現代編 Ep.03『はじまりはいつもとつぜん』
お久しぶりです…
インフルエンザB型になってしまい全く書けませんでした…
「うーん……この本もオススメだけど……こっちも面白かったかなぁ」
竜胆愛はミステリー・サスペンスの棚の前で、腕を組んで唸っていた。
帯には
“芥川賞受賞!”
“このミステリーがすごい!”
などと派手な文言が並んでいるが、愛が手に取るのは話題の新作ではなく、一昔前の名作ばかり。
「古典を勧めるべきか……いや、ライトに新作で入るべきか……うーん……」
「あの……別にそんな本気で悩まなくても……」
「何言ってるの!? 転校先で同じ趣味の同志になれるかもしれない可能性があるのよ? 本気で選びますとも!」
やや食い気味に波琉の言葉を潰す愛。
その眼光は、獲物を狙う捕食者のように鋭い。
(うわ……まつ毛長っ)
真正面から愛の顔をしっかり見るのは初めてかもしれない。
隣の席だから横顔はよく見るが、こうして見ると――造形がやたら整っている。
「やっぱ古典は抑えておきたいかなぁ……コナン・ドイルとアガサ・クリスティーだったら、どっちが好み?」
「ど、どっちも読んだことない……かも?」
(いや、“そして誰もいなくなった”くらいは読んだ気もする……)
図書館で会った時に
「俺もよく読むよー」
なんて軽く言ったのが間違いだった気がしてきた。
(この子……本好きってレベルじゃない)
初版がどうとか、翻訳の精度がどうとか、
専門家みたいな話をしているが、半分も頭に入ってこない。
「ハリイ・ケメルマンの“九マイルは遠すぎる”か、夢野久作の“ドグラ・マグラ”だったら……どっちが好みかな?」
「ごめん……どっちも知らない……」
「そっか。どっちも夢が関わる話だから……好きかなって思って」
愛は軽く笑った。
けれど、その目の奥が一瞬だけ揺れた気がした。
「なん……で夢?」
「御影くんと話してたじゃない? 夢がどうのって」
「あー。してたかも?」
波琉はとぼけるように視線を逸らす。
さすがに、この美少女に“いろんな世界の勇者になる夢”の話はできない。
中二病だと思われるのは避けたい。
「夢ってさ……変なの見るときあるよね」
鼓動が一瞬、跳ねた。
「……落っこち続ける夢とか見るって言うよね」
波琉は動揺を悟られないように、必死に冷静を装う。
「夢は記憶の整理をしてるって話もあるくらいだし、漫画とか映画の影響はあるんじゃないの?」
知らないけど――と、ややぶっきらぼうに言い切る。
この話はここで終わり、と言外に示すように。
「そうなんだ……それは知らなかった」
愛は、少し落ち込んだようにも見えた。
「でもさ、別の世界線の出来事を見てるって話も聞いたことあるよ?」
「世界線……? 何それ」
なおも食い下がる愛に、若干引きつつ相槌を打つ。
「並行世界。パラレルワールドってやつ」
愛は、きっぱりと言い切った。
「SFでよくあるヤツだ……“高い城の男”とか“時は乱れて”とか?」
SFは割と得意分野なので、フィリップ・K・ディックを並べてみる。
すると愛は、思いつめたような表情を少し崩し、
「“地獄の火”が割と好きかな」
と笑った。
アイザック・アシモフとは、ベタな――
そう思った瞬間、波琉の背筋にひやりとしたものが走る。
(“地獄の火”と来たか……なんでそんな作品を……?)
「……でさ、なんで本屋?」
ずっと抱いていた疑問を口にする。
今日の帰りのHRが終わったあと、愛が波琉の元にやってきて
「ちょっと一緒に来てほしい所があるの」
と連れ出されたのだ。
どこへ行くのかも言われず、放心状態でついてきたら、
この町で一番の大型書店に連れてこられた。
「一緒に本を選びたかった。じゃ……ダメかな?」
愛は、てへっと小首を傾げ、笑顔を作る。
その笑顔は、咲き誇る花のようだった。
(やっぱり……笑顔がアイと同じだ……)
どうしても、目の前の少女と夢の中の少女が重なってしまう。
荒唐無稽にも程がある話だが、愛とアイは同一人物としか思えない。
「あ、あの……なんか反応してくれないと。その、恥ずかしいんだけど……」
愛は、小首を傾げたままの姿勢で、顔を真っ赤にしていた。
「あ! ごめん! かわいいよ」
思わず口から出た言葉に、
二人とも、同時に顔を赤らめてしまうのだった。
*******
結局その後、会話は続かず、
愛が選んだ二〜三冊の本を買うことになった。
「おすすめしたんだから私が払う」と言い出した愛をなんとか宥め、
「じゃあ今度パンでも奢ってよ」と軽く流す。
本屋を出たのは18時半。
春先とはいえ、もう“夜”と言っていい時間だ。
「もう六時半か……竜胆さん、家この辺? 送っていこうか?」
「えと……家は二駅隣だから……」
「あ、そうなの? じゃあ駅まで送るよ」
「えっ……あ、ありがと」
そんな会話をしながら駅へ向かう。
四月とはいえ、夕方はまだ肌寒い。
心地よい冷気を浴びながら歩く。
この時の波琉は浮かれていた。
それも当然だ。
ここまでの美少女と並んで歩く――
それだけで十分すぎる理由になる。
だから、忘れていた。
健司が忠告してくれたのに、
すっかり頭から抜け落ちていた。
「おぅコラ、おめぇだおめぇ」
随分とガラの悪い声が響いた。
時代遅れの髪型、時代遅れの服装、時代遅れの不良。
「おめぇ、健司とかいうヤツと一緒にいたヤロウだよな?」
まさか、ここで絡まれるとは思わなかった。
あの時の不良少年。
目だけがギラギラしている。
どことなくトカゲのようにも見える
「違うよって言っても、どうせ信じてくれないんだろ?」
波琉は愛を背中に隠すようにして、一歩前へ出る。
「ンだコラ? やるってならやンぞコラ」
(自分ひとりなら何とでもなるんだけど……竜胆さんを巻き込むわけにいかない)
拳を握り、臨戦態勢に入ろうとしたその時――
「お前らの相手は俺だろう?」
不良少年の後ろから、筋骨隆々の大男が現れた。
「あン時きっついお灸据えてやったってのに、まだ効いてないのか?」
ボキボキと指を鳴らし、トカゲ不良を威圧する。
「んだてめぇコラ……」
負けじと威圧してくるトカゲ不良。
一触即発の空気。
どちらかが動けば、即座に殴り合いが始まる――そんな緊張が辺りを覆う。
その時――
「おまわりさーん! こっちこっち! はやくはやく!」
間の抜けた声が響いた。
「クソッ!!」
トカゲ不良が踵を返し、全力で逃げ出す。
「国家権力って優秀だよね〜」
雑踏の中から現れたのは、防具袋と竹刀袋を担いだ少年――御影雄一だった。
「雄一……? なんでここに?」
「いや、目立ちすぎだろお前ら……特に健司はすげー目立つ。
波琉は……おい。なんで竜胆愛ちゃんと一緒にいんだお前!!」
「情緒不安定にも程があるだろ……」
健司が呆れたように突っ込む。
「はー、俺も謎の美少女転校生とデートしてぇ…なんで稽古なんだ俺は…竜胆愛ちゃん俺と結婚を前提にお付き合いしてください」
「え?あ、あの…嫌です」
ぶふっと同時に吹き出す健司と波琉
「だよねー」
雄一はヘラヘラと笑う。
なんとも言えないゆるいい空気が流れた。
4人はお互い顔を見合わせ…
強烈な違和感を感じた
波琉がではない。四人全員が感じ取った違和感…いや、既視感である。
誰も口にはしなかったが、この風景、この光景、この空気を知っている。
ぞわりと背中に悪寒が走る。
(なんだ…?今のは…?)
果たして唾を飲み込んだのは一体誰であっただろうか…?
*****
四人が同時に感じた既視感を誰も言い出せぬまま、その場は解散となった。
波琉は駅まで愛を送り、健司と雄一もそれぞれ帰路につく。
波琉は家に帰り、夕飯を食べてもなお、あの時感じた違和感を拭えずに居た。
「なんだったんだ…?デジャヴって言うんだっけ…」
学習机に座り、明日の分の予習を…と思ったけどいまいちやる気が起きない。
一番下の引き出しからノートを取り出す。
パラパラとめくってみるが、四人が揃う夢は見た記憶がない。
「っと…もうこんな時間か」
学習机に置かれた時計に目をやると23時30分。
スマホのラジオアプリを起動し、いつも聞いているラジオに周波数をあわせる。
ザーザーザーとノイズ音。
「…?ノイズ?なんでだ…?」
一昔前の小型ラジオならいざ知らず、なぜスマホのネットラジオでノイズ音が?
ややあって、ノイズが小さくなる。
「そ――では――じ――ましょ――う」
いつものラジオDJの軽快な声が聞こえ始める。
――プツン
急に音がすべて消える。
ラジオの音も、外を走っていた車の音も、風の音も――完全な無音。
「神世に接続」
そんな声が聞こえたと思った直後、波琉の意識は途絶えた。
******
悪魔、怪物、妖怪変化に悪鬼羅刹。
この街はありとあらゆるモノを内包している。
吸血鬼、人狼、インキュバス、サキュバス
人間と何も変わらない。
人間と何も違わない。
この街で生きて、この街で死んでいる。
眠らない街、不夜城”シブヤ”
聖者も王者も娼婦も僧侶も――全ての者が等しく無価値。
人魔入り乱れての乱痴気騒ぎ。
それが”シブヤ”の答えだ。
さてはて、見えるは一冊の本。
この本がシブヤに入ってきた経緯は?
この本が巻き起こすシブヤでのパーティは?
――百光編
Session.01 「Ripper Night」
ようこそ、夜の世界へ




