5月20日
五月二十日 曇り
朝、今日もプロムナードで身体を動かす。顔ぶれも決まってきているようで、いずれも笑顔で挨拶を交わす。
「おはようございます。千早さま。今日も、散歩されたようですね」
「おはよう。ま、まだ二日目だからね」
ライラはくすっと笑って、お茶を淹れてくれた。
「……あー、そういえば……。夜中に一人で星を見てる女性がいるんだけど。彼女、大丈夫かな?」
「桜井アリア様ですね。実は、私どもも心配しているんです。まだ楽しそうなお顔を拝見したことがないから……」
ライラが寂しそうに言う。
「一人で乗ってるみたいだね。私も見かけた時は気にしてみるよ」
「ありがとうございます」
女性は笑った方がいい。うん。
ライラの担当なのかな? すると、ご近所さんかもしれないな。
長く過ごすと、朝食も昼食も場所が決まってくる。天気のいい日はデッキで、雨の日は『カーマイン』で。それがラクでもある。
午後から、アクティビティに参加した。昨日の船内新聞を見て、参加しようと決めていたのだ。
船の前方で、海に向かって出されるクレーを打つ。クレー射撃。
このアクティビティは人気らしく、老若男女が集まっていた。若いと言っても、私が一番下くらいの若さだが。
カメラマンの森君もしきりにカメラを構えている。
「忙しいね」
「まぁ。仕事ですから多少、忙しくないと困るかもしれません」
彼はそう言って、肩をすくめた。
「参加されるのですか? いいショットをください。これに収めて見せますよ」
カメラを持ち上げ、笑顔で言う。私は柔らかめに言った。
「ご婦人がたを多く撮ってよ。その方が、絵になる」
「それはもちろんです。カメラに気を取られず頑張ってください。成績優秀者には商品がありますから」
「本当に? それは張り切らないと」
先に書いてしまえば、そんな簡単に成績優秀者には選ばれないわけで。
それでも、三回も列に並び、充分楽しめたのでいいにする。一回目はともかく、二回目、三回目はそれなりに当たったし。風の流れには不服だったが。
海に向かって放たれるクレーは、魚の餌となるらしい。どんだけ、餌食うんだよと突っ込みたいくらいの量になったはずだ。
客たちは皆、満足しているのだろう。笑顔があふれていた。
ディナーの席で、紳士的に振舞えたことに自分で驚く。キャシーの登場に席を立つことが出来た。
今夜も、美味しい食事だった。
「運動すると、ご飯も美味しいでしょう?」
レベッカが満面の笑みで言う。
「ええ。昨日もつい食べ過ぎてしまって」
「聞きましたよ。大物とお食事をなさったとか」
「よくご存じですね」
「船の上は狭いからね」
アルバートが頷く。
「デビッドさんは、今日もいらっしゃらないんですね」
一つ空席があることに触れた。
「彼なら昨日も来なかったよ。どうやら乗り遅れたみたいだね」
「香港で乗り遅れですか」
「シンガポールに先回りね。もったいないわ」
キャシーが、ナイフとフォークを動かしながら、可愛く首をかしげた。マークは、いつもより少し不機嫌そうだった。
返しそびれていた本を返却ボックスに滑り込ませ、「今日こそは」と、意気込んで後方デッキへ。
だが、あいにくの曇天模様。せっかくの決心が音を立てて崩れた感じだ。
一縷の望みをかけてシアターへ。望みは早々と失われるわけだが、映画の内容に満足した。
『Sweet Dream Express』
恋人たち、家族、待つ人のいる地へ向かう列車内のそれぞれの想い。宛先のない手紙、食糧、密輸品を運ぶ乗務員たちそれぞれの思惑。絡み合ったときに生じる切なさと苛立たしさ。結末には思わず涙してしまった。
引き込まれすぎ。