表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/69

35 狂瀾怒濤の夜

 留置場のようだ。

 最初に抱いた感想はそれだった。

 よく磨かれて照明を反射する琥珀色の床が伸びていた。白い格子つきの個室が隙間なく並んでいる。個室の扉に買い取る人物の名前と、売られる予定らしい日付けが記されていた。どれも四畳くらいの広さの部屋に、一人ずつ狗が入っていた。誰も衣服を身につけていない。五体満足の者もいればそうでない者もいる。ほとんどの狗はもう何もかも諦めて覚悟を決めたような――普通の生活を送っていればまず見せないだろう表情をしていた。

 エレベーター付近の見張り以外に三人の先客がいて、恐らく自分が売約したのだろう狗を見つめていた。その目は自分と同等の人間に向けられるものじゃない。まるで本当にペットショップのようだが売られているのは人間、買うのも人間だ。

「あ、いたわ」

 そう言ってよだかさんは車椅子を真っ直ぐ進ませた。ぼくはその後ろを追いかけながら、気づいた。よだかさんの進行方向にいるのは、五月雨さんの誘拐を倶楽部に依頼した男だということに。若干白髪が交ざった黒髪をオールバックにして、黒いフォーマルスーツを着た身体の姿勢はいい。写真の通り、真面目そうで紳士然とした雰囲気が感じられる。

 個室の中に目をやると、そこには案の定五月雨さんが座り込んで読書をしていた。文庫本の、白鯨。傍らにはそれ以外にも何冊か雑誌や小説が置かれ、ある程度の娯楽は与えられているのだろうとわかった。他の個室にいる狗も知恵の輪やジグソーパズルなどをしている。今すぐ五月雨さんに声をかけたい衝動を堪え、ぼくは止まった車椅子の後ろに立つ。

「こんばんは」

 よだかさんに話しかけられ、こちらを見た男は少々戸惑ったようだった。

「こんばんは。失礼ですが、どこかでお会いしましたかな?」

「あら、今年の新年会で名刺を交換したはずですよ。雲林院霧華です」

「あ……ああ、あのときの」

 思い出したような素振りを見せ、男は苦笑する。

「霧華さん、また一段と美しくなっていたので気づきませんでしたよ」

「お上手ね」

「ところで、後ろのお嬢さんは一体……」

「従兄の隠し子。私が引き取ったから、近々飼い主デビューをさせようと思って連れてきたんです。ほら、あなたからもご挨拶なさい」

「初めまして。雲林院愛花です」

「おお。これは随分と可憐で初々しいお嬢さんだ」

 優しげな微笑を浮かべ、男は挨拶を返した。見た目はもちろん、他人に対する振る舞いも紳士だ。しかしその本性を知っているぼくからすれば、演技にしか感じられない。

「この狗、一週間後が買い取る日なんですね」

 言いながら、よだかさんが部屋の中に目を向ける。そこでようやく五月雨さんは本の頁から顔を上げたが、よだかさんと目が合った瞬間びくりと身体を震わせ、視線を戻してしまった。同じ人間とは思えないほどの美しさを初めて前にしたのだろう。

「ええ、なかなかいい具合に仕上がってい」

 どんっ、と音がした。

 最後まで言い切ることができなかった男は、限界なほどに見開いた目で下を見る。下、即ち自分の胸に手首まで潜り込んだ――よだかさんの右腕を。

「な、あ……」

 何かを喋ろうとした男の口から血が溢れ出る。車椅子から立ち上がっていたよだかさんは、そのまま右手を引き抜いた。血に塗れた筋肉質の物体が握られている。心臓、だ。それを目の当たりにした男の目はぐるんと裏返り、膝から崩れ落ちた。よだかさんは直接素手で抜き取った心臓を床に叩きつけた。

 突如、金切り声が上がった。一瞬五月雨さんが叫んだのかと思ったが、それはない。彼女はもう声帯除去の手術を受けたのだから声が出せるわけがない。声は、五月雨さんの向かいにある個室から聞こえていた。まだ小学生か中学生くらいの少女が、狂ったように叫び続けている。見張りが、飼い主が、狗が、一斉にこちらを見た。連鎖反応のように悲鳴が立て続けに上がる。飼い主はエレベーターのある方に駆けていき、逆にエレベーターの近くからこちらに駆け寄ってきたのは見張りの男二人だった。

「おい!」

「お前ら何をしている!」

 スーツの懐から一丁の拳銃を取り出し、構える。それよりも早くよだかさんはドレスの裾をたくし上げ、黒いパンプスを脱いだ裸足で床を弾くように跳躍し、刹那のうちに男達の目前に迫っていた。二発の銃声が鳴り響き、エレベーターを待っていた三人の飼い主が振り返る。

「あーあ」

 銃弾を身体で受け止めたはずだが、よだかさんは平然とした口調で言う。

「このシリコンバスト、結構高かったのに……」

 よだかさんと見張りの男との間で、鮮血が噴き出す。それが倒れた男達の首から出血したものだとぼくが理解したとき、エレベーターの扉が開いた。半狂乱になった三人の飼い主が、慌てて逃げようと中に飛び込む。しかし駆け出していたよだかさんは扉が閉まる寸前に両手を突っ込み、無理矢理開かせた。相手からすればパニック不可避のホラー映画じみた展開だろう。悲鳴が上がり、やがて静かになる。

「これはもう駄目だな」

 よだかさんは血塗れでぼろぼろになったシリコンバストを雑に剥ぎ取り、投げ捨てた。右手には血や脂で汚れた食事用のナイフ――きっと地下一階でくすねたものだろう――が握られている。ケープも脱ぎ、ウィッグも外す。果てには動きやすさのためか、タッキングスカートを膝下くらいの辺りでびりびりと破いてしまった。完璧と言えるほど女性に化けていたよだかさんは、もうすっかり中途半端に女装した青年となっている。それでも決して見苦しくないのは、元々持っている美しさのおかげだろう。

「よだかさん。いいんですか、こんな派手にやって」

「あ?」

「この部屋、監視カメラがたくさんあるのに」

「土竜に頼んであるから平気だ。倶楽部の監視役が見てる映像は全部都合よく改竄されて、今の様子は当然俺達の姿は一切見えてないだろうよ」

 なるほど。ぼくは今も駐車場にいるのだろう土竜さんに心から感謝した。今回の依頼で一番活躍しているのは、実は彼なのではないだろうか。

 五月雨さんの個室を前にして、よだかさんは「下がってろ」とだけ指示した。五月雨さんは怯えた様子で部屋の隅に下がる。よだかさんの手刀が扉の鍵を破壊し、ぼくが中に入った。恐怖と戸惑いがないまぜになった表情で凝視される。

「貝塚五月雨さんですね?」

 大きく目を見開き、彼女はこくこくと頷いた。きっとこの名前で呼ばれることは、誘拐されてからほとんどなかったに違いない。

「危害を加える気はありません。ぼく達はあなたのご両親から依頼を受けました。行方不明になった娘のあなたを捜索してほしいと言われ、ここまで辿り着きました。もう大丈夫です。早く出ましょう」

 ぼくが手を伸ばすと、ぱしん、と弾かれた。つまり拒絶の意思表示。まだぼく達のことが信じられないのだろうか。先ほどのよだかさんを見ていたら無理もないだろうが、ここでぐずぐずしてはいられない。

「別に俺達のことを信じられないってわけでもないだろ」

 後ろからよだかさんが声をかけてきた。

「狗の調教は、その令嬢を自分はもう社会復帰できないと思わせるほどの洗脳ぶりなんだろうよ。これまでと同じ人生を歩みたいと思っても、ここで受けてきた凌辱は忘れられない。卑しい狗となった自分が家族のもとに戻っていいわけがない。そう考えてる」

 図星を言い当てられたことに対する動揺が、五月雨さんの顔から窺える。心中お察しします、なんて口が裂けても言えない。そんな気休めが通じる相手じゃないことくらいわかっている。ぼくは必死で言葉を模索し、口を開いた。

「あなたのご両親はひどく心配してたんですよ。それこそ、不死身の殺人鬼に依頼するくらいの覚悟で。あなたが廃人になっていようが死体になっていようが、再会したいんだって言ってました。ここでどんなひどいことをされたのか、ぼくには想像もつきません。でも、あなたは声帯を取られたとは言えまだ五体満足じゃないですか。ご両親に、駆け落ちを計画していた恋人に再会するべきです」

 自分の声が感情的になっているのがわかった。それでも五月雨さんは逡巡するような表情を見せた後、首を横に振ってぼくから離れようとする。唇がゆっくりと大きく動く。あ、え、あ、あ、い。帰らないと言っている。そう理解した瞬間、かぁ、と頭に血が上った。

 何故だ。どうして、あんなにも両親が自分を愛してくれるのに拒もうとする。

「おい、愛織」

「どうしてですか!」

 よだかさんが話しかけてきたが、ぼくは無視して五月雨さんの両肩を掴んだ。直後にびくりと肩が震え、彼女の目にはっきりと怯えが映った。

「あなたにはあんなにも心配してくれる親がいるのに、なんで戻ろうとしないんですか! あの二人はあなたがここでどんな目に遭ったかを知ったとしても、あなたを拒絶するような人達じゃないはずです! ぼくは……ぼくは、あなたが羨ましいくらいなのに!」

 言ってしまった後で、ぼくは口を塞いだ。いけない。冷静になれ。余計なことまで喋ってしまう。この人には関係ないことだ。落ち着け、落ち着け。

「退け」

 深呼吸していると背後から右の腰に蹴りを入れられた。一瞬の浮遊感。その後で全身の左側に衝撃があった。何故言葉だけじゃなく足を出したのか訴えたい。頭の片隅でそう思いつつも壁に激突した痛みに呻いていると、どさっ、と何かが倒れる音が聞こえた。振り返った先では、しゃがみ込んだよだかさんの前で五月雨さんが床に突っ伏している。

「え、今の間に何したんですか」

「気絶させただけだ。俺達の仕事は五月雨を両親と再会させることだろ。本人が拒もうが知るか。こいつを説得する必要なんてねえよ」

「…………相変わらず傍若無人」

「お前、五月雨を背負ったまま移動できるか?」

「はい」

 一旦個室から連れ出して、よだかさんが破ったドレスの裾を五月雨さんに巻きつける。それからぼくはよだかさんに手伝ってもらい、五月雨さんを背負った。両脇に挟んだ彼女の膝下に腕を通し、両手首をしっかりと握って固定する。

「じゃあ、さっさと行くぞ」

 ペン回しのようにくるくるとナイフを手の上で弄びながら、よだかさんはシニカルな笑みを浮かべた。ああ、やっぱりそれがいい。よだかさんには上品でお淑やかな微笑よりも、そのシニカルな笑みがずっと似合う。

「俺はもう事務所に帰って、甘くて冷たいチョコレートサンデーを食べたい」

「食べるのはいいですけど、その前にあの四人は解放してくださいね」

 そこから先の道中は、よだかさんの独擅場だった。

 確かなことは不死身の殺人鬼を阻めるような存在などこの倶楽部内にありえないということか。有機物無機物を問わずまさしく鎧袖一触。立ち塞がった倶楽部の人間、闘技用に調教された狗を片っ端からナイフ一本とその身一つで薙ぎ払い、蹴散らし、翻弄し、嘲弄しながら撃退していった。当然五月雨さんを背負うぼくにも銃口は向けられたが、よだかさんのおかげでその銃は弾を発射する前にことごとくスクラップと化した。

 一階の絨毯は淡いオレンジから、黒に限りなく近い赤色に変わっていた。円卓の上にあった食べ物、飲み物、食器が散乱している。四字熟語で表すなら死屍累々。文字通り死体の山が築かれている。初めから戦う気のない、あるいは圧倒的なよだかさんに戦意喪失した人々は部屋の隅でがたがたと震えていた。

「愛花さん。あなた、警察の人間だったの?」

 恨みの込められた恐ろしい目つきで赫子さんは言った。敵意がひしひしと伝わってくる。彼女の傍らには頭から血を流す虎鉄さんが横たわっていた。流れ弾に当たったか、よだかさんにやられたのかぼくにはわからない。よだかさんを見ると、転がっていたシャンパンボトルを拾い上げているところだった。栓抜きを使うことなく、コルク栓を歯で抜き取ってラッパ飲みし始める。ドレスはあちこち被弾したせいでずたずたとなり、彼自身の血を含んで壮絶なことになっていた。それでもみすぼらしさは全く感じられない。逆に退廃的な美しさが強まったようにも見える。

「警察ではありません。あそこでシャンパン飲んでる殺人鬼の、助手です」

 だから恨まないでくださいね。悪いことをしたのはあなた達の方なんですから――とまでは口に出せない。そう続ける前にエレベーターの扉が開き、新たな白スーツ集団が投入されたからだ。ぼくはよだかさんの背後に回り、様子を窺う。

「またぞろぞろと来やがるな。いい加減諦めろよ、お前ら」

 まだ中身が残っているシャンパンボトルを捨て、よだかさんは嘆息交じりに言う。白スーツの先頭にいた男が憎々しげに口元を歪めた。どうやらすぐに発砲する気はないらしい。

「お前、雲林院様ではないな。どうしてここに潜入できた」

「どうしてって……霧華の情報を得て、会員カードも手に入れたうえで女装したからに決まってるだろ。霧華が美容整形に依存して、車椅子を使う女でよかったぜ」

「違う。そんな小細工をする前に、どこでこの倶楽部のことを知ったんだ。まさかとは思うが、雲林院様が」

「うるせえな」

 苛立たしそうによだかさんは男の言葉を断ち切った。ふと、ぼくの背中で五月雨さんが身動ぎをした。どうやら目が覚めたらしい。ぼくはどんな表情をしているかわからない彼女に「じっとしててくださいね」と言っておいた。

「そんな理由を聞いたところでお前らが倶楽部に無関係な人間を二人、易々と潜入させたっていう間抜けな事実は覆らねえだろうが。ぐだぐだとつまらねえこと喋る前に、俺を少しでも楽しませろよ」

 そう言って、よだかさんは右手を持ち上げた。白スーツの集団も銃口を彼に向け、細いゴムを限界まで引っ張ったような緊張感が流れる。そのとき、ぼくの背中で五月雨さんが激しく暴れるように動いた。突然のことにぼくは思わず手を離してしまった。

「あっ」

 ぼくの背中から下りた五月雨さんは何を思ったのか、よだかさんと白スーツ達の間に飛び込んだ。ちょうどよだかさんが腕を大きく振るった瞬間で、気づいたときには彼女の首が胴体から離れて宙を舞っていた。生首となった五月雨さんと目が合う。その表情は何故か薄らと微笑んでいた。

「五月雨さ――」

 ぼくの声と、銃声が重なった瞬間に右脇腹が破裂した。いや違う。破裂したのではなく、白スーツの銃で撃たれた。ぼくの脇腹が。

「は、ぁ……ぐ……っ!」

 ものすごく痛くて、熱い。じわりと血が広がってドレスの青色が濃い紫色に変わっていく。両手でそこを押えると激痛が強くなり、同時に力が抜けた。両膝が床につき、前のめりに倒れかける。

「愛織!」

 よだかさんの怒鳴るような声が響き、遠のきかけた意識がふっと引き戻される。気づけば白スーツ集団の首が目の前に落ちて、転がっていた。一瞬のうちに刎ねたらしい。さすがは殺人鬼だ。何故だか口元が勝手に笑う。痛くて痛くてたまらないのに、ぼくの神経はおかしくなってしまったのか。

「おい。一旦手を離せ」

 いつの間にか水差しを持っていたよだかさんは、ぼくの脇腹に水をかけた。傷口に沁みて、刺すような痛みに背筋が冷える。

「掠ったみたいだが、それくらいなら自力で歩けるだろ。そのまま圧迫してろよ」

「は、ぃ……」

 撃たれたと思ったぼくの銃創は、どうやら擦過射創だったようだ。じくじくとした痛みを堪えつつ、どうにか立ち上がって深呼吸を一つする。大丈夫だ。

「ここを出たら八雲のところに直行する。急ぐぞ」

「…………五月雨さん、は……」

「勝手に自殺しやがったな」

「自殺……」

 ぼくのせいだ。

 ぼくが五月雨さんを離したから、離した後にまた腕を掴んで引き止めていなかったから、死なせてしまった。五月雨さんの両親は心から彼女の帰りを待っているのに。再会させることができると思ったのに、こんなことになるなんて。

「それを言うなら俺のせいでもあるだろ」

 よだかさんは五月雨さんの開いたままの目に瞼を下ろさせた。

「反応する前に切ってしまったのは俺だ。さすがにあの不意打ちは、予想外だった」

「依頼者には、どう説明するつもりですか?」

「知らなくていいこともあるだろ。とりあえずは早いうちに首と胴体を縫いつけて、エンバーミングだな。せめて綺麗な遺体にしてから引き渡す。俺にはそれくらいしかできねえよ。貝塚夫妻も覚悟はできていると言ったんだから、きっと文句は言われない」

 淡々と言って、よだかさんはエレベーターに乗り込んだ。彼が左の脇に抱えた五月雨さんの胴体と、右手で持った五月雨さんの首から夥しいほどの血が落ちている。さらにぼくの脇腹からも血が流れ続けているせいで、エレベーターの床はあっという間に元の色が見えなくなった。鉄錆臭くて頭が少しくらくらする。これは血の匂いが原因というより、ぼくの血が足りなくなっているのかもしれない。

「それにしてもお前、なんか今回妙だな」

「何がですか」

「これまで依頼を通して色んな人間に会ってきたが、そこまで感情的にはならなかっただろ。あんまり同情心とか正義感とか、愛織がそういうの強くないことはわかってる。なのに今回は五月雨と両親のこと、やたら気にしてるみたいだったじゃねえか」

「その話、今じゃないと駄目ですか? 第一気になるんだったらわざわざ訊かずに、いっそのこと心を読めばいいでしょう」

「だってお前が嫌だろ、それ」

「…………ですね」

 エレベーターの扉が開いたが、誰も待ち構えてなどいなかった。短い廊下を進み、ナイトクラブとして使われていた部屋に入る。来たときと変わらないムードミュージックが流れ、ミラーボールが回転していた。しかし無人だ。扉の前で立っていたスキンヘッドの男も、踊っていた客も、店員も全く見当たらない。

「さすがにもう逃げたんでしょうね」

「いや、それは違うぜチェリー」

 よだかさんが扉を開けると、外には何台もの車がライトをつけたまま停まっていた。周辺では身なりのいい人々――あのスキンヘッドの男や踊っていた客もいた――が強面の男達に取り押さえられている。不思議とその男達の顔にはいくつか見覚えのあるものがあり、ぼくは気づいた。

「柩木組……?」

「後始末はこいつらに任せて、俺達はさっさと八雲のところに行くぞ」

 まさか、これもよだかさんの計画だったのだろうか。

 ぼくはよだかさんに促され、土竜さんが退屈そうに待っていた車に戻る。乗車する寸前に視線を巡らせてみたが、楪くんの姿は見えなかった。さすがに遅い時刻だから、今は家で眠っているのかもしれない。五月雨さんの死体は車椅子を収めていた三列目に寝かせ、ぼく達は来たときと同様の後部座席に座る。座った直後、よだかさんがぼくを抱き寄せた。血塗れになったぼくの手を退け、出血が止まらない脇腹を両手で強く押える。

「派手にやったみたいじゃのう。愛織は怪我したんか」

「ああ。だからさっさと八雲のところにやれ」

 運転席から振り返った土竜さんの顔は、ものすごく嫌そうだった。しかし彼の視線がぼくに向かったかと思うと、溜め息をつかれる。

「金はもう取らんけど、貸し一つじゃけえな」

「わかってる。急げ」

 車は行きのときよりも猛スピードで走った。その間、よだかさんは土竜さんの携帯端末を借り、八雲さんに連絡を入れていた。あっという間に棺桶町を抜け、青い屋根の一軒家に辿り着く。扉の前では八雲さんが腕組みをして待っていて、土竜さんが盛大に舌打ちをしたものの、さすがにこのときばかりは犬猿の二人も戦闘を開始することはなかった。

「おいで、愛織。もう大丈夫だよ」

 車の扉が開くと、駆け寄った八雲さんが手を伸ばしてくれた。いつもより優しげな声音を聞いて気が抜けたのか、それとも単純に貧血を起こしたのか、ぼくの意識は途絶えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ