8-2. おにぎり戦争 ―選択は、日常に潜む―
◆
二軒目。
ヘブンイレブンス。
自動ドアが、音もなく滑らかに開いた。
店内は白い。
照明がやけに均質で、床も棚も光を均一に返している。
パンの甘い匂いも、揚げ物の油の匂いも、妙に遠く感じる。
「いらっしゃいませ」
レジに立つ店員が、こちらを見ていた。
笑っている。
口角は正確に上がっている。
だが、まばたきをしない。
潮音の足が一瞬止まった。
「……紅鮭、ありますか」
「在庫、ありません」
返答が速すぎた。確認する素振りすらない。
「塩むすびは?」
「在庫、ありません」
「補充予定は?」
「未定です」
声に抑揚はない。
いや、あるように調整されているのに、感情が宿っていない。
まるで“接客の形”だけを完璧に模倣している。
潮音の背筋に薄い冷気が走った。
棚を見る。
昆布。おかか。ツナマヨ。
そして――
アボカド&パクチー。
またある。
しかもここでも、売れ筋のように面を揃えて綺麗に並んでいる。
「……またお前か」
「おすすめです」
唐突だった。
潮音が振り向く。
気配もなく後ろに立っていた店員は変わらず笑っていた。
「アボカド&パクチー。おすすめです」
「……え?」
「観測上、個体・潮音との親和性が高いと――」
不自然な間。
「予測されます」
心臓が跳ねた。
「……今、何て言った?」
「おすすめです」
笑顔は完璧だ。
だが、その目の奥に“人”がいない。
(なんだ、こいつ……なんで俺の好みを知ってる?)
違和感だけを残して、店員は再び静止した。
潮音は数秒立ち尽くしたが、すぐに歯を食いしばった。
(今は考えるな。カレンの紅鮭が先だ)
◆
店を飛び出し、角を曲がったところで、別の気配に足を止めた。
街路の先に、銀を思わせる整った軍服。
白銀の剣を下げた男が、静かに街並みを見渡している。
ハロルド・グレンフィールド。
《光律剣将》の異名を持つ国家連合の中将。
そのはずなのに、今はどこか疲れた様子だった。
「……何してんだ?」
潮音が問う。
ハロルドはすぐには答えず、視線を禁足地の方角へ向けた。
「次は何を持っていけば、あいつらが機嫌を損ねずに済むのか……そんなことを考えていた」
心底疲れた声だった。
「で、もうダメそうだと?」
ハロルドは短く息を吐く。
「禁足地の気圧が変わった。お前が戻る前に、何かが決壊するだろう」
そして、潮音を見る。
「急げ」
その一言に、妙な重みがあった。
◆
三軒目は、小さな個人店だった。
古い看板、少し狭い通路。
けれど食品の並びには人の生活の熱があった。
潮音は飛び込むように棚へ向かい――
「あった!!」
紅鮭。
塩むすび。
胸の奥から息が抜けた。
その隣に、当然のように――
アボカド&パクチー。
「……なんなんだお前」
ここでも一番見やすい位置に、美しく前を向いて並んでいる。
緑のラベルが照明を受けて光っている。
(人気なのか?売れ残りなのか?どっちなんだよ……!)
答えは出ないまま、とりあえず、全部確保した。
◆
帰路。
潮音は氷の道を足元に生み出し、一気に加速した。
青白い氷が路面を覆い、靴底が滑るたびに風が裂ける。
街並みが線となって後ろへ流れていく。
その途中、遠くで空気が裂ける音がした。
(始まった……!!)
「頼む!!間に合ってくれぇぇぇ!!」
◆
邸宅に戻った時、すでに食堂の空気は正常ではなかった。
カーテンが炎のない熱で揺れ、コップの水面が小さく震え、天井近くでは風が渦を巻いている。
真白の結界が、まだ展開されてもいないのに空間を軋ませていた。
「遅い!!」
カレンの声が飛ぶ。
「帰った!!」
潮音は袋を卓上に叩きつけた。
中から一つずつ取り出す。
昆布。紅鮭。塩むすび。おかか。ツナマヨ。
そして最後に、
アボカド&パクチー。
沈黙。
「……なんでそれだけ、どの店にもあったのよ」
カレンが眉をひそめる。
「……補充、されすぎ」
真白がぽつりと呟く。
「風向き的に、妙に作為を感じるなぁ」
タクトが包装をつまんで光にかざした。
夜翔はそれを一つ手に取り、緑のラベルを無言で見下ろす。
「……異物」
「いや、だからマジでうまいんだって!」
潮音が必死に反論する。
だが返ってくるのは冷たい言葉の嵐だった。
言い合いは一気に熱を帯び、
次の瞬間――
荒野だった。
◆
真白の《結界・絶》が空間を切り離す。
空は高く白く、大地だけが終末のような緊張を帯びていた。
夜翔が一歩踏み出す。
「理を乱すものは断つ」
カレンの背に炎が芽吹く。
「美しくない味に価値はないのよ!!」
真白の指先で護符が踊る。
「……ノイズ、排除」
タクトが帽子を押さえ、楽しげに笑う。
「へへっ、風向き最悪だ。でも嫌いじゃない」
ジンの角が蒼く光った。
「みゅ!!」
潮音は袋を抱えたまま半泣きで叫ぶ。
「おにぎりだぞ!?ただの昼飯だぞ!?なんで毎回こうなるんだよ!!」
その叫びは、蒼雷にかき消された。
◆
戦いはいつも通り、誰も死なず、誰も折れず、ただ荒野に新しい傷跡を残して終わった。
そして何事もなかったように、彼らは食卓へ戻る。
包装を剥がす音。
海苔の乾いた匂い。
米のほのかな甘さ。
さっきまで世界を削っていた者たちが、今はただ黙々とおにぎりを頬張っている。
夜翔が昆布を一口噛み、目を細めた。
「……やはり、持続がある」
カレンは紅鮭を頬張り、満足げに笑う。
「この一口よ。これが完成」
真白は塩むすびを見下ろす。
「……再現性、良好」
タクトはおかかを食べて、鼻に抜ける香りに笑った。
「うん。ちゃんと流れる」
潮音はアボカド&パクチーを掲げる。
「だからこれも食ってみろって!!」
「「「「断る」」」」
「なんでだよ!!」
ジンだけが「みゅ?」と首を傾げた。
◆
遠く。
その光景を、別の“目”が見ていた。
人の形をした、観測のための器。
ヘブンイレブンスの店員として配置されたそれは、無機質に記録を上位存在へ送っている。
対象群《問題児》。
接触を確認。
観測体、認識されかける。
反応――違和感。警戒。未看破。
◆
……
あーあ。
接触しちゃったか。
まあ、そりゃするよね。
だってあの子たち、変なところだけ勘がいいんだもん。
……
でも、完全には見抜いてない。
“なんか変”くらいで止まってる。
それは助かる。
まだ、観測は続けられる。
……
しかし、妙だなー。
普通の人類なら、ああいう異物にはもっと鈍感だ。
違和感を飲み込んで、日常に埋めてしまう。
でもあの子たちは――
ちゃんと引っかかった。
しかも、アボカド&パクチーの方にも。
……
なにそれ。
人気商品なのか、売れ残りなのか分からない位置に置いたのに。
そこも拾うの?
……
観測精度、高すぎない?
いや、でも。
そのくせ、本質の一歩手前で、笑って流すんだよね。
気づききらない。
止まりきらない。
……
やっぱり、変。
選択も、味覚も、完成の定義も、全部バラバラなのに。
関係性だけは壊れない。
むしろ、ぶつかるほど強くなる。
……
しかも、観測体と接触した直後に、また食卓に戻る。
普通なら、もっと疑うでしょ。
もっと怖がるでしょ。
……
なのに。
おにぎり、食べてる。
なんで?
……
え、もしかして。
人類って、
“違和感を抱えたまま昼飯を食べられる生物”なの?
……
それ、強くない?
いや、気持ち悪いな……。
でも。
ちょっと、面白い。
……
結論、保留。
問題児群に対する観測、継続。
観測体の追加配置も検討。
今度は、もう少し自然にやろう。
……たぶん。
◆
こんばんわ、アトレイです。
潮音さんの味覚のヤバさ、楽しんでいただけていますでしょうか?
一応、実際に存在している料理を調べているつもりです(調味料による魔改造はありますが)。
作者も料理好きでして、、、
多国籍料理を食べに行っては家で再現する、なんて生活をしています。
ネタが尽きないように、外食頻度増やさなきゃなー…。
引き続き、第9話も執筆中です。
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でわでわ。




