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この問題児たち、危険度SS級につき  作者: AtoRei


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10-1. シュークリーム懐柔作戦 ―包まれし甘味は、和解か混沌か―①



《国家連合》本部、中央会議室。


私は、軍人らしく完璧な姿勢を崩さないようにしている。


背筋は伸び、軍服の皺は一つもない。外から見れば、いつもの《光律剣将(こうりつけんしょう)》ハロルド・グレンフィールドそのものだろう。


だが内臓は違う。


主に胃が。


正確に言えば、会議室に入る前からずっときりきりと痛い。


長卓の向こう、総帥オルガ・ベネディクトの金の義眼が、まっすぐこちらを見ていた。その視線は剣より鋭く、砲撃より重い。


嫌な予感しかしない。


こういう時、人の予感はだいたい当たる。


「中将」


来た。


「以前の“焼きプリン懐柔作戦”は、接触そのものには成功した」


「はっ!」


焼きプリン。


その単語だけで胃が縮む。


あの夕暮れ。あの邸宅。あの化け物たち。あの理解不能なプリン論争。


そして何より――私は、紅茶かコーヒーかの選択で失敗した日の悪夢を、未だに見るような男である。


そんな男が焼きプリンを持って、《問題児》たちに突撃した結果がどうだったかなど、思い出したくもない。


「だが、懐柔には至らなかった」


「……はい、面目ありません」


「よって、再挑戦とする」


予感、的中である。


隣で《爆神槌将(ばくしんついしょう)》バルムが腕を組み、重々しく頷く。


「今回はプリンでは弱い。より携行性が高く、幸福度の高い甘味が必要だ」


幻舞刃将(げんぶじんしょう)》ユリウスが楽しそうに笑った。


「午後三時。人が最も油断する時間ですねぇ♪ ならばシュークリームではどうでしょう♪」


星導弩将(せいどうどしょう)》エルミナは資料を閉じ、淡々と言った。


「……糖分、携帯性、印象形成。最適解です」


やめてほしい。


そんな軽い感じで私の人生を決めないでほしい。


オルガの声が静かに落ちる。


「中将。今度こそ成功しろ」


断れる空気ではない。


私は国家連合の中将であり、逃げるという選択肢を持たない男だった。


「……承知しました」


口にした瞬間、私の中で何かが静かに死んだ。



午後。


シュークリームの名店《月雲堂(つきぐもどう)》。


白い外壁に金文字の看板。柔らかな陽光を受けたその店は、戦場とは無縁の別世界だった。


ガラス越しに見えるショーケースには、整然と並ぶ甘味たち。シュークリーム、エクレア、ミルフィーユ。


甘い香りが漂うだけで、人は少しだけ平和になれるのかもしれない。


……問題児たちは、たぶん無理だが。


私は軍服の襟を整え、自動ドアの前に立つ。


前回、私は学んだ。


選択を恐れてはならない。


二択は敵ではない。


向き合い、選び、受け入れるものだ。


私はもう、以前の私ではない。


そう、自分に言い聞かせて店内に入った。


店員が穏やかに微笑みかけてくる。


「いらっしゃいませ。本日はシュークリームですね?」


私は、一瞬だけ言葉を失った。


まだ何も口にしていない。


店に入ったばかりで、ショーケースを見たわけでもない。

それなのに、なぜ分かった。


軍人として、こういう“説明のつかない察知”には嫌な予感しかない。


「……なぜ、それを?」


思わず問い返すと、店員は少しも表情を変えずに答えた。


「皆さま、だいたいその顔をされますので」


意味が分かるようで、よく分からない。


だが、ここで深く追及するのもどこかおかしい。私は小さく咳払いをして、気を取り直す。


「……ああ。シュークリームを頼みたい」


声はちゃんと出た。


よし、大丈夫だ。


「生クリームのものと、カスタードのものがございます」


私は数秒、意味を理解できなかった。


「……は?」


思わず聞き返してしまう。


シュークリームに、そんな派閥が存在するのか。


いや、待て。


確かに中身は白い。

あれが全部同じものだと思っていたが。


ーー違うのか。


生クリーム。


カスタード。


言われてみれば、聞いたことはある。


ふわりと軽い口溶けの白。


濃く、重く、舌に残る黄。


――つまり、これは。


選択だ。


しかも、ただの選択ではない。


問題児たちの間で派閥を生み、下手をすれば戦争の引き金になり得る、極めて危険な二択。


思考が止まった。


まずい。


これは非常にまずい。


白か、黄か。


選ばなければならない。


脳裏に蘇る。


あの日の外交会議。


ーー紅茶か、コーヒーか。


私はコーヒーを選び、そして国際関係が一つ壊れ、戦争となった。


あれ以来、私は理解している。


食の選択は、戦争を起こす。


「お客様?」


店員の声が遠い。


額に汗がにじむ。


喉が渇く。


膝が少し笑っているのが、自分でもわかった。


まずい。


またここで止まれば、私は成長していないことになる。


国家連合の威信も、私の胃も、すべてが終わる。


その時だった。


「……お客様」


隣から、静かな声がした。


私は、はっと顔を上げた。


いつの間に移動したのだろうか。

先ほどから応対していた店員が、少しだけ首を傾けてこちらを見ていた。


穏やかな笑みは変わらない。


だが、その目だけが妙に静かだった。


まるで最初から、

こちらがこの二択で立ち止まることを知っていたかのように。


「……なぜ、私が迷っていると?」


思わず口にしていた。


軍人として、こういう“見透かされる感覚”には本能的な警戒が走る。


店員は少しも間を置かずに答える。


「皆さま、だいたいここで止まられますので」


また答えになっているようで、答えになっていない。


その曖昧さが、かえって不気味だった。


だが――


「Wクリームという選択肢があります。生クリームとカスタード、両方入っています」


その一言で、私の思考は別の方向へ吹き飛んだ。


「……両方」


「はい。選ばなくても、大丈夫です」


そういえば、この店員。


どこかで見た気がする。


……いや、たぶん見ている。


前にも。


店員は淡く微笑む。


しかし、その言葉は、あまりにも優しかった。


救済、という言葉がこれほど似合う瞬間を私は知らない。


選ばなくていい。


両方でいい。


そんなことが、この世界に許されるのか。


私は少し感動していた。


「……それを、頼む」


「かしこまりました」


箱を受け取る。


《月雲堂》特製、Wクリームシュー。


完璧だ。


生クリーム派も、カスタード派も、これなら満足する。


対立を包摂する第三の選択。


均衡。


調和。


まさしく《国家連合》的発想。


私は勝利を確信していた。


今度こそいける。


今度こそ、あの問題児たちを懐柔できる。


その背を、店員は静かに見送っていた。


「……観測継続」


小さな声は、街の雑音に溶けた。



問題児たちの邸宅へ向かう道は、いつ来ても心臓に悪い。


削られた山。


不自然に広がる荒野。


遠くからでもわかる、常識の通用しない気配。


《国家連合》の中将として数多の戦場を見てきたが、私はこの場所に来るたびに思う。


ここだけ、別の災害指定区域ではないかと。


私は玄関前で深呼吸した。


大丈夫だ。


今日は手土産がある。


しかも完璧なやつだ。


そう自分に言い聞かせた瞬間。


家の中から聞こえた。


「当然、生クリームよ!」



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