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天鈿女命は踊って天を裂く 神謡記  作者: はまゆう


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第1話「太陽が堕ちた日」

高天原が、闇に包まれていた。


太陽である天照大神が、天岩戸に閉じこもってから、七日七夜。世界は光を失い、神々が怯えていた。


「どうする、オモイカネ」


雷神・タケミカヅチが、白髪の神・オモイカネに尋ねた。その声は低く、しかしどこか途方に暮れた響きを含んでいる。


オモイカネは杖を地面に突き、天岩戸をじっと見据えた。岩戸は巨大な石で、表面には無数の神代文字が刻まれている。だが今、その文字たちは黒く濁り、不気味な光を放っていた。


「力ずくでは開かん。天照の心を開く必要がある」


「心って……どうやって?」


「それが問題だ」


神々がざわめいた。集まっているのは、高天原の主要な神々だけではない。小さな神、地域の神、ありとあらゆる八百万の神々が天岩戸の前に集まり、途方に暮れていた。


「天照様がお隠れにならなければ、世界は闇のままです」


「作物は育たぬ」


「川は凍てつき」


「我ら神々さえ、力が衰えていく」


不安が空気中に満ちていた。神々といえど、太陽の光がなければ存在が危うくなる。彼らの力も、太陽の恩恵あってこそだ。


オモイカネは深く息を吐き、ゆっくりと口を開いた。


「誰か、天照の心を動かせる者ははおらぬか」


沈黙が落ちた。


神々は互いを見合わせた。力自慢の神、知恵自慢の神、技自慢の神――しかし、天照の心を動かせるような者はいない。


「……あたいに任せろ」


軽やかな声が、沈黙を破った。


神々が振り向く。そこに立っていたのは、一人の女神だった。


アメノウズメ。


芸能の女神、舞の神。しかし、その姿は神々しいというにはあまりに派手で、露出度が高く、神々の中には眉をひそめる者もいた。


肌露わな神衣をまとい、赤い勾玉の首飾りが胸元で揺れている。銀髪のような白い髪は腰まで伸び、鈴と太鼓を手にしている。


「おお、アメノウズメか」


「またあの舞か」


「危なすぎるぞ」


神々の間で囁きが交わされる。アメノウズメの舞は有名だった。かつて天照が少し塞ぎ込んだ時、アメノウズメが舞って笑わせ、機嫌を直したことがある。


だが、今回は違う。天照は自ら岩戸に閉じこもったのだ。ただの気まぐれではない。


アメノウズメは神々の囁きを無視し、ニヤリと笑った。


「桶をよこせ」


「桶?」オモイカネが瞬きをした。


「巨大な桶だ。酒を入れるような、でかいやつ」


「何に使う」


「踊り台だ」


アメノウズメは手を叩き、近くにいた小さな神に指示した。


「ほら、運べ運べ。高天原の倉庫に、大きな桶があるだろ」


小さな神が慌てて走り去る。神々が呆気にとられる中、アメノウズメは岩戸の前に立ち、腕組みをした。


「天照、聞こえてるか。あたいが連れて出るから、ちょっと待ってろ」


岩戸は静かなままだ。


「ウズメ」


低く重厚な声が、背後から響いた。


振り向かなくても分かる。この声の主は一人しかいない。


猿田彦。


長身の巨漢が、黒い鎧を着て立っている。赤い顔、鋭い目、高い鼻。いつも不機嫌そうな表情で、長い矛を手にしている。


「猿田、来たか」


「お前、また無茶をするな」


「無茶じゃないよ。計算してる」


「計算?」


アメノウズメは猿田彦の胸を指でつついた。


「あたいの舞で神々を笑わせる。笑いで陽の気が発生する。その気で岩戸を揺らす。天照が『なんだこいつら』って顔を出してくれる。シンプルだろ」


猿田彦はため息をついた。


「前も同じことを言って、天照に怒られたな」


「那次第だって。今回は本気だ」


「本気って、裸になるのか」


「踊りやすいから」


アメノウズメは悪戯っぽく笑い、猿田彦の肩をポンと叩いた。


「お前はあたいの舞に合わせて、矛でリズムを取れ。ドンドンドン、ってな」


「……なぜ俺が」


「音が必要なんだよ。鈴と太鼓だけじゃ足りない。お前の矛の音、あたいの舞にピッタリだ」


猿田彦は黙り込んだ。断ることもできる。だが、アメノウズメの瞳には本気の光が宿っている。この女神は、本気で天照を救おうとしている。


「……わかった」


「おお、ありがとう猿田!あたいの最高の舞を見せてやる」


アメノウズメは嬉しそうに笑い、その時、小さな神が巨大な桶を転がして戻ってきた。


「アメノウズメ様、桶です!」


「おお、いいぞいいぞ」


アメノウズメは桶を岩戸の前に置き、逆さにした。そして、その上に軽やかに飛び乗る。


桶がきしむ。神々が息を呑んだ。


「おい、大丈夫か」


「落ちるぞ」


「静かにしろ、邪魔するな」


アメノウズメは桶の上で姿勢を整え、鈴をカラリと鳴らした。


「始めようか」


神々がざわめく。オモイカネが杖を上げ、神々を静めた。


「静かに。アメノウズメに任せよう」


猿田彦がアメノウズメの前に立ち、矛を構えた。


「お前、本当にやる気か」


「当たり前だろ」


アメノウズメはニヤリと笑い、鈴を振り上げた。


「あたいの踊りで、太陽を叩き起こす」


その声は、高天原の闇に響いた。


神々が息を潜める。猿田彦が矛を地面に突き立てた。ドゥン、と重低音が響く。


アメノウズメが鈴を振る。チャリン。


そして、太鼓を叩く。ドン。


チャリン、ドン。チャリン、ドン。


ゆっくりとしたリズムが、闇の高天原に響き始めた。


神々は見守るしかない。この舞で、天照が出てくるのか。それとも――。


アメノウズメは瞳を細め、天岩戸を見据えた。


(ボス、見てるか。あたいの最高の舞だ)


心の中で呟き、アメノウズメは腰を微かに揺らした。


舞が始まった。


(第1話了)


***


**次回予告**: 第2話「天鈿女の舞」――アメノウズメが衣を脱ぎ捨て、神々が爆笑する中、岩戸が震える。だが、その時、黒い手が飛び出す!


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