165話 もういいだろう。種明かしだ。
「長谷川先生は、ずっと頑張っておられました。大学を出ていきなり担任をお願いしたり、難しい約束をしてもらったりと。これは2年間を頑張ってもらったお礼です」
まったく、校長も無茶ぶりだ。しかもこんな流れになった以上、間違いなくうやむやでは終われない。
仕方ない。卒業式まではという約束は守ったのだし、この場は校長公認ということだろう。もうぶっちゃけても構わないということだ。
「校長先生からのお許しも出たので言いますね。実のところ、僕は去年の春に入籍を済ませていました」
俺の口から発表しておかないと、この子たちも納得してくれないだろう。ここで言葉を濁して後から変な噂を流されるよりは、正直に話しておいたほうがいい。
「えー、そうだったんですか?」
「そんなー」
「先生、水くさい!」
「相手は誰なんですか?」
口々に質問が飛んでくる。
さっき、校長に声を掛けられた橘と花菜はまだ教室に戻ってきていない。
早く戻れ花菜、何をやってるんだか……。俺一人でカミングアウトしろっていうのか?
その時、橘がドアを細く開けて、俺にOKサインを出した。
そうか、そう言うことか……。
ようやく、なにやら半月前に職員室で校長と橘が話していた計画の全容が俺にも理解できた。自分でさえこうなのに、何も知らされていない花菜はもっと大変だろうな……。
「……皆さんは、『空の青さは涙の色』を書かれた作家、大原なのはさんの名前を覚えていますか?」
あの本はもちろん図書室にも置かれたし、道徳の公開授業で「いじめ問題」を扱わなければならなかったとき、作者承認で教材としても使わせて貰ったから、このクラスの生徒は覚えているだろう。
図書室を使って他の先生や教育委員会のお偉いさんまで招いての特別授業だったけれど、なにせ資料の「原作者」が教室の中にいるのだから、解釈に間違いようがない。
それでも緊張していた俺に、花菜は「あのお話の結論や感想は、読んでくださった一人一人で違っていていいんです。それが当たり前なんですから」と、夜遅くまで「事前補講」をしてくれたし、本番中も目配せや反則御免の挙手発表でサポートをしてくれたっけ。
「すげぇ! お相手の女子大生は作家だったんですか?」
「さすが国語教師、目の付け所が違う」
俺は橘に目線で合図した。
『もういい、連れてこい』
もうこの後に何が起ころうと覚悟は決まった。花菜にも隠し事をさせてしまった。今日で最後だ。それも解放させてやろう。
「その原作者の『大原なのは』さんというのは……、実は皆さんよくご存知の……彼女なんです」
俺は教室のドアの磨りガラス越しに人影が立ち止まったのを待って、扉に手をかけ一気にスライドさせた。その光景に誰もが、扉を開けた俺ですら一瞬言葉を失った。
こりゃ、学校が終わったら花菜に詫びと礼をしなきゃならないな……。
だって、純白のウエディングドレスに身を包んで顔を赤く染めた花菜が、両手でブーケを持ってそこに立っていたんだからさ……。




