婆さま
ーーアルデン王国の国立図書館、子供部屋にて
その子供部屋の中心に沢山の子供達が座っており、とあるお婆さんの読み聞かせを聞いていた。
「ーーそして、王子様はお姫様と結婚しましたとさ。めでたしめでたし」
そして、読み聞かせが終わると、子供たちによる小さな拍手が起こった。
子供たちの周りにいる、おそらく子供たちの保護者であろう大人達も、満足そうな笑みを浮かべていた。
「ありがとう、お婆さま!また来るねー!」
子供たちは話が終わり次第、それぞれの親のところに行き、手を繋いで扉から嬉しそうに出て行った。
やがて人が全員いなくなると、お婆さんは読んでいた本を本棚にしまった。
ガチャリ
お婆さんは、散らかった部屋の本を整理していると、子供部屋の入り口の扉が開いた。
誰かと思い、視線を後ろに向ければ、そこには1ヶ月前に謎の失踪を遂げた、愛しき教え子の姿があった。
「婆さま!」
「アリア…?アリアなのかい!?」
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私とアルラさんは、婆さまに図書館の面会室まで案内された。椅子に腰を掛けると、婆さまは温かい飲み物を2人分出してくれた。
私はそれを一口飲んで落ち着くと、婆さまに今までの経緯と事情を話した。
「なるほどねぇ、それで私を頼りたいと」
「うん」
婆さまはとても難しそうな顔をしていた。それもそのはず、いくら婆さまほどの人物といえど、カイル王との面会は難しいはず。
それに危険を伴う頼みなので、了承してくれるかは分からなかった。だがーー
「わかったわ、今日のこの後、カイル王の新鋭兵に頼んでみるわね」
「!ありがと、婆さま!」
婆さまは案外簡単に了承してくれた。私はアルラさんと軽いハイタッチをして、喜んだ。つまり、これでやっとカイルに会えると。
カイルに私のことが知れれば、それこそ迎えに来てくれるはずだ。そう安心し、また飲み物を一口飲んだ。
しかし、話は終わってはいなかった。
「でも、1つ聞かなきゃいけないことがあるわ」
「……わかった、言ってみて」
婆さまは少しの沈黙の後、わたしに聞いてきた。
「人を最初に殺した時の感触は覚えてるかい?」
「…!」
正直に言うと、最初に人を殺した時の感触は覚えていた。
だが、ただ覚えているだけで嫌悪感などは一切なく、むしろ心地よかった。
もちろん、自分の意思ではないと信じているが、もしもこの殺しの心地よさが、自分の意思であると知れた時、それが誰かに気づかれた時が一番怖かった。
故に、私は婆さまにこう答えた。
「最初に人を殺した時の感覚は、今でも覚えてる。あの嫌な感触は今でも忘れてない」
その言葉は嘘であり、嘘でなかった。
私は机の下の手をグッと握りしめ、その苦しさから耐えた。それは、初めて殺した苦しさではなく、狂気に囚われてしまうのではないかという恐怖だ。
そんな恐怖に怯える私の手の上に、手を重ねてきてくれたのは、隣の席で話を聞いていたアルラさんだった。
「わかるよ、その気持ち。殺しの感触は簡単に捨てれるものじゃない」
その時のアルラさんの表情は今でも覚えている。苦しさを隠そうとしているが、隠しきれていなかった。私はアルラさんの手の温かさで、少しだけ気が紛れた気がした。
そのやり取りを見ていた婆さまは、難しそうな表情を解いて、私にこう告げた。
「その感触は忘れちゃいけないよ。あなたのためにも、そして今繋がってくれている人たちのためにもね」
それは、まるで心を透かされているかのようだった。私にはこの時、婆さまの言った言葉がこう聞こえた。
ーー今の自分を見失うな、と
「おや、そろそろ時間ね」
婆さまは自分の腕につけている腕時計を確認すると、荷物をまとめ始めた。カイルも、婆さまも、そこまで暇ではないと言うことだ。
私は、まだ婆さまと話したいことは沢山あった。死んでしまったミラ姐のことや、王竜ミルターナの強さ、愉快な山賊の仲間たちとの勇敢な冒険。
故に、私はーー
「待って、婆さま!」
扉に手をかけたようとした婆さまを呼び止めた。婆さまはこちらをゆっくりと振り向き、私を見つめた。
そんな婆さまに私が伝えたのは、ありふれた言葉だった。
「……気をつけてね」
「ええ、もちろん。……アリア。最後に1つだけ良い?」
「うん」
私は頷いた。そして、婆さまは優しく微笑んで私にこう言った。
「幸せになりなさいな」
「っ…!」
ーー幸せになってね
アリアの頭にミラ姐の最後の笑顔がよぎり、婆さまと重なった。
私は、部屋を出て行く婆さまを止めようと思ったが、言葉が詰まって出なかった。否、出せなかったのだ。
私は、止めなかったことを後悔しながら、宿屋に戻った。




