第10話 妹のオルタナティブ
その夜。
ホテルで傍多と2人になったクロエは、宮島とのことを切り出した。
「宮島雪と、付き合うことになったわ」
「宮島?」
ばつの悪さから、うつむいてぼそぼそと伝えるクロエに、傍多が聞き返した。
そして、視線を泳がせて、記憶を辿る。
「……あいつか。でも、宮島雪って、私の取り巻きをまとめる、総取り巻きみたいなものよ。……あなたのことが好きだとは、ちょっと想像できなかったわね」
「……総取り巻きって何よ。ちょっとあなたも混乱してるんじゃない?傍多」
クロエはそう突っ込んだが、傍多は、自分のベッドにぽすんと腰掛ける。
「別に、良いわよ。だって、私とあなたって、別に付き合ってるとかじゃないでしょ?」
「う…………」
クロエは、言葉に詰まる。確かに、傍多から「好き」とは何度も言われたことがあるし、自分からも傍多を「好き」とは口に出していたが、二人は「付き合おう」とはどちらからも言い出していなかった。
しかし、クロエは、傍多とは付き合っているつもりだったのだが、傍多は違ったのだろうか?と、淡々とした傍多を、見ながら思う。
「……少し、外に出て、風に当たりましょうか」
傍多がそう言って、立ち上がった。クロエも、慌てて制服から着替えたパジャマの上に、コートを羽織る。
そうして、クロエと傍多は、部屋を出た。
――
「まだ、イルミネーションが残っているわね」
ホテルの中庭に来たクロエと傍多は、ライトアップされたその木々を見やった。他の生徒たちの姿も、ここには見えない。冷たい冬の風が、クロエの頬を撫でていく。
「……傍多。傍多が、プレイガールになったきっかけを聞いたんだけど、確認して良いかしら?」
クロエがそう、切り出す。
傍多は、風に流される、短く切った髪を耳にかけながら、うなずいた。
「クロエとは、いつかそういう話をしないといけない気がしていたのよ」
――
「傍多の初恋の人が、原因だって聞いたわ」
クロエは、傍多を見据えて、言葉を繋ぐ。傍多もまた、自分よりかなり視線の低いクロエのことを見据えた。
「傍多の初恋の人って……傍多の身内の人だったのね」
「そうよ」
傍多は、あっさりと答える。そして、軽く伸びをすると、何でもないかのように語り始めた。
「私が最初に好きだって、この人と結ばれたい、って思った人は……私の、実の妹だったわ。知ってる?私たちって、3人兄妹なのよ。兄が彼方、『遠くにいる人』で、未来のこと。真ん中の私が傍多、『側に立つ人』で、現在のこと。それから、末の妹が雀、今昔物語の『ジャク』で、『過去にいる人』なの」
クロエは、真剣な、どこか怒っているような眼差しで、語る傍多を見つめた。
「その、妹のことを、私は性愛として、愛したわ。妹……雀も多分、私のことを好きでいてくれたと思う。でも、ただlikeの好きじゃなくて、loveの好きだと、性的に抱き合いたい、って想いが、成長するにしたがって、出てくるようになったわ。特に、私はその傾向が強かったの」
クロエは、動かない。じっと、傍多を見据える。
「お母さんが、日本にいないのも、妹を連れて、外国に行ったっきりなのも、そのせいよ。ある日、私と雀が裸でお互いの体を触り合っているところを、お母さんに見られたのよ。お母さんは、常識的な人ではなかったのだけど、さすがに姉妹で性的に愛し合うのはいけないと思ったのね。だから、会社で、出向の話が出た際に、雀を連れて行った。雀も、私も、それで良いと思ったのね。いいえ、むしろ」
と、そこで傍多は、初めてクロエから目をそらした。
「そうでないといけない。そうでなくては、私たちは姉妹で愛し合うことを止めない、と思ったの」
クロエは、動かない。
「だけど、雀と離れてから、私、何もかもがどうでも良くなっちゃったのよね。それで、誘われるままに色んな子と親しくなって、好きって言われたら、私も好きよ、って答えたわ。何度も、一緒に寝たし。でも、雀といた頃みたいに、満たされはしなかったのよね。好きで好きで、キスしたくて、抱き合いたくて、相手が愛おしくてたまらない、って、思わなくなったの」
クロエは、やっとそこで、口を開いた。
「……私とも、そうだったの?」
「クロエは……」
そこで、傍多は言いよどんだ。そして、ぽろぽろと、傍多の頬に水滴が伝った。
「クロエは、雀に似ていたのよ……!雀が帰ってきてくれたって、私、嬉しかった。でも、違うのよね。クロエはクロエ、雀は雀なのよ。私、あなたのことを、オルタナティブ……雀の、代理品にしていた……!本当に、ごめんなさい。ごめんなさい……」
そこで、クロエは、初めて、傍多が顔をくしゃくしゃにして泣く姿を見た。それから、謝られたのも初めてだ、と気付いた。
それから……傍多が、今でも本当に愛しているのは、心の中にずっといるのは、実の妹である雀であろうと。
「……私も、ごめんなさい。傍多」
クロエは、それ以上、何も言うことができなかった。
冬の風はただ、ひたすらに冷たく、そして泣きじゃくる傍多の頬をすり抜けて吹いていった。




