第11話 別れても続く関係
「……わかったわ、傍多」
クロエは、ようやく、その一言を絞り出す。傍多は、涙を拭きながら、顔を上げた。
「ごめんなさい、クロエ。あなたには、寂しい思い、辛い思いを沢山させてしまった」
「わかったから。でも、『悪魔の契約』は5年経たないと解除できないのよ。だけど、貴女は今後、誰と付き合っても良いし、私も誰と付き合って良い。それは、お互い自由よ。ただ」
そう、クロエは、言葉を切った。
「ただ、契約は絶対。あなたに呼ばれれば、私はいつでも駆けつけるし、あなたのためなら何でもするわ。それは、恋人として別れても、5年間続くことだから。でもね……私は、宮島……雪のことが、本当に好きなのか、今はわからない。でも、今は、あの子の想いに応えたいって思ったのよ」
クロエは、そう言って、深呼吸する。
傍多は、それを見て、ぽつりと言った。
「宮島には、あなたの正体のことを告げているの?」
「まだよ。でも、いつか言わなきゃって思うわ。ミッションスクールに通ってるくらいだし、もしかしたら拒絶されるかもしれないけど……あの子と関係を続けていく限り、いつかきっと、言うわ」
それを聞いて、傍多は、顔のこわばりを解いた。おそらく、傍多は、恐れているのだ。クロエが自分の元を去って行ってしまうより、クロエが、宮島に拒絶されることを。
「もし、拒絶されたら、私が宮島のことを一発殴ってやるわよ」
「あははっ。まあ、うん、そのときはよろしくね」
クロエはようやく笑顔を見せる。そこで、傍多も、うっすらと笑みをたたえた。
「……さむっ!そろそろ中に入らない?コートの中、パジャマだから風が通るわ!」
クロエが、そう言うと、傍多も「そうね」と同意した。
――しかし、そのとき。
「私とっ!付き合ってくださーーーい!!」
そんな、女子生徒の大声が聞こえてきた。傍多とクロエは顔を見合わせて、それから、いたずらな笑みを二人で浮かべると、中庭のオオツツジの茂みに隠れた。
「えっ……えっ……!?あ、あの……」
告白されたであろう、茶色のウエーブした髪の女子生徒が、恥ずかしそうに顔を伏せる。
「……あれ、カンナと理奈じゃない……」
「ん?うん?そうなの?」
よくわかっていないらしい傍多に、クロエは呆れて振り返った。
「傍多、あなた、クラスメイトの顔も覚えてないの……?」
「私、人の顔は覚えられないのよ」
そんな風に胸を張ってみせる傍多を、じとっーっと見つめたクロエだったが、そっと、オオツツジの茂みから顔を出す。
「ばあああああ!!めっちゃ恥ずかしい!!で、理奈は!?返事!!返事はどうなの!?」
「か、カンナ……声が大きいわ……」
理奈は、もじもじと体を揺らしていたが、そのうち、決意を固めたようにカンナを見据えた。
「よ、よろしくお願いします……」
そう言って、カンナから差し出された右手に、手を重ねて、きゅっと握る。
「理奈……!?ホント!?本当に!?」
「ええ、本当よ。私も……この修学旅行中に、告白できたらなって思ってたの。カンナには先を越されちゃったわね」
カンナは、握り拳をそのまま上に突き出す。
「やったあああああああ!!」
「声が大きいって言ってるでしょ……恥ずかしいわ……」
クロエが、夜目の効く瞳で上を見上げると、カンナの大声で、女子生徒たちが上からクスクス笑いながら二人を見守っていた。
「……カンナが叫ぶから、皆、ベランダに出てるみたいね。早く戻った方が良いわ」
クロエが、苦々しげに言う。傍多は、「そうね」とクロエに合わせて、そこから二人で息を殺しつつ、立ち去った。
――
「私たちが別れたって知ったら、皆、もっと傍多に群がるわね」
脱いだコートをベッドに放り投げて、クロエが言った。
「クロエ、コートは掛けときなさいよ」
「あら、傍多は別れた魚に餌はやらないタイプ?そういうのって嫌われるわよ」
「……いつまでも引きずる方が、今の大切な人に失礼だと思うけどね。それに、『釣った魚に餌はやらない』のことよね、それ。間違ってるわよ」
「あっ、そう」
クロエは、渋々という感じで、ハンガーを手に取り、自分の脱いだコートを掛けた。
傍多は、それを見ながら、ぼそりと呟く。
「……宮島が、そういう所を許してくれるとは限らないんだから。今度から自分のことは自分でしないとね」
「なーんだ、傍多ったら、心配してくれてるのね!」
クロエは、カラカラと笑う。傍多も、口元だけで笑ってみせた。
ようやく、傍多とクロエの2人の仲も、元に戻ってきたように見えた。
「でも、雪は別のクラスだし、当分はご指導ご鞭撻、よろしくお願いします、傍多さん」
クロエは、ベッドの上に正座すると、ぺこりと頭を下げた。
「宮島の家は、1代で財を成した製粉会社よ。多分、旧家よりもプライドとかはないと思うけど……でも、礼儀作法を覚えておいて損はないわね。頑張るのよ、クロエ」
そう言い合って、傍多とクロエは、がっちりと手を握り合った。今までのおままごとのような関係よりも、現在の関係の方が、絆が強まった、そんな気がしていた。




