揺れる王都、試される距離
王都の城門をくぐった瞬間、エリスは胸の奥がひりつくのを感じた。
「……懐かしい、ですね」
「無理をしないでください」
隣を歩くレオンが、さりげなく彼女の背中に手を添える。
「表彰式までは、私が付き添います」
「はい」
王都の通りには、人々の視線が集まっていた。
「辺境の領主だって」
「無能令嬢って噂だったのに」
「本当は有能だったらしいぞ」
ざわめきは好意と疑念が混じっている。
◇
その頃、裏通りの屋敷では。
「……本当に、あの女が来るの?」
元婚約者の恋人だった女は、歯を食いしばっていた。
「ええ。表彰式に出るそうです」
向かいに座るのは、かつてエリスを見下していた貴族たち。
「王の前で称えられるなど、許せない」
「こちらの不正が露見したら、終わりだ」
「なら――」
女は、歪んだ笑みを浮かべた。
「失敗させればいいのよ。
“辺境の奇跡”なんて、まやかしだって証明すれば」
彼女は、役人に金貨を滑らせた。
「証言を用意して。
『成果は村人のおかげで、本人は何もしていない』って」
その目には、嫉妬と悪意しかなかった。
◇
表彰式前日。
エリスは宿舎の部屋で、書類を整理していた。
「……緊張します」
「当然です」
レオンは窓際に立っていた。
「王都は、あなたに優しくありません」
「ええ。でも……」
エリスは、指先を握る。
「逃げたくありません」
「それでこそです」
レオンは、静かに彼女の前に立った。
「あなたは、もう捨てられる側ではない」
「……レオン」
名前を呼ばれて、胸が跳ねる。
「……近いです」
「護衛距離です」
「……嘘ですね」
「……半分は」
沈黙。
「明日、何があっても」
レオンは低く言った。
「あなたの味方は、私です」
「……それは、騎士として?」
「……一人の男として」
エリスの心臓が、強く鳴った。
「……なら」
彼女は、勇気を出して一歩近づいた。
「明日、無事終わったら」
「はい」
「……また、昨日みたいに」
レオンの喉が動く。
「……約束します」
◇
翌日、王城。
大広間には貴族と役人が集まっていた。
「辺境領主エリス・フェルディナ、前へ」
名を呼ばれ、エリスは進み出る。
王が口を開いた。
「荒廃した土地を蘇らせた功績、見事である」
そのとき――
「異議があります!」
高い声が響いた。
元婚約者の恋人だった女が、進み出た。
「その成果、本当に彼女一人のものですか?」
ざわつく会場。
「村人の努力を、横取りしているだけでは?」
「魔法を使ったのは、他人だと聞いています!」
エリスは、一瞬、息を詰めた。
(……来た)
王が眉をひそめる。
「証拠は?」
女は、用意していた書類を差し出した。
「証言があります。
彼女は現場にいなかった、と」
ざわめきが広がる。
その瞬間、前に出たのは――
レオンだった。
「その証言、提出者を確認しました」
「な……」
「全員、あなたが金で雇った人物です」
女の顔が引きつる。
「な、何を――」
「さらに」
レオンは続ける。
「辺境領の作業記録と、魔法使用記録。
すべて、エリス様本人の署名と魔力痕があります」
役人が書類を検める。
「……事実です」
空気が変わった。
女は後ずさる。
「そ、そんな……」
「嘘を重ねた罪も、加算されます」
王の声は冷たかった。
「ここで虚偽の告発をするとは、愚かだ」
女は崩れ落ちた。
「……あの女が、悪いのよ……!」
誰も同情しなかった。
◇
式は続いた。
「辺境領主エリス・フェルディナに、褒賞を授ける」
拍手が起こる。
エリスは、震えながら礼をした。
(……終わった)
◇
夜。
王城の庭。
「……助かりました」
「当然です」
レオンは、少しだけ笑った。
「あなたが、嘘をつかないから」
「……怖かったです」
「それでも、立った」
「……レオンがいたからです」
風が吹く。
距離が、また近づく。
「……約束、覚えていますか」
「はい」
エリスは、目を閉じた。
今度は、レオンから。
額ではなく、唇に――
短く、けれど確かなキス。
「……お疲れさまでした」
「……ずるいです」
「……褒美です」
二人は、そっと笑った。
◇
その頃。
牢にいる元婚約者のもとに、知らせが届いた。
「……彼女は、表彰された」
「……そうか」
「お前が捨てた女だ」
沈黙。
(……全部、俺が)
後悔は、今さらだった。




