第3話 お茶会にトラブルは付き物ですか?
手元のスマホを見て、紅葉はため息をついた。
「大丈夫……だよね」
弱気な言葉が、自分をより不安にさせる。
スマホの画面には『新人アイドル発掘オーディションまであと2週間!』と書かれている。
(だめだめ!何を考えているの!)
そう自分に叱咤するように頬をパンパン!と叩き、紅葉はマイクを手に取った。
翌日の昼休み。新聞部の部室には、誰が用意したのか、3脚のエレガントな椅子と丸いテーブルが置かれていた。そのテーブルの上には、3つのティーカップと3枚の皿、そして豪華なケーキスタンドが鎮座し、上から苺のショートケーキが1ホール、スコーン盛り合わせ、そして綺麗に並んだきゅうりとクリームチーズのサンドイッチの順に乗っていた。
傍らにはメイドキャップを被り、クラシックメイドの格好をした垂れ目の老女が、紅茶の入ったポットを持ちながら立っている。
そこへ、向日葵と紅葉と竜子が部室に入ってきた。
「お待ちしておりました、お嬢様」
「婆や、準備はよろしくて?」
「はい、すでに整っております」
「ではお2人とも、お掛けになって」
「「し、失礼します」」
緊張気味の紅葉と竜子。
無理もない。今から本場仕込みのティータイムが始まるのだから。初めての人がどきどきするのも当然のことだ。
「では、ティータイムのルールを説明しますわ。まず……」
「ショートケーキ美味しそう!いただきまー
緊張を振り払おうとして独断でショートケーキに手を伸ばす竜子。
「ああっ、ちょっとお待ちを!」
「ど、どしたの?」
すかさず呼び止める向日葵。
「ティータイムには順番がありますの。まずサンドイッチから、次にスコーン、そしてケーキ、これを繰り返すのですわ」
「へえー、そうなんだ」
「それじゃあ、サンドイッチからいただきます」
感嘆する竜子と紅葉がサンドイッチを食べる。向日葵もそれに合わせて同じ物をぱくり。
「美味しい!中の具はきゅうりとチーズかな?」
「あら、秋月先輩ご名答ですわ」
「次はスコーンだね。いただきまー
(まずいですわ!竜子さんがまた説明を聞かずに……)
「お待ちください、竜子様」
とっさに、婆やと呼ばれていた老女が、竜子の手がスコーンに触れる寸前で右手を割り込ませた。
「ど、どしたの?」
歳に見合わない俊敏な身のこなしに、困惑する竜子。
「スコーンは、まずこちらのナイフで横に切り、間にこちらのクロテッドクリームと苺のジャムを乗せて食べるのです」
「「くろてっどくりーむ?」」
聞き慣れない単語に首を傾げる竜子と紅葉。
「主にスコーン専用のクリームです。たっぷりとつけてお召し上がりください」
「へえー、そんなのがあるんだ」
言われるがまま2人は、スコーンをナイフで切り、クロテッドクリームと苺ジャムを乗せて食べた。
「美味しい!このクリームはもったりしているけど、その分スコーンが引き立ってる!」
「確かに、これはいける!」
「クロテッドクリームとスコーン、紅茶のセットを『クリームティー』と呼び、それに加えてケーキやサンドイッチなども一緒に楽しむものが『アフタヌーンティー』ですわ」
「向日葵ちゃん、物知りだねえ……」
竜子が褒める。
「このくらいは夏海家のものとして常識ですわ」
鼻高々に自慢する向日葵。
「そういえば、秋月先輩は髪が赤いですけど、もしかしてハーフですか?」
「うん、そうだよ。私はお母さんがオーストラリア人なんだ」
「へえー、いいなあ。あたしもハーフに生まれたかったなあ」
「どうして?」
「だって……顔がお人形さんみたいに可愛くて、高身長で、勉強もできて……」
「そんなことないよお!むしろ、周りからのプレッシャーはすごいし、そもそも私は、雀様みたいに美人じゃないから……」
「「雀様?」」
「はっ!う、ううん!何でもないよ!?何でも、ないから……ほら、ケーキ食べよ?」
無理矢理話題を逸らす紅葉。その様子を見て、不思議に思いつつもケーキを食べ始める2人。
「ん〜!このケーキ美味しい!」
「毎日専属のパティシエが作ってくれますの」
「お嬢様、お飲み物もいかがですか?」
婆やが、ポットから向日葵のティーカップに紅茶を注ぐ。
「婆や、今日の茶葉は?」
「ダージリンでございます」
説明を受けた向日葵が一口飲んで一言。
「ファーストフラッシュね。さすが婆や、時期に合わせたのね」
「お褒めに預かり光栄にございます、お嬢様」
恭しくお辞儀をする婆や。
「「ふぁーすと……ふらっしゅ?」」
後の2人はまたも頭にはてなを浮かべる。
「ファーストフラッシュとは、3月から4月に収穫されるダージリンの茶葉で、別名が『春摘み』や『一番茶』とも言い、紅茶の水色は明るい黄金色をしておりますの。婆や、お二人のカップにも注いであげて」
「かしこまりました、お嬢様」
婆やが、2人のティーカップに紅茶を注ぐ。
注ぎ終わると、紅葉と竜子もファーストフラッシュのダージリンティーを一口飲む。
「美味しい!何か爽やかな感じで渋みも緑茶っぽい!」
「へえー、あたし紅茶って初めて飲むけど、こんな味なんだ」
「あら竜子さん、紅茶は初体験でしたの」
「うん、今まで麦茶や牛乳やジュースしか飲んでこなかったんだ」
「そうだったんですね。で、初めての紅茶はいかがです?」
「うーん、香りの割には甘くないし、あたしはジュースのほうが好きだなー」
「ガビーン!」
向日葵がショックを受ける。
「だ、大丈夫!?向日葵ちゃん!」
紅葉が心配そうに声をかける。
(何がいけなかったのでしょう……紅茶の品種?収穫時期?それとも紅茶そのものが嫌いなのでは?どどどどうしましょう……これではせっかくの友達とのティータイムが本末転倒ですわ!)
「でもー、あたしは向日葵ちゃんにティータイムに誘ってくれて嬉しかったよ」
「へっ……?」
向日葵が呆気に取られる。
「だから今日はありがとう!近いうちに恩返しさせてね!」
満面の笑みで向日葵に呼びかける竜子。それを聞いた向日葵は、何と、泣いていた。
「ううう……うううううー」
「「ひっ、向日葵ちゃん!?」」
急に泣き出す向日葵に困惑する2人だが、よく見ると婆やも泣いていた。
「お嬢様……素晴らしいご友人をお持ちになられて……ううっ……」
意外にも、2人の涙腺が緩いことを知ったりと、いろいろなことがありつつ、たわいもない話をしながら、お菓子を食べる3人。そして、ケーキスタンドから何もなくなると同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
向日葵たちがそれぞれの教室に向かっている間に、婆やは電話で自分と同じ格好のメイドを9人呼び出し、それぞれにテーブル、椅子、ケーキスタンドにティーカップと皿を持たせ、自分は先頭に立つと、部室の扉を開いた。
そして、全員が教室を出ると最後のメイドが扉を閉め、計10人のメイドは1列に並んで部室を後にした。
放課後、来月の学校新聞の内容をどうするかの話し合いで、その日の活動は終わった。
「私は職員室に鍵を返しに行くから、2人は先に帰っていて」
「おっけー、じゃね!」
「では、ごきげんよう」
手を振りながら、2人が出て行くのを確認した紅葉はスマホを取り出し、音楽をかけた。
(下校までまだちょっと時間があるから、やっておこうかな。1人だし)
その瞬間、紅葉は自分の世界に入り込んだ。
簡単にいうと、ノリノリで踊っていた。
ちなみに踊っている曲は、今回のオーディションの課題曲だ。
だが、紅葉はこのとき予測していなかった。このあと、気分がどん底に落とされることになるとは。
「すみません!わたくしとしたことがスマホを忘れてしまうなんて……」
向日葵が戻ってきた。
しかし、当の紅葉はそれに気がついていない。ダンスに夢中だ。そのダンスを、向日葵は言葉を忘れて見入っていた。
「ふう……」
ダンスが終わると、紅葉は帰り支度を始めた。
ふと、後ろから拍手が聞こえる。
「すごい……」
「……へ?」
恐る恐る紅葉が振り返ると、向日葵が拍手をしていた。
「……ひ」
「ん?」
「ひゃあああああ!?」
「はわあああああ!?」
2人の叫び声が重なった。
「はわわわわわ……」
「ごごごごごめんなさいすぐ出ます!」
スマホを即座にポケットにしまうと、逃げるように部室から出ていった。
一方の紅葉はというと、見られたショックからか、その場にへたり込んでしまった。
「見られた……一番見られてはいけない姿を……」
次の日の放課後、向日葵は昨日のことを思い出していた。秋月オリビア紅葉の、あのダンスを。
部室に入ると、いたのは春花デイジー桜だけだった。
「ごきげんよう。あら、秋月先輩は?」
「おー向日葵、紅葉は遅れるってメールがさっき来たところ」
「そ、そうですか……」
「ん、どうかした?」
「い、いえ何も」
「そっか、それじゃあ前回同様、来月の学校新聞について話そっか!」
10分後。
「し、失礼します……」
紅葉がそろーりと入ってきた。
それから話し合いが始まったが、紅葉はこのとき「はい」と「いいと思います」しか言わなかった。それも無表情で。
部活動が終わり、向日葵が帰り支度をしていると、紅葉がふらふらと扉に向かって行くのが見えた。
「あ、あの……」
「……はい?」
不意に向日葵が呼び止めると、紅葉が死んだ魚のような目をして振り返った。
「昨日のダンスを、もう一度見せてくれますか?」
紅葉はがくがくと震え出し、声にならない声を出そうとして、はっと我に返り一言。
「ごっごめんなさい!」
そう言うと、紅葉は一目散に部室から出ていった。
次の日。
『お昼ご飯ご一緒しませんか?屋上で待ってます』
紅葉はこのメールを何度も見返していた。
自分の秘密を知っている者からの呼び出しとなれば、あり得るのは揺すりか罵倒か嘲笑のどれかだろう。と、紅葉は思っていた。しかし、逃げたらそれはそれで自分に負けるような気がするし、向日葵ちゃんにも悪いと思いながら紅葉は、気がつけば屋上の扉の前に立っていた。
紅葉は、一度深呼吸して扉を開けた。そして屋上に出ると、日差しが眩しい。
「先輩!来てくれたんですね。こちらの日陰で食べませんか?」
一足早く待っていた向日葵に手を引かれ、影のあたりに座ると2人は一緒に昼食をとることにした。
そして、弁当を食べ終わった後、向日葵は真剣な表情で紅葉に向き直り言った。
「あの時のダンスを、もう一度見せていただけませんか?」
その言葉に紅葉は、覚悟を決めた顔で立ち上がり、スマホで音楽を再生した。
紅葉は、どうせ笑われるなら精一杯踊ろう、と思いながら踊った。
ダンスが終わると、向日葵は目を輝かせながら「すごく美しかったですわ!」と称えた。
「そ、そうかな?でも、ありがとう」
少し照れた様子で紅葉がはにかむと、間を置かずに向日葵が鼻息荒く詰め寄る。
「ジャンルは分かりませんが、なかなかの腕前でしたわ。将来はダンサーですの?」
「ううん、私、アイドルになりたいんだ」
「……あいどる、とは?」
「へ……?知らない?」
きょとんとする向日葵に、信じられないと言わんばかりに驚く紅葉。
「ししし知らないの!?あのアイドルだよ!?歌って踊るあのテレビによく出るやつだよ⁉︎いくら何でも俗世に疎すぎじゃない!?」
「そ、そんなに有名なものなのですか⁉︎わたくし、テレビはほとんど見ないもので……」
「じゃあ動画サイトは!?有名な曲なら聞いたことはあるでしょ!?」
「音楽も基本的にクラシックしか聞きませんの」
「ええーっ!?」
驚きのあまり、大袈裟に見えるほどほど仰け反る紅葉。
「そんな……アイドルを知らない人がこの世界にいるなんて……」
紅葉はわなわなと震え出す。
「いい?アイドルというのは……」
このあと、紅葉による説明が、昼休みの終わりまで続いた。
それから、部活も終わり、帰りの車内で向日葵は紅葉と通話していた。
「今日はアイドルのご説明、ありがとうございました」
『ううん、ごめんね?気持ち悪かったでしょ?』
「そんなことはありませんでしたわ。熱が入っているのは感じましたけど」
『えへへ、本当にごめん……でもひさびさに、あんなにアイドルを語れたよ』
「秋月先輩は、アイドルが好きなのですか?」
『うん』
「では、なぜそれを隠しているのですか?」
『それなんだけど、昔話をしてもいいかな?』
「ええ、構いませんわ」




