66話 大人気みたいだな?
「長谷川先生、花菜……、松本さんはここにもいませんか?」
クラスの子たちが何人かで国語準備室の前に押し寄せている。
「いや? 一度来て預かって欲しいとトロフィーを置いていきましたけど、そのあとはどこかに消えてしまって見ていません。『ここにも』ということは居ないんですか?」
「そうなんです。後夜祭のダンスペアで松本さんを指名する人が多くて。どこ行っちゃったんだろう……」
「あれだけ派手にやった部活展示の放送で片付けとかをしているのかもしれません。皆さんは明日も片付けに時間を使えますが、松本さんはお仕事が入っていると聞いていますから……。分かりました。見かけたら言っておきますよ」
彼らを見送って扉を閉める。
峰浜高校ではアルバイトは学校に届け出て許可を受けるのが一応の決まりだ。中にはそれを無視している生徒もいるだろうが。
俺の口から花菜が図書館で仕事をしているというのを伝える分には、彼女のアルバイトが学校に届け出て許可が降りているものだと他の生徒にも分かる。学校で認められているものであれば、それに対して口出しは難しい。花菜を陰口から守るために始めたことだ。
逆に仕事をしていながら成績を維持していることも広がり、これまで以上に「松本花菜は何者だ?」という声が上がってさえいる。
『遊ぶ時間もなく裏で努力してんだよ』と言いたくもなる。でもそれは彼女の肩を持つことになるからぐっと我慢している。
「大人気みたいですね。探してますよみんな」
「ふぅ……。もう終わったことです……」
奥の机の方から聞き慣れた声が聞こえる。
「もう、目立ちすぎだって。あれだけやればね。後夜祭の開始時刻からしても、もう大丈夫だろ」
「来年は文化祭でなくて私が苦手な体育祭ですし。先生だって、遊ぶ時は思い切り楽しめって言いましたよね?」
「そうだった。実際よく頑張った。こっちが心配になるほどにな」
ふたを開けてみれば、プログラムのインパクト以上にあの展示は大反響だった。
一番の目玉はやはり『何気なく上り下りする12段の階段を実際に1段増やし《《13》》段にした』ことだ。美術部に協力してもらったことが大きい。普段歩いている階段が本当に増えている。暗幕で区切られた廊下の中で悲鳴があがることが宣伝効果にもなり、一時は入場待ち時間が30分以上にもなった。
吹奏楽部にも全面協力をしてもらった。衣装や暗幕とライトを工夫して実際にピアノなどの楽器が無人で鳴っているように見せかけたり、音楽室を自由に使わせてもらって、音楽家の肖像画も美術部のアイディアで肖像画の目が光るなどの装飾をした。
なによりも普段は幽霊部員として所属している文芸部の生徒たちも、これならばと脅かし役に楽しんでくれた。
来場者投票で行われる展示のコンテストでは、部活部門で圧倒的人気をもって優勝。
共同企画だったので、美術部・吹奏楽部とそれぞれ2年5組の面々が壇上に呼ばれた。
「最優秀MVPは同じく2年5組、文芸部副部長の松本花菜さんです」
俺はそんな彼女を体育館の後ろから静かに見ていた。
『放課後は仕事をしているハンデを持ちながら、あれだけ体を張って頑張ったもんな。お疲れさん……』
その現場から花菜が抜け出すのは大変だっただろう。後夜祭に向けた片付けの時間の隙をついてこの国語準備室にさっき飛び込んで、身を隠したのだから……。
「先生、絶対に私がここにいること言わないでくださいね」
俺の事務机の横の鞄を置く小さなスペースに潜り込んで身を隠した姿に、笑いたくなる衝動を抑えながら、「分かった約束するよ」と答えた。
あれだけ走り回った花菜の疲れを少しでも早く抜いてやりたいのは、俺も同じだったからだ。




