10-2. シュークリーム懐柔作戦 ―包まれし甘味は、和解か混沌か―②
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「当然、生クリームよ!」
カレンが腕を組み、胸を張る。
「軽くて、口に入れた瞬間にほどける。あの一瞬の幸福感こそ完成された美だわ。シュークリームっていうのは、“食べた瞬間にうまい”って言わせるためのものなの」
夜翔が静かに目を閉じる。
「……浅い」
「はぁ?」
カレンの眉が跳ね上がった。
夜翔は指先で湯呑みをなぞりながら、低く言う。
「生クリームは刹那だ。口溶けは早く、余韻が薄い。味は線でなければならない。持続しない幸福に理はない」
「何その中二病みたいな理屈!?」
「事実だ」
真白が、ぽつりと口を挟む。
「……カスタードの方が合理的」
短い一言に、空気が少し冷える。
「卵、乳、糖。構造が明確。再現性が高い。味の輪郭が崩れない」
ひと呼吸。
「……生クリームは、ただの雰囲気」
「雰囲気って言うな!!」
カレンが机を叩いた。
「ふわっとしてるからいいのよ! あの軽さが上品なの!」
「……不安定」
「それを美って言うの!!」
◆
……もうすでに、小競り合いは始まっていた。
私は静かに天を仰いだ。
やはり始まっていたか、この地獄。
インターホンを鳴らすべきか考えていると、玄関の向こうで慌ただしい足音がした。
扉が開き、現れたのは潮音だった。
彼は私の顔を見るなり、心の底から救われたような顔をした。
「うわ!! 助かった!! ハロルドさん!!」
「潮音くん……君だけだ、その反応は」
私は年甲斐もなく、少し泣きそうになった。
そのまま、食堂へ通される。
全員の視線がこちらへ向く。
痛い。
物理攻撃ではないのに、視線が痛い。
カレンが眉をひそめた。
「アンタ、誰?」
心の奥に何かがグサリと刺さった。
「以前、プリンで来ただろう!」
思わず声が出た。
夜翔たちが続く。
「夜の書にはお前の記述は残っていない」
「……地味」
「風に流れたねぇ」
「みゅー??」
私は軍人として、かなりの精神的損傷を受けていた。
だが、今日の私は違う。
私の膝は屈しない。
なぜなら、今回は勝算がある。
私は静かに箱を差し出した。
「今回は――これだ」
《月雲堂》特製、Wクリームシュー。
空気が変わった。
夜翔が目を細め、真白がじっと箱を見て、カレンが腕を組む。
ーーよし。
反応は悪くない。
私は確信した。
「生クリームか、カスタードか。その二項対立は既に超えた。両方を包摂する第三の選択――」
箱を開き、私は視線を落とす。
そこにあったのは、黄金色の焼き目。
ざらりとした表面。
香ばしいバターの匂い。
……少し、表面が派手だな、とは思った。
だが、シュークリームであることに違いはない。
問題はないはずだ。
「……待て」
夜翔のその低い声を聞いた瞬間、私は本能的に「終わった」と理解した。
真白が箱を覗き込み、淡々と告げる。
「……クッキーシュー」
その言葉に、カレンの瞳がすっと細くなる。
潮音が、終わった、という顔をした。
私はその全員の反応を見て、ゆっくり理解する。
……待て。
これは、まずいやつか。
普通のシュークリームでは、ないのか。
いや、同じだろう。
中にクリームが入っていて、外がシュー生地で。
多少、表面が香ばしいだけではないのか。
なのに、
なぜそんな顔をする。
なぜ全員、私を見る。
嫌な汗が背を伝う。
ああ……そうか。
今度はそこなのか。
中身ではなく、“皮”。
なぜ甘味は私に、いつも新しい地雷原を用意しているのだ。
カレンが一歩、前に出た。
「ハロルドとか言ったわね」
「……なんだ」
炎の気配が、静かに膨らむ。
「……アンタ」
その声音だけで、胃が痛い。
「なんでそこでクッキーシューなのよ!!」
喉が、ひどく乾いた。
遠くで潮音が、もう駄目だ、という顔をしていた。
私も同意見だった。
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観測記録:個体群《問題児》
補助観測対象:《国家連合》中将 ハロルド・グレンフィールド
案件名:シュークリーム懐柔作戦・再試行
結果:失敗。
……うん、知ってた。
今回はけっこう成功率高いと思ったんだけどなぁ。
前回の焼きプリンで、ハロルドくんは少し成長した。
少なくとも、紅茶かコーヒーで人生を壊した男にしては頑張っていた。
だから私は思った。
人は、プリンで強くなれるのではないか、と。
甘かった。
いや、シュークリームだから甘いんだけど。
生クリームか、カスタードか。
その二択に止まり、Wクリームという救済に涙ぐみ、ものすごく勝った顔で禁足地へ向かい、クッキーシューで全部爆発した。
完璧だった。
芸術点が高い。
さすがにちょっと笑っちゃったよね。
いや、観測者としてはよくないんだけど。
でもあれは無理でしょ。
あの顔で行ったんだもん。
それにしても、少し困った。
また、接触してしまった。
私は本来、観測するだけの側だ。
干渉しない。選ばせる。見るだけ。
……のはずなんだけど。
「Wクリームがあります」
って、あれ完全に助けちゃってるよね。
よくない。
すごくよくない。
でもあの顔されたら、言うでしょ。
あんな絶望した顔でショーケースの前に立たれたら、さすがに。
仕方ない。
たぶん仕方ない。
うん、たぶん。
《国家連合》は人類を守ろうとしている。
《ヴィラン連合》は人類を支配しようとしている。
《問題児》たちは、たぶん一生おやつを食べてる。
あと喧嘩してる。
たまに世界が揺れる。
かなり迷惑。
でも、面白い。
この星を任せるには不安すぎるけど、見捨てるには面白すぎる。
……力、与えすぎちゃったかもしれないなぁ。
まあ、いいか。
次はたぶん、クッキーシュー論争かな。
未来が見える。
すごく嫌で、すごく見たい。
ほんと、人類って飽きないなぁ。
さーて、と。
私もシュークリーム食べちゃお。
観測継続っと。
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