12 第1回公判期日4 弁護側冒頭陳述
「続いて、弁護人の冒頭陳述です。弁護人、どうぞ」
裁判長が促した。
今度は2人いる弁護人のうち1人が立ち上がり、ゆっくりと証言台の近くまで来た。
検察官は自分の席のところで立って発言していたので、こんなやり方もアリなのかと、少し新鮮だ。弁護人は法段の上にいる自分たちをぐるりと見渡すと、一礼し、話し始めた。何というか、役者を見るような気分だ。
「裁判員のみなさん。これから、弁護側が証拠調べを通じて明らかにしようと考えている、本件の疑問点についてお話しします」
いきなり「裁判員のみなさん」と語りかけられてしまった。しかも弁護人は、裁判員1人1人を見回しながらアイコンタクトをとりつつ話している。あなたに向かって話しているのですよ感がすごい。
でも、同じ法段の上にいる裁判官は無視でいいのだろうか。さすがに裁判長を無視するのは、後が怖かったりしないのだろうか。などと思いながら、聞く。ここからは、かぎ括弧は分けずに一気に最後まで。
「最初に、こちらに座っている被告人、いえ、彼女も皆さんと同じ、名前がある人間です。これからは名前で、ネティプさんと呼びましょう。ネティプさんは、無罪です。
彼女が罪を犯したというには、本件はあまりに不自然な事実、疑問が多すぎます。その疑問を、この後の証拠調べを通じて正しく受け止めていただくために、冒頭陳述をします。
まず、証拠調べを通して何よりも理解していただきたいのは、ネティプさんが日本に来たのは、誰かに脅されていたからだ、ということです。
このことは、後に行われるネティプさんの被告人質問を聞いていただけば明らかです。そして、そこまでの証拠調べで、ネティプさんが脅されていたことを否定するような証拠は何一つなく、むしろ脅されていたという点は、先ほど彼女が先ほど言ったとおりであると考えるのが合理的なのだ、ということを確認できるはずです。
そのために着目していただきたいポイントを2つ、申し上げます。
まず、彼女の持ち物です。
11月下旬の日本で過ごすのに適した衣類や準備がきちんとされているような荷物を彼女が持っていたのかどうか、身につけていたものはどのようなものだったのか、しっかりと証拠を見ていただきたいと思います。
次に、彼女の入管や税関での受け答えです。
薬物を密輸するということでなくても、普通の観光でも、自発的にどこかの国に入国しようとする人は、それなりに入国審査などでの受け答えを考えておくものです。海外に行かれたことのある方は、ご自身のご経験にも照らし合わせてみて、彼女の受け答えがそのようなものだったと疑問なくいえるのか、特に注目して証人尋問を聞いていただきたいと思います。
ネティプさんは脅されていて、仕方なく日本に来たのですから、もちろん利益を得る目的などありません。そんな経緯で日本に来る羽目になったネティプさんが、自分が持ち込むものが覚醒剤だったなど、知る由もありません。
弁護人からは、配付資料はありません。注目していただきたい点が単純だからです。
ネティプさんは、脅されて日本にやってきました。全ては、脅されていたから、他にどうしようもなかったから、起こってしまった不幸なできごとなのです。この一点のみに着目して、審理に臨んでいただきたいと思います。
以上です」
弁護人はゆっくりと席に戻り、着席した。
時系列で、事件の全体を俯瞰するような検察官の冒頭陳述に比べると、弁護人の冒頭陳述は一点突破というか、被告人が脅されていたかどうかで勝負する、という点を明確に打ち出したものだった。これが、この裁判のテーマなのだろう。ここまでにいろいろな情報があって、頭の中がパンク気味だったけれど、着眼点が分かっていくらか頭が整理された気がした。
などと思っていると、裁判長が話し始めた。
「この事件では、公判前整理手続を行っていますので、その結果を明らかにします」
「本件の争点は、次の3点と整理されました」
「1点目、被告人に覚醒剤輸入の故意があったか否か」
「2点目、被告人に営利の目的があったか否か」
「3点目、被告人に期待可能性があった否か」
「いずれの争点においても、被告人が脅されて他の選択の余地なく本件に及んだ疑いが排斥できないかどうかが、判断上重要な分岐点とされています。この争点整理をもとに、証拠書類を8通、証拠物としての覚醒剤を3点と覚醒剤が隠匿されていたとされる下着1点、証人を2名採用しています」
「これらの証拠は、この後順次取り調べることになります」
「以上で、冒頭陳述、公判前整理手続の結果顕出を終わります」
「ここで休廷し、公判は、11時10分に再開します」
この作品はフィクションです。2023年時点での日本の法制度を前提にはしていますが、登場する国名や地名、会社名などは全て架空のものであり、扱う事件も実在のものではありません。




