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番外編 魔術師達と黒猫

 

 私はドレッサーの前に座り、ふと思う。

 近頃、髪型が上手くきまらない。正確にはサリが苦労している。


「ねぇ、サリ。近頃、髪質が変わった気がするのだけど……それも左側だけ」

「さようでございますか……」


 サリの目が泳いでいる、なぜ?


「気のせいかな?」

「お嬢様、ヘッドスパをなさいますか?」

「おお〜、ヘッドスパ!! お願いします」


 私には横向きで寝る癖がある。筋肉や骨の歪みに繋がるから避けたいところだが、喘息による呼吸苦解消のためにはそれどころではなかった。

 召喚後は呼吸が安定して仰向けに眠れるようになったものの、気づくと横向きで右を下して寝ている時がある。習慣なのか微妙に苦しいのか?

 以前は、右側の髪に寝ぐせが残ることがあっても、左右で髪質が違うということはなかった。


 右側の髪に多少の癖や傷みがあるのなら気にもならないが……左側の髪だけがツルツルしている。いや、ツルツルは不吉だ、ツヤツヤしている……ウルツヤだ。


 左側を下にして寝ると右側がウルツヤになるのかしら?


 ヘッドスパがはじまった。頭皮を刺激されると不思議と足の血行まで良くなる気がする。足までがポカポカする。そして、眠い。

 この世界に召喚されてから、やたらよく見る夢……猫に生まれ変わってやさしい飼い主になでなでされる幸せな夢を見られるかしら? うとうと。



 ※



 コンコンコン


「ローズ?」

「旦那様、お静かに」


 私は声を潜めサリに尋ねた。


「サリ、ローズに何かあったのか?」

「お嬢様が髪質を気になされたのでヘッドスパを施術したところ、おやすみになられて」

「そうか、それなら……午後のお茶はローズの寝姿を見ながら──」

「旦那様! おやめください」

「サリ……?」


 私はローズをなでようと伸ばした手を止めた。

 サリは何を怒っているのだ、ローズを起こしてお茶をするよりは良いではないか。


「旦那様、お嬢様が寝付くとお嬢様を触っていらっしゃいますね!?」

「えっ、ああ……でも、ローズが寝返りをうって顔が見えないときに髪を軽く触るぐらいだが」

「それでございます。王命治療はお嬢様が寝付くまでのはずでは?」

「サリ、それは無理だ。凛とした黒い瞳が閉じられて眠るローズの寝顔がどれほど愛らしいか……私は色々と耐えている。髪をなでるぐらい良いではないか、もう婚約したことだし」


 吸入薬の複製に成功したら、王命治療が終了してしまうかもしれない。そうなれば最悪、ローズの就寝時にローズの部屋から追い出されてしまうかもしれない。だから、それまでのささやかな私の幸せなのだ。


「旦那様がお嬢様の美しい黒髪を触るとき、無意識で魔力を展開なさっていらっしゃるようで、お嬢様の左側の髪がウルウルになってしまいます」


 なんだ、そんなことか……。


「わかった、これからは右側もなでるよ」

「旦那様そういうことでは解決しません。旦那様の魔力を片側に帯びているせいで、私の魔力でお嬢様の御髪を整えるのに時間を要するようになってしまいました」

「ローズの髪は私が担当しよう。サリ、もっと早く言ってくれれば──」

「旦那様! 私のお嬢様を独占しないでください。ネイルを全て旦那様にお任せしているのですから」


 サリはネイル以外の全てを独占しているではないか……。

 ローズを連れて旅に出よう。サリを同行させるにしても屋敷にいるよりはサリは忙しくなる。その間はローズを独占できる。これは、エティエンヌ公爵邸で二人だけで暮らす練習だ。


 私は執務室に戻り、ヨハンを呼んだ。


「旦那様、お嬢様を連れて旅行ですか?」

「ああ、できれば少ない人数でお忍び的な、国外でも良いのだが……」

「旦那様、公爵家当主が二人、お忍びで国外に出たら……それは亡命です」


 もう、いっそ亡命でも良いのだが……筆頭魔術師就任の際に、国に尽くすと誓ってしまったからなぁ……。


「……旦那様?」

「では、国内にしよう。海辺はどうだろうか?」

「お嬢様に確認をお取りください」


 ローズと少しでも多く一緒に過ごすためには、やはり旅行が一番だ。ローズは魚介類を好んで食べるから、海絡みの旅行を喜んでくれるはずだ。

 それとも……海辺だと刀剣様を思い出してローズは泣くだろうか?

 夕食時にローズにそれとなく聞いてみよう。



「ローズ、海を見に行こう?」

「急に……海ですか?」


 それとなく聞くつもりが……また直球になってしまった。

 ローズはフォークとナイフを静かに置いた。


「国王陛下から進水式が近々あると伺いました。そのことですか?」


 なんだと、陛下はローズを進水式に招待する気か!?

 私はまだ何も聞いていない。そもそも……船名が決まったのか?


「セス様?」

「いや、それとは別だよ……ローズが嫌がる紫外線を遮る結界を展開できるようになったから」

「それは、凄いです」


「船旅とかどうかな?」

「私、長い船旅は苦手です」

「では、海辺に滞在するのは……?」

「それだったら、私は調整区域の湖の方が好きです」


 そういえばローズは海風で喘息発作を起こしたことがあると言っていた。


「そうか……では、ほとりにログハウスを建てよう。そこでのんびり過ごそう」

「いえ、湖は馬車で5分の距離、しっかりしたガゼボもあるので……」


 噛み合わないなぁ〜。ローズ、僕と二人だけになりたくないの?



 ※



「マイ・レディ。あの白い雲の塊から目を離さないでください、見せ場ですから」

「はい、ヒース」


 セスが魔力を展開している。


 凄い! 魔法のある国の進水式は凄い。 

 セスは魔力を展開し、ドック内の船を雲で包み、国王陛下の前方の海まで運び、その巨大な白雲の塊を海上数センチのところで静止させた。水面に張られた結界を船主である国王陛下が金色の杖で解除すると水しぶきがあがり、そこへ雲の塊を静かに着水させ、同時に無数の虹が発生する。


「客船名、ローズ・カグヤと命名」


 国王陛下の命名後にファンファーレが奏でられ、雲と虹が消えて船体が姿を現す。白い船体に金色の文字で「ローズ・カグヤ」と刻まれていた。


「ココ、どうだ。美しい船だろう?」


 なぜ、ローズ・カグヤ? 


「……はい。このような進水式を見るのがはじめてで感激しました」

「陛下! なぜ、船名にローズの名を……」


 魔術を展開し終えたセスは激しく動揺した。

 船名はセスにすら知らされていなかったの?


「ローズ・カグヤ・エティエンヌ公爵が我が国を東の帝国から守ってくれた功績だ。ココが褒賞を受け取らないからこういう形にした」

「ローズは知っていたの?」

「今、知りました。綺麗な船ですね、レディ・ホワイトって感じですね」

「ああ、船名が決まるまでは、皆がそう呼んでいたよそうだ」


 だったら、レディ・ホワイトと命名すべきで……あえてセスが不機嫌になるような名は避けて欲しかった。


「ラムセス、ココを独占するからこうなるのだ」

「陛下! 何を仰っているのですか!?」


 式典が進むなか、見た目だけ笑顔の国王陛下とセスが舌戦を続ける。起用だ。


 ほんと、この二人は仲が良いのよね。


「さぁ、ココ。ローズ・カグヤ号に乗船しよう」

「陛下、当たり前のように僕のローズをエスコートしないでください」

「仕方ないなぁ。ココ、ラムセスと共に乗船してくれ」

「はい」


「ローズ、手を」

「はい、セス様」


 デッキに立った広い、白い、ところどころ金色……。


 東の帝国の脅威を感じたフォンテ国は豪華客船と戦艦を造りはじめた。

 客船について具体的な意見を求められたので、豪華客船を舞台にした映画と自分が乗船したことがある大型客船のイメージを話したら驚かれた。この豪華客船はどこまでも豪華になり、魅力的な各種サービスが導入されることになった。旅をするための手段だけでなく、この客船に乗ることを目的にするようなエンターテインメント性の高い華やかな客船になる予定だ。


 穏やかな海だ。私の治療のためにセスの行動を制限し、魔法を使わせるのは気が引けるけど……この静かな海なら喘息発作は大丈夫かもしれない。


「セス様、この船で遠くに行くのも良いですね」

「ローズ、気持ちが動いたみたいだね。まずどこに行きたい?」

「これからの季節は北上して……セス様は?」

「僕の行きたいところは、ローズの行きたいところだよ」


 しまった。セスはこの手の質問に対して「どちらでも」「何でも」と答える人だった。


「ココ、これからテスト航海や最終調整を行った後にローズ・カグヤ号は航海に出られる。もう少し待ってくれ」

「はい。客室の予約開始はいつ頃ですか?」

「ココの名をつけたローズ・カグヤ号には……当然、ココ専用の客室・デッキがあるぞ」

「マイ・レディ。全日程、専用客室でゆっくりと過ごせるだけの設備がございます」


 うん? 微妙に船上軟禁の気配を感じるのだけど……?



 ※



 ある日、私は自分の姿を見て思った。


 えっ、猫になっている。


 自分を見て猫と思うということは、私の前世は人間だったようだ。その時の記憶はうすい、日本という国にいたはずだ。

 猫に転生したということは、仏教でいうところの六道の悪趣・畜生道に輪廻転生したということ? 私、無宗教だったけど……何か悪いことしたのかな? 気になる。それにしても、ここどこ? 悪趣にしては快適なのだけど……転生ではなく猫に憑依しただけとか?


 今、私は西洋の城のような広いお屋敷に住んでいる。

 仲間はいない。飼い猫でもないようだ。でも食料には困らない。私がこの城の主なのかな?

 私は気ままに毎日を過ごす。


 毎朝、裏のホテルの人たちが入ってきてお掃除をしてくれる。それ以外は人の気配がない。門の前には多くの花やキャンドルが置かれている。時々、黒いローブ姿の人が屋敷に侵入してくる。黒髪で長身だ。このとても冷たい雰囲気の人が来ると私は一目散に隠れる。でも、気になる。隠れながら観察するようになった。

 黒い髪の人は、いつもメソメソしている。時々、涙を流して「ローズ」と呟いている。

 薔薇が好きな庭師のようだ。この庭に薔薇はない……それが悲しいのかな? 植えればいいのに。


 今日も黒髪の庭師が泣いている。それを見ると私まで悲しくなる。


 メソメソしないで! もう泣かないで! と言おうと私は庭師に近づき見上げた。濃い青い目が綺麗で何も言えなくなって俯いてしまった。


 庭師は見た目と違って優しい人かもしれない。



 ※



「ラムセス……?」

「陛下、申し訳ございません」


 私は魔力の出力を抑えはじめる。


「戦艦名、ブラックビューティーと命名」


 ファンファーレの終了と同時に、船を覆っていた雲と虹が晴れ、船体が姿を現す。式典参加者から歓声が沸く。


「ラムセス、美しい戦艦だろう」

「ローズは乗り物が大好きでした。見たかったでしょうね」


 不思議な少女だった。可愛く綺麗で聡明で、小食なのに鋭い味覚を持ち、服や宝石にも造詣が深く、観劇好きで、声が低く、「乗り物は得意」という不思議な少女だった……。


 陛下は、フォンテ国を侵略するとしたらどのような戦略をとるかをローズに訪ねた。「あくまでもラナの戦力に頼らない前提ですが、私だったら……フォンテ国をまず海から攻めます。沖には巨大な空母を待機させ、その上空には戦闘機を旋回させます。海岸ギリギリのところに艦隊を展開し威嚇砲撃します。そうやってフォンテ国の戦力を海辺に集中させます。その隙に王都にテロを仕掛け、王都制圧後にフォンテ全土を掌中に収めます」とローズは瞬時に答えた。それは、まさに東の帝国の作戦と重なる部分が多かった。


 この国の防衛はそんなに脆弱だったのか? と動揺しているうちに、ローズは続けた。


「そうならないように、陸海空を等しく強化しそれをある程度は公開します。強い戦力を持つと無責任に使いたくなるから……そうならないように軍関係者に高い資質が必要になります。

 同時に王都だけでなく臨海都市・山岳都市を大陸の交易の中心となるような都市計画が必要です。

 水面下でそれらの都市の防衛・検疫・保安・諜報等を強化し要塞都市とし王都の盾とすることも重要かと。

 10年、20年、50年先を見越した国家ビジョンの策定と人材育成が急務かしら? 国王陛下と各大臣の腕の見せどころですね」


 鋭い内容とは真逆の優しい笑顔でローズは発言を終えた。


 ローズのいう航空母艦や戦闘機についてはこの世界に存在しないものだった。空軍についての説明をローズに求める一方で、陛下は護岸工事にとりかかり戦艦と客船の建造に取りかかった。


 先に進水式を迎えたのは客船であった。客船を持たないフォンテの第一号客船はローズの知識を参考に強固な造りに反して船内設備に贅を尽くした。

 雪姫の異名をもったローズ・カグヤ号はお披露目と同時に周辺国から羨望され、大陸中の名立たる港がローズ・カグヤ号の寄港地にと名乗りをあげた。


 進水式の翌月にローズ・カグヤ号は大海原へ出航した。フォンテ領の島までの2泊という短いクルーズであったが、陛下やローズの乗船が噂されると大変な騒ぎとなった。


 船内での日ごとのドレスコード設定はこの世界では物珍しく人気となり、船内に持ち込んだ貸衣装・着付けサービスや乗船記念として配られたカジュアルウエァにより全ての階層が乗船中はドレスコードに従い身分に関係なく船旅を楽しむことができた。


「あの航海でローズは楽しそうでした」

「ああ、ココはルーレットゲームに夢中だったな。勝ち逃げしていたな」

「あれは……ローズは、筆頭魔術師の私とのお茶の権利をかけていたのです」

「どういうことだ?」

魔術師ラナを目指すどこぞの貴族令息に絡まれ、私とのお茶をする権利をかけさせられて、ローズは勝負を受けていました」

「そんなことがあったのか……」


 ローズは強運だった。私の魔力を要せずに全勝した。


「未成年同士の賭けなど何の効力も無いのですが……ローズは見事に勝って『もう、セス様には近づかないで!』と啖呵を切ったのです。私はそれが嬉しかったのです。その後でローズが『あの方とお茶したかったですか?』と不安そうに聞いてきて……その姿が、可愛くて、愛おしくて、尊くて……」


 あの時、思わず私はローズを抱きしめた。

 この腕に……もう、ローズはいない。


 私は取り残された、君のいない不完全な世界に。


「ラムセス、ココはラムセスの中で、私の中で、人々の心の中で生きている」

「はい、わかっております」

「いくらそう思っても……寂しいな……」

「はい、ローズの生き生きとした姿を思い出し幸せに浸った次の瞬間、猛烈な喪失感に襲われるのです」

「10年の時を経て私はココと再会した。生きていれば、何が起こるかわからないぞっ」


 10年待てばローズに会えるなら……いや、100年だって待てる。


「陛下、筆頭殿、乗艦準備が整いました」


 陛下と私は前を向いて歩き出す。


 今日も私の右側に君はいない。




 私の右側に君はいない……はずだが……。

 私の右足のあたりに何か黒いものがいる気がする。


「「なんだ、あの黒い影は……」」


 周囲がざわつき陛下が歩みを止めた。

 ふと私は右足もとに目をやる。足もとの黒い影が私にとびかかってきた。


「ロゼ? ロゼ! ずっと探していたのだよ」


 去ってしまったローズを求めてエティエンヌ公爵邸に足を運ぶと黒猫がいた。走り去る姿をよく目撃した。やがて、私の近くに来るようになった。毛足が短く密集していて、スリムなフォルムに品を感じた。ロゼは私と目が合うとその黒い瞳で見得を切った。

 猫の国に王国があったら君は王女だね、と話しかけると黒猫が頷いた。私は思わず黒猫を抱き上げ撫でまわした。黒い瞳を見て、ロゼと名付けた。名付けると、ロゼは私の手から飛び出し姿を消してしまった。


 主を失ったローズの屋敷の管理はフォード家に任されていた。雪が降るたびにローズと過ごしたデッキに私はスノーマンを作った。作り終えると必ずロゼが遊びに来るようになった。ロゼにリボンをつけて、ロゼをなでながら雪を見て過ごした。ロゼはローズ以上に人見知りが激しく、私以外の人の気配がするとすぐ姿を消してしまう。何度もエティエンヌ公爵邸から私が暮らすフォード邸に連れ帰ろうとするが……ロゼは私の手から逃げ出してしまう。それが良くなかったのか、少し前からロゼを見かけなくなり心配していた。


 今までどこにいたのだ?

 どうやって、この港まで来たのだ? 


「おお、クロ。馬車に紛れ込んだのか?」

「クロ? 陛下、いつから猫を飼われていたのですか?」

「先月、王宮のココの部屋の隅で倒れていた猫だ」


 陛下もローズの部屋を残したままなのか……フォード邸のローズの部屋もあの時のままだ。


「陛下、私がロゼにつけたリボンを取ったのですね」

「ロゼ? あの微量な魔力はラムセスだったのか……クロは怪我をしてリボンが血だらけになって左側の毛が抜けて可哀想な姿で発見されたのだ」


 そんな……野犬にでも襲われたのか?


 私の腕の中のロゼをなでようとすると、ロゼは飛び降りシャーと威嚇の声を上げた。


「ロゼ?」

「ラムセス、魔力を展開するな。魔力に触れるとクロの毛が抜ける」

「そんなことがあるのですか?」

「ああ、治癒魔法で治そうとしたら大変なことになった。メイド達が大事に看病してフサフサに回復したばかりだ」


 尻尾をピンと伸ばしたロゼは陛下と私の間を行き来しながら優雅なキットウォークを披露しはじめた。


「ロゼ、次の雪の季節まで君に会えないと思っていた。君も一緒に乗艦する?」


 にゃっ、と鳴いたロゼは陛下の前へ進み、戦艦へ向かって先頭を歩きはじめた。どうやら先導してくれるようだ。陛下と私はその後に続いた。


 微笑ましい光景に周囲から笑いが漏れた。

 この戦艦の愛称は「黒猫」にちなんだものになるだろう。

 動物を飼うことをローズは諦めていた。小動物を遠くから愛おしそうによく眺めていた。


「陛下、ロゼはフォード邸に連れ帰ります」

「何を言っているのだ、ラムセス。先ほど威嚇されていただろう……クロはうちの子だ」

「最初に仲良くなったのは私です」


 陛下がロゼに向かって「クロ」と呼びかけると、ロゼは振り向いて首を傾げて「にゃっ」と鳴いた。思わず私も「ロゼ」と呼ぶ。ロゼは「にゃん」と鳴いてこちらに向かって飛びかかってきた、「よし、一緒に帰ろう」と伸ばした私の手をすり抜けてしまう。後方のヒースの足もとでロゼは止まった。


「ヒース、どうしたのだ?」

「マイ・レディ……」


 ヒースの表情に光が差したようにみえた。


「ヒース? まさかローズがこっそりとこの子を飼っていたのか?」

「いえ、あっ、はい! 私が連れ帰ります」

「待て、ヒース。ココは本当にこの猫を?」

「はい。可愛がっておりました」

「名はなんというのだ」


 陛下がヒースに尋ねた。


 ローズはよくエサ台に遊びに来るリスや鳥を見ていたが、発作を恐れて決して近づかなかった。私の知らぬ間に猫に近づいた事があったのか? それにしてもヒースの表情が明るすぎる。ヒースは猫好きだったのか?

 陛下や私と同じ魔術師ラナの称号を持つヒースは陛下の側近であった。陛下がローズに爵位を与えた際にエティエンヌ公爵家の執事にヒースを指名した。それからいうもの、ヒースは人が変わったように明るくなり、いつもローズを支えていた。いつも、ローズの近くにいた。ローズはヒースを弟のように大事にしていた。それが羨ましかった。私は何度、拗ねたことか……。

 ローズを失ってからのヒースは人形のような表情に戻ってしまった……はずだ。

 陛下もヒースの言い分と表情に疑問を感じているようだ。ヒースはどうしたというのだ?


「名、マイ・レディは……ネコと呼んでおりました」

「本当か? 呼んでみろ」


「ネコ」

「にゃっ」


 笑顔のヒースの呼びかけにロゼはやさしく答えた。


 人見知りが激しい僕のロゼが、陛下やヒースに慣れていることが面白くない……。


「ロゼ、エティエンヌ公爵邸に一緒に帰ろう」

「にゃぁん!」


 ロゼは私の右肩に飛び乗った。


 そうだよ、この子は僕のロゼだよ。ローズの屋敷に帰ろう。



 それから……私の右肩がロゼの定位置となった。




 ── 魔術師達と黒猫・おわり ──



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