私の師匠は錬金術師だった。
旅に関する企画ように旅する男女の物語を。
以前書いた作品の独立版です。
オムニバス的な面が強かった中で独立させたかった作品でもあります。
某年某月某日 千数百年前のこと
師匠程の人でも死を乗り越えられなかった。
師匠の最後の言葉。
「死ぬのはいやじゃ、つらいわい。」
いつも死ぬのはコワイといっていた師匠は死の間際つらいといっていた。
怖さを乗り越えたのか、それとも口でそう言って自分を鼓舞したのかはわからない。
私は最後師匠手をにぎっている。
師匠の家族には財産を送る。素材、金、施設、私が主体としていたもの以外の研究成果、師匠が魔術師の父でなければ、金銭にかかわるものだけでよかったろうが、魔術師の家系となればそうはいかない。
師匠は錬金術師、師匠の息子は魔術師。
錬金術師と魔術師は仲が悪い。
師匠は血のつながった家族でなく私と暮らしていた。
いや師匠の事情だけではない。
私はよき友を得ることができず、いつまでも師匠の元にいた。
私は師匠の元を巣立つことのできなかった錬金術師として研究を続けるが芽は出ていない。
それでも私は奇跡を知っている。
師匠の死の数日前、もう体もほとんど動かなくなった師匠の元へ師匠の息子が合いに来たのだ。
口数は少なかったが、息子は最後師匠に体をいたわるように言った後
「父を頼むと」
錬金術師の私に頭を下げた。
この和解がなければ師匠の最後の言葉は死ぬのはコワイだったのかもしれない。
運命は最後に師匠に息子との和解を与えた。
ふと息子の家は知っている、そして息子の家への連絡手段もあるけれど、あの時個人的な連絡先は交換しなかったことを思い出す。
魔法通信の発展した時代、今は各家でなく個々人が携帯式の魔法通信装置を持っている。
師匠の息子の家族の家に連絡し、移転してきた息子に師匠を引き合わせた。
互いに涙はない。
生きている人にっての最後の別れは棺桶の蓋をしめる時か埋葬の時なのだろうか。
私や師匠の息子や孫が先に亡くなったのなら違うのかもしれない。
師匠がどんなに死ぬことをこわがっていても、順番通り死んでいった。
そういう時、残った者は失って泣くので泣く思い出して泣くのだろう。
師匠の息子とは少し今後について話をする。
有名な錬金術師の死だ。
対外的な葬儀は弟子の私が行い。身内だけの葬儀は師匠の息子が執り行う事が取り決められる。
「僕が会いに来たから、父は思い残すことがなくなって死んだのだと思うかい?」
師匠の息子はそのように尋ねる。
私にはわからない。
ホムンクルスである私にはわからない。
作られた体に魂を埋め込んだけの存在。
タンパク質でできた機械の体が、師匠の見つけた生命発生のメカニズムとそれの素となるものを受け入れた。
いつまでも若い体は、ひとによっては嫌悪感を抱かせることもある。
誰にも明かせない秘密を探るものもいる。
「師匠はそんな人じゃないよ」
私はそういって笑った。それに合わせて師匠の息子も笑う。今はそういう時なのだろう。
今はまだ涙を流す時ではないのだ。
師匠は最後の研究で私の恋人を作ろうとしていた。
私は見た目は若いままでももう誕生して50年が経過している。
私は新たにできた人造人間を恋人と思えるだろうか。
それに私にも好みというものがあるのだ。




