第1話: プロローグ
真に理解の及ばない出来事を目の当たりにしたとき、人間がどのような行動を取るのか、と考えたことはないでもない。
慌てふためくか、呆然とするか、現実逃避に脳を埋めつくすか。
しかし、彼女――雨夜サヨが取った行動はそのいずれでもなく、反射的にポケットを探り、スマートフォンを取り出すというものだった。
電源ボタンを押下したところで、いやに現実的な答えだな、と己の現代病に自嘲気味な評価を下す。
どこまでも続く青い晴天に涼しい風が吹き、揺られる植物が足元をくすぐる。じりじりとこちらの白い髪と肌を焼く太陽に眉を顰め、スマホの画面を覗き――瞠目する。
現在時刻、4月2日、20時14分。
ゆっくりと空を仰ぐ。ちょうど頂点に達そうかとする太陽と目が合い、碧い双眸をすっと細めた。頬を伝う汗は、きっと照らされた熱のせいではないだろう。
「……時差は……8時間ってとこ?」
周囲をさっと眺める。青々とした草原に、遠くに見える木々。目の前には明らかに不自然な土の盛り上がり……洞穴? があり、開けられた大口の先には吸い込まれそうな闇が続くばかりで、奥は見通せない。
少なくとも、見覚えはないしこんなところに来た記憶はない。
記憶、と口の中だけで呟き、目を閉じてこうなった原因を思い出そうとする。しかし続く頭の痛みにその試みを遮られ、顔をしかめた。鈍く、脳の奥を掻き回されるような痛み。
「昨日……何してたっけ?」
一昨日、3月31日なら思い出せる。これから始まる大学生活に思いを馳せながら、様々な手続きを済ませたり書類に目を通していたりしていた。翌日には大学まで赴く用事があったし、そのまま希望を胸に抱きながら、いつもより早い時間にベッドへ潜った。
それからの記憶が、すっぽりと抜けている。
そこでようやくサヨは自分の身体に気を向ける。
肩辺りまで伸びた白髪、薄く骨ばった手足と体躯、低い目線。当然、見慣れたサヨの身体だ。
着ているのはいつものルームウェアだ。だぼだぼとした黒い長袖に、灰色のショートパンツ。後は、と首に手を伸ばし、お気に入りの黒いチョーカーの感触を確かめて、ほっとする。
いつもの服装。だが少なくともこんな格好で外に出るはずがない。特に彼女――アルビノとして生を受けたサヨにとっては。
つまり、なんだ。これは――。
「……私、誘拐されちゃった?」
手元で光るスマホの画面、その上部に圏外を示すマークが付いているのを見ないふりして、そう呟いた。




