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1話‐2

「さて、晩飯はどうするかな……」


 時間は経過して夕暮れ時。

 下校途中、買い物に訪れたスーパーの近くで一人呟く。

 颯花の両親は今日も仕事で帰宅するのが遅くなると言っていた。

 ヒーロー活動で疲れて帰ってくるだろうし、元気になれるような料理を作ってやらないとな。


「万引きだ! 誰か、捕まえてくれ!」


 夕飯の献立について考えていると、店内から大きな声が聞こえてくる。

 声のした方に視線を向けると、店内から一人の大柄な男が出入り口へと走っているのが視界に入る。

 ……何の力も無い普通の高校生の俺が、自分より強そうな奴を止められる訳もない。

 それに、態々面倒な事に関わる必要もないだろう。

 悪いけどここは、巻き込まれないようにするか。

 出口から飛び出した万引き犯が俺のいる方へと走ってきたので男を避ける為に一歩横へと移動する。

 ……俺が横へ一歩移動すると同時に、万引き犯も俺と同じように一歩横へと移動する。

 万引き犯の進路を開けてやるために、再度一歩横へと移動するが万引き犯も俺と同時に一歩動く。

 ……今度は二歩、横へ移動して道を開けるが万引き犯も俺と完全に同じだけ横へ動く。


「お前! 邪魔をする気か!」


「ち、違う! 俺は避けようとしてるのに、アンタが同じだけ動いて――」


 俺の言い訳を聞こうともせず、万引き犯が拳を振り上げる。


「うお!?」


 万引き犯の拳を間一髪で躱して何とか事なきを得るが、状況としては依然変わりない。


「追いついたぞ! さあ、一緒に来てもらおうか」


 ……どうやら助かったみたいだ。

 万引き犯を追いかけてきたスーパーの店員が追い付いた事で、無事に今の状況を乗り切れそうだな。


「……俺の力を使う必要があるみたいだな」


「あ、危ない!」


 万引き犯の様子に嫌な予感を感じた俺は、スーパーの店員を突き飛ばしそのままいっしょに地面へと倒れこむ。

 俺が地面へと倒れた瞬間、スーパーの店員が立っていた場所を一筋の閃光が迸る。


「やっぱり俺の邪魔をするのか!」


 ……不味い、俺にヘイトが向いてしまった。

 スーパーの店員を見ると、突き飛ばした衝撃で気を失ってしまったらしい。

 店員が動けない以上、俺にヘイトが向いたのは良かったのかもしれないが、俺にできる事は限られている。

 そう、逃げるしかないのだ。

 不幸な事に今、周囲には俺達以外に人がいない。

 助けを呼ぶ為に逃走しようと起き上がった瞬間、万引き犯の目が怪しく光る。

 ……比喩表現ではなく、文字通りの意味で奴の瞳が光ったのだ。

 慌ててその場から飛び退くと共に、今度は直前まで俺が立っていた場所に閃光が迸る。

 ……超能力者なのか、それとも他に仕掛けがあるのかは知らないが、少なくとも特別な力を持っている事には変わりない。

 万引き犯の様子を伺いながらこの場を離れる為に走り出す。


「逃げられると思っているのか?」


「いや、お前も早く逃げろよ! 何で俺を狙うんだ!」


 万引き犯の瞳から発される怪光線を間一髪で躱しながら大声で叫ぶ。

 万引き犯だってこの場に残り続けていては、いずれ駆けつけるであろう警察に掴まってしまうのは明白だ。

 それなのに、何故俺をここまで執拗に狙い続けるのか。


「くッ……」


 何度目かの怪光線を避ける為に飛び退いた先へ着地した際、足首を変な方向に捻ってしまいその場に倒れてしまう。

 ……どうしてこうなるかな。


「また避けたか。だが、今度は避けられないな。まあ、俺の能力を使う必要も無いだろうけどな。よくも邪魔をしてくれたな」


「……邪魔をする気なんて初めから無い。それより早く逃げた方がいいんじゃないのか? すぐに誰かが来ると思うぞ?」


 俺の言葉を聞いた万引き犯は、暫く考え込むような素振りを見せた後に口を開く。


「お前の言う通りか」


 よし、わかってくれたみたいでなによりだ。

 何を万引きされたかはわからないが、スーパーの被害には目を瞑る事にしよう。

 自分の身が一番大事だ。


「よし、それじゃあお前を連れて逃げるか。人質がいたほうが、逃げるのにも有利だしな」


「……それならそこで倒れている店員でもいいんじゃないか? 俺は全力で抵抗するぞ」


 気絶している店員を身代わりにして難を逃れようとするのは、我ながら褒められた行動ではない……いや、人間の屑と言ってもいいだろう。

 結局、自分の安全が一番大事なんだ。


「いや、無関係なのに俺の邪魔をしてきたお前を無事に帰すのは癪だしな。安心しろ、殺す気はない……手加減を間違えない限りは」


「……誰か! 助けてくれ!」


 全力で声を上げつつ立ち上がって逃げようとするが、足首の痛みで上手く体を動かす事ができない。

 立つ事を諦め、芋虫のように地を這いながら逃げる俺に、万引き犯は近づいて手を伸ばす。


「く、来るな! 叫ぶぞ!」


「もう叫んでいるだろ。大人しく――」


 万引き犯の手が俺の体に触れようとした瞬間、突如として突風が吹き、万引き犯を吹き飛ばす。

 その光景を呆然と眺める事しかできない俺の前に、空から一人の少女が俺に背を向けて降り立つ。


「大丈夫? アタシが来たからにはもう安心だよ一成」


 振り返ってこちらを見た少女……颯花はニヤリと笑いながらそう言った。



『ピーピーピー!』


 何件かの事件を解決して自宅への帰路を飛んでいる時、通信端末からのアラーム音が耳に入り、内容を確認するためにその場で浮き止まる。


「スーパーで万引き犯が逃走中。場所は、ここからそう遠くない。多分、警察に任せても大丈夫だと思うけど……」


 一度内容を確認してしまったからには、見て見ぬふりをする訳にはいかない。

 たかが万引き犯といえど、凶器を持っている可能性があるし無関係の人に危害を加える可能性もある。

 少し疲れているけど、そんなのヒーローには関係ない。

 通信端末を仕舞うと、目的地に向けて全速力で空を翔る。

 ……暫くの間飛行して目的地に辿り着き、スーパーの従業員に話を聞く為に地上に降りようとした瞬間だった。


「……誰か! 助けてくれ!」


 地上で誰かが助けを呼ぶ声が、アタシの耳にはいる。

 声のした方を見下ろすと、地面に倒れている人が二人。

 助けを求めて叫ぶ、地を這いながら逃げようとしている男性と、倒れたまま動かないスーパーの制服を着た男性。

 そして、逃げようとしている男性に近づく大柄な男の姿が見えた。

 ……状況から判断するに、大柄な男が万引き犯なのだろう。

 まずは、逃げようとしている男性を助けてあげよう……あれ?

 よく見たら、あれは一成ではないか?

 大柄な男を突風で吹き飛ばし、吹き飛んだ男と一成の間に割って入るように地上へと降り、一成の方へと振り向く。


「大丈夫? アタシが来たからにはもう安心だよ一成」


 少しの間ぽかんとしていた一成だったが、すぐさま気を取り直してアタシに語り掛けてくる。


「颯花こそ、こんな所で何を……いや、聞くまでもないか。俺は万引き犯の逃走に巻き込まれたんだよ。邪魔する気は無いって言ったのに、お構いなしだ」


「邪魔する気は無いって、見逃すつもりだったの? ……まあ、仕方ないか。とにかく、アタシが来たからにはもう大丈夫だよ」


 一成に笑いかけた後、倒れている大柄な男の方を向く。

 この場にいる人間でスーパーの店員が自分の店から万引きする訳無いし、一成はこんな悪事を働く人間じゃないのはアタシがよく知っている。

 必然的に残った大柄な男が万引き犯になる訳だ。


「クソッ……一体何が起きたんだ?」


「アタシの超能力で貴方を吹き飛ばしたの。大人しく投降すれば、これ以上痛い目には合わないよ」


 悪態をつきながら立ち上がる万引き犯に、投降を促す。


「お前の様な女相手に嘗められて、投降なんかするかよ!」


「……仕方ないか。だったら強硬手段だ!」


 交渉決裂。

 強引に大人しくさせる為、万引き犯へと飛び掛かる。


「気をつけろ、颯花! そいつは多分、超能力者だ! 眼に注意しろ!」


 一成の言葉がアタシの耳に届くと同時に、万引き犯の目が光る。

 すぐさま空気弾を万引き犯に打ち込む。

 万引き犯は不可視の弾丸を避ける事ができず、空気弾が当たった衝撃で仰向けに倒れると同時に、空に向かって放たれた光線が一筋の光となった後、徐々に消失していく。


「少し危なかったかな? ありがとう一成」


 一成にお礼を言いながら、万引き犯にどう対抗するか考える。

 ……よし、一番単純な方法でいこう。


「畜生、まったく見えなかったアアアァァァ!?」


 起き上がろうとしている万引き犯に向けて竜巻を放ち、空に打ち上げる。

 アタシは万引き犯の後を追うように飛び上がり、風を纏った拳で殴りつけて吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた万引き犯は重力に従い地上へと落下していくけど、その躰が地面に触れる事は無い。

 万引き犯の落下地点へと先回りして、落ちてきた万引き犯を拳と同様に風を纏った脚で蹴り上げ、再び空へ打ち上げる。

 重力に従い落下してきた万引き犯を、下から風を吹き上げて受け止めてやりゆっくりと地面におろしてあげる。

 口から泡を吹いてぐったりとした万引き犯は、地面に降りてからも身動き一つすることはない。

 ……超能力を使えない状態にしてやればいいと思って気絶させた訳だけど、ちょっとやりすぎちゃったかな?


「……そいつ、生きてるの?」


 地上に降りたアタシの横に、一成がひょこひょこと変な歩き方をしながら近寄って万引き犯の安否を聞いてくる。


「息はあるし、多分大丈夫だと思う。そんな事より、一成は大丈夫? 怪我してない?」


「足首を挫いたけど、大したことはない。それよりも……。あの、大丈夫ですか?」


 一成は先程と変わらず変な歩き方をしながら、意識を失っているスーパーの店員の元へ近寄る。


「……うーん。一体何が起きた? どうしてこんな所で寝てるんだ?」


 一成に声をかけられても暫くの間呻くだけだった店員は、目を覚ますと何が起きていたのか現状を把握しようとする。


「……あー、すいません。万引き犯から庇おうと貴方を突き飛ばしたら、そのまま意識を失わせてしまったみたいで――」


「万引き! 思い出した! あの野郎、どこに行きやがった!」


 ……店員が気絶していたのは、一成が原因だったのか。

 しかし、店員はその事には触れず、万引き犯の事を思い出すと周囲を見渡し始める。


「大丈夫ですよ。万引き犯はアタシがやっつけました。ほら、あそこで伸びてますよ」

 アタシが万引き犯の方を指差すと、店員は万引き犯の元へと向かい彼の衣服を弄り始めた。



「なあ颯花、万引き犯を拘束しなくても大丈夫なのか?」


「大丈夫。そろそろ警察が来ると思うから、引き渡して終わりだよ」


 颯花がそう言うと共に、パトカーのサイレン音が小さくだが聞こえてくる。


「それにしても心配性だね、一成は」


「……警戒もするよ。もし起き上がって暴れ始めたらと考えると、今すぐにでも拘束しておきたいくらいだ」


 颯花の様に強ければ心配する必要もないのだが、生憎な事に俺は普通の男子高校生。

 何の力も持っていないのだから不安にもなる。


「その時はアタシが守ってあげるから、心配なんてする必要ないよ」


 颯花は屈託の無い笑顔でそう言い放った。

 ……彼女の笑顔を俺は直視することができず、思わず顔を逸らしてしまう。


「何で顔を逸らしたの? アタシに守ってもらう事が不服?」


「……そんなんじゃないよ。アイツが何を万引きしたのか、ちょっと気になって」


 顔を逸らした先では、スーパーの店員が万引き犯の身体検査を終え、万引きした商品を回収していた所だった。

 スーパーの店員の手には、《ゴリラミンG》と、書かれたラベルが巻いてあるビンが一本、握られている。

 ……栄養ドリンクが、一本?

 何でそんな物を……どうせなら、もっと高価な物を盗めよ!

 栄養ドリンク一本の為に俺は危険な目にあったのか!


「一成? 間抜け面してどうしたの?」


「……間抜けって言うな。栄養ドリンク一本の為に俺は危険な目にあったのかと思うと、開いた口も塞がらなくなるよ。……何で、あんな物を盗んだんだよ。普通に買えよ」


「それを調べるのは警察の役割かな。さあ、早く事情聴取を受けちゃおう」


 パトカーが到着し、車内から数人の警官が降りてくる。

 ……もう少し、早く来てくれたらよかったのになあ。


 十分程度の簡単な事情聴取を終え、後日に改めて事情聴取をお願いする事かもしれないという警官の話を承諾してその場を後にする。

 買い物の続きをしようとスーパーへの道を歩き始めると、いっしょに解放された颯花が俺の後ろについてくる。


「……先に帰っていてもいいぞ」


「折角だし、アタシも買い物を手伝うよ」


 ……ハァ。

 天を仰ぎ、ため息を一つ吐いてから颯花の方へと振り返る。


「どうせ疲れてるだろうし、早く帰って休んでろって言ってるんだよ」


「アタシなら大丈夫だよ。まだまだ元気一杯だもん」


 そうか、元気なのか。

 颯花の目の前へ、彼女が学校に置いていった通学鞄を突き出す。


「なら、家に帰って今日の遅れを取り戻さないとな」


「……それはそうだけど、それでもアタシは一成に付いていくよ」


 自身の鞄を受け取った颯花は、なおも自分の意見を曲げようとしない。

 ……時々頑固になるんだよなあ。


「何でそんなに俺に付いてこようとするんだ? 何か買いたい物でもあるのか?」


「そうじゃないよ。一成、さっき足を挫いたでしょ。荷物を持ってあげた方がいいかなと思ったの」

 

 ああ、成程。


 俺の心配をしてくれていたのか。


「これくらいどうって事はないよ」


「もしそうだったとしても、重たい物を持って歩いたせいで悪化したら大変でしょ」


 ……多分、俺がいくら平気だと言っても颯花は聞かないだろう。

 仕方ないか。


「わかったよ。荷物持ちとして扱き使うから覚悟しとけよ」


「……さっきはああ言ったけど、あんまり重い物は勘弁してよ。一応、か弱い女の子なんだから」


「どうせ超能力を使って持ち運べるだろ。さあ、早く買う物買って帰らないと、腹をすかせた文に文句を言われちまう」


 そう言って歩き始めた俺を、颯花が追いかけてきて俺の隣に並ぶ。

 俺達は他愛もない話をしながら、先程までの万引き事件など無かったかのように営業を再開したスーパーへと入店した。

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