揺れる決意
カイルのいる王室の手前、私とアルラさんは突然現れた魔術王エイスに、足止めを食らっていた。
エイスは無限に魔法を打ち続け、それをアルラさんがアルミナの加護で防ぐ形で、戦況は止まっていた。
どちらが先に体力が尽きるか、という持久戦に持ち込まれたため、このままではいつ敵の増援に挟まれるかは分からなかった。
一刻も早くこの状況を脱せねばならないと、アルラさんは歯を噛み締めた。
「どうしたどうしたぁ!そんなものなのかぁ!?」
疲弊を全く見せずに、魔球を放ち続けるエイスは、まるで魔力が無尽蔵なのではないか、と思うほどだった。
殺し合いを楽しむかのような姿勢を見せるエイスの姿は、まるで狂者だった。
その時、ふと思ってしまった。
私が始まりの森で山賊2人を殺した時や、ゴルダを殺した時も、今の彼女と同じ顔をしていたのではないかと。
そう考えれば考えるほど、戦闘中なのに今まで殺しをしてきた自分が恐ろしくなり、足が動かなくなった。
「そこダァッ!!」
エイスの狂気に満ちた戦う姿を見て、戦うことに恐怖を感じてしまった私は、その場から動けずに、座り込んでしまう。
その隙を狙って、エイスが強力な魔法を放った。
「っ、アリア!!」
それに気づいたアルラさんが、咄嗟に私に手を伸ばすが、それは届かなかった。
「あ……」
目の前に迫る強大な雷を見て、私は時間が遅く流れてるかのように感じた。
不思議と恐怖は感じなかった。否、恐怖など感じれなかったのだろう。
何故なら、エイスの放ったその雷が美しく見えたからーー
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エイスの放った雷が私に直撃する寸前、目の前が白い光に覆われた。
辺りを覆った白い光は次第に消えていくと、私は辺りを見渡す。
そこは、何もない白い空間。先ほどまで私がいた場所とは、全く違う場所なのが分かった。
私はまだ意識がぼんやりとしていたが、ゆっくりと立ち上がった。
「まさか、僕の意識に中に入ってくるなんてねぇ。君、何者?」
目の前に現れたのは、私のことを不思議そうに見つめるエイスだった。
私は咄嗟に武器を構えようとしたが、腰についているはずのナイフがなかった。
「無理だよぉ。意識の中じゃ物理的な殺し合いは出来ない」
「意識の中?」
そう言うエイスには、私と敵対する姿勢が見えなかったので、私も戦闘態勢を解いた。
物理的な殺し合いは出来ない、と彼女は言った。その言葉が本当ならば、この世界は現実ではなく、エイスの意識の中にあるということだ。
何故、私がエイスの心の中に飛んだのかは不明だが、それ以上に気になることがあった。
「なんで、そんなにニヤニヤしてるのよ」
気になること。それは、さっきからこっちをニヤニヤしながら見つめてくるエイスだった。
こんな奴と一緒にいるのは嫌なので、一刻も早くここから抜け出したかった。
ーーだが
「ねぇ、アリア。さっき僕の魔法を美しいと思ったでしょぉ?」
「っ!?」
エイスが嫌らしい声で私に言ってきたのは、あの強大な雷に当たる直前に、不本意ながらも思ってしまったことだ。
あそこまでの魔法が使えるのだから、心が読めてもおかしくはないと気づいた。
私はエイスを睨むと、彼女は軽く「フフ」と笑った。
「何がおかしいの!」
意味もなく笑われるのが、いい加減うざくなった私は、エイスに正面から向かってそう怒鳴った。
最初は、からかい半分で笑っているのかと思っていた。
だが、違った。
「アリアはねぇ、僕に似てるんだよ」
「っ…!」
小さく心臓が鼓動した。
ーー似てる、とはどういうことか。理解したくないが、理解してしまう。
私は無意識のうちに一歩後ずさってしまった。
認めたくない現実が今、そこにあるから。私の鏡のような彼女がそこにいると気づいたからだ。
「認めなよぉ、殺すことの快感をさぁ」
また心臓が鼓動する。
嫌なのに心に響いてくるその声は、悪魔の囁きそのものだった。
苦しくなる心を必死に抑えながら、私は近づいてくるエイスから遠ざかろうとした。
しかし、足は動かない。
「いいんだよぉ、狂気に包まれたって、アリアの在り方は変わらないんだから」
「どうしてっ、貴女なんかに私の何が分かるっていうの!?」
エイスは私の目の前まで来ると、優しく微笑んだ。不思議と私には、その微笑みが天使のような光に見えた。
エイスはさきほどまでの狂った笑みは消えており、ごく普通の少女に戻っていた。
「昔の僕に似てるんだよぉ、アリアは」
「昔のエイス…?」
そう言うエイスの目には、少しばかりの苦しみが読み取れた。
ーー過去のエイス。
今の私は、昔の彼女に興味があった。狂気に囚われかけている私と似ている、というのだ。
「僕だって普通だった頃はあったんだよぉ。でもね、何もかも失ってしまって絶望してる時、それでも希望を持って立ち上がろうとしたら、彼にこう言われたんだ」
そして、エイスは私の耳元でこう囁いた。
「あなたは、もう既に堕ちてるってね」
私はその言葉でハッとした。
今まで私がしてきたこと、数々な残虐な行為。人を快感に飢えながら殺す様は、まさに狂者だった。
それは全て、呪印のせいだ。そうとしか思えなかった。
しかし、今は違った。
もしかしたら、私は最初から人を殺すことを心から望んでいたのかもしれない。そう思ってしまった。
「私は……」
さらに心が苦しく締め付けられる私を前に、エイスは私に向かって手を差し出した。
「だから、あなたも認めて。何も悪いことはない」
そう言うエイスの瞳には、慈愛が満ちていた。
心臓が鼓動する。
ここでエイスの手を取れば、私はもう戻れなくなる。一度堕ちた心はどこまでも堕ちてゆくことを知っていたからだ。
分かっていたはずなのに、認めたくないはずなのに、気づけば私はエイスの手に、手を伸ばしていた。
ーーこれで、よかったのかな
エイスに触れる直前、心の中でそう呟いた。婆さまの言ったことを、裏切ることになってしまう。それでも、手は止まらなかった。
そして、エイスの手を取る寸前だった。
また辺りが白い光に覆われる。




