の服がわからない、今は好きな服を考えることを放棄した。
パステルグリーン色のチュールレースのノースリーブタイトワンピース、両肩のグレーと白の長いレーステープは動くたびに揺れていた。タイトなシルエットの割に少し甘めで可愛さがあった。髪にレースとパールを飾られた。
「旦那様がお待ちです、ダイニングルームへまいりましょう」
サリの言葉でお昼の着替えの終わりを知った。
※
「旦那様、お嬢様がお見えになるまで何かお読みになりますか」
「いや……食前酒を」
「かしこまりました」
昨夕、陛下を見送った後、私の記憶は曖昧だった。
ローズが紅茶を欲した声で正気に戻った。ローズの声は、低音気味でスッと耳に入ってきてサラリと消えていく切なさがある。
叶えてあげられるローズの願いに、私の心は躍った。
好きな物を教えてくれた。すぐに、紅茶・コーヒー類を充実させよう。ティーセットを一新しよう、食器やカトラリーもローズに合わせたものを発注しよう。
可愛いローズが「おやすみなさい、セス様」と挨拶してきたときは危なかった、ローズを抱きしめて頭を撫でたい衝動にかられた。とにかくローズを可愛がりたい。
自分にはそんな資格は無いと思いとどまった。
今朝、息苦しさで目が覚めた。
ローズの部屋を収音術で確認すると、ローズは咳をしていた。
ローズに診察を勧めると、快く応じてくれた。
診察結果はハッキリしないものだった、王宮医にも診断を頼もう。
陛下に息苦しさや咳の症状が出ていれば魔導書の内容は間違いないということだ。あの但し書き部分を思い出し、ローズを失う可能性を考えるだけで絶望に押し潰されそうになる。
昨夜から我が家の歴代当主しか入れない特別書庫の文献を調べ始めた、陛下も調べ直している、まだ時間もある。
必ず、ローズとこの世界の適合を果たして、ローズの未来を確実にしなくては!
目の端に、パステルグリーンの服をきた黒髪の妖精が見える。
あぁ、可愛いローズだ、必ず守らなくては。
「旦那様、お嬢様をお連れしました」
「セス様、お待たせしましたか?」
「ローズの歩いてくる姿を見たくて早めに来ていただけです、おかげで妖精を見られました」
「…………」
「食前に軽くお酒でも、何か持ってこさせましょうか?」
「はい……ちなみにこの世界では飲酒に年齢制限はあるのですか?」
「未成年者はダメです」
「……では、止めておきます」
「ただし保護者が同伴して種類と量を監督すれば問題ないのです」
「では泡をスパークリングワインをいただきたいです」
「かしこまりました、僕のローズ姫」
「…………」
ローズは、美しい所作でフルートグラスを手に取り口をつけた。
※
今、聞こえた『僕のローズ姫』って……何かな?
今度は、姫に格上げされている。でも所有格だった。
ローズさん、ローズ様、ローズ、ローズ姫。
セスの中で、私はどういう扱いなのだろう?
私には、まったくもって理解のしようがない、推測すら難しい。
この辺は、気にしないようにしよう。
それにしても……妙に明るい……お昼だから?
これも、もう気にしないようにしよう。
笑顔のセスに誘導され私はソファーに座った。
スパークリングワインが運ばれてきた。
フルートグラスの泡立ちは、いつ見ても美しい。喉を潤した。
「ローズ、診察を受けてくれてありがとう、今のところ咳は治まっているみたいですね」
「医師の手配をありがとうございました、静かにしていれば咳は治まります」
嘘を隠すように小さな笑顔を作った。
喘息を秘密にする、ということは嘘をつくことになる。
私が、嘘までつく必要はないようにも思う。真実を話したところで手持ちの吸入薬が切れれば何もかも終わるんだ。
秘密をやめる? この世界に、似たような吸入薬があったら? 無かったら?
これで一喜一憂したくなくて、午前中の診察で何も言えなかった。
まって……ここは魔術・ 魔法の国! 薬の複製とかされて、その薬のためにセスやこの国の言いなりで生きることになる可能性が……やはり嫌だ。
でも、そうなっても薬を拒否すればいいだけにも思う。
あれっ、私はどうしたいのだろう考えがまとまらない。
「お食事の準備ができました」
ヨハンの声でセスは、ソファーからダイニングチェアへと私をエスコートした。
豪華なランチが始まり、静かに終了した。
「ローズ姫、食後のお茶は何にしますか?」
「コーヒーをお願いします」
「姫のために紅茶・コーヒー・ハーブを取り揃えましたからお試しください。お菓子はどれにしますか?」
「コーヒーだけで大丈夫です」
姫呼びが気に入ったみたいだ、妙に明るい。大丈夫かしら?
あっ、国王陛下がお見えになるのが待ちきれないとか?
私は、不自然に思われない程度にお茶を早めに切り上げ、ダイニングルームを後にした。
※
食後のお茶が終り、ローズを部屋に送った直後、陛下の到着の知らせが入った。
執務室に陛下を案内し、人払いをして結界を張った。
「改めまして、陛下ようこそお越しくださいました」
「ラムセス本題に入ろう、ローズ嬢の状態は? 夜明けごろに何かなかったか?」
「明け方、ローズは弱い咳を長い時間していました。陛下はいかがでしたか?」
「やはりその頃か、私も息苦しかった」
「私も同じです。陛下のお見込み通り共有かと。刀剣はどうでしたか?」
「昨日から変化はなかった」
「午前中に当家の医師にローズを診察させました、咳の原因は判明せず経過観察となりました。きれいな空気の場所で静かに過ごすのが良いとのことでした」
「陛下、ローズの咳ですが、王宮医にも診てもらうことはできますか?」
「もちろんそのつもりだ、すぐに取り計らおう。
明日にでも刀剣をローズ嬢に触れさせようと考えていた、合わせて王宮でどうだろうか?」
「明日は早すぎると思われます。
ローズは、自分は環境変化に弱いと申しておりました。部屋から出たがる事もなく退屈することもなく静かに過ごしています。就寝前は元の世界の音楽を聴いて過ごしています」
「まるで深窓の令嬢だな、ローズ嬢の名前・学歴・職業等の基礎情報は?」
「ローズは元の世界の話をしません」
「ローズ嬢からの要求は?」
「昨日報告しました、ローズのこれからの生活についての取り決めの草案作成以外には、紅茶を要求したぐらいです」
「……そうか、今からローズ嬢に少し探りを入れてみようか?」
「陛下、お止めください。ローズは近づきやすい雰囲気ですが、本当のところは心を閉ざしています。誰にも踏み込ませない厚い障壁を感じます。気安く踏み込もうとすると頭の良いローズからの返り討ちに遭いかねません」
「この国の頭脳と言われるラムセスにそこまで言わせるのか……」
「今日は、ローズに会わないというのは難しいですか?」
「それでは、明日またくる」
「陛下、そういうことではなくて……」
「ラムセス、そういうことだ! 先延ばししても意味がない。ローズ嬢の強い拒絶や体調不良が無いのであれば、むしろ早い方が良い」
「仰せの通りに、ただし雲行きが怪しくなったら退室していただきます!」
私は、陛下とローズの部屋へ向かった。