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私は、不自然に思われない程度に食後のお茶を早めに切り上げて部屋へ戻った。
サリから「お嬢様のために、旦那様が用意されました。よろしければ気晴らしにどうぞ」と数冊の本と刺繍の道具を渡された。
本のジャンルは、絵本、恋愛小説、冒険小説、歴史書、魔術書の計5冊。
刺繍道具には簡単な図案集が添えられていた。
召喚に際してセスの15歳当時の語学力が付与されていると昨日説明された。
今のところ会話に不自由はない。読めるかを確かめなくては……まず絵本を手にした。読んだ後、それを書き写してみた。読み書きに問題はなかった。
私は、気を良くして読書を続けた。恋愛小説、冒険小説と読み終わり、歴史書に手をかけたとき……。
「お嬢様、お茶の時間です」
「先ほどコーヒーをいただきました」
「それから2時間は経っております。目を休めるためにもお茶をお召し上がりください」
あっ、そういえば昨日からコンタクトレンズ無しで文字が読める、視力が回復している。ありがとう15歳!
起きている時間の7割ぐらいブルーライトを見ていた私には、2時間の紙媒体の読書自体が目を休めているようなものだ。
でも、見た目15歳はそんな悪態をつくわけにはいかない。
お茶は、マスカットフレーバーの紅茶だった。
懐かしい、夏にフレーバーティーを水だしアイスティーにして飲んでいたことを思い出した。マスカットの他にピーチフレーバーがお気に入りだった。
「サリ、今日のフレーバーティーは思い出の香りです」
「お嬢様にはお茶の入れ甲斐があります」
コンコンコンコン
「ローズ、お茶を気に入ってくれたのですね」
セスが、開いたままの扉から見える廊下に立っていた。その後ろに人影が……。
「はい、 セス様。本や刺繍道具までありがとうございます」
「ローズは読書を続けたいよね」
「……はい?」
「おい、いいから入れろっ」
あっ、またこの流れ!
「ローズ嬢、変わりはないか?」
「陛下、まだ勝手にローズに話しかけないでください」
「いいではないか……」
「良くない!」
なぜ、この二人は人知れず育もうとしないのかしら? 人目に触れる刺激が欲しいのかしら? 私は何を求められているの? 私の立ち位置は?
「屋上テラスにお茶の用意ができました」
執事ヨハンが二人を連れ出してくれる言葉を発した。有能な執事だ!
私は、陛下とセスに軽く頭を下げ、部屋に静けさが戻るのを待った。
「ローズも一緒に、手を」
「えっ、大変申し訳ございません。……屋上は遠慮致します」
二人の邪魔なんてできない、瞬時にお断りの言葉が出た。
「ローズは、高いところが苦手なのですか?」
「いえ、えっ……はい……し紫外線! 強い日差しが苦手でして……」
窓の外に目をやる、薄日も差さない曇り空だ。
妙な、沈黙がひろがった。
「ローズ嬢、変わりはないか?」
「はい」
「不便な事とかないか?」
「ございません」
「近々王宮へ招待したいのだが、ローズ嬢の保護者のラムセスから許可が出なくて、直接確認にきた。ローズ嬢、王宮の茶会へ招こう」
「お断りいたします」
「理由は?」
「わたくしの保護者が許可しないものを私の一存でどうこうすべきではありません」
「ならば、王家が後見について王宮で保護するだけのことだが」
「そのようなことは、決まってからお知らせください。未確定の状態で未成年の当事者に聞かせること自体が、いかがなものかと……」
「ローズ嬢、この召喚を嘆いているわけでも喜んでいるわけでもないようだが、この召喚をどのように捉え、今後どうしたいと思っている?」
まるで試されているような質問だ、この国の王権がどの程度なのか私には分からない、この国の常識や価値観を知らない、私はこの国の人間ではないし余命も短い。
黙って心配そうにしているセスの姿が、昨日と違いすぎる。
何かの尋問なのだろうか……?
もう、こういうの苦手なんだぁ、白黒つかない話を婉曲表現でグダグダと……。
早く、会話を切ろう。
「私は、意見を求められる立場にございません」
「聞くと言っているのだ、申してみよ」
「召喚される前でしたら喜んで召喚についての意見を述べられましたが、今更なんだというのでしょう? 意見を申し上げることを控えさせていただきます」
「そうか、今後どうしたい?」
話が切れない……。
「今後どうしたいとは面白い質問ですね、入室許可の有無に関係なくこの部屋に昨日に続き今日も乗り込んで来られた方にお答えをする必要があるのでしょうか?
……そうですね、読書を続けたいので速やかにご退室いただきたいと考えております」
私は、丁寧なお辞儀をした。
「陛下、ご退室ください」
「ラムセス引っ張るな、まだ話は終わっていないーー」
二人は出て行った。
何だったの?
部屋の壁を背にそっと立っていたヨハンとサリの肩が震えている。
ヨハンが口を開いた。
「お嬢様、陛下に向かって退室を促すなんて……くっ……」
「あっ、申し訳ありません。この国には、不敬罪があるのですか? 私にとっては不法侵入された気分でしたので。それに、どうしたいと意思確認されたので『出て行って欲しい』旨をお伝えしただけで……」
不敬罪の有無、それに発言の自由は? 発言前に確認すべきだった。
あ~、これはかなりの失言だったかもしれない?
急展開に繋がるパターンかも? 穏やかな最期も吹き飛ぶ危機……?
言ってしまった事だ……お茶を飲んで考えよう。
「私の発言で、こちらの皆様が不利にならないように屋敷を出て行った方がよろしければ早急にそう致します。その前に美味しいお茶をいただけますか?」
発言は取り消せない、私の失言で迷惑はかけられない、出ていけと言われたら出ていくまでだ。
登山とかキャンプの経験が無いのに、いきなり野宿! ハードル高いなぁ~。
それを考えると不敬罪で収監された方が楽かも?
「お嬢様が出ていく必要はどこにもございません。サリお茶を、最高のお茶をお入れして」
「かしこまりました」
あっ、野宿の危機は去ったようだ。
ヨハンは続けた。
「現に旦那様は、陛下をお嬢様のお部屋から追い出せたわけですから、なかなかの機転でした。
押され気味の陛下を見て、私どもは吹き出しそうでした。ああ、今の私の発言こそ不敬ですね失礼しました。
これからは陛下がお越しの際は、お嬢様は別の部屋に避難致しましょう」
追い出せた? 私の見立ては違う、2人きりになるために引っ張ったりして~セスって強引なのね、っていうのが真相だろう。
まあ、私にはあの二人のことは理解できそうにない。
それにしても……この紅茶、美味しい~。
この美味しい紅茶のために、穏やかな最期のために慎重になろう。初歩的な失言・失態を避けなければ、そのためにはこの世界の知識を得なくては! 私は歴史書の続きを読みはじめた。




