第46話 近づいてくる約束の日
寮に辿り着くと既に陽が落ちようとしていた。
「今日は楽しかったわ、クラリッサ」
「いえいえ! 朝に声を掛けた時はいいのかな、と思ってましたけど、楽しかったのなら良かったです」
クラリッサと共に、両開きの扉を開いて寮のエントランスへと入ると、ほっと一息が零れた。
ここにやってきて一ヶ月が過ぎている。
振り返ってみれば、今までこの世界に転生してきた十数年と違って間違いなく楽しい生活を送っている。生活しているという感覚があるともいう。
光栄宮学園に入った当初に感じていた、この世界の元のゲームである『Diamondに恋をする ~ユア・ベスト・パートナー~』にいるという感覚はまだある。
けれども平行して日常という感覚が育っているというのは、奇妙な感覚で経験だった。
あるいは、生前にあったような、好きな作品の街のベースが地元だったら、同じような奇妙な感覚を知れたのかもしれなかった。
何気なく見ていたお店、通路、学校や駅が、作品の中でふと重要な物として描かれていた時、きっと得も知れない感覚を味わっていたのかもしれない。生憎、アタシの済んでいた地域がアニメや漫画、ラノベの題材として採用された事は無かったけれども。
開示されていなかった設定やイラストが実像となって現れてはドキドキする非日常。それでいて、この寮に入ってきたときに感じるような帰ってきたという日常感。
私服姿の寮生と幾人かすれ違った。進行方向と時間からして寮と併設されている食堂棟へと向かうのだろう。
ふとクラリッサと視線が合う。
「私は……あまりお腹は空いていません」
どうやら彼女もまた同じ学生を見たようだった。
「まぁ、アレだけ色々と食べれば、ね」
「つい、楽しい時は食べ過ぎちゃいますよね。といっても、長月は何時もあんな感じなんですよ」
そうね、と返答しながら今日飛んでいった金額に想いを馳せる。
買い食いはアタシ自身で買うこともあったけれど、8割は長月達のおこぼれを貰う形だった。
特に長月は、最後には自身が食べきれない量を買ってしまい、マリアンネとクラリッサと共に消化したものだった。美味しかったから大変良かったけれど。
それ以外にも思わず周囲に合わせて幾つか買ってしまった。といっても、神楽へのお土産に茶葉などを買ってきただけで、これは必要な出費である。
ただ、コップも買って置けば良かったとはたと思っても後の祭りだった。未だに神楽からコップを借りているのだ、アタシは。
帰る前は魔道具店に入って冷やかしをしていたが、あまりに面白くて全員で珍品探しに興がのり、危うくアタシとクラリッサは寮に戻る馬車を乗り過ごすところだったのだ。
なお、魔道具点はそもそも入るのも覚悟が要りそうなところで、売られている魔道具はアタシからしてみれば買えるようになるまでどんだけ奨学金を我慢しなければいけないのか? と戦慄してしまう物ばかりだったけれど、クラリッサ達はすんなりと入っていき、そして普通に買えそうな気配を出していたのには恐ろしい現実を垣間見たような気がする。
やはり、普通はこれぐらい問題無いぐらいなお家からみんな来てるよね……という感想です。
魔道具店で見ていた中には、常に四方に輝く線を出力する謎の黒い正方形物体、手をかざすと絵が浮かび上がるタロットカードといった謎の代物から、ひとりでに音を奏でるハープや笛などの音楽系もあったり、ケースに入れられた、魔法の触媒として使えるという宝石が陳列されていたりと、何処を見ても驚愕しかなかった。
その中でも水晶が表示媒体的な扱いをされていたのには驚いたが、確かに作中に何かしらの魔法や遠隔透視といった事を悪役がする際、水晶を使っていたなと思い出した。
大小様々、同じ大きさでも価格が違ったりするのは性能が違うそうで、あの悪役達もこうして考えて水晶を選んだのだろうかと考えて一人で笑ったりもして、本当に楽しい時間だった。
別に明日も休みなのだからウチに泊まれば? というお誘いも長月から貰ったが、即座にクラリッサから外泊届が出ていないから駄目となった。
まぁそうじゃなくても、神楽に何も言わずに泊まるのは寂しがりそうな気がしたからする気は無かったけれども。
「そういえば、外泊届の話で思ったのだけれど、どうやって外泊を検出しているの?」
「……どうやっているんでしょうね? 何かしらの魔道具、のはずでしょうけど……」
「専門の魔法使いを雇っているとかありそうね。そもそも、無断外泊を実際にしたらどうなるのかしら」
「オリエンテーションで話があったのを思い出しました。確か、探索届が出るとかって……」
「あぁ……」
思わずといった風に二人で頷くと同時に探索届に納得する。
他の国ではいざ知らず、このヨルム王国で行方不明といったら、まぁ魔獣によって襲われて危機的状況という事になる。
大切な、この国の将来に繋がる学生達なのだ、然もありなん。
階が違うので別れると、そのまま自室へと戻った。
「ただいまーっと」
やはり自室は気を許すことが出来て良い。お嬢様ぶった振る舞いをしなくて済む場所や人は限られているため、貴重な場所である。
「……あれ? 神楽ー?」
部屋の明かりが付いていたのでおかえり、という声があるかもと思ったけれども、返事は無かった。
照明の魔道具には魔力の補給が必要という意味で燃料補給があるため、基本的に誰も居なければ消している。
静まり返った部屋に人の気配はあるものの、首を傾げる。
沈黙の正体は窓際奥を見れば解決をした。ベッドを見れば、珍しく足だけ投げ出して神楽が寝ていた。ぎょっとするような姿勢である。そろりそろりと近づくと、規則正しい呼吸とあどけない寝顔が見える。しかし、寝ている姿は仕事帰りの疲れたサラリーマンだ。
「寝ちゃってたか。にしてもこれはまた……」
近くに何とかたたまれた着替え、不揃いの靴。
十中八九、疲れた体でお風呂に入って、着替えまでしたけれどあともう一歩、ベッドの上を這って――――すぐに寝落ちをしてしまった、というところだろうか。
「……ずっと朝から、頑張ってたんだろうな、神楽は」
神楽からは何も協力を求められていないのが歯がゆい。
もし助力を求められれば、ゼン様と同じく手本を見せるぐらいは出来そうなのに。
扉の音は多少しただろうに、何も反応が無いぐらいに深く寝入っている。
神楽の乱れた髪が顔に掛かっており、本人の口に入りそうだ。
手をベッドに預けて近づく。そしてさらりと――触れた肌は、見た目通りにしっとりと、そしてさらりとしている――払いのける。
「……よし」
いったん荷物を置く。お土産は起きてから渡そう。
そうして神楽のベッドへ戻ると、二段ベッド――上が物置――に頭をぶつけないよう注意しながら、ベッドの上を進む。
学生寮のお風呂なので、基本的に持ち込んでいなければ同じシャンプーを使っているはずなのだけれど、ベッド中に居ると神楽の匂いをより強く感じられた気がする。
ゲーム中にメインキャラ達が良い匂いする、と言っていたのはこれの事かと思わず鼻をすんすんとさせてしまうが、傍から見たら変態だ。やめよう。
体重をベッドに預ける度にぎしりと軋む音がするものの、神楽は身動きもしない。
そのまま神楽を持ち上げると、本来の位置に戻して――――。
「ん、ん――」
「っ」
神楽を位置調整して下ろした際に一瞬声が聞こえてびっくりしたけれども、そのまま起きる事もなかった。
ほっと一息を吐き、来た時と同じくそろりそろりと抜け出す。
「早く、終わるといいわね」
そう告げると、カーテンを閉める。
落ち着いた時にお土産を渡そうと思っていたが――――結論から言うと、次の日もまた、渡す事は出来なかった。その次の日も。
休日が終わってからは今まで以上に神楽の帰りが遅くなり、戻ってくるなりうつらうつらしている状況が続く事となったのは、完全に想定外だった……。
そうして、確実に、決闘までの日にちは静かに近づいて来ていた。
次はいつも通り次の土曜投稿となりますー。
決闘をようやくそろそろ書けそうな気配。




