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初めての期待

「林小雨」


隣から声がして、彼女は顔を上げた。

机の脇に一人の男子生徒が立っている。


周景然。同じ高三(7)組で、席は林小雨の隣だ。成績は中の中といったところだが、三年近く同じクラスにいながら、二人きりで長く話した記憶はほとんどない。


「悪い、消しゴムの予備とか持ってない?」


周景然は少しバツが悪そうにペンケースを掲げてみせた。中には黒のボールペンが二本、青が一本、そして短い定規が入っているだけだった。


林小雨は彼の顔を数秒見つめた。

見覚えがあるような気がした。

けれど、かつての五月一日に周景然が本当に消しゴムを借りに来たかどうかと問われれば、確信は持てない。なにしろ五十日以上も前の、登階考とは何の関わりもない些細な出来事だ。


「あるよ」


彼女はペンケースから予備の消しゴムを取り出した。


「助かった。よりによって小テストがある日に限って忘れちゃうとはな」


周景然は苦笑いしながら消しゴムを受け取り、自分の席へと戻っていった。


一時間目の『数理論理』が始まると、小テストの解答用紙が前列から順に回されてきた。

用紙を受け取り、最初の大問を読み終えたところでペンを止める。――覚えている。

問題を目にした瞬間、最初の五月一日にこのテストを解いた記憶が鮮明に蘇った。


模範解答のすべてを完璧に記憶しているわけではないが、最後の問題で制約条件を一つ見落として減点されたことだけは、はっきりと覚えていた。

林小雨は前回とは異なる計算式を書き込んだ。すべて解き終えると、解答用紙の端を押さえながら、そっと息を吐き出す。


林小雨は教室を見渡した。

六月二十三日のことを知る者は誰もいない。

彼らがすでに一度、五月一日を経験していることなど、誰一人として知らないのだ。


この教室で未来を知っているのは、自分ただ一人。そう思うと奇妙な孤独感が込み上げてくると同時に、胸の奥底には優越感にも似た感情が芽生えていた。


自分だけが答えを知っている。

自分だけが過去の過ちを修正できる。


それは微かな不安を伴うものではあったが、登階考の恐怖という影に怯え続けてきた林小雨にとっては、抗いがたい安心感をもたらしていた。


昼休みになると、約束通り周景然が消しゴムを返しにやってきた。


「すげえ助かったよ、ありがとな」

「午後からは使わないの?」

「午後はもうテストないしな。ずっと借りたままだと、絶対返すの忘れそうだからさ」


林小雨は消しゴムを受け取り、ペンケースに戻した。

周景然は踵を返そうとしたが、ふと思い出したように彼女の机の上のノートに目を留めた。


「朝の自習の最後の問題、解けたのか?」

「うん」

「やっぱりな。俺、条件を一つ見落として、途中で全部消す羽目になったよ。先生、ああいう引っかけ問題好きすぎないか?」


それは、かつての自分が犯したミスと寸分違わぬものだった。


「二つ目の条件を先に場合分けして考えた方が早いよ」

「二つ目の条件?」

林小雨はノートを彼の方へ少し寄せ、解法の手順を指差した。

「ここ。この条件を後回しにすると途中の場合分けが倍増しちゃうから、最初に処理しちゃった方が楽」


周景然はしばらく数式を見つめ、腑に落ちたように頷いた。

「なるほどな。最初からそうすりゃよかったのか」

「次回もたぶん、似たようなパターンの問題が出ると思う」


口にした瞬間、林小雨は一瞬言葉を詰まらせた。

六月までに似たような問題が何度も繰り返し出題されることを、彼女は嫌というほど知っている。


周景然はもちろん異変に気づく様子もなく、ただ適当に相槌を打った。

「なら覚えとくわ」

「……思ってたより話しやすい人なんだね」

「思ってたよりって何?」

「いや、普段あんまり喋らないから」

「誰も聞いてこないだけ」

「確かに。普段ちょっと近寄りがたいオーラ出してるもんな」


林小雨が無表情に視線を向けると、周景然は慌てて両手を挙げて降参のポーズをとった。


「ごめんごめん、今のなし」

「じゃあ、元々はどんな人だと思ってたの?」

「えっと……質問したら無言で睨みつけられるんじゃないか、とか」

「じゃあ今から睨んであげようか?」

「やめてくれ、普通に怖いから」


周景然は笑いながら自分の席へ戻っていった。


林小雨は彼の背中を数秒見つめ、それから視線をノートへと戻した。

林小雨は確信した。


自分は過去と少し違う行動をとった。以前の五月一日には、周景然に勉強を教えた記憶など一切ない。

それでも世界は何事もなく動き続け、時間が再び巻き戻ることもなかった。つまり、過去と異なる行動をとること自体、何かの法則によって禁じられているわけではないのだ。


完全に過去をなぞることを強制されないのであれば、未来の記憶を気兼ねなく利用することができる。


放課後になり、教室の人数がまばらになっていく中、林小雨は依然として席に座り続けていた。

六月八日の試験問題を忘れてしまう前に、できる限り書き出しておきたかったのだ。


窓から差し込む夕日の残光が、机の上をゆっくりと移動していく。教室の後方では、陳虎と張磊が他愛のない話をしながら鞄を片付け、陸沈は片耳にイヤホンを挿したまま端末に目を落としている。蘇晴は最後の最後まで問題を解き続け、五時前には荷物をまとめて教室を出ていった。


周景然も帰る準備をしていた。

鞄を肩に掛け、朝の消しゴムのことを思い出したのか、あるいは別の理由か、通りがけに林小雨の机を指先で軽く叩いた。


「今日ありがとな」

「消しゴムならもう返してもらったけど」

「消しゴムじゃなくて、問題を教えてくれたこと」

「たいしたことじゃないよ」

「また分からないところがあったら、聞きに来てもいいか?」


林小雨は少し考え、頷いた。


「私に解ける問題なら」

「頼むわ。もしかしたら登階考で一問分くらい得点稼げるかもしれないしな」


半分冗談交じりの口調だった。

林小雨も深くは考えなかった。


「一問分の点数くらい、自分で取りなよ」

「つれないなあ」


周景然は笑い、隣の男子生徒から「早くしろよ」と急かされると、一緒に教室を出ていった。


その日の夜、家に帰った林小雨は、父親が端末の修理に使う予備部品の整理を少し手伝った。母親は夜勤に出かける前に咳き込んでいたが、「大丈夫だから」といつものように家を出ていった。夜の十一時を回り、自分の部屋に戻った林小雨は、紙に書き殴った登階考の問題を再び照合した。


五月一日。最初の一日が終わろうとしている。

過去と違う選択をしても、世界は前へと進み続ける。そのことが何よりも彼女を安心させた。


明日は五月二日。

明後日は五月三日。

こうして一日一日を歩んでいけば、やがて六月八日は巡ってくる。


---


五月二日の朝、林小雨はアラームが鳴る前に目を覚ました。

枕元の携帯端末に手を伸ばし、画面に表示された日付を確認する。


五月二日。午前五時四十六分。その数字を目にした瞬間、胸の奥に残っていた緊張の糸がようやく少しだけ緩んだ。


昨晩眠りにつく前まで、林小雨はある一つの可能性を完全に拭い去ることができずにいた――六月二十三日から五月一日に巻き戻ったのなら、一日が終わるたびに同じスタート地点へと強制的に引き戻されるのではないか? いくら待っても、五月二日は永遠に訪れないのではないか?


だが、時間は進んだ。五月一日は終わり、五月二日が確かにやってきたのだ。


林小雨はベッドから起き上がり、机の引き出しを開けて昨日メモした紙を取り出した。そこには、六月八日の登階考について思い出せる限りの出題内容や、かつて落としたトラップ、今後の授業で役立つ重要ポイントがびっしりと書き込まれていた。


学校に着いた林小雨は、昨日よりもずっと落ち着いた様子で教室に足を踏み入れた。昨日までは目に映るすべてのものに対して「記憶と一致しているか」を神経質に確かめていたが、二日目ともなれば、多少のズレが生じても異常だと騒ぐことはない。自分が過去と違う行動をとった以上、周囲に小さな波紋が広がるのは当然のことだからだ。


教室では、張磊が朝早くから携帯端末を横にして動画を見ており、陳虎がその肩に顎を乗せて覗き込んでいた。


「だから昨日言ったろ、このバージョンは絶対弱体化されるって」

「弱体化なんてするわけないだろ。お前、負けるたびにバージョンのバランスのせいにするよな」

「違うって! 俺のプレイスキルの問題じゃなくて、環境がクソなんだよ!」

「それを言い訳って言うんだよ」


林小雨は二人の言い争いを右から左へ聞き流しながら、席へと向かう途中、昨日少し言葉を交わした周景然の席を無意識に一瞥した。彼はまだ来ていなかった。


別に珍しいことではない。周景然は遅刻こそしないものの、蘇晴や王輝のように朝早くから教室で猛勉強するタイプでは決してない。林小雨は席に鞄を置き、問題集を開いた。


しばらくして、周景然が教室に入ってきて自分の席へ向かった。

林小雨は彼に視線を向けた。

昨日の消しゴムの件で何か言われるかと思ったが、周景然は林小雨の方を一瞥することもなくそのまま腰を下ろし、鞄から教科書を取り出した。


それも当然だ。

昨日の出来事など、翌日まで引きずってわざわざ口にするほどのことでもない。

林小雨もすぐに視線を戻した。


「おはよ、林小雨。昨日の問題、理解できたわ」


周景然は鞄を机に置き、ペンケースのジッパーを開けながら不意に声をかけてきた。


「昨日?」

「小テストの最後の問題。家で解き直してみたら、お前の言ってた意味がやっと分かったよ」


林小雨はワンテンポ遅れて思い出した。


「条件を先に分けるやつ?」

「そう、それ。教えてくれたおかげで、次同じような問題が出てもいけそうだよ」

「ならよかった」

「次も頼むな、林先生」

「先生って誰よ」


周景然が笑い声を上げ、林小雨もつられて小さく笑った。


午前の授業中、林小雨は未来の記憶を少しだけ頼りにした。

『基礎構文』の授業で出された問題は見覚えのあるものばかりで、以前は最後まで迷っていた選択肢を迷わず選び取ることができた。『社会倫理』の授業でも、本来なら五月末になってようやく理解できた概念をすでにマスターしているため、教師の解説が異様なほど平易に聞こえた。


一度学んだ内容をもう一度受けているのだから、当然の結果だ。

それでも、いつも誰よりも早く答えを出していた蘇晴よりも先に解き終えたとき、林小雨の胸中には微かな高揚感がかすめた。


この調子なら、本当に高みへと登りつめられる。

登階考の出題内容まで知り尽くしている自分が、前回の五百十九点止まりで終わるはずがないのだ。


やがて、四時間目が終わった。

昼休みを告げる電子チャイムが教室に響き、教師は教卓の端末を閉じながら「午後の課題を忘れるなよ」と言い残して教室を出ていった。


教室内の空気が一気に弛緩する。「学食行くやついる?」「今日は第二学食な」と陳虎が立ち上がり、張磊が応じる。

劉雨桐と曲夢も席を立ち、蘇晴はもう少し問題を解いてから行くつもりのようで、依然として机に向かっていた。


林小雨は携帯端末に目をやった。

五月二日、十二時十七分。

彼女は鞄から、母親が作ってくれた質素なお弁当を取り出した。


「一緒に学食行かないか?」


周景然だった。


「いつも食べる量少ないよな。そんなんで足りるのか? 俺のおごりだ、昨日の礼ってことで!」


林小雨は視線を落とし、手元のお弁当箱を見つめた。

白ご飯に野菜炒め、それに小さな卵焼きが二切れ。母親が夜勤前に用意してくれた質素な昼食で、学食の定食と比べれば確かに少し物足りなく見える。


「いらない」

「それだけで足りるのかよ」

「十分」

「いや、絶対足りないって。午後は『数理論理』だぞ? 途中で頭が回らなくなっても知らないからな」

「一回問題を教えたくらいで、そこまで気を使わなくていいよ」

「俺が礼をしたいだけだって。第二学食、今日はチキンが――」


「景然、ちょっといいか?」


横から声が割り込んできた。

周景然が振り返ると、そこには許哲が立っていた。制服の袖を肘の少し下まで捲り上げ、片手にスマホを持っている。痩せ型で目立たないタイプだが、周景然とは気が合うらしく、休み時間に電子パーツや中古デバイスの話で盛り上がっているのを林小雨も何度か見かけたことがあった。


「今か?」

「ああ、そんなに時間は取らせないから」


許哲はそう言うと、林小雨の方をちらりと見て、申し訳なさそうに微笑んだ。


「邪魔しちゃった?」

「邪魔もクソもあるかよ」


周景然は憎まれ口を叩いたが、許哲の表情を見て何かを察したのか、それ以上文句は言わなかった。林小雨の方を振り返ると、親指で学食の方を指しながら肩をすくめた。


「悪い、ちょっと行ってくるわ」

「どうでもいいよ。最初から行かないって言ってたし」

「俺にとっては大問題なんだよ。借りを返さないと夜も眠れないタチでさ」

「昨日は寝なかったの?」


林小雨が淡々と切り返すと、周景然は言葉に詰まり、隣の許哲が思わず吹き出した。


「へえ、林小雨って結構容赦ないこと言うんだな」

「お前まで笑うなよ」

「ほらほら、早く来いって。昼休み終わっちゃうぞ」


許哲に急かされ、周景然は仕方なさそうに鞄からスマホだけを取り出した。しかし、二歩ほど歩いたところでふと思い出したように振り返った。


「じゃあ、昼はなしな」

「最初からそう言ってる」

「夜に変えよう」

「……夜?」

「放課後。一緒に飯食おうぜ」


あまりにも自然な口調だったため、林小雨は一瞬反応できなかった。

周景然は続けた。


「南門を出てすぐのところにラーメン屋があるだろ。安いし、あそこなら文句ないだろ?」

「なんでそこまでしておごろうとするの?」

「お礼だって言ってるだろ」

「消しゴムを貸して、一問教えただけなのに」

「俺にとっては一問でも死活問題なんだよ。もし登階考で本当にあの問題が出たら、一生お前に頭が上がらなくなる」


冗談めかした周景然の笑顔を前に、林小雨は決めかねていた。

放課後にクラスメイトと食事に行くなど、彼女にはほとんど経験がなかった。


誰からも誘われたことがないわけではない。ただ、街中で一回外食する費用があれば、家では何食分もの食事を賄うことができる。そのたびに適当な口実を作って断り続けていたため、いつしか放課後に何かの予定があっても、誰も林小雨に声をかけなくなった。


その方がずっと気楽だった。

お金がないことを説明する必要もなければ、相手に気を遣わせることもない。


「普段、外で食べることは滅多にないんだけど」

「知ってる」

「……?」

「三年間同じクラスだからな。放課後にお前が誰かと遊びに行ってるの、見たことないし」


周景然は何気ない調子で言った。


「だから一回くらい別にいいだろ。高い店じゃないし、俺も金ないしな」


最後の一言を聞いて、林小雨の体の強張りがわずかに和らいだ。


「おごりじゃないなら行く」

「おいおい、一回くらいおごらせてくれよ」

「じゃあ行かない」

「分かった分かった、割り勘な。これでいいだろ?」

「うん」

「決まりな」


周景然は満足そうに笑った。


「六時くらいでいいか?」


林小雨は頭の中で今日の予定を整理した。母親は夕方から夜勤で、父親も今日は団地の修繕作業が入っている。少し帰りが遅くなっても問題はない。


「六時なら大丈夫」

「よし、約束な」


林小雨が微かに微笑むと、周景然もつられて笑った。


「景然ー」


少し離れた場所から許哲が再び呼んだ。


「今行く!」


周景然は許哲と肩を並べて教室を出ていった。


ドアが閉まった。

林小雨は数秒間ドアを見つめ、それから手元のお弁当へと視線を戻した。


大した約束ではないはずだ。

昨日までほとんど話したこともなかった同級生と、放課後に一度ご飯を食べるだけ。

それなのに、お弁当箱の蓋を閉めた後も、林小雨は先ほどの会話を何度も頭の中で反芻せずにはいられなかった。


わざわざ何度も確かめるような複雑な予定でもないのに、少し気を緩めると、その約束が何度も浮かんできてしまう。

周景然が「三年間同じクラスだからな」と言った時の声が、なぜか妙に鮮明に耳に残っていた。


彼が、自分が放課後に誰とも遊ばないことを知っていたなんて。

それ自体は不思議なことではない。同じ教室で三年間過ごしていれば、意識していなくても目に入ることはある。

それでも林小雨にとっては、どこか意外なことだった。


自分はクラスの中で、空気のような存在だと思い込んでいたのだ。

授業中も必要なときだけ発言し、休み時間も誰かの輪に加わろうとはしない。集団行動でも自分の割り当てられた仕事を黙々とこなすだけで、放課後になれば真っ直ぐ家に帰る。

嫌われているとは思わないが、かといって特別親しくなりたいと思われるような人間でもないはずだった。


林小雨は箸で残りの半分の卵焼きを二つに割り、ふと自分の口元が微かに緩みかけていることに気づいて、慌てて表情を引き締めた。


何を浮かれているんだろう。

ただ一問、問題を教えてあげただけじゃない。

それに夕飯だって割り勘だ。

余計な意味を見出そうとするなんて、馬鹿げている。


林小雨は残りの昼食を食べ終え、お弁当箱を片付けると、午後の『数理論理』で使う教科書を取り出して机の上に置いた。


しかし、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴っても、二人の席は空いたままだった。


「許哲たちはどこへ行った?」担任の鄭先生が尋ねる。

近くの生徒が「売店じゃないですか?」と適当に答えた。

先生はため息をつき、その話はそこで打ち切られた。


最初の十分ほどは、集中できていた。

この授業の内容には覚えがある。かつての五月二日、彼女はこの授業の途中の問題でかなりの時間を費やしていたが、今ではすでに解法を知っている。先生が黒板に最初の計算式を書き終える前から、次にどこで条件分岐が現れるかすら分かっていた。


だが、いつの間にか林小雨の視線は、隣の空席へと引き寄せられていた。


周景然の机。

椅子は少し引かれたままで、机の上には午後の授業で使う教科書が整然と置かれている。


「……」


林小雨は素早く前を向き直した。

気にする必要なんてない。

何か用事で長引いているだけだ。

そう自分に言い聞かせ、再び問題へと意識を向け直す。


五分ほど経った。

視線がまた、どうしてもそちらへ吸い寄せられてしまう。

やはり空席のままだ。


自分自身に対しても苛立ちが募ってきた。

どうしてよりによって、こんなことを気にしているのか。

六時の約束があるからだ。

それだけの理由。

彼が戻ってこなければ、夜の予定が変わってしまうかもしれない。自分はその確認をしているだけであって、周景然という人間を心配しているわけではない。


林小雨は頭の中で理屈を組み立て、再び授業に集中しようと試みた。

けれど三十分が過ぎても、周景然は戻ってこなかった。


六時まで、まだ四時間以上もある。

なのにどういうわけか、言いようのない胸騒ぎが収まらなかった。


五時間目が終わっても、周景然の席は空いたままだった。

休み時間に入るや否や、林小雨はほぼ無意識のうちにスマホを手に取っていた。

メッセージを送って聞いてみようか。そう思い立った瞬間、指が止まった。


どう送ればいいだろう?

「今どこ?」――これじゃあまりにも気にしすぎているみたいだ。

「六時の約束、覚えてる?」――まだ六時まで四時間近くもある。早すぎる。

「午後の授業、戻ってこないの?」――これなら比較的自然だが、まるで彼の出席状況を監視しているようで、どこか居心地が悪い。


林小雨は数秒間画面を見つめ、結局何も送らずに静かに画面をロックした。

その瞬間、自分でも訳が分からなくなった。

たかがメッセージ一通に、何を躊躇っているのか。普段の彼女なら、聞くべきことがあればいつでも単刀直入に尋ねていた。相手がどう思うかなんて、ほとんど気にしたことがなかったはずなのに。


そう思うと、林小雨は小さくため息をつき、スマホを引き出しの奥へと押し戻した。


くだらない。登階考まであと一ヶ月しかないのだ。未来から戻ってきたばかりの自分には、考えるべきこと、やるべきことが山積みになっている。周景然と夕飯を食べるかどうかなんて、すべての中で最も些細なことのはずだった。

けれど、次の授業が始まろうとする直前、彼女はやはり教室の入り口へと視線を向けてしまっていた。

依然として、人影はない。


午後三時を過ぎると、最初は淡い疑問だったものが、次第に不安へと変わっていった。

何をするにしても、いくらなんでも長すぎる。

理屈では分かっていても、林小雨の胸の奥には小さな棘が刺さったままで、どうしても心が晴れなかった。


六時間目の途中、先生の出した問題を解き終えた林小雨は、再び隣の席を見た。

この時になって初めて、林小雨は自分の中に渦巻くこの感情に戸惑いを覚えた。


これは彼を心配しているということなのだろうか?

それとも、せっかく決めた予定をすっぽかされたくないだけなのか?

あるいは――


深く考えようとした瞬間、彼女はその思考を断ち切った。

彼とまともに話したのは昨日が初めてだ。

彼のことは何も知らない。

何が好きで、どんな家庭環境で、休日に何をして過ごしているのかすら知らない。


ただ、話してみて分かったのは、思っていたよりもずっと気楽だったということ。

彼女が無口だからといって余計な気遣いをすることもなく、経済状況を知らないまま高価な店に連れて行こうとすることもなく、「俺も金ないしな」と笑ってみせた。


ただそれだけのことだ。

だが林小雨にとって、その「ただそれだけ」が、思いのほか貴重なものだった。

誰かと会話するときに、一言一句に警戒を張り巡らせる必要のない時間。

誘いを受けたときに、断る理由を頭を絞って探さなくていい感覚。


六時になれば。六時になりさえすれば、もう少し話ができる。

自分は心のどこかで、ほんの少し期待していたのだと気づいた。


その事実に思い至った瞬間、頬がカッと熱くなるのを覚えた。

林小雨は慌てて教科書へと視線を落とした。


今さら何を馬鹿なことを考えているんだ。

自分でも呆れてしまう。

昨日までは「この教室で自分だけが未来を知っている」という優越感を密かに抱いていたくせに、二日目にはクラスメイトの空席一つで授業に集中できなくなっているなんて。


未来の試験問題は分かっていても、自分の心すら読み切れていない。


放課後の終礼になっても、周景然と許哲は戻ってこなかった。


「許哲と周景然はまだ戻ってないのか?」


教室のあちこちから「見てないです」「昼休み以降見かけてない」という声が上がる。

鄭文海は端末で何かを確認しながら、わずかに眉をひそめた。


「二人が一緒に出ていくのを見た奴はいるか?」


林小雨は一瞬躊躇してから、手を挙げた。


「昼休みに、一緒に出ていきました」

「何か言っていたか?」

「許哲君が用事があると言って、周景然君がついていきました」

「どこへ行くかは?」

「言ってませんでした」


鄭文海は頷き、端末に何かを入力した。


「分かった。学校側で確認をとる。何か連絡があったら知らせるように」


そうして点呼はそのまま続けられた。

前回の五月二日にも、林小雨の記憶にはかすかに似たような光景があった気がする。ただ、その時の彼女はまったく意に介していなかったのだ。


放課後。

林小雨はいつも通り教室に残っていた。

だが実際には、紙に書き出される問題はほとんど増えていなかった。


壁掛け時計を見る。

四時四十二分。

まだ早い。


数分が経過する。

四時五十分。

林小雨は『社会倫理』の論述問題を一行書き、また時間を確認した。


かつての五月なら、絶対にあり得ないことだった。

放課後の時間は、彼女にとって一分一秒を争うものだった。

学校で自習し、家に帰って家事を手伝い、その後にまた机に向かう――それが当たり前の日常だった。


だが今日に限っては、時間の進みが異様なほど遅い。


五時を過ぎ、蘇晴も問題集を閉じて鞄を手に立ち上がった。


「小雨、まだ帰らないの?」

「うん、もうちょっと残る」

「最近ちょっと詰め込みすぎじゃない? 無理しないでね」

「大丈夫だよ」


蘇晴は教室を出ていった。

ほどなくして、教室には林小雨ただ一人になった。


今夜は、彼ともう少し話せると思っていた。

自分がこれほどそのことを楽しみにしていたなんて、自分自身でも意外だった。


時計の針は五時二十二分を指していた。

林小雨はついにスマホを取り出した。


周景然とのトーク画面を開く。

これまで二人が個別に連絡を取り合ったことなどほとんどなかった。クラスのグループで見かけたことはあっても、個人チャットの履歴はほぼ真っ白だ。


指先が画面をタップする。


「今どこ?」

入力完了。

少し考えた。

消した。


「六時の約束、まだ行く?」

それも消した。


最終的に送信したのは、ごく短い一言だけだった。


『まだ学校にいる?』


送信。

胸の中で心臓がやけに速く脈打っているのに気づく。

本当に馬鹿みたいだ、と彼女は思った。


一分が過ぎた。

二分が過ぎた。

五分が過ぎた。


返信はない。

既読すらつかない。


林小雨はスマホを机の上に伏せた。


五時三十七分。

六時まで、あと二十三分。


普段の彼女なら、待つことほど嫌いなものはなかった。

彼女にとって、時間は金と同じように浪費してはならないものだった。

だが今日に限っては、どうしても立ち上がって帰ることができなかった。


もう少し待ってみよう、もしかしたら戻ってくるかもしれない。

周景然なら、いきなり教室のドアをガラリと開けて「わりぃ、遅くなった!」と笑って言うかもしれない。

その時は、「遅いよ」と一言返せばいい。


ただそれだけでいいのだ。


林小雨は窓の外に目をやった。

夕日が校舎の向こう側へとゆっくりと沈んでいく。


六時が刻一刻と近づいていた。

この瞬間になって初めて、林小雨は自分が単に「約束があるから」周景然を待っているのではないことに気がついた。


彼に会いたい。

あの何の曇りもない笑顔を、もう一度見たいのだ。


まだこの感情に何かの名前をつける勇気はない。

ただ、昨日まで親しくもなかったはずのクラスメイトが、半日いなかったというだけで、これほどまでに心を乱されている。


林小雨は机の上に伏せられたスマホへと再び視線を落とした。

画面は真っ暗なままだ。


周景然からの返信は、一向に届かなかった。

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