広まる噂、崩れる王都
辺境の村が「奇跡の領地」と呼ばれ始めてから、数週間が経った。
枯れていた畑は緑に満ち、井戸の水は澄み、病人は減っていく。
エリスは今日も朝から村を歩き回っていた。
「この倉庫、屋根が弱ってるわね。次の雨までに直しましょう」
「はい、領主様!」
村人たちは、もう遠慮しない。
エリスを“守るべき令嬢”ではなく、“頼れる領主”として見ていた。
そこへ、見慣れない旅人が現れた。
身なりは上等だが、どこか疲れた顔をしている。
「……ここが、噂の領地か」
彼はそう呟き、エリスの前にひざまずいた。
「失礼。私は王都の商人です。
この土地の作物と薬草を買い取りたい」
エリスは少し考え、頷いた。
「村に利益が出るなら、歓迎します。ただし条件があります」
「条件?」
「村人を安く使う契約はしません。正当な対価を払ってください」
商人は驚いた顔をしたが、やがて苦笑した。
「……噂は本当のようだ。あなたは、利益より人を選ぶ」
その契約は、辺境に初めて“外の金”をもたらした。
一一
一方、王都。
アドリアンは、王宮の廊下で貴族たちのひそひそ話を耳にしていた。
「最近、辺境の領地が儲かっているらしい」
「無能令嬢が立て直したとか」
「婚約破棄したのは失敗だったな」
その言葉に、彼の顔は歪む。
(なぜだ……あの女は、俺の足を引っ張る存在だったはずだ)
彼の隣にいた恋人は、苛立ちを隠さず言った。
「どうせ偶然よ。すぐ失敗するわ」
だが、失敗はしなかった。
むしろ噂は広がり、王都の商人や役人が、辺境へ向かい始めていた。
一一
夜、エリスは領主館の窓から星を見上げていた。
「……不思議ね」
王都では、何もできないと笑われた。
ここでは、何をしても感謝される。
同じ魔法、同じ自分なのに。
そのとき、扉がノックされた。
「エリス様。今日の収益の報告です」
帳簿を見て、彼女は目を見開いた。
「……黒字?」
「はい。少しですが、確実に」
エリスは、静かに笑った。
「やっと、始まったのね」
彼女の小さな成功は、
これから王都の“過去”を、確実に追い詰めていく。
そしてその頃――
アドリアンの家では、税の未納と不正な契約が調査対象になっていた。
まだ誰も知らない。
その調査のきっかけが、
「辺境の成功」との比較から始まったことを。




