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この問題児たち、危険度SS級につき  作者: AtoRei


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9-2. 粉物戦争 ―完成は混ぜるか、重ねるか―



「よし、順番決めるぞ!」


先端に印のついた割り箸が、運命のように並べられる。


最初に引いたのは夜翔だった。


「……来い」


妙に厳かな声で言うなと誰もが思ったが、口には出さない。

夜翔が次のくじを引く。


向かった先は――潮音の皿だった。


沈黙。


「終わったわね」


カレンが腕を組んだ。


真白は露骨に顔をしかめる。


潮音はなぜか期待に満ちている。


夜翔は黙って箸を取り、潮音の“カナダ風お好み焼き”を口へ運んだ。


一口。


止まる。


春風さえ、一瞬だけ息を潜めたようだった。


「……甘味が強い」


低い声が落ちる。


「だろ?」


潮音が身を乗り出す。


もう一口。


夜翔は静かに咀嚼し、やがて言った。


「だが……線はある」


「……嘘でしょ」

「マジで言ってんの!?」


真白とカレンの声が重なる。


夜翔は真顔だった。


「ベーコンの塩味、メープルの甘味、マヨの脂。混沌ではある。だが、崩壊はしていない。かろうじて、一つの方向へ収束している」


「ほら見ろ!」


潮音がガッツポーズをする。


「かろうじて、だけどな」


タクトが笑った。


続いてカレンがくじを引き、真白の明石焼きを手にする。


出汁に浸し、一口。


「……軽いわね」


意外そうに呟く。


「外側の主張が薄い。なのに中の蛸と出汁だけはちゃんと残る……でも」


彼女は眉を寄せた。


「私はもっと、焼いた“瞬間”が欲しいわ」


「……予想通り」


真白は淡々としている。


次に真白は、タクトのチヂミを引いた。ぱりっとした表面を小さく割り、たれに浸して口へ運ぶ。


「……香りはいい」


「だろ?」


「……でも、油は多い」


「そこがうまいんだって」


タクトが抗議する。


潮音はカレンの広島焼きを引いた。


断面は美しい。

層になったキャベツの甘み、麺の香ばしさ、卵のまろやかさ。

ひと口食べた瞬間、潮音の顔が素直に緩む。


「……うまっ」


「当然よ」


カレンが胸を張る。


だが潮音は、余計なことを言った。


「これ、メープルちょっとかけたら――」


「「「「やめろ!!」」」」


今度は全員が本気で叫んだ。



その時だった。


風が、ふっと止む。


次の瞬間、空から薔薇の花弁が降った。


「ホーッホッホッホッホッ!!相変わらず野蛮な食卓ですこと!!」


「うわ、出た」


潮音が素で言った。


ローザリア・フローレンスが、いつものように大仰な笑いと共に現れる。

その後ろで、イヴァル・ヴォルグラスは心底嫌そうな顔をしていた。


「……帰りたい」


「帰しませんわよ!」


ローザリアが腕を広げる。

魔法陣が浮かび、その中から現れたのは、薄く焼かれた円盤だった。


焦げ目のついた生地。

溶けたチーズ。

赤いトマトソース。

バジルの香り。


たしかに美味そうだ。


「ご覧なさい!」


ローザリアが誇らしげに言い放つ。


「これこそが粉物の頂点――ピッツァですわ!!」


「ピザじゃん」


潮音が即答した。


「ピッツァですわ!!」


「……定義が異なる」


夜翔が静かに言う。


「は?」


「それは別料理だ」


真白も続ける。


「……議題逸脱」


「いやまあ、美味しそうではあるけど今その話じゃないのよ」


カレンも切り捨てる。


「風向き的にちょっとズレてるな」


タクトが苦笑し、ジンが「みゅ?」と鳴いた。


ローザリアの笑顔が、ぴしりと固まった。


「な、なにを言ってますのあなたたち!?石窯で焼き上げた生地、酸味、乳脂、香草――完璧な小麦料理ですわよ!?」


「……しかし、別カテゴリーだ」


夜翔が容赦なく告げる。


「……議論対象外」


真白も短い。


「空気読めよ!!」


潮音がとどめを刺した。


「なぜですのォォォォォ!!?」


ローザリアの絶叫が高台に響いた。



その横で。


イヴァルは、ずっと何も言わなかった。


彼は静かに鉄板の前へ立つと、油を引いた。


じゅう、と低い音。


袋から取り出した麺を、そのまま鉄板へ落とす。

水は使わない。

押しつける。

焼きつける。

ヘラが鉄板を打つ音が乾いて響く。

麺の水分が飛び、表面が次第に焼き締まっていく。


キャベツ、もやし、肉。


それらを加える手つきに無駄がない。

押し、返し、また押しつける。

香りが変わった。

ソースの甘い匂いではなく、麺そのものが焼ける香ばしさ。

焦げの直前にある、あの食欲を殴ってくる匂いだ。


「……うまそう」


潮音が小さく呟く。


「風が香ばしくなってきた」


タクトが目を細める。


「ちょっと……いい匂いじゃない」


カレンも認めざるをえない。


「……水分、飛ばしてる」


真白は観察する。


夜翔は、その焼き色を見て低く言った。


「……線が出ている」


イヴァルは短く答えた。


「……昔、働いてた」


「え?」


潮音が振り返る。


「日田焼きそばだ」


イヴァルはそれだけ言って、黙々と仕上げた。皿に盛られた焼きそばは、ところどころがかりっと焼け、もやしはしゃきりと音を立てそうで、見るからにうまい。


「いやこれ絶対アリだろ」


潮音が目を輝かせる。


「……粉物ではないけど」


真白が言う。


「でも、準粉物って感じね」


カレンが頷く。


「小麦を熱で再構築してる。十分だな」


夜翔が肯定した。


「風向き的にも、これはこっち側だ」


タクトも笑う。


ジンはすでに「みゅーーっ!」と喜んでいる。


イヴァルの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。


その瞬間。


「ちょっとお待ちなさい!!」


ローザリアが噛みついた。


「それこそズレてますわよね!?ピッツァはダメで焼きそばはいいって、どういう理屈ですの!?」


潮音が即座に答える。


「うまそうだから」


カレンが一口食べて言う。


「美味しいから」


真白も小さく頷く。


「……合理的」


タクトは肩をすくめる。


「風がいい」


夜翔は静かに結論づけた。


「線が通っている」


「みゅーーーー!!」


ジンも全力で肯定した。


ローザリアは信じられないものを見るような目で一同を見渡した。


「なぜですのォォォォォォ!!?」


春空に、再び悲鳴が突き刺さる。


イヴァルは少しだけ視線を逸らし、ぼそりと呟いた。


「……そういう連中なんだよ」


潮音が笑いながら、焼きそばを皿に取り分ける。


カレンは広島焼きを切り、夜翔は無言でお好み焼きにソースの線を引く。

真白は出汁に明石焼きを落とし、タクトはチヂミの香りを風に乗せる。

ローザリアだけが納得いかない顔でピッツァを抱え、ジンは全部を食べたそうに尻尾を振っていた。


粉物とは何か。


混ぜることか。

重ねることか。

ほどけることか。

香ることか。


あるいは、焼かれた小麦の幸福そのものか。


結論は出ない。


出ないまま、彼らは食べる。


そしてその方が、たぶん少しだけ楽しい。



遠くで春の風が吹く。


鉄板の上では、まだ何かがじゅうじゅうと鳴っていた。



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