崩れる王都、触れ合う想い
王都では、アドリアンの屋敷が差し押さえられた。
不正な税の操作。
商人との癒着。
さらに、エリスの功績を横取りしようとした証拠まで見つかる。
「俺は貴族だぞ! こんな扱い――」
「黙れ」
調査官は冷たかった。
「あなたは地位を利用し、婚約者を切り捨て、
功績を奪おうとしました」
「……あの女が、勝手に」
「“あの女”?」
書類が投げ出される。
「あなたが無能と嘲笑した令嬢が、
今や王国で最も成功した領主です」
アドリアンは言葉を失った。
さらに追い打ち。
隣にいた元恋人も、別件で拘束された。
賄賂を受け取り、噂を流し、エリスを貶めた張本人だった。
「私は悪くないわ! 全部あの女が――」
「黙りなさい」
二人は別々に連れて行かれた。
誰も助けない。
誰もかばわない。
それが、彼らの築いた人間関係の結果だった。
◇
辺境の夜。
月明かりの下、見張りの交代を終えたレオンとエリスは、城壁の上に並んで立っていた。
「……静かですね」
「ええ」
風が、髪を揺らす。
「さっき、王都から報告が届きました」
エリスは小さく言った。
「元婚約者は、爵位を失うそうです」
「……そうですか」
レオンは、それ以上言わなかった。
「……不思議なんです」
エリスは夜空を見上げる。
「昔は、あの人に嫌われるのが怖くて……
ずっと、顔色をうかがっていました」
「今は?」
「今は――」
言葉が途切れる。
「今は、怖くありません。
ここに、守ってくれる人がいるから」
レオンの指が、わずかに動いた。
「……それは、私のことですか」
「……はい」
沈黙。
近い。
思ったよりも。
「エリス様」
「……エリスで」
彼女はそう言って、視線を落とした。
「エリス」
その名前を呼ばれただけで、胸が跳ねる。
「あなたは、強い」
「強くありません」
「いいえ」
彼は静かに言う。
「誰かに傷つけられても、
誰かを傷つけ返さなかった」
エリスは驚いたように彼を見る。
「……そんなの」
「それが、一番難しい」
レオンは、一歩近づいた。
風の音が消えたように感じる距離。
「……近いです」
「嫌なら、離れます」
「……嫌じゃ、ありません」
声が震える。
レオンは、そっと彼女の頬に手を伸ばした。
触れるか、触れないかの距離。
「……許してください」
「……何を?」
「騎士として、ではなく」
一瞬のためらい。
そして――
軽く、唇が触れた。
ほんの一瞬。
確かめるような、優しいキス。
エリスの目が見開かれる。
「……っ」
「……すみません」
「……謝らないでください」
彼女は、胸を押さえながら言った。
「心臓が……うるさいだけです」
レオンの耳も赤かった。
「……私もです」
二人は、同時に小さく笑った。
◇
その頃、王都の牢獄で。
アドリアンは、暗い部屋で座り込んでいた。
(なぜ……こうなった)
思い出すのは、辺境で微笑むエリスの姿。
(俺が、捨てた……)
誰も、来ない。
誰も、手を差し伸べない。
それが、彼の“結末”だった。
◇
月明かりの下。
エリスとレオンは、並んで歩いていた。
「……また、明日も忙しいですね」
「ええ。でも」
レオンは、そっと彼女の手を取った。
「一人ではありません」
指先が絡む。
今度は、離れなかった。




